訳ありの僕が完璧な恋人にプロポーズしてみた結果

宇井

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22 プロポーズの結果 最終話

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 ようやく国都へ到着した。
 これまでの間にわかったのは、ロイド死亡は事実であり、教会で発見された遺体は間違いなくロイド本人であると言う事だった。
 ラウルの元へやってきた情報は国都の所長からもたらさせた物で、遺体は国都から派遣された医師が再度死体検案した上でだされた結論だったようだ。
 新聞に父の名前がのらなかったのは、長い時間をかけたイーヴォ達の活動や、犯罪被害者の団体が国や新聞社に訴え続けた結果が影響したのだ。
 後発の雑誌には名前が出されていたのだが、昔のような誹謗中傷はなかったのだから、今はこれでよしとするしかないようだ。
 
 三人が真っ先に向かったのは国都の中心にある教会だった。
 ここは都会の真ん中にあるのに庶民にも開かれていて、扉は常に解放され訪問しやすくなっている。
 母の遺骨は回収できず、父の遺体は行方不明となったままだけど、ここはそれ以外の事情までも理解した上で二人を供養してくれた場所だ。
 お布施をして蝋燭をささげ、目を閉じ祈りを捧げれば、チコの中に疑問が浮かんでは消えた。
 自分は何に対して祈っているのだろう。なぜ神は両親を助けてくれなかったのだろう……
 どうして? なぜ? チコには普段から信心なんてないけれど、こんな場に来た時だけは、どこかにいるのかもしれない誰かに、投げかけたくなるのだ。

 その後で向かったのはイーヴォ家だ。
 少年期を過ごした家は変わらないまま、おじい様は思ったより皺が増えて体には脂肪がのり、おばあ様は車椅子にのっているせいか小さくなってしまったようだった。
 もう大人になったのだから、きちんと挨拶をして、これまでの感謝を伝えて……そう思っていたのに、玄関ホールで待っていてくれたおじい様からマシューと呼ばれた途端、チコは抱き着いておいおい泣いてしまった。
 マシュー、頑張った。よく頑張った。
 そう繰り返されて泣き止めるわけがない。
 おばあ様、当時と変わらない顔ぶれの使用人のみんな、チコは順番に抱き合っていった。
 自分達が来るのをこの場で待っていてくれたのも嬉しかった。

 ようやく玄関から移動し、懐かしいダイニングに腰を落ち着けた。ラウルの席もリアナの隣に用意されている。
 大きなテーブルにはお茶と上品な菓子が並んでいる。壁の装飾は見覚えのある物だけれど、季節に合わせて交換されているのをチコは知っている。
 ここにいる限りチコは奉仕される側にまわる。
 椅子が引かれ、座っていればお茶が出てくる。体調も好みを把握されているから、出される物は期待から大きく外れる事はなかった事を思い出す。
 ここにいる時から好んで食べていたバタークッキーを発見して嬉しくなってしまう。当然一番最初にそれに手を出し自分の皿に乗せてしまった。
 その動作を予見していたのか、おじい様は満足そうに頷き、壁に控えるメイドが微笑んだ。
 まるで時間が巻き戻ったみたいなひと時だった。

 お茶をしつつ話すのは、チコの寄宿舎時代の生活が主になった。
 ここにいるとチコが中心になってしまうのは昔と変わらない。チコには場を和ませる能力があるのだ。それでも姉はあの頃とは違い、柔らかな表情でおばあ様に寄り添いその手を握っていた。
 そんな姿を見て初めて、姉は姉でおばあ様との絆を確かに結んでいたのだと気づいた。
 姉が家庭教師として働きで出る時、ここを出て住み込みをしようとするのを反対していたのは、おばあ様だったはずだ。
 未婚の若い女性が屋敷の主人の手籠めにされるのは、珍しい話ではないと今ではわかる。おばあ様は姉が搾取される事のないよう必死に止めていたのだ。
 なんだ、僕に嫉妬する必要ないじゃん。
 そう思ったけれど口は閉じておいた。
 こうして貴族の生活に再び触れたけれど、戻りたいとか羨ましいと思う事はなかった。自分を愛して支えてくれた人たちへの感謝と懐かしさだけしかなかった。 
 ラウルは夕食後にイーヴォ家を出て、養父の家へと帰っていった。
 チコとリアナは一晩泊まり、翌日に屋敷を出た。
 また顔を出すと約束して笑顔で別れる事ができた。

