訳ありの僕が完璧な恋人にプロポーズしてみた結果

宇井

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19 チコの記憶 -ラウルを知りたい-

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 移動一日目は馬車を乗り継ぎかなり遠くまで移動していた。
 北上して西へ向かうルートで、次は内陸にある都市へ行くのだとだけ聞いてる。
 その夜チコは夕食も食べる間もなく、宿に到着してすぐに眠ってしまった。あの男から逃れられ緊張が解けた事と、移動距離に疲れた事、色いろと重なって久しぶりに落ちる感覚を味わった。
 目が覚めたのは翌日の昼近く。
 もしかしたらこの日の予定が変わってしまったかもしれないのに、無理に起こさず眠らせてくれたのだ。

 三人で同じ部屋に泊まったのだが、ラウルの姿は見えない。
 部屋には四つのベッドがあり広い。窓際には小さなテーブルまである。外は綺麗な晴天だ。
 洗面でぱぱっと身支度を整えて姉が手招きするテーブルにつく。朝食として用意してくれていたのだろう、三種類のパンにジャム、皿にはチーズが盛られている。
 おいしそう……
 久しぶりの感覚にお腹もクゥーとなる。悩みの元が遠くなってすぐこの反応とは体は素直だ。
 チコはまん丸で艶々のパンを手に取りかぶりつく。幸せだとふんわり笑うチコとは違い、向かいに座り窓の外を見ている姉は昨日と違い心ここにあらずな感じだ。

「少し落ち着いたことだし、一応チコにも言っておきたいと思ってて」
「ん、なに?」
「実は私とラウルって随分前からお付き合いしてるの」
「あ……やっぱり。すごく仲良かったもんね。恋人同士だったんだ。まあ、納得」

 実はそんな空気は薄々感じていた。夫婦という設定とはいえ二人の距離は近く、ラブラブそのものだった。
 なるほど、あれは演技ではなかったのだ。
 あまり驚きのないチコに姉は不満そうだ。それでもパンが美味しい。

「それで、ラウルからプロポーズされて、返事を保留してるところ」
「ん……ええっ! そっちの方がよっぽど驚くんだけど。なんで保留? もったいない」

 食事の手がとまってしまう。

「なんでって、なんでかしら。上手く言葉にできないけど、強いて言うなら、今じゃないかも? そんな感じ」
「好きなら結婚すればいいのに。僕は姉さんの相手がラウルってすごく嬉しい」

 ラウルは強い。そして優しい。それよりなにより、姉を思う純真な気持ちが全然隠しきれていないのがいい。
 彼が兄にになるのはチコにとっても嬉しい事だ。大賛成。
 つい姉とラウルの未来を想像してにこにこしてしまうのだが、姉の表情はそうでもない。

「ねえ……今までずっと触れてこなかったけれど、チコはラウルの事どれだけ知ってる? ラウルが国都の護衛会社の社員だって事はわかってる?」
「……ラウルっておじい様が直接雇ってるんじゃないの?」

 屋敷に仕える、例えばメイド、調理人、そんな直接雇用だとばかり思っているのだけど、姉は首を振る。
 ラウルは国都にある警備会社の社員で、イーヴォはその会社と契約して二人の護衛を依頼している。
 姉が単科大学を卒業した時点で今後の警護は不要だと申し出たのだが、イーヴォが既に契約を更新してしまっていた為に断る事ができなかったようだ。
 小さな警備会社にとっては大きな案件であるイーヴォとの契約は収入の大部分を占める。そんな事情への配慮もある。

「そこは元警察官だった人が社長で、探偵や警護をしている会社の社員なの。でもそこの会社は規模が小さいと言うか、少数精鋭というか、警護の案件だけでは儲からないから、社員それそれが得意な事で仕事を受注してるの。ラウルは私と合流してから不動産部門を立ち上げて一人で営業してるのよ」

 不動産の団体に所属すれば表に出ない物件情報が閲覧できるらしく、同業でのネットワークも広く作れる。その土地の情報も拾いやすくなるらしい。
 営業は一人でできる、どこにいてもできるらしい。
 あの南の町を選んだのも、これから行く先も、ラウルが探してくれた場所なのだ。姉のためは勿論のこと、チコの事も考えて。

「それよりも大事な事がある。チコはラウルの事を覚えてない? 最初に会ったのは本当に学園? 思い出してみて」

 姉は居住まいを正してチコを見つめる。
 そうではないだろうと言いたげに姉が訴えてくるけれど、チコには覚えがない。 
 ラウルに会ったのは、イーヴォ家を離れ、チコがチコになったあの時しか思い当たらない。 
 学園より前となると国都、その前となると事件のあった生まれ故郷になる。
 正直いってあの土地の事は、思い出したくない。あまり思い出せないというのが本当だ。
 一体どこで……
 気持ちを落ち着けるようにカップのお茶を飲み干す。
 姉は少しイライラし始めたのが表情に出ていた。

「チコはいいわよね。辛い時の記憶はあまりない。イーヴォ家にいる時も、小さい可愛いってチヤホヤされて、すぐに順応して」
「そんな言い方しなくてもいいじゃん。僕は僕で苦しんでた。姉さんだってイーヴォ家で楽しそうだったよ。いつもいっぱい食べててさ」
「なっ、私はねあの屋敷にも、綺麗な生活をする人たちにも慣れなかった。四人で囲むダイニングも気づまりで仕方なかったのよ。そうなったら食べて誤魔化すしかないじゃないの。あんたは学校に行くまでが大変だったけど、こっちは都会の学校や友達に慣れるまで地獄のようだったんだから。食べる事でしか発散できなかったのよ」
「学校とか友達って、そんなの僕には関係ない事だ」

 姉さん自身の資質が問題だったんじゃないか。
 初めての大きな口ゲンカに発展して、二人は互いに顔を背けた。
 せっかくのいい朝が台無しだ。
 そこでようやくラウルが部屋に帰ってきた。手には大荷物。昼の食事とこれから必要になる必需品の数々。そういえばチコは大切な物以外持っていない。いわば着の身着のままで町を出たのだった。

「ラウル、お帰りなさい」
「お帰り!」

 二人で荷物を受け取って使っていないベッドにおろす。

「何かあったのか?」

 微妙な空気を察したのだろう、ラウルが交互に顔を見る。

「……チコにラウルの事を話す所だったの。だけど何かイライラしちゃって、昔の事を思い出して黙っていられなくなっちゃった。だから、よければ、ラウルから話してくれない」
「そうか……久しぶりの兄弟喧嘩で加減がわからなくなったか」
「違うよ。そんなにほのぼのしてない」

 姉に当てつけのように言って、ふんとすると姉の顔が再びかっと赤くなった。まあまあ、と二人を宥めるラウルは何が面白いのか微笑んでいる。

「ここで切り替えて冷静になろう。俺がする話はチコにとって辛い内容になる、大丈夫か?」
「うん。僕はラウルの事、知りたい」

 ラウルの気遣いに力強く頷く。

「リアナちゃんは?」
「私も大丈夫」
「わかった。でも気分が悪くなるような事があったら中断しよう。いいね」

 躊躇いながらもラウルは昔話をはじめた。それは本当にチコが小さな頃の昔の話、初めて聞かされる話だった。
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