オメガの家族

宇井

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28 最終話

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 佐保さんの屋敷、昔僕も住んでいたという家は、なんと宗賀と同じ地名の住宅地で最寄り駅も同じだった。
 宗賀家よりは坂の上にあって自治会は違う。こっちの方が地価で言えば格上だと教えてくれたのは物知りの光流だった。空と怜もあ然としていたから、本当にそうなんだろう。
 確かに宗賀の周辺より各戸の敷地は広い気がする。緑が多くて塀も高いから外からは住宅が見えない。難点は道幅が狭い事だけだろう。

 今日は本格的な引越しを前に、運べそうな荷物を梱包して持ってきた。下見を兼ねてお邪魔するのだ。
 大きなバンでアパートにやってきた業者さんには段ボールを預けていた。家族五人の衣類だけでもかなりの量になった。それより遅れてタクシーで追うように佐保さん宅に到着すると、すでに運び込みは完了していた。

 懐かしいはずの屋敷を前に気持ちがぶるぶる震えていた。
 自然の石を積み上げた石垣と屋根のある門扉にはまったく覚えがなかった。でも特徴的な洋館の屋根の形は知っている気がする。でも知らない気もする。俺は門の前でつったって、屋敷の外を見上げていた。
 子供たちは自分達の部屋が気になるのか、勢いよく入っていった。怜と空の声がかすかに聞こえてくる。突っ立ったまま一分くらい経っただろうか。
 いいかげん、行くか。
 開いたままだった門をくぐり玄関に入ると、そこには佐保さんが立っていた。俺が入ってくるまで待っていたのかもしれない。

「よかった……史君が来てくれて」
「心配かけてごめんなさい。外で何か思い出すかなって。でもよくわからなくて、諦めて入ってきました。これでも俺、引っ越し楽しみにしてます」
「私もですよ。息子と孫がやってくるのだと、お隣さんに自慢してしまいました。浮かれていますね」

 ふふっと笑い合った。

「お帰りなさい、史君」
「ただいま、佐保さん……なんか、くすぐったい」
「ここは史君の家ですよ。気楽にいきましょう」

 うつむく俺は手を引かれ、わが家に上がった。
 室内の木はすべてが飴色で鈍く重く光っていて、この屋敷が長い歴史を生きてきているのがわかった。
 入ってすぐ右は広い応接間。どっしりとしたソファーセット。センターテーブルの上にはカットの細かいガラスの灰皿。壁には浮世絵がずらりと並びマントルピースがある。
 部屋の隅には二階へと続く階段。上にある二つの部屋へ行くための手段はここにしかない。昇れば図鑑がつまった本棚に書斎机がある。当主の秘密基地といった趣。もう一室は佐保さんの寝室だ。
 玄関から続く廊下をまっすぐに進んで扉を開けると、右にはキッチンとダイニング。そこでは多美さんが食事を作っている最中だった。

「お帰りなさい、史君」
「多美さん、ただいま……」

 多美さんここにいたのか。
 アパートを去ることが決まって、俺達が一番心配したのは多美さんのことだった。でも多美さんは思ったよりカラッとしている。
 あのアパートには俺たちの他にもう一組若いカップルが入居してるのだが、なんとこの度妊娠が発覚し結婚する事になったらしい。どちらも故郷が遠く里帰りもできないとの事で、全面的に多美さんがフォローするとのこと。
 大家としては他の空き部屋も埋めなきゃね、とすごく生き生きしているからほっとしている。
 続いて向かったのは重そうな引き戸でダイニングと仕切られているリビング。
 こちらは布のソファーセット。繊維のつまった絨毯には複雑な模様が入っている。
 見上げれば重そうなシャンデリア。華美な印象と言うより荘厳。
 テーブルの横に置いてある丸い籐製の入れ物はおもちゃ箱。その横にはプラスチック製の街を模したおもちゃがあって、電池で立体駐車場が動く仕組みになっている。
 そこには郁也が陣取っていて、中にあるおもちゃを手にしていた。ミニカーが一つ二つ三つ……テーブルに駐車されていく。それは俺がしていた遊びと同じだった。
 リビングの大きな窓の向こうは天井までガラスのはまったコンサバトリー。外と中とを繋ぐ空間にはこれでもかと光が注ぎ、大きな葉を持つ観葉植物が主役の顔して居座っている。
 佐保さんの案内でまた廊下へ戻る。残っているのはトイレ、洗面、お風呂場の水回り。他には襖で仕切れる巨大和室が四間あった。
 今回俺たちを迎えるにあたって新たに増築されたのは離れ。母屋とは渡り廊下で繋がっている。
 離れは四つの個室に納戸、洗面とトイレ、シャワー室の水回りがある。みんなで話し合った結果、家族が集う場所が分散しないよう、LDKは新たに作らない事になったのだ。
 そして長年一人暮らしをしてきた佐保さんがストレスを抱えないように、応接室と続く二階の二部屋は、立入厳禁の佐保さんの完全プライベート空間とした。
 
 母屋の二階建ての屋敷と離れの平屋。シャッター式の駐車場が一台分。今回の離れの新築で庭は狭くなってしまったが、とにかく緑を感じる敷地だ。
 ここでかつて自分が市東史をやっていたなんて信じられない。
 懐かしさを感じるのはおもちゃだけだったけど、郁也が遊んでくれたおかげか悲しくはならなかった。

 その後、みんなで多美さんのご飯を食べて、食後は二人で並んで食器を洗うとすぐにお皿は片付いた。
 リビングで寛いでいると、上の子三人は部屋の片付けに消える。部屋割りはジャンケンで平和的に決めたようだ。
 郁也はまた俺のミニカーで一人遊び、多美さんがそれを横で見守る。テレビは歌番組を流しているが音量はかなり絞られていた。
 ここで眠くなるのは当然で、引っ越しに向けた手続きにずっと振り回されていたから。
しかも多美さんの料理は美味しくて、普段より多く食べてしまった。今度は庭でお茶とかしたいな……家庭菜園したいって言ってもいいかな……
 ひじ掛けのある四人掛けのソファーでうとうとする。そのまま体が傾いでも、重みを受け止めてくれる人がいる。
 ふふっと笑って顔をこすりつける。
 俺がずっと焦がれた家はここにあった。
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