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11 別荘侵入(ブラム)
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山や森は身を隠すにはうってつけの環境だ。しかも今回はやみくもに動く必要はい。
野営を嫌う者は多いが、街中での偵察よりはるかに易しいとブラムは思っている。
ロイドの別荘を見張り始めて二日。姿はまだ見ていない。
ロイドがここへやってきてから外出したのは、紳士クラブへ顔を出した時のみの三度だけだと思われる。
普段は屋敷にこもりきりで、庭やテラスに出ることさえないようだ。昼間は一階リビングの窓は開けられていているが他は閉めたきり。
深い緑が作り出す空気は気持ちがいいはずなのに、これでは別荘地にいる意味がない。しかしこの別荘の主人は考えが違うようだ。
使用人は最小限の二人か。かなり少ない。
一人の男は図体が大きく動きが鈍い二十代後半と思わしき青年。主に屋敷の外で木の剪定や薪割りなどの肉体労働をしている。護衛も兼ねているのだろうか。
一人の女は三十代か。ロイドの世話や内向きの仕事をしているのだろうが、行動も荒々しくいつ見ても不服そうな顔をしている。
少し観察しただけで、気の利いた使える人間がいない事がわかる。
難のありそうな人材しか働き手として捕まえられないのが現実らしい。
生活に必要な物は配送頼みなのか、町からやってきた馬車の商人が慣れた調子で荷物を運びこむ様子をみた。
ここで得られる情報はこれ以上ないだろう。
ブラムは単眼鏡を懐にしまうと、十メートルはあろう高さのある木からスルスルと器用におり地面に着地した。
別荘の改装時には外門扉を大型に変えている。他には玄関扉の鍵を変え、大きな窓は三重窓に変更している。
貴族ばかりの別荘地。周囲に人気がない事もあり、防犯に気を使っているのは正しい。
しかしそんな素晴らしい設備も管理できる人間がいなければ飾りに終わる。
ブラムは白昼リビング窓からたやすく別荘内に侵入した。
黒の上下は場合によっては目立つのだが、それを咎める目は一つもない。
部屋数はあるのに使う人間が圧倒的に少なく、気配さえ悟られる心配はなかった。
何事もなく最初の目標だった二階の個室に侵入する。
平面図にあったように窓は小さく一つだけで、昼間なのに外からの明かりは入らず暗い。家具は一つもなく、床の絨毯は剥がされていた。
偵察や監視については人より優れていると評価されてきた。自覚はあまりない。
ブラムは扉を塞ぐようにごろりと横になり安息に入る。
本番は未明だ。
二つの寝息が重なる寝室で、使用人の二人が夫婦、もしくは恋人だとわかった。
両隣に使える部屋があるのに敢えて狭いベッドで、互いの体に触れながら眠るのは、両者に情があるから。そう言う事だろう。
自分はまだ目に見える範囲の情報だけでしか物事が推理できないようだ。
そう思いつつ、ブラムは二人の眠りがより深くなる薬剤を部屋に充満させた。
施錠されていた鍵を難なく解いて開けると広い空間が広がっていた。
カーテンは閉められているが、隙間から漏れる月明かりもあって大体の物が識別できる。
大きなベッド、脇にはチェスト。チェストにもたれかかる杖、そして車いす。壁に絵画の類は飾られていないが、手すりがぐるりと部屋を一周するように設置されている。
ロイドは紳士クラブでは背筋を伸ばし自分の足で歩き立っていたらしいが、別荘内ではこれらを使い移動しているのだろう。
屋敷の主寝室は一般的に二階以上に多いのだが、ここは一階の奥まった場所だ。トイレ、風呂、調理場も近く、主人が暮らす部屋としてはあまり環境は良くない。
しかし水場への移動が容易く、階段の上り下りもない。できるだけ人の手を借りずに、誰にも無様な姿は見せずに、そう考えるなら話は変わる。
だから使用人は二人きり。
人に弱った姿は見せない。
のどが悪いのか鼻が悪いのか、重いイビキをかき眠る男。
カーテンを開け、腹までかかっている薄い布団を払った所でようやく異変に気付いて目を開け、声にならない声を喉の奥で発した。
ブラムは何にも構わず、なすべきことをする。
両腕を重ねて拘束するが抵抗はまったくなかった。続けて足も縛りあげる。
ロイドの表情からは驚愕しか読み取れない。その口がパクパクと動く。
髪も前から後ろへと薄くなっているし、顔もたるんでいる。目元には老人らしく幾つもシミが浮いていた。
「おま……まっ……ましゅ……」
