オメガの家族

宇井

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17 保育園訪問

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 白手袋の運転手さんの車でやってきた園は、そりゃもう見た目から楽しい場所だった。
 設備は最新なのに、木をふんだんに使った温もりある建物。どこか懐かしいのはコンクリート製のお山の真ん中に土管が通った遊具があるせいだろうか。
 建物の外にあるのは園庭というか園所有の山? 庭から裏にある丘まで繋がっていて全部が遊び場になっている。
 佐保さんが言ったとおり自由。はだしの子がちょこちょこいるし、年齢でのクラス分けはしているけど、遊ぶお友達に年齢は関係なく、小さい子から大きな子まで入り乱れている。
 まるっきり放任でもなくカリキュラムはあって、暗算とか英語とか体育とか、専任教師がやってきて習っているらしい。
 見学の最後に佐保さんと俺は会議室で細かな説明を受けた。
 佐保さんは席を外そうとしたけれど、俺達の置かれた環境は半ば知られている訳だし、俺が引き留めて席についてもらった。
 郁也だけは教室で体験入園させてもらえたから、大人だけの場で何も隠さずに家庭の情況を伝える事ができたはずだと思う。


 話が終わり郁也を教室へ迎えに行ったけれど、俺の「帰るよー」の言葉に反応して教室から外へと飛び出し、砂場で遊び出してしまった。
 体験程度では遊び足りなかったのだろう。

「こらっー、帰るぞ。今日は見学だけだって……言ってるのに」

 叫んでも俺の声は届いちゃいない。
 やはり年の近い子供との遊びを求めていたのかもしれない。それに初めてみる遊具や道具は大人の目から見てもワクワクするから仕方ないのかも。
 砂場にいる保育士さんがこちらに笑いかけて大丈夫ですよと言ってくれたので、俺は頭を下げておいた。

「いい所ですね」
「ええ、そうでしょう? 付属はまだ小学校までしかありませんが、最近は名門を受験するような子供達がこぞって入園しています。欠員が出たら補充するシステムをとっていますから、取りあえず申請だけして、しかたなく別の園に通う人もいると聞きました」
「順番待ちなんですね」

 というか怖い。これだけの立派な学園だと掛かる費用もそれなりだろう。さっきの園からの説明では補助が出るからそれほど掛からないと言う漠然とした答えだったし。もしかしたら桐城学園より設備費が高い可能性がある。いただいたパンフレットが入った袋を持つ手に力が入る。
 いい園だとはわかるけど、その辺りのすり合わせができなければお断りしなきゃ。何だか今日は汗をかいてばかりだ。

「普通であれば今からの編入は難しいです。しかし郁也君は男性Ωの第四子の上にシングル家庭の子、あなたが定期的に通院されているなら更に入園の優先順位は上がります。枠さえできればすぐに入園できるでしょう。減額補助に奨励金で個人負担はそれほどない。駅からスクールバスが出ているから車がなくても通園ができます」

 さっき園から受けた説明より佐保さんの解説の方が断然わかりやすい。

「こんな好待遇、いいんでしょうか」
「堂々と受けられる権利です。ここは寄付金なんてものもありません。その曖昧さが私立の伝統校受験を躊躇させ、結果ここが人気となっている側面もあるのでしょう。その点でも一番にお勧めしたい園です」
「佐保さん、本当によくご存じですね」

 佐保さんは独身だと聞いている。子供のいない人が園の事情なんてわかるはずないのに。

「郁也君とあなたへの恩返しのために調べたんです。その過程で教育関係の知り合いに連絡を取ったのですが、寄付についてはほとんどが口を濁して終わらせようとしましたからね。やましい事しかないのでしょう」

 俺たちの為に縁のない世界について調べてくれて、その上でこの園を一番に選んだ。時間も手間もかかったはずだ。
 なんか申し訳ないな。

「そんな顔しなくていいんです。言ったでしょう私は無職で時間だけはあると。それに……」

 佐保さんはしばらく口を閉ざしてしまう。その間何度もためらうように口を薄くあけ、やはり閉じた。
 園児たちには俺と佐保さんの存在になれ、まるでいないかのように横を走り過ぎていく。
 佐保さんは遠いどこかに焦点を合わせるみたいに、目を細めた。

「……私はかつて結婚していまして、それも短い期間で終わってしまいました。子供にはあまり構うこともなく、息子の姿は三、四歳のままでとまっている。仕事ばかりの生活で、自分にも昔は家族がいたことを忘れていました。それほどワーカーホリックだったんです」
「今は元の奥さんと息子さんのこと、気にされているんですね」