 五ブロックも姉と並んで歩くと見覚えのある小さな公園が見える。
 そこで遊んだ事はなくて、通学の時に横目で見るだけだった場所だ。

「私とラウルはしばらくここに滞在するけど、チコはどうするつもり?」
「当然、オーソンへ戻るよ。今すぐにね」

 姉は歩みを止めて口元に手をあてクスクスと笑う。イーヴォ家には一晩いただけなのに、お上品モードが抜けていないようだ。

「元気になってよかったわ。釣りに出てはぼけっとしているし、夜は元彼のシャツを着て寝るようになったし、明らかに様子がおかしいって心配していたのよ。チコはラウルに心配をかけすぎね。もういい加減にしてもらわなきゃ」
「わぁあ、ごめん。こっちはそんな自覚なかったよ」

 姉から聞かされる自分の姿は恥ずかしい。自分といる時間が一番長かったラウルにまたも心配かけてしまった事が申し訳ない。

「オーソンはいい所よね。国都も好きだけどここは貴族と金持ちが楽しい街ね。貧富の差が露骨に目に見えて苦しくなってしまうわ」
「子供の頃は深く考えてなかったし」

 公園のフェンスの向こうでは、小さな家が規則正しく並んでいる。スラムではないけれど、こちら側との街並みの違いが一目でわかる。

「さあ、これからどうしようかしら。今は教職に興味ないし、何か別の商売をするのも楽しいのかもしれないわね。ミリのように自然の中で暮らすのも魅力的。でも仕事も住む場所も、ラウルの仕事の都合もあるから、じっくり相談して決めなくては」
「僕はこれからもオーソンにいると思う」
「ええ、チコにはあの空気が合っているもの。私たちはまた離れて暮らす事になるのね。年に一度……最低でも二年に一度は国都で顔を合わせましょう。そう決めておかないと簡単に疎遠になるわ。教会で祈ってイーヴォ家に行って、そして昔話をしましょう」
「わかった。絶対にそうしよう。ラウルに愛してるって伝えておいて。また会う時まで元気でね、姉さん」

 またね、そう言って姉と別れた。


 姉との別れに寂しさを感じつつ、汽車に乗ってからはブラムの事ばかり考えていた。
 怒ってるかな。
 手紙一枚を置いてきただけなんだから戸惑っただろう。そして次には怒る。チコが同じ事をされたら初手から怒り狂うだろう。
 もしかしたら別の相手を見つけている可能性もある。ブラムはかっこいいから、フリーになったと知った男女が群がっているかもしれない。
 どうしよう。
 チコはそれに対して文句を言える立場にない。
 だけど一度は会って、それから自分の全部を話してしまおう。自分たち家族にあった事件に、お世話になった人たちの事。そんな全部を。
 今になって打ち明け話なんて自分勝手だろうか。ブラムからした迷惑な話だろうか。
 早く着かないかな。
 オーソンに到着するまで、そんな焦れる気持ちは続いた。


 ようやくオーソンに到着したのは昼。
 チコはこれまで移動した距離に疲れていた。
 この町を一度出て、それから寄り道をして国都。国都からはまっすぐ帰ってきたけれど、これほど馬車や列車に乗り続けたのは初めてだった。
 しんどい……
 駅を出てゆっくりと商店街の方向に道を進んでいけば、ランチボックスや飲み物屋の簡易的な露店が一列に並んで商売をしている。
 時間もいいのか建物から出てきた人がぽつぽつと並び始めたような状況だ。
 急にのどの渇きを自覚したチコは暖かい紅茶を一杯もらい、店の横のベンチに腰掛け口をつけた。
 駅前の通りは埃臭くていけないけれど、商用ビルの通りは空気も綺麗で雑音も少ない。あまり縁のない場所だったせいか、まだ自分は旅の途中で、どこかの知らない街にいるみたいま感覚だ。
 そんな風に都会の景色を移していた視界に男が唐突に割りいってくる。

「あー! チコ君見つけたっ。なんでこんな場所でのんびりしてるの? 家でブラムが君の事を待ってるってのに」

 スーツはかっちり、ボタンはしっかり閉めているけれど、シャツの襟が女性物のようにヒラヒラとしている。
 ちょっと変わった人だけど多分色合わせのセンスはいい。少し警戒しかけたけれど、彼の口から出たブラムの名前は無視できない。
 