「……そう、マシューだ。あの世からわざわざ来てやったよ」
チコの昔の名前、ロイドが愛した男の息子の名を肯定すると、唇がブルブルと震えだす。
夜中に不意に起こされ、暗闇の中、目の前には男がいる。窓を背にした男の顔はロイドには見えない。混乱するのは当たり前だろう。
だがなぜ最初に口をついたのが名前。しかもマシュー。
その感情が現れた口元にあるのはなにか。怒り、悲しみ、緊張……それとも恐怖。
その様子を見たブラムは、ぼんやりとしていた謎の一部に焦点が当たった気がした。
「……ぉおいっ……ミハルは、どこっに……」
「いない」
「……みはる、は……」
「じいさん、お前、狂ってるんだな。まあ元の性質がそうでなければ、好きな男をやろうなんて思わないだろうが」
ブラムにはその気持ちはまったくわからないけれど。
ロイドには言葉が届いているようで、次は繋がれた手がブルブルと震えだす。
「愛する者を失ってから、その手で殺してから、ゆっくりゆっくり壊れていった。そうだろう?」
いくら貴族籍が残ったと言っても、殺人者は殺人者。
ローパーでは自分が大きくした事業にすでに居場所はなく、屋敷では腫物のように扱われたのは想像に難くない。
自分の面は全国民に知られている。人の多い国都に紛れ住んだ所で完全に自由とはいかなかっただろう。
年を取るにつれ、人が変わったように乱暴で利己的で粗暴になったのは……
「お前はずっと怯えていた。自分が殺したミハルに、ミハルの子供達に」
ロイドは妄想癖が強い。
信頼し愛した男ミハルに裏切られ苦しみ傷ついた。だから殺した。裁判で証言したこれは虚言と言うより妄想だ。
自分は加害者ではなく被害者。被害者である自分は復讐されるかもしれない。そんな妄想を抱いてもおかしくはない。
自分が作りだした亡霊におびえ、いつしかすべてに対して威嚇するようになった。
「臆病者が」
「なっ……きさまっ、平民風情が……ぶれいなっ」
ロイドは目を見開き暴れだそうとする。しかしとっくにロイドの手足の自由は奪われている。しゃがれた耳障りな声。どうやら禁句だったようだ。
うるさくなりそうだから口も布で塞いでやる。
「本当の事だろう。お前は自分が作り上げた亡霊が怖くて逃げ続ける小心者だ」
この男はローパーを出てから落ち着いて定住した場所がなく、国中を次々と移動していると言う情報がある。
そして偶然にもここへ落ち着いた。迷惑な話だ。
ここまでの自分の推理が当たっていようが外れていようがどうでもいい。
しかしロイドの自尊心を傷つけたのは間違いない。
ベッドの上で面白いほどにロイドの体が跳ね動き、顔だけでなく頭まで怒りで赤くそまっている。
この男がこんな言葉で罵られた事はかつてなかっただろう。
だから初めて受けた屈辱に本気で怒っている。
生まれてからこの年までずっと、ロイド様ロイド様とおだてられてきたのだ。決して敬われてきた訳ではないのに、自分は格の高い人間だと信じて生きてきた。
そしてそれが間違いに繋がる。
家庭のある若いミハルに惹かれ、仕事を理由にそばに置いた。自分を受け入れず去っていくミハルを殺した。
しかし自分は悪くない。殺人さえ許される。自分より下の人間には何をしてもいい。なぜなら自分は特別な人間だから。
この男の中身はずっと変わっていない。
「お前は永遠に理解しないのだろうが、醜い年寄りからの好意なんてミハルにとって発狂ものだったんだよ。白い目で見られているとも思わずに紳士クラブだとは、滑稽だ。笑わせる」
いつになく饒舌になった後ククッと嘲笑うと、ロイドはうなり抗議する。
血走った目でこちらを睨みつける事しかできない醜い男。動きが芋虫のようで面白い。
例えば、美味しい物を食べた時、ブラムはそれをチコにも食べさせてやりたいと思う。綺麗な景色を見た時にはチコを連れてきてやりたいと思う。
それと同じように、本質を突かれて暴れるロイドの姿を、チコに見せてやりたいと思った。
こいつは怪物ではない、ただの臆病でグズな人間だと、教えてやりたかった。
「ここでいい。まずミハルに謝れ。次はミハルの家族に」
こちらに向く目は反抗的だった。
この年齢まで自分こそ絶対だと信じてきたロイドが反省するわけもない。わかっていたがブラムの怒りに勢いが増す。
少ない髪をつかんでベッドから落としチェストまで引きずる。ブチブチと嫌な音がする。
うぐうぐと何かを訴えるが容赦はない。
一番上の取っ手を引くと、そこには時計がずらりと並んでいる。だが時計に愛着があるとは思えないのは、どれも派手なデザインで、針が見えないほど宝石が埋め込まれている物まであるからだ。