 仕事漬けだったという佐保さんの過去は意外だった。郁也とのやり取りも自然だったし、とても楽しそうに見えたからだ。

「気になると調べずにはいられない質で、大きくなったはずの息子が今どんな生活をしているのかと人を雇いました。待っている間も落ち着かない状態で、何をしても身が入らない。やっと送られてきた報告書を見て、驚きました。書かれていることが信じられなくて、調査人を呼んで詳しい説明を求めました。私は冷静な人間だと思っていましたがね、間違いのない事実に、その場で慟哭しました」

 別れた家族に何かがあったんだ。とても酷い何かが。
 佐保さんの心を大きく揺るがしたのはどんな事だったんだろう。俺には想像もできない。

「すいません。俺、余計なことを聞いてしまいました」
「いいえ、いいんです。むしろ私は聞いて欲しかったんですから。別れた妻も息子も生きています。息子は家庭をもち子供にも恵まれていましたし、調査した時点では、孤独ではなかった」
「息子さんに子供さんがいたんですか。知らない間に佐保さんはお祖父ちゃんになっていたんですね」

 おじいちゃんという単語に佐保さんが顔を緩めた。

「強い信念があって独身を貫いてきた訳ではないので、たとえ名乗れなくても孫の存在は嬉しいものです。そしてその子たちの存在もあるからなおのこと、後悔の念が湧き上がってくる。自分はどうして間違えたのかと過去を思い返しては、心の中で息子に謝罪する日々です。今日の件はお礼だけではなく、あなたたち親子を身代わりに立てて贖罪している部分もある。その点ではとても申し訳ない。私は勝手な男です」
「ただ流されて生きてきただけの俺が言っていいかわからないけど、いつか息子さんに会ってその気持ちを伝えられるといいですね」

 佐保さんがこれ以上俺に謝らないように、なるべく明るく返した。
 どこかで過去にけりをつけないと、佐保さんは死ぬまで反省し続けて、自傷しながら生きる事になる。それは辛い。

「小さな息子はかわいかった。ミニカーが好きで、郁也君とは違いとても大人しい子でした」
「やっぱり男子はミニカーですよね。俺も好きでした」
「外食の時にもズボンのポケットに忍ばせてくるから、そっちが気になるのか食事をよく零して、隣にいる私は彼の口元を拭う役割で忙しかった。こちらの手も汚れてしまいました」

 佐保さんが目を細める
 なんだ、どんな冷血親父だったのかと思えば、息子に優しい父親をきちんとやっていたのだ。やっぱり佐保さんは昔から優しい人なのだ。

「佐保さんが名乗り出れば、息子さんは喜ぶんじゃないかな……あ、俺は施設育ちで、親には捨てられてるんです。だから佐保さんのような人が父親だって現れたら嬉しいだろうって、そう思ったんです」

 佐保さんがここまで喋ってくれたので俺も隠すことはない。

「史君は、両親を恨んでいない?」
「恨みなんてありません。三十過ぎたおっさんになったって言うのに、未だに生きるのに必死すぎて恨んでる暇がないんですよ。ちゃんと調べれば父親の名前とか、どこで何してるとかわかるんでしょうけど、しません。俺が必要ないから一度も接触がないんでしょうし」

 新しい家族がいるかもしれないし、俺の存在などとっくに忘れているかもしれない。邪魔だとさえ思っているかもしれない。

「しかし、会いたくても会わせる顔がないと思っているのかもしれない。私のように」
「どうでしょう。でも借金の申し出をしてこないだけ、いい親なのかもしれません。期待がないから落胆もなくていいです。子供たちは自分の祖父母が友達より少ないことを疑問に思ったこともあったでしょう。でも俺には何も聞いてきません。空気が読める子達でとても助かります。俺の母親なんて本物の鬼でしたし、心底どうでもいい。このまま静かにしていてくれたら、俺の悩みは増えないです」

 ここで佐保さん泣きだしてギョッとしてしまう。

「……すまない……」

 佐保さんが俺の手を両手で握って謝ってくる。この程度の男Ωの不幸話なんて世に溢れているだろうに。

「謝らないでください。自分だけが不幸だなんて思ってないし、言いたくないことだったら俺、自分のこと口にしません」
「違う……違う……本当に私は悪い人間だ。いい訳にしか聞こえないだろうが、知らなかったんだ。そんなつもりはなかった……私には謝ることしかできない…どうか、どうか…愚かな父を許してほしい。いや、許さなくていい……恨んでいいんだっ、ううっ」
「佐保さん、落ち着いてください。俺はあなたの息子さんではないです」

