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番外 不憫なパパ(郁也)
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「ただいまぁ」
学校から帰宅したのに誰の返事も返ってこない。それも承知していたのだが、やっぱり返事がないのはさみしい。
祖父の佐保と母の史は、今朝早く家を出ていて週末まで帰ってこない。郁也が高校生になってからこの二人は頻繁に旅行に行くようになっている。
もっと詳しく言えば、郁也が小学生の頃は三人そろっての旅行だった。それが中学生になってからは郁也の方が断るようになってしまい、ついには誘われなくなってしまった。
こっちも学生だし学校行事もあるし友達付き合い大事だし、親離れしなきゃなのもわかっている。でもちょっと仲間外れな気分になるし、ずるいなあと拗ねる気持ちもあった。でもやっぱり祖父と母が仲良く出掛けて行く姿を見ると嬉しくなる。
今回二人は新幹線移動で美術館を巡り世界遺産を見てくるらしい。いつまでたってもファザコンが抜けない母だが、自分にもその気があるから何とも言えない。
自分の部屋へは向かわず廊下を進み扉を開ければキッチンダイニングがあり、その先はリビングになっている。
ダイニングからリビングに続く引き戸が開けっ放しになっていて、エアコンが稼働する音に、人の呼吸が混じっているのが聞こえてくる。
なんだ、パパいたんだ……
リビングの大人四人が座れるどっしりしたソファーでは、赤池が横になり眠っていた。
赤池の眠りは豪快だ。いつも真上を向いて、たまに大きなイビキをかいて周囲を驚かせる。
何事にも頓着がない赤池のおかげもあって、この家は昔と変わらないのだと郁也は思う。
現在この家に住むのは、祖父の佐保、母の史、郁也、そして赤池の四人だ。
三人の兄たちが順に家を出ていってしまい、母も郁也もショックはそれなりに受けていた。
人が一人いなくなるのは大変な変化だ。αの華やかなオーラが消える度、母とは食卓で何度も溜息をついて、寂しいねと言い合った。
そんな通夜のような空気の中でも。赤池はこれまでと変わらず、大飯ぐらいだったし、やっぱりソファーで腹を出しシックスパックを披露して寝ていた。
そんな赤池の事をパパと呼び始めたのがいつだったかは郁也自身は覚えていない。でも一年以上の時間はかかったはずだ。
この家での生活に違和感がなくなった頃だっただろうか、母が赤池を恋人として連れてきて家族に紹介したのは。
赤池はきっちりスーツを着こみ手土産まで持参していたのだから、結婚の為の挨拶にやってきた男性だと皆が思ったものだ。
そこから何度か食事に来るようになって、酒を飲んでは酔って泊まるようになった。次第にこの家には赤池の為の小物や私物なんかが増えてった。
郁也の授業参観や運動会に顔を見せるようになってから、この人は家族になったんだと思ったのかもしれない。
それに母の出産で郁也を取り上げたのは自分だと昔話を聞かされた覚えがある。つまり強い繋がりがあると言いたかったのだろう。そうなると昔は考えなしだった郁也は、赤池をパパと呼ぶ事に抵抗はなかった。
何しろ本当の父親の記憶はないし、元住んでいたという一軒家にも覚えがない。おじい様の次にパパができても別に不思議ではなかった。
この家に赤池がいるのに馴染んで数年後、光流が海外の大学に進学を決め出て行ってしまった。すると部屋が一つ空く。赤池はそれまで母と郁也の部屋で共に寝起きしていたのだが、緊急でかかってくる連絡で二人の睡眠を乱さないよう、光流の部屋で休む事が多くなった。
続いて空まで家を巣立つと、空の残していったジャージなんかを着ている姿を見るようになった。赤池は身体が大きいから空のサイズが一番ぴったりなのだ。
いい年したおっさんが発色のいいジャージを着ているのはいただけないが、母は顔がいいから許しているのだと思う。赤池は笑うと顔の皺がぐっと深くなるのだが、たまにそれに見とれているのがわかるから。
何やかんや言いながら母は赤池が大好きなのだ。これまで赤池を追い出すそぶりは一切なかったし、図々しい人ですね、なんて怒ったふりをしているのが日常だから。