自分の立場を上げる為の武器のようだが、これが紳士クラブで効果を発揮する事はなかっただろう。
次に開けた二段目の引き出しは隙間が見える。
老人には付き物の薬の類は出てこない。足腰は弱っているが内臓は強いようだ。
その年になっても肉と酒で生きる。貴族はそうでなければいけない決まりでもあるのかと呆れる。
町から配送されるのは明らかに上等な食品と酒ばかりで、配送費を含め店にとってはいいお客さんだろう。
元気で何より。しかしそれも今日で終わりだ。
続けて探れば額に入った小さなポートレートが指先に当たった。
そこに写るのは、こちらに向かって笑顔を見せるミハル。初めて被害者が笑う顔を見て、ブラムの心臓は跳ねた。
以前アンドレイは新聞記事のミハルを見て、チコとの繋がりを感じたと言った。
その時のブラムは同意しかねたが今は違う。光がこぼれるようなミハルの表情は、チコと同じ笑い方だった。
これをここに置いておけない。ブラムはポートレートを懐に入れた。
用意してきた遺体袋を広げる。
そこに自分が入れられるとわかったロイドは唸り、身勝手にも救いを求めるように涙を流している。
動きの鈍いロイドを入れ込んで、足先から顔に向かって袋の口を閉めてゆく。ゆっくりと。
最後、ロイドの顔は恐怖で歪んでいたが、溜飲が下がる事はなかった。
縛り口にフックを掛けて紐をかけて終わり。
弱弱しくもモゴモゴと動くので蹴り上げれば、少し動きが鈍くなった。それでいい。
紐を短く持ちズルズルと引っ張っていく。
入ってきた場所はリビングからだったが、帰りは正面玄関から。
「寝室が二階じゃなくてよかったな、じいさん」
二階だったら遠慮なく階下まで転がしていただろう。
和やかに声をかけてやったが返事はない。口も塞いでいたか。
袋の大きさに合わせて少しコンパクトになったロイドだが重量はある。
敷居の段差や外へ続く階段で体は容赦なく打ち付けられる。まだ死ぬなよ、そう思いつつ目的の馬車までたどり着いた。
野営を嫌う者は多いが、街中での偵察よりはるかに易しいとブラムは思っている。
ロイドの別荘を見張り始めて二日。姿はまだ見ていない。
ロイドがここへやってきてから外出したのは、紳士クラブへ顔を出した時のみの三度だけだと思われる。
普段は屋敷にこもりきりで、庭やテラスに出ることさえないようだ。昼間は一階リビングの窓は開けられていているが他は閉めたきり。
深い緑が作り出す空気は気持ちがいいはずなのに、これでは別荘地にいる意味がない。しかしこの別荘の主人は考えが違うようだ。
使用人は最小限の二人か。かなり少ない。
一人の男は図体が大きく動きが鈍い二十代後半と思わしき青年。主に屋敷の外で木の剪定や薪割りなどの肉体労働をしている。護衛も兼ねているのだろうか。
一人の女は三十代か。ロイドの世話や内向きの仕事をしているのだろうが、行動も荒々しくいつ見ても不服そうな顔をしている。
少し観察しただけで、気の利いた使える人間がいない事がわかる。
難のありそうな人材しか働き手として捕まえられないのが現実らしい。
生活に必要な物は配送頼みなのか、町からやってきた馬車の商人が慣れた調子で荷物を運びこむ様子をみた。
ここで得られる情報はこれ以上ないだろう。
ブラムは単眼鏡を懐にしまうと、十メートルはあろう高さのある木からスルスルと器用におり地面に着地した。
別荘の改装時には外門扉を大型に変えている。他には玄関扉の鍵を変え、大きな窓は三重窓に変更している。
貴族ばかりの別荘地。周囲に人気がない事もあり、防犯に気を使っているのは正しい。
しかしそんな素晴らしい設備も管理できる人間がいなければ飾りに終わる。
ブラムは白昼リビング窓からたやすく別荘内に侵入した。
黒の上下は場合によっては目立つのだが、それを咎める目は一つもない。
部屋数はあるのに使う人間が圧倒的に少なく、気配さえ悟られる心配はなかった。
何事もなく最初の目標だった二階の個室に侵入する。
平面図にあったように窓は小さく一つだけで、昼間なのに外からの明かりは入らず暗い。家具は一つもなく、床の絨毯は剥がされていた。
偵察や監視については人より優れていると評価されてきた。自覚はあまりない。
ブラムは扉を塞ぐようにごろりと横になり安息に入る。
本番は未明だ。
二つの寝息が重なる寝室で、使用人の二人が夫婦、もしくは恋人だとわかった。
両隣に使える部屋があるのに敢えて狭いベッドで、互いの体に触れながら眠るのは、両者に情があるから。そう言