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番外 幸せすぎて(赤池)
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赤池が帰宅すると史も子供達も風呂を済ませ、眠る前の団らんをしていた。
佐保も帰宅しているが今は二階にいるらしい。
ダイニングで一人の夕食だったのだが、今夜は郁也が正面に座り、今はまっているアニメの主人公について教えてくれた。
その後は史に急かされて渋々風呂に入りすっきりして上がると、 入れ替わりで佐保が入る。
その頃には子供達がそれぞれ自室に向かい、その度におやすみと声をかけ、最後に史が離れへ消え誰もいなくなった。
赤池はリビングのセンターテーブル前でどっしりと胡坐をかき酒を飲み始めた。
この家は赤池にとって居心地がいい。
歴史を感じる立派な館は、その重厚感を損ねないようリフォームされている。しかし大人数が暮らしているのだから生活感は隠せない。
子供達はあまり個室を活用しておらず、家にいるほとんどの時間をリビングで過ごしている。
それもあってそれぞれの荷物を置いておく棚があるし、隅には郁也のおもちゃコーナーがある。
キャビネットの上には学校からの配布物。テーブルには佐保や赤池宛の封書が小さな山を作っている。どこも整理されているのだが物が目立つ。
佐保からすれば、ここで一人暮らししていた時とは明らかに景色が変わってしまっているだろう。なのに気にするそぶりはない。
と言うより、物が増えてそれが散乱している時ほど喜んでいる気がする。
赤池が佐保の懐の深さを最も感じるのは、玄関に飾ってある大花瓶を郁也が傘立てとして使っている事だ。
骨董がわかる者からすれば冷汗ものの光景だろうが、この家族にとっては日常風景になってしまい誰も疑問を抱かなくなってしまった。
今の彼にとって大切なのは家族。激動の時代に誕生しこの時代まで生き残った希少な陶器程度に、彼は価値を感じていない。
それほど大らかな佐保だから、赤池もあまり気を使わずにいられる。
そんな事を思いながらチビチビやっていると、風呂上がりの佐保が顔をだす。そこから何となく二人で飲む流れになった。
たまに、ほんの偶然で、こんな二人きりの酒飲み空間ができる時がある。赤池は義父とのこの時間が案外と好きだ。
佐保はパジャマのボタンを上まできっちり閉め、カーデカンを羽織って革張りの安楽椅子に座っている。佐保の育ちの良さはその服装からもわかる。
赤池のくつろぎ着といえばジャージなのだが、斜め前の人はいつでもきっちりしている。どうやらそれが佐保にとってリラックスできる服装らしい。
何の言葉も交わす事がないまま、静かな時間が流れる。
佐保は赤池とは正反対に短時間であおるように飲むタイプだ。
酒に強いが一度の酒量をちゃんと決めている。最後は床に崩れてだらしなく寝落ち、なんて事はしたことがなさそうだ。
佐保はグラスを大きく傾け残った酒を飲み干すと、視線を宙に置いたままつぶやいた。
「幸せすぎて怖い」
これが史の口から漏れたのだったとしたら、赤池は手にしたグラスなど放り出して痛いほどに抱きしめていただろう。
しかし残念なことに、発した人は史とは似ても似つかぬ大きな体を持つα。
史とは血は繋がってはいるのだが、外見的に似ている所はまだ見つけられていない。
幸せすぎて怖いとは……
冗談で言っているのだろうか? と思ったけれど、やはり佐保の横顔は真剣だった。そもそも佐保はあまり冗談を言うタイプではなかった。
となるとそれは佐保の内から生まれ、思わず溢れた感情なのだろう。
なるほどそのセリフには赤池も共感するものがあった。幸せだと思う。怖くはないが。赤池は半分だけ同意した。
とはいえ何とも乙女すぎる。
どうにも反応に難しく、とりあえず渋くうなっておいたのだが、佐保は目だけをキッと赤池に向けてくる。
「あなた……笑いましたね」
「えっ、気のせいでしょう」
口角でも上がっていただろうか。
つい手を口元にやってしまい、自分の嘘を自らばらしてしまった事に気付く。
からかい上手の義父は赤池の挙動に声もなく笑うと、再び視線を外した。
「今の私は、まさに満ち足りている。一人での生活が長かったせいもあって同居には不安もあったが、まったくの杞憂だった」
佐保の手にはキャラクターがプリントされたグラスが握られている。今夜その中に注がれている酒は小さな泡をプツプツと発している。
