オメガの家族

宇井

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25 子供達の願い

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「半年毎の調査に減らしていたから、史の離婚に気付くのが遅れてしまった。今頃になって親族と名乗り出ても史は援助を受けない気がして、遠回りでも確実な方法を選んだ」

 郁也の保育園は、史との接触で予定が変わった。
 佐保が桐城学園出身だった事もあり、受験さえすれば滞りなく入園できる段取りをしていたのだ。しかし体操教室での一件を聞いて考えを改めた。二人の精神的負担を考慮すれば、既知の保護者達から離れるべきだからだ。
 リサーチした中で一番の候補に挙がったのが志堀はばたき園で、ここなら佐保が手を回さずとも入園できる確信があった。というのも郁也は園が求める傾向の子に近いからだ。
 佐保が縁故を使ったのは入園考査の日程だった。佐保と史、郁也の三人で出向いたのは単なる見学ではなく、はばたき園独自の入園考査の場だったのだ。
 郁也は親から離れても泣かず騒がず、先生の言う事を理解し、他の園児との遊びに溶け込んだ。最後は子供らしさを見せ、砂場遊びに没頭した。
 明るく素直。友達と貸し借りができる。自分の意思で動く。そんな郁也のおかげで、第二候補、第三候補が必要なくなった。
 
 負担のない仕事を用意するのも必要な事だった。
 駅前の立地のいいビルの空きフロアに美容院を作り、着付け師として史を雇い入れる計画。
 店長にはここに美容室を作った意味を理解させた上で雇用契約を結んでいる。人選には一番気を使った。美容師としての腕も美容室としての経営も二の次だ。
 史を社会復帰させ自信を持たせる事。家族以外のグループに所属させる事。安定した収入をもたせる事。それだけ果たせればいい。
 着付けの値段は相場より安く設定してあるせいか客足は上々で、史自身の評判もいい。着物と小物のインセンティブ支払いは、ほとんどがカタログでの売上げとして数字を出し上乗せしている。
 次元をこえた佐保の手の出し方に、三人の子供は驚いていた。
 佐保がお金を持っていることはわかっていたが、その懐具合をかなり見誤っていた。
 史の父親であることは見破っていたけれど、佐保がどんな立場で生きてきたかまで、あえて詮索しない事にしていたのだ。

「何より大事なのは住環境だ。住む環境が悪ければそれは毒になる。そこからは君達の想像通りだ。住んでいるアパート、隣接するもう一棟の別アパート、保安の為に前後の土地建物も買い取ることにした。あの付近には野良のαがいたから遠くへ出て行ってもらった。あとはまあ、ご存じの通りだ」

 計画を多美に相談したら、アパートは多美に取られてしまった。それ以降は多美の独壇場だ。
 元々のアパート住人や地主には破格の条件を提示して退去してもらった。その交渉には多美も出向いている。

「となると、うちの隣に住んでいるはずのご夫婦は関係者でしょうか?」
「あそこは一応集合住宅だからね。多美と君たち家族以外に誰も住んでいないアパートでは不自然だし、カモフラージュに警備の者を投入した」
「警備って、あの二人は夫婦ではない?」
「夫婦を装った警備会社の者だ。居住してはいないから、設備点検の時に顔を合わせたのだろう」
「それはすごい」

 怜がつぶやいたのも当然だ。その二人はあまりに自然に夫婦として寄り添い、普段着にコンビニ袋なんてぶら下げていたのだから。

「しかし近隣の人の流れは常にチェックしている。プライバシーに配慮して君たちの盗撮盗聴はしていないから安心して欲しい」

 よかったと、明らかにほっとしたのは空と怜だった。特にやましい事はないのだが。

「史の外出には警護人を一人つけているが、これも史のプライバシーだから行動報告は受けないようにしている。史が危険に晒されない限り動かない、見守り続けるだけだ。それは光流君でも気付いていないよね?」
「誰もそこまでは読めませんよ。僕たちはほとんど学校にいるんですから。でもこれで答え合わせができました。やはり全部が全部、佐保さんの仕業だったんですね」
「そうなるね。宗賀家には感謝しているが、史への仕打ちが、私の両親とまるで同じで、やるせない」

 Ωを受け入れない。金は渡さない。血にこだわる。

「手を貸すのが遅くなって申し訳ない。でも私の見過ごした穴も君達が一生懸命に埋めようとしていたね。本当に素敵な家族を作ったんだね、史は」

 佐保は心の底からそう思ったのだ。

「そこに、佐保さんが入ってくる気持ちはないんですか? ずっと見守るだけに徹するんですか? 僕達はみんな歓迎するのに」
「ありがとう、光流君。本来なら、これほど史に接するつもりはなかった。史と郁也との接触はほんの私の出来心であって、まさか声をかけられるとは思わないし、その後も会う事になるなんて到底……こうして、孫たちと共に史の誕生日会をするなんて、偶然が重なった上での奇跡だ。私は残りの人生の幸運を全て使い果たしたんだと思うよ」