 俺の話を聞いて自分の息子と混同してしまったのだろうか。俺から目を逸らさずただ謝罪を繰り返す。
 気持ちの整理がつかないのか、唇の端がぶるぶると震えている。
 佐保さんの目は赤く充血していた。家族に対する申し訳なさが、ここまで佐保さんを苦しめているとは思わなかった。
 佐保さんは俺を通して自分の息子に謝罪していた。

「俺は、あなたを許します」

 目の前の人がこんなに苦しんでいるのに、俺では救えない。救えないのに、そう返事をしていた。

「うっうっ……史君、ふみくん……ありが、ありがっと、うっ……」

 佐保さんは一瞬きょとんとした後、静かに泣き始めた。
 郁也はこっちがシリアスになってるとは知らず、見慣れない道具で黙々と砂遊びしている。あまり動いているように見えないけど、きっと靴の中に砂ははいっているだろう。
 靴の替えは持ってきてない。佐保さんの車に乗る前に落とさなきゃな。
 やっぱり家でごろごろしている幼児なんていやだ。体が元気ならこうしてお友達と遊んでいてほしい。
 無邪気に遊ぶ郁也が眩しい。

「佐保さん、見て下さい。郁也がすごく楽しそうです」

 佐保さんの視線が郁也に移動する。

「あいつ鼻をピクピクさせるから、興奮具合がわかりやすいんですよ。迷ってたけど、俺この園に決めます。郁也もきっと桐城学園より近くの公立よりこっちを選ぶと思うんです。郁也があんな笑顔になれたのは佐保さんのおかげです」
「郁也君が……」
「はい。笑顔が眩しいってやつです。佐保さんのおかげです。ずっと塞ぎこんでいたのに」
「そうか……よかった……そう言ってくれて、ありがとう」

 郁也の顔を見て徐々に我に返ったのか、佐保さんは握っていた手を離してくれた。

「……第二、第三候補も用意してあったのですが、そちらには断りを入れておきます」
「え、あと二つあって、そちらにも見学予約いれてたんですか?」
「ええ、しかし上のお子さんたちが帰る時間も計算に入れているから、それほど拘束するつもりはなかったです。予定ではもう三十分早くここを出るつもりでした。まさか郁也君が遊びはじめるとは……子供は自由で、本当に面白いものです」

 佐保さんが袖をずらし腕時計を見る。そしてまだ帰る気がなさそうな郁也を見る。そして視線が俺に戻る。

「……今日は泣かないつもりだったのですが、取り乱してしまって、申し訳ない」

 目尻を下げて情けない顔をするから、こっちはにんまりしてしまう。年上のα男性にかわいいとは失礼だろうけれど、泣いた後の佐保さんはかわいかった。
 しかし困ってしまうのは超楽しんでいる郁也の存在だ。
 もう帰るからと言って納得してくれるだろうか。砂場を見ればひとりで何か大物作成に取り掛かっているように見える。
 素直に帰ってくれる術を考えているんだけれど、さっきから佐保さんの視線が俺に突き刺さっていて痛い。

「あの……どうかしました?」

 並んで立つ佐保さんの目力を無視できなくなって問う。
 さっき食べた昼が口にでもついてたか、と何気なく頬を触ったりする。見られているかと思うと何だか皮膚が痒くなる。

「すみません……君は……君と郁也君は、私の息子に似ている、とても」
「嘘。佐保さんの血を引いてるのに息子さんってこんな顔なんですか。あ、違うか、雰囲気がってことですよね」

 勘違いしたことが恥ずかしくて、指先で頬をかりかりひっかいて照れ隠しする。
 佐保さんほどダンディな人の息子がこの顔なわけないわ。

「いいえ。顔立ちが、という意味で言いました。君たちは、私の息子にそっくりです」

 ほう、それはちょっと意外だ。
 息子さんの記憶は四歳で終わり。持っている写真もその頃のものだろう。四歳。今の郁也よりちょっとだけ大きいくらい?かな。
 息子さんは佐保さん似ではなく奥さんの方に似たのだろうか。だったら奥さんは癖のないお顔立ちだったのだろうか。
 …………………。
 しばらく佐保さんと見つめ合う。
 佐保さんの真っ黒な瞳の表面を虹色がゆらめいている。また涙が溜まってきているのだ。
 これ以上はどうにも慰めようがなくて困る。
 俺は自分の顔が好きじゃない。愛着はあるけど嫌いな所がいっぱいある。肌は褒められるけど造作は褒められたことがない。
 この手の顔はごろごろしてるから、あまり自分を卑下するのもよろしくないんだけど。