「ほらチコ君はアパートの鍵も返しちゃってるでしょ? だから自分が留守の時に帰ってきたら困るからって言い訳して仕事しないんだよ」

 ぶつぶつ。
 男性はチコの戸惑いなど関せず不満を続ける。色々とこちらの事情がわかっているのだからブラムの知り合いなのだろう。

「気持ちはわかるけどさ、いつまでもそれで引っ張るのってどうなの? そんな所でチコ君が帰ってきたんだから、明日から出張行ってもらお。送っていくからおいで」

 着いてくるのが当然とくるりと背を向けて歩きだしてしまう。
 不審者ではあるが顔が広いようで、誰かに『アンドレイさん』と声を掛けられると手を上げて挨拶を返している。
 フランコ商会の人だよね? それとも議員さん? まさか舞台俳優さん?
 チコが自分を知っている前提で話を進めてしまうのだから、それくらいしか思いつかない。
 疑問を抱きつつ後を追えば、通りに二人乗りの馬車が止められていた。
 
「あのね、言っておくけど、ブラムはチコ君にベタ惚れだから。それを自覚していなかった事に驚くよね。今の若い子ってそんな感じ多いのかねえ。めんどくさ」
 
 乗ってのってと急かされて隣に座る。知らない人ではあるけれど。
 ブラムをあの子、呼ばわりするのも気になってくる。
 
「でもさ、ぞっこんじゃなきゃ、あそこまでしないでしょ。現場を見てわかったけどさ、やっぱりブラムの腕はいい。それをもう使わないって言うのはもったいないよ。人類の損失ってのは言い過ぎかな」

 あっははっ。
 一人でまくしたて一人で笑う。チコの反応はどうでもいいのか、馬車は静かに走り出した。
 
 体が疲れていた事もあって商店街までの距離を早く移動できたのはよかった。
 動きだしてから隣の人は一言も口を利かなくなってしまったから、チコが降ろされる所で初めてまともな会話ができた。

「アンドレイさん、送って頂いてありがとうございました」
「こちらこそ、お喋りできて楽しかったよ。君が元気そうでよかった」
「あの」

 話を続けようとしたのだが、馬がいななき去ってしまった。
 何が何だかわからない。
 馬車を見送ってからくるりと振り返る。
 商店街でも花形の本通り入り口を前に、ようやくオーソンに戻ってきたのだとこみ上げてくる物がある。
 きょろよろしながら道を進んだ。
 この本通りを真っ直ぐに進み、広場に出た所で右に曲がる。しらばく行けばこの商店街で一番大きな建物の百貨店が右手に現れる。それに気を取られずに左の学生通りへ足を進めれば……ガラス扉をピタリと閉めたままの古書店があった。
 まだ借り手はいないようで寂しい。
 愛着のある店だから、シンと静まっているよりも、学生さんたちがやってくる賑やかな店であってほしい。
 勝手ながらそう思いつつ、かつての帰路をなぞると。
 ブラム……
 アパートが目に入った瞬間、建物の前に自分が置き去りにした元恋人が立っていた。
 チコの足取りが早くなる。ブラムが困ったような顔をして笑っているから。

「ね、なんで、そこにいるの?」

 距離があって聞こえなかったはずなのに、ブラムの前に着くと答えが返ってくる。

「商会の上司が、チコを拾ったから商店街の前に置いてきた、十分もせずやってくると、そう知らせにアパートへ来たんだ」
「あの人……アンドレイさん、だったらここまで乗せてくれてもよかったのに」
「あれは少し、面白い人だから」
「そっか、面白くて、でも優しい人だったよ」
「おかえり、チコ」

 ぎゅっと抱きしめられて胸が苦しくなる。大好きな人の温もりと匂いに包まれる。
 まさか『おかえり』なんて言ってもらえるなんて思わなかった。
 改めてブラムの表情を見るけれど、チコを不安にさせるような要素はひとつも浮かんでいない。優しい顔をしたブラムだ。