ちなみに今の郁也の部屋は、怜の部屋だった場所だ。
郁也はカバンをダイニングの椅子に置き、母のエプロンを借りて身に着けると冷蔵庫の中を確かめた。
冷凍庫に入っているデリカセットを三つ取り出し作業のできるカウンターに置いておく。調理済みの主菜副菜が入っていてバランス的に申し分ないので、留守にする時はいつも母が買い置きしている物だ。何となくだが常温に戻してからチンした方が美味しいと思う。
お米を研いですぐに炊飯器のスイッチを入れる。
次に取り掛かるのは味噌汁作り。郁也は料理好きでも得意でもないけれど、味噌汁くらいは作れるし、冷凍弁当だけで夕食を済ませてしまうのは何だか味気ないと思っている。
小鍋にお湯を沸かしている間に、火の通りやすい具材を刻んで、味噌を適量ぶちこみ放置しておく。
しばらく後にやってくるはずの栄貴のために何かないかと物色する。食べ盛りの栄貴にはこの量だけでは足りないだろう。
母の作り置きの里芋煮、佐保が取り寄せた魚のすり身を揚げた天ぷら、キムチを出す事に決めてキッチンを出た。
赤池は郁也の帰宅にも気付かずまだ眠っている。
思えばパパも気も毒だよね……
母には運命の番だという認識をあまり持たれていない。しかも母はファザコン。家でも外でも祖父に寄り添っている。
祖父もまだ六十代なので病気もなく元気だし、母をリードして日本中を冒険している感じだ。
事実婚で相手の親子と同居。二人きりの新婚時代がない。
決して大事にされていない訳ではない。赤池はいつも快適そうにしているし、たまに郁也のおやつを食べてしまうし、遠慮している所を見た事がない……
だけど、母さまと二人で旅行とか行ってなくない? 都合よく僕の面倒押し付けられているし。やっぱり不憫じゃん。
郁也は本気で赤池が可哀想になった。
「ぱぱぁ」
僕はパパのことが好きだし、これからも大事にするからね。
何だかやるせない気持ちになって、赤池の腹の辺りに抱きつく。赤池は少し覚醒したのか、腹にある郁也の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
学校から帰宅したのに誰の返事も返ってこない。それも承知していたのだが、やっぱり返事がないのはさみしい。
祖父の佐保と母の史は、今朝早く家を出ていて週末まで帰ってこない。郁也が高校生になってからこの二人は頻繁に旅行に行くようになっている。
もっと詳しく言えば、郁也が小学生の頃は三人そろっての旅行だった。それが中学生になってからは郁也の方が断るようになってしまい、ついには誘われなくなってしまった。
こっちも学生だし学校行事もあるし友達付き合い大事だし、親離れしなきゃなのもわかっている。でもちょっと仲間外れな気分になるし、ずるいなあと拗ねる気持ちもあった。でもやっぱり祖父と母が仲良く出掛けて行く姿を見ると嬉しくなる。
今回二人は新幹線移動で美術館を巡り世界遺産を見てくるらしい。いつまでたってもファザコンが抜けない母だが、自分にもその気があるから何とも言えない。
自分の部屋へは向かわず廊下を進み扉を開ければキッチンダイニングがあり、その先はリビングになっている。
ダイニングからリビングに続く引き戸が開けっ放しになっていて、エアコンが稼働する音に、人の呼吸が混じっているのが聞こえてくる。
なんだ、パパいたんだ……
リビングの大人四人が座れるどっしりしたソファーでは、赤池が横になり眠っていた。
赤池の眠りは豪快だ。いつも真上を向いて、たまに大きなイビキをかいて周囲を驚かせる。
何事にも頓着がない赤池のおかげもあって、この家は昔と変わらないのだと郁也は思う。
現在この家に住むのは、祖父の佐保、母の史、郁也、そして赤池の四人だ。
三人の兄たちが順に家を出ていってしまい、母も郁也もショックはそれなりに受けていた。
人が一人いなくなるのは大変な変化だ。αの華やかなオーラが消える度、母とは食卓で何度も溜息をついて、寂しいねと言い合った。
そんな通夜のような空気の中でも。赤池はこれまでと変わらず、大飯ぐらいだったし、やっぱりソファーで腹を出しシックスパックを披露して寝ていた。