グラスは孫である光流と郁也がクレーンゲームで取った景品で、これでお酒を飲んでねとプレゼントされた物だ。
二人からの贈り物であるそれを佐保は棚に飾り、酒を飲む度に律儀に取り出しては使用している。
「真二君、私の子供は史一人だけ。それなのに孫は四人もいる。不思議だとは思いませんか」
この人生のほとんど一人で暮らしてきたのに、今では赤池も含めた七人で一つ屋根の下に暮らしている。世間的には大家族だ。
「数で言えばまだまだでしょう。郁也は10人産むと言っているので、佐保さんの血を引く子孫は爆発的に増えます」
「ふふっ、本当にそんな日が来たらどれだけ楽しいことか。そうであるなら長生きしなくてはいけない」
かわいい孫。とりわけ末っ子でΩの郁也の話題に佐保は目を細める。
まだもう少し幼かった頃の郁也が何度も繰り返していた言葉、10人産む宣言はとても可愛らしく、今でも家族全員を笑顔にする力を持っている。
「あまり他人に幸せ自慢をしないようにしているから、こうして本音を語れる相手がいるのは嬉しい限りだ」
「酒も美味くなります」
「まさしくその通り」
佐保は軽くグラスを掲げた。
佐保は事業の売却で十数億という額を手にしているのだと赤池は聞いている。それ以前に積み上げてきた資産もある。現在はそれを運用する会社の社長という立場だ。
しかし史も子供達も財産に興味がないらしく、佐保はお金持ちであると言うざっくりした感覚を持ったままで、それ以上の詳しい理解はしていない。
その点においてのみ、赤池がもっとも佐保を知っていると言えるのだろう。
自分の死後この財をどう継承させるべきか、それに頭を悩ませるのが、佐保が現在抱えている大仕事だろう。
何とも異次元な話だ。
「そうそう、真二君。明後日から私は留守にするから、家の事はよろしく頼みます。本当であれば史を連れて行きたかった、とう言うよりは、史にこそ検査を受けさせたかった」
「まだ子供達と離れるには不安が強い。だけどいずれ薄れていきます。長い旅行だって二人で行けるかもしれないです」
「そうであればいいけれど。病院の紹介もありがとう。助かったよ」
佐保はそう赤池に言って、にっこり微笑んだ。
明後日から佐保が向かうのは本州を離れたリゾート地にある医療施設だ。
そこではホテルステイの感覚で人間ドッグを受けられるのが売りで、佐保から相談を受けた赤池が紹介した病院だ。
佐保ほど人脈があれば赤池に頼る必要などないはずだが、そこを敢えて声を掛けてくれたのだろう。その心づかいが嬉しかった。
今の佐保の健康状態に問題はない。しかし史が佐保の体を気にするので、その心配を払拭する事ができるのならばと、最先端の健診を受ける事にしたのだ。
佐保からすれば、無理に無理を重ねてきた史の体の方がよほど心配だ。だから親子二人で一緒に行こうと誘ったのだが断れてしまっていた。
史は不安なのだ。子供達と遠く離れる事が。
佐保は親子を分離するような行為まだ早かったと判断して、無理強いはせずすぐに引き下がった。愛する息子が自分に気を使い悩む姿は見ていられない。
「私も史の気持ちが痛いほどにわかる」
「家族と、物理的な距離をとる不安ですか?」
「ああ。自分のコントロールがきかない場所で事が起こるのが怖い。もし私のいない間にこの家に泥棒が入って史を傷つけたら? もし何かの発作で倒れたとしたら、誰が史を助けるのか? 子供達は無事に学校に着いたのだろうか? いじめられていないか? もしや攫われて泣いてはいないだろうか? そんな妄想が幾らでも頭の中に浮かんで私を不安にさせる。私は病気だろうか、真二君?」
佐保と史、二人は外見上親子関係があるとわかりにくい。
しかしこんな風に半べそでこちらを見つめてくるような、上手く隠せないで出てきてしまう表情には似通ったものを感じる。
室内の見守りカメラ設置をしようかと思うのだが。
本当は史の事も孫の事も心配で、ずっと家に閉じ込めていたい。等々。
佐保はそう赤池に告白するだけで実行していない。つまり佐保は実にまともで正常な人間だ。
「心配性な所は、そっくりですね」
「そっくりか、うん、そうだね。そんな心配性の私がこうして家族を置いて外出できるのは、真二君のおかげ。守る物を同じくする、強いαがいるからだ」
心からの信頼に赤池は言葉を発せなくなってしまった。
赤池はこの家に初めて訪問した時の事を思い出す。
佐保が自分のような男をすんなり入れたのは意外だった。一度や二度は拒否される想定をしていたからだ。
もちろん事前に入念な身辺調査をした上での事だろうが、まさか歓迎されるとは思わなかった。