「なんか、俺に似てるってすいません。それってある意味奇跡ですね。佐保さんの血を引いても顔に特徴が出ないなんて。じゃあ性格や頭脳が佐保さんに近いかもしれませんね。だったらきっと優秀なんでしょう。自慢の息子さんじゃないですか」

 俺が息子だったら佐保さん似の顔面でありたいなあ。
 そんなことをぼやくと、佐保さんはなぜか困った顔をした。
 ……えっと……うんと……俺もめっちゃ困る。

「……君が」
「はい?」
「史君が愛される理由は、そこにあるのかもしれません」

 いや、誰にも愛されていませんけど。旦那にはポイ捨てされたし。だからそう堂々と宣言できる。
 見つめ合っていると、佐保さんは疲れの滲む長い溜息を吐いた。

「予想外に消耗してしまいました……」
「それって大丈夫じゃないですよね。さっきの会議室をお借りして休憩させてもらいましょう。俺の肩に手をまわしてください。どうぞ遠慮なく」

 この前倒れたばかりの人だったことを忘れて、ずっと立たせたままだった。
 佐保さんの腕を強引にとり、自分の首にまきつかせる。Ωの頼りない体でも杖の役割くらいは果たせるはずだ。俺の行動に佐保さんは驚いているけど無視だ。

「おーいっ、郁也。俺と佐保さんはさっきのお部屋に戻ってるからな。そのままお友達と遊んでてっ」
「えーっ、僕も行きます」

 てっきり砂場に残るかと思ったのに立ち上がる。すると周りの三人の園児が郁也を囲んだ。

「いくちゃん、帰るの? 次はいつ会える?」
「えーっと、すぐに会えるよ。僕もここに入園するから」
「やった!」
「もう行くのぉ?」
「まだ遊びたいって、俺がいくちゃんのパパに言ってあげようか? 言ってあげるよ」
「大丈夫だよ。ありがと、みんなバイバイね」

 あれ、郁也は職人のように黙々と一人で遊んでたよな。それがいつの間に友達作ってんの? しかも入園するって勝手に断言してるし……
 引き留める声を背に郁也が小走りでやってくる。

「郁也君は友達を作るのが得意のようです。私の息子は友達が少なかったようだが……」
「友達は俺もいませんでした。ただ一人の親友は15の時から会っていないし。でもそれで充分です。悲しい時とか悩んだ時とか、漫画を読んで答えをもらったり慰めてもらったりしました。本じゃなくて漫画ってところが、いまいち胸を張れない所なんですけど」

 何もかもを自分のせいにしようとする佐保さんに、それは違うって言いたくなった。それから笑わせたかった。

「史君お勧めの、いい漫画があれば教えてくれますか?」
「もちろんです。最近読んでいないんで、紹介できるのは古いのですけど」
「なんでもいいんです。私は君が好きな物が知りたい。君を知る手がかりが欲しい」

 佐保さんが間近でにっこり笑うから、胸にずっきゅんきた。
 やっぱりかっこいいし……
 αらしき人とこれだけ接触してときめいているのに、俺のΩ性は凪いでいる。どきっとしても、その後はとても穏やかになる。
 こんなこともあるんだな。苦手な年齢の男性で、気が合う人。
 苦しんでいた佐保さんには悪いけど、河川敷でのあの偶然の出会いにとても感謝したい。

 こうして佐保さんとの出会いは俺と郁也に大きな影響を与えた。
 郁也は桐城学園の事なんてぱぱっときれいに忘れて、今回見学した『志堀はばたき園』に入園した。
 申請して一か月ほどで入園許可がでて、すぐに友達もできて、通園バスも楽しんでいる。何事もなければこのまま志堀小学校に進学するだろう。
 佐保さんとはそれからも仲良くさせてもらって、多美さんアパートにお招きするまでに進展した。
 今では家族ぐるみのお付き合いで、光流や怜は俺がいなくても佐保さんとやりとりしたり、外で会ったりしているくらい仲良し。
 空は部活で忙しいから、佐保さんが試合を見に行ってチームに差し入れなんかもしてて、俺より保護者活動が熱心。社交が上手だからすごく助かってる。
 でも俺と郁也の三人でご飯するのが一番楽しいって、佐保さんはこっそり言ってくれる。ちょっと照れるけどかなり嬉しい。
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