そんな赤池の事をパパと呼び始めたのがいつだったかは郁也自身は覚えていない。でも一年以上の時間はかかったはずだ。
この家での生活に違和感がなくなった頃だっただろうか、母が赤池を恋人として連れてきて家族に紹介したのは。
赤池はきっちりスーツを着こみ手土産まで持参していたのだから、結婚の為の挨拶にやってきた男性だと皆が思ったものだ。
そこから何度か食事に来るようになって、酒を飲んでは酔って泊まるようになった。次第にこの家には赤池の為の小物や私物なんかが増えてった。
郁也の授業参観や運動会に顔を見せるようになってから、この人は家族になったんだと思ったのかもしれない。
それに母の出産で郁也を取り上げたのは自分だと昔話を聞かされた覚えがある。つまり強い繋がりがあると言いたかったのだろう。そうなると昔は考えなしだった郁也は、赤池をパパと呼ぶ事に抵抗はなかった。
何しろ本当の父親の記憶はないし、元住んでいたという一軒家にも覚えがない。おじい様の次にパパができても別に不思議ではなかった。
この家に赤池がいるのに馴染んで数年後、光流が海外の大学に進学を決め出て行ってしまった。すると部屋が一つ空く。赤池はそれまで母と郁也の部屋で共に寝起きしていたのだが、緊急でかかってくる連絡で二人の睡眠を乱さないよう、光流の部屋で休む事が多くなった。
続いて空まで家を巣立つと、空の残していったジャージなんかを着ている姿を見るようになった。赤池は身体が大きいから空のサイズが一番ぴったりなのだ。
いい年したおっさんが発色のいいジャージを着ているのはいただけないが、母は顔がいいから許しているのだと思う。赤池は笑うと顔の皺がぐっと深くなるのだが、たまにそれに見とれているのがわかるから。
何やかんや言いながら母は赤池が大好きなのだ。これまで赤池を追い出すそぶりは一切なかったし、図々しい人ですね、なんて怒ったふりをしているのが日常だから。
ちなみに今の郁也の部屋は、怜の部屋だった場所だ。
郁也はカバンをダイニングの椅子に置き、母のエプロンを借りて身に着けると冷蔵庫の中を確かめた。
冷凍庫に入っているデリカセットを三つ取り出し作業のできるカウンターに置いておく。調理済みの主菜副菜が入っていてバランス的に申し分ないので、留守にする時はいつも母が買い置きしている物だ。何となくだが常温に戻してからチンした方が美味しいと思う。
お米を研いですぐに炊飯器のスイッチを入れる。
次に取り掛かるのは味噌汁作り。郁也は料理好きでも得意でもないけれど、味噌汁くらいは作れるし、冷凍弁当だけで夕食を済ませてしまうのは何だか味気ないと思っている。
小鍋にお湯を沸かしている間に、火の通りやすい具材を刻んで、味噌を適量ぶちこみ放置しておく。
しばらく後にやってくるはずの栄貴のために何かないかと物色する。食べ盛りの栄貴にはこの量だけでは足りないだろう。
母の作り置きの里芋煮、佐保が取り寄せた魚のすり身を揚げた天ぷら、キムチを出す事に決めてキッチンを出た。
赤池は郁也の帰宅にも気付かずまだ眠っている。
思えばパパも気も毒だよね……
母には運命の番だという認識をあまり持たれていない。しかも母はファザコン。家でも外でも祖父に寄り添っている。
祖父もまだ六十代なので病気もなく元気だし、母をリードして日本中を冒険している感じだ。
事実婚で相手の親子と同居。二人きりの新婚時代がない。
決して大事にされていない訳ではない。赤池はいつも快適そうにしているし、たまに郁也のおやつを食べてしまうし、遠慮している所を見た事がない……
だけど、母さまと二人で旅行とか行ってなくない? 都合よく僕の面倒押し付けられているし。やっぱり不憫じゃん。
郁也は本気で赤池が可哀想になった。
「ぱぱぁ」
僕はパパのことが好きだし、これからも大事にするからね。
何だかやるせない気持ちになって、赤池の腹の辺りに抱きつく。赤池は少し覚醒したのか、腹にある郁也の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
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