自分は医師であるが雇われだ。名医でもないし、なれない。
史は患者だった。それなのに自分主導で関係を持った。それ以降も不誠実な扱いをしたのだろうと責められてしまえば言い訳できない。
大事な息子の相手として不足はいくらでもあっただろう。
そんな自分が認められた理由は一つしか思い当たらない。
これだけは自信を持って言えること。それは、史への確かな愛。
赤池は史が運命だと信じているし、他の誰かに心を動かす事はないと断言できる。
その気持ちは史には伝わっているはず……あまり自信はないが。でもなぜだか史の父である佐保には、しっかり伝わっている様子。
酒が入っているせいなのか、おかしい……佐保の言葉に何だか泣きそうになってしまった。
「さあ、私はそろそろ休むとしますか。明日は朝からPTAの挨拶運動があってね」
「そんな行事にまで参加してるんですか」
「おじいちゃんは大忙しだ。今月は三者懇談が重なっているから、史と一緒に先生のお話を聞いてこなくては。史はそういった事が苦手だから、今回も隣にいてほしいと頼まれてしまってね」
それはそれは嬉しそうに顔を緩めて、椅子からゆっくり立ち上がる。
「そうそう、学園ボランティアにも登録したから、図書室に伺う予定もあった。怜からも話があるから時間を空けてほしいと言われているし……ああ、まさかこんな幸せが自分に訪れるとは……」
幸せすぎて怖い。
佐保はそう言い残してリビングを出ていった。
子供たちの学校や教育について、赤池は史から相談された事はない。子供たちから何事かを頼まれた事もない。まあそれは当然だと思う。
自慢のような惚気のような……
最後のあれは佐保の可愛らしいマウントだったらしい。
佐保もほどよく、そして気持ちよく酔っていたとわかり、赤池も幸せな気分で体を床に横たえた。
------------------------------
小話
◆アパートからのお引越し・玄関内にて◆
郁也 『おじい様! この傘立てすごく綺麗です。キラキラがついています』わくわく
光琉 (…郁也、それは傘関係ない。床に置いてあるけど大きな花瓶だ)
佐保 『気に入ってくれたなら嬉しいですね。さっそく傘を入れてみてください』にっこり
郁也 『はいっ』
カコンッ!(全力)
光琉 (…!)
佐保 『うん。物は使ってこそ価値がある。これも喜んでいるように見えますね』満足
佐保も帰宅しているが今は二階にいるらしい。
ダイニングで一人の夕食だったのだが、今夜は郁也が正面に座り、今はまっているアニメの主人公について教えてくれた。
その後は史に急かされて渋々風呂に入りすっきりして上がると、 入れ替わりで佐保が入る。
その頃には子供達がそれぞれ自室に向かい、その度におやすみと声をかけ、最後に史が離れへ消え誰もいなくなった。
赤池はリビングのセンターテーブル前でどっしりと胡坐をかき酒を飲み始めた。
この家は赤池にとって居心地がいい。
歴史を感じる立派な館は、その重厚感を損ねないようリフォームされている。しかし大人数が暮らしているのだから生活感は隠せない。
子供達はあまり個室を活用しておらず、家にいるほとんどの時間をリビングで過ごしている。
それもあってそれぞれの荷物を置いておく棚があるし、隅には郁也のおもちゃコーナーがある。
キャビネットの上には学校からの配布物。テーブルには佐保や赤池宛の封書が小さな山を作っている。どこも整理されているのだが物が目立つ。
佐保からすれば、ここで一人暮らししていた時とは明らかに景色が変わってしまっているだろう。なのに気にするそぶりはない。
と言うより、物が増えてそれが散乱している時ほど喜んでいる気がする。
赤池が佐保の懐の深さを最も感じるのは、玄関に飾ってある大花瓶を郁也が傘立てとして使っている事だ。
骨董がわかる者からすれば冷汗ものの光景だろうが、この家族にとっては日常風景になってしまい誰も疑問を抱かなくなってしまった。
今の彼にとって大切なのは家族。激動の時代に誕生しこの時代まで生き残った希少な陶器程度に、彼は価値を感じていない。
それほど大らかな佐保だから、赤池もあまり気を使わずにいられる。
そんな事を思いながらチビチビやっていると、風呂上がりの佐保が顔をだす。そこから何となく二人で飲む流れになった。
たまに、ほんの偶然で、こんな二人きりの酒飲み空間ができる時がある。赤池は義父とのこの時間が案外と好きだ。
佐保はパジャマのボタンを上まできっちり閉め、カーデカンを羽織って革張りの安楽椅子に座っている。佐保の育ちの良さはその服装からもわかる。