「ただいま。あ、の……手紙一つで黙って家を出てごめんなさい。本当に複雑な事情があって、その時は説明できなくて。でも今は僕たちに何があったのかを聞いてほしいって思ってる。言い訳ばかりでごめん」
「俺もチコに隠している事があるから、そこはお互い様だ。そもそも怒っていないから謝る必要ないし、チコはここに帰ってくるってわかっていた」
「めっちゃ自信過剰! でもそうだね、合ってる。ここを出てからね、本当にブラムの事を考える時間が増えたんだ」

 美しい景色を共有できない寂しさ。
 これ美味しいよって、あーんしてあげられない。
 収穫した野菜をみて、ちゃんと食べているか心配になった。
 魚釣りには没頭できず、盗んだシャツからはブラムの匂いは消えてしまっていた。
 パーテイーで夜通し飲んでも隣にブラムはいない。
 ダンスは楽しかった。次はブラムと踊りたい。あと大声で歌うのは気持ちいい。
 国都は昔より発展していて、外国の店もあって次に来た時にはブラムと行きたいって思った。
 
 チコが寂しかったのは本当だ。でもそれなりに楽しんでいた様子がうかがえてブラムの表情が緩むのだが、チコは何かを決心したみたいにブラムの瞳を強く見つめる。そのことにブラムも気が付いた。

「僕ね、この旅の途中で、父さんと母さんを殺した男の死を知ったんだ」

 チコの言葉は強かった。

「その時にわかった。もうこの男は天国に行くことはないんだって」

 病死でも老衰でもない、あんな死に方をした男が安らかに旅立てる先があるとは思えない。その魂はきっと父とは違う場所へ落とされるだろう。すれ違う事すらない。
 じわじわと涙がこみ上げてくるのをチコは何とか耐える。ここで泣いてしまっては話が続けられない。

「だけど僕は違う。あの男とは違う。僕はきっと会える。いつか天に召された時、父さんに母さん、それからアダム父さん……大好きだった人達にもう一度会える。神様なんて信じてない僕がそう確信したんだ。もう一度会える……信じてる」

 ロイドが死に、そう思えるようになってから死への恐怖が薄れていった気がする。
 自分の寿命はわからない。死に方だってわからない。もしも愛する人達を置いていく事になるのなら悲しいけれど、苦しみながら死ぬのも嫌だけど、きっと自分は絶望はしないと思うのだ。
 だって、その後には会いたい人達に会えるはずだから。
 だからその時まで精いっぱい生きたい。好きな事をして、好きな人のそばで生きていきたい。そうしたら父さんと母さんに、頑張って生きぬいた事を報告できる。アダム父さんにも、素敵な恋をしたよって言える。
 こらえきれずに落ちた涙を袖で拭う。そして、泣いてしまった事に照れたようにはにかむ。

「そうだ。その時にはブラムも父さんたちと一緒に僕を迎えてよね」
「それだと、俺がチコより先に死ぬって前提になるな」
「そっか。逆もあり得るのか」

 チコが先でブラムが後のパターンも普通に考えられる。
 うーん、まあそれも有りか……
 看取りたい派か、看取られたい派か、いったい自分はどっち派なんだとチコは考え始めるのだけれど、悩んだ所で選べないのだから意味はないのかもしれない。難しい顔をしたチコの額をブラムの指先がトンと触れる。
 死後の世界があるとは証明できない。つまりそれは無いのと同じ事。チコのそれはおとぎ話のような話だ……以前のブラムならそんな否定を口にしたかもしれない。だけど今は違う。

「チコのその考えは何というか、素敵だ。だから俺も、いつかそれを信じられたらと思う。だけど俺は……」
「ん?」
「残すのもの残されるのも嫌だ。できれば、その時が来たら、共に逝きたい。チコと」
「え……?」

 一緒に死にたいってこと? 心中? 後追い?
 愛情があるとしても、どれも結構物騒だ。

「悪い。言葉選びが間違っていた。つまり伝えたかったのは」
「わかるよ。これからもずっと一緒にいよう、そう言いたかったって事だよね?」

 それにブラムが頷くとチコに笑顔が広がる。

「いいよ、一緒にいよう。結婚してあげる! あれ、違った? そこまでは言ってない!?」
「いや、何も違わない」
「だよねっ」

 あまりの無邪気なさまにブラムは抑えきれずにクスクス笑いだしてしまう。

「その辺の話は部屋に入ったら、やり直させてくれ。その後は、家族の話、旅の話を詳しく教えてくれないか」
「もちろん!」

 二人は寄り添い自分達のアパートへ入っていった。

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