 佐保は目をしばしばさせた。
 病院から再検査書類を受け取り弱気になっていた。病気で儚くなる前に息子を感じたかった。すれ違うだけでよかった。
 その後病院で再検査を受けたが結果はグレーで、念の為の処置を受けて終わった。今では完全な健康体だし、気を使った生活をしている。それも史と孫を見守りたいという欲が出て来てしまったが故だ。
 光流は空と怜に目で何かを合図する。

「佐保さんに、僕達からお願いがあるんです。それはさっき言った、佐保さんが家族の一員になることに関係しています。僕達三人はαです。いずれ母の元から自立する事になります。それは母が予想するよりもずっと早い時期になるでしょう。そうなると残るのは母と郁也だけになります」
「素直すぎる母と、人たらしの郁也……郁也なんてあんなに小さいのに色気があるって言われて。二人だけの生活とか想像するだけで怖い」

 空が口をはさむが、それはみんなが危惧している事だ。
 高校はこのまま桐城に進むとしてもその先はわからない。行く先も国内とは限らない。
 続きを光流が受け取る。

「母はいつも気丈に振る舞いますが、僕らがいなくなったらダメージは大きいでしょう。だから僕達は佐保さんに母を支えて欲しいんです。残された兄弟には重く、多美さんでは足りない。それは佐保さんにしかできない事だから」

 同意した怜が畳みかける。

「自分が父親だと告白しても、母さんは許すと思います。と言うか、許すなんておこがましい概念はきっと持ってない。父親の登場に最初は戸惑っても、やっぱり喜ぶんじゃないかなあと。佐保さん、どうか母と僕達を引き取ってください」

 お願いします。三人がそろって頭を下げた。

「最初はこんな頼みをするなんて、図々しすぎて口に出せないかもしれないと思いました。実際、これまでも何度かお願いしようとしていたんです。できなかっただけで。でも佐保さんの告白を聞いたら、気持ちが大きくなりました」
「佐保さんは母さんも、僕達も愛している。これからは、おじい様って呼びたい」
「佐保さんが思ったより富豪だとわかったし、ここは是非に!」

 空が笑わせにかかるが、佐保だけは表情を固めていた。

「しかし……私にはその資格はない。君たちが巣立つのも先だし、史もまだまだ若いし、史を支え一緒に暮らしたいと思うαも……」

 戸惑う佐保に空が口を挟む。

「資格がないとか言うのはナシで。なんか……そういう所が佐保さんと母さんはそっくり。悩まなくていい所で悩むの。見た目だけじゃなくて、そう言う所は俺も引き継いでるみたい。遺伝。佐保さんも母さんも俺も、泣き虫だから」
「空は試合後もしょっちゅう泣いてるしな。汗ふいてるふりなんてとっくにばれているのに」

 怜が空をからかい笑う。

「おじい様、か……君達は史に施設にいた事情や、祖父母にあたる人の事を聞こうとは思わなかった?」
「ええ。それで母さんが悲しむ事はわかるから、あえて聞く必要はなかったです。兄弟で示し合わせた事もない」
「君達は母親思いの本当にいい子だ。その年齢で唯一無二の存在をわかっているんだね。私がそれを知ったのは最近の事だよ」

 史の壮絶な過去を知るまで、事実に打ちのめされるまで、その意味に気付けないでいた。

「でも、郁也が大きくなったらどう思うだろう。母さんのこと聞くかもしれないな。悪意なしに鋭いこと言う時あるし、不思議ちゃんの言動は読めないんだよね」

 怜の言う事はもっともだった。みんなの共通認識は郁也の言動は読めない言うことだ。
 郁也の名前が出て、みんなの緊張が少し解けた。



「ごめん、思ったより遅くなった」

 史と郁也が帰って来て、再び肌に当たる空気がふわりとする。
 
「なんか洗面に行く途中で支配人さんに会って、郁也の服を見たらバックヤードに連れて行ってくれたんだ。ちゃんとした店ってサービスが違うね。脱いだ服の汚れを叩いて蒸気で蒸してさ、慣れてるのかな。見惚れちゃった」

 郁也の服は汚れがあったとは思えないほどで綺麗になっている。

「でさ、なんかさ、支配人さんが変だったんだよ」

 史は笑顔が上手にできずにいる。

「郁也が俺にそっくりだって言って、なんか泣き笑いしてんの……どうしてだろう。あの人って佐保さんの同級生で……なのに、どうして俺達を見て泣くの……俺を、知ってるみたいに、泣くの」
「母さま?」

 母の異変に郁也が史の顔を下からのぞきこむ。

「おかしいよね。どうしてだろう、佐保さん……俺、そこから変になっちゃって、今は、いつもの俺じゃない。変なんだ。すごく変なんだ」

 史は目をふせ、突っ立ったまま動かなくなった。
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