赤池のくつろぎ着といえばジャージなのだが、斜め前の人はいつでもきっちりしている。どうやらそれが佐保にとってリラックスできる服装らしい。
何の言葉も交わす事がないまま、静かな時間が流れる。
佐保は赤池とは正反対に短時間であおるように飲むタイプだ。
酒に強いが一度の酒量をちゃんと決めている。最後は床に崩れてだらしなく寝落ち、なんて事はしたことがなさそうだ。
佐保はグラスを大きく傾け残った酒を飲み干すと、視線を宙に置いたままつぶやいた。
「幸せすぎて怖い」
これが史の口から漏れたのだったとしたら、赤池は手にしたグラスなど放り出して痛いほどに抱きしめていただろう。
しかし残念なことに、発した人は史とは似ても似つかぬ大きな体を持つα。
史とは血は繋がってはいるのだが、外見的に似ている所はまだ見つけられていない。
幸せすぎて怖いとは……
冗談で言っているのだろうか? と思ったけれど、やはり佐保の横顔は真剣だった。そもそも佐保はあまり冗談を言うタイプではなかった。
となるとそれは佐保の内から生まれ、思わず溢れた感情なのだろう。
なるほどそのセリフには赤池も共感するものがあった。幸せだと思う。怖くはないが。赤池は半分だけ同意した。
とはいえ何とも乙女すぎる。
どうにも反応に難しく、とりあえず渋くうなっておいたのだが、佐保は目だけをキッと赤池に向けてくる。
「あなた……笑いましたね」
「えっ、気のせいでしょう」
口角でも上がっていただろうか。
つい手を口元にやってしまい、自分の嘘を自らばらしてしまった事に気付く。
からかい上手の義父は赤池の挙動に声もなく笑うと、再び視線を外した。
「今の私は、まさに満ち足りている。一人での生活が長かったせいもあって同居には不安もあったが、まったくの杞憂だった」
佐保の手にはキャラクターがプリントされたグラスが握られている。今夜その中に注がれている酒は小さな泡をプツプツと発している。
グラスは孫である光流と郁也がクレーンゲームで取った景品で、これでお酒を飲んでねとプレゼントされた物だ。
二人からの贈り物であるそれを佐保は棚に飾り、酒を飲む度に律儀に取り出しては使用している。
「真二君、私の子供は史一人だけ。それなのに孫は四人もいる。不思議だとは思いませんか」
この人生のほとんど一人で暮らしてきたのに、今では赤池も含めた七人で一つ屋根の下に暮らしている。世間的には大家族だ。
「数で言えばまだまだでしょう。郁也は10人産むと言っているので、佐保さんの血を引く子孫は爆発的に増えます」
「ふふっ、本当にそんな日が来たらどれだけ楽しいことか。そうであるなら長生きしなくてはいけない」
かわいい孫。とりわけ末っ子でΩの郁也の話題に佐保は目を細める。
まだもう少し幼かった頃の郁也が何度も繰り返していた言葉、10人産む宣言はとても可愛らしく、今でも家族全員を笑顔にする力を持っている。
「あまり他人に幸せ自慢をしないようにしているから、こうして本音を語れる相手がいるのは嬉しい限りだ」
「酒も美味くなります」
「まさしくその通り」
佐保は軽くグラスを掲げた。
佐保は事業の売却で十数億という額を手にしているのだと赤池は聞いている。それ以前に積み上げてきた資産もある。現在はそれを運用する会社の社長という立場だ。
しかし史も子供達も財産に興味がないらしく、佐保はお金持ちであると言うざっくりした感覚を持ったままで、それ以上の詳しい理解はしていない。
その点においてのみ、赤池がもっとも佐保を知っていると言えるのだろう。
自分の死後この財をどう継承させるべきか、それに頭を悩ませるのが、佐保が現在抱えている大仕事だろう。
何とも異次元な話だ。
「そうそう、真二君。明後日から私は留守にするから、家の事はよろしく頼みます。本当であれば史を連れて行きたかった、とう言うよりは、史にこそ検査を受けさせたかった」
「まだ子供達と離れるには不安が強い。だけどいずれ薄れていきます。長い旅行だって二人で行けるかもしれないです」
「そうであればいいけれど。病院の紹介もありがとう。助かったよ」
佐保はそう赤池に言って、にっこり微笑んだ。
明後日から佐保が向かうのは本州を離れたリゾート地にある医療施設だ。
そこではホテルステイの感覚で人間ドッグを受けられるのが売りで、佐保から相談を受けた赤池が紹介した病院だ。
佐保ほど人脈があれば赤池に頼る必要などないはずだが、そこを敢えて声を掛けてくれたのだろう。その心づかいが嬉しかった。
今の佐保の健康状態に問題はない。しかし史が佐保の体を気にするので、その心配を払拭する事ができるのならばと、最先端の健診を受ける事にしたのだ。
佐保からすれば、無理に無理を重ねてきた史の体の方がよほど心配だ。だから親子二人で一緒に行こうと誘ったのだが断れてしまっていた。
史は不安なのだ。子供達と遠く離れる事が。
佐保は親子を分離するような行為まだ早かったと判断して、無理強いはせずすぐに引き下がった。愛する息子が自分に気を使い悩む姿は見ていられない。
「私も史の気持ちが痛いほどにわかる」
「家族と、物理的な距離をとる不安ですか?」
「ああ。自分のコントロールがきかない場所で事が起こるのが怖い。もし私のいない間にこの家に泥棒が入って史を傷つけたら? もし何かの発作で倒れたとしたら、誰が史を助けるのか? 子供達は無事に学校に着いたのだろうか? いじめられていないか? もしや攫われて泣いてはいないだろうか? そんな妄想が幾らでも頭の中に浮かんで私を不安にさせる。私は病気だろうか、真二君?」
佐保と史、二人は外見上親子関係があるとわかりにくい。
しかしこんな風に半べそでこちらを見つめてくるような、上手く隠せないで出てきてしまう表情には似通ったものを感じる。
室内の見守りカメラ設置をしようかと思うのだが。
本当は史の事も孫の事も心配で、ずっと家に閉じ込めていたい。等々。
佐保はそう赤池に告白するだけで実行していない。つまり佐保は実にまともで正常な人間だ。
「心配性な所は、そっくりですね」
「そっくりか、うん、そうだね。そんな心配性の私がこうして家族を置いて外出できるのは、真二君のおかげ。守る物を同じくする、強いαがいるからだ」
心からの信頼に赤池は言葉を発せなくなってしまった。
赤池はこの家に初めて訪問した時の事を思い出す。
佐保が自分のような男をすんなり入れたのは意外だった。一度や二度は拒否される想定をしていたからだ。
もちろん事前に入念な身辺調査をした上での事だろうが、まさか歓迎されるとは思わなかった。
自分は医師であるが雇われだ。名医でもないし、なれない。
史は患者だった。それなのに自分主導で関係を持った。それ以降も不誠実な扱いをしたのだろうと責められてしまえば言い訳できない。
大事な息子の相手として不足はいくらでもあっただろう。
そんな自分が認められた理由は一つしか思い当たらない。
これだけは自信を持って言えること。それは、史への確かな愛。
赤池は史が運命だと信じているし、他の誰かに心を動かす事はないと断言できる。
その気持ちは史には伝わっているはず……あまり自信はないが。でもなぜだか史の父である佐保には、しっかり伝わっている様子。
酒が入っているせいなのか、おかしい……佐保の言葉に何だか泣きそうになってしまった。
「さあ、私はそろそろ休むとしますか。明日は朝からPTAの挨拶運動があってね」
「そんな行事にまで参加してるんですか」
「おじいちゃんは大忙しだ。今月は三者懇談が重なっているから、史と一緒に先生のお話を聞いてこなくては。史はそういった事が苦手だから、今回も隣にいてほしいと頼まれてしまってね」
それはそれは嬉しそうに顔を緩めて、椅子からゆっくり立ち上がる。
「そうそう、学園ボランティアにも登録したから、図書室に伺う予定もあった。怜からも話があるから時間を空けてほしいと言われているし……ああ、まさかこんな幸せが自分に訪れるとは……」
幸せすぎて怖い。
佐保はそう言い残してリビングを出ていった。
子供たちの学校や教育について、赤池は史から相談された事はない。子供たちから何事かを頼まれた事もない。まあそれは当然だと思う。
自慢のような惚気のような……
最後のあれは佐保の可愛らしいマウントだったらしい。
佐保もほどよく、そして気持ちよく酔っていたとわかり、赤池も幸せな気分で体を床に横たえた。
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小話
◆アパートからのお引越し・玄関内にて◆
郁也 『おじい様! この傘立てすごく綺麗です。キラキラがついています』わくわく
光琉 (…郁也、それは傘関係ない。床に置いてあるけど大きな花瓶だ)
佐保 『気に入ってくれたなら嬉しいですね。さっそく傘を入れてみてください』にっこり
郁也 『はいっ』
カコンッ!(全力)
光琉 (…!)
佐保 『うん。物は使ってこそ価値がある。これも喜んでいるように見えますね』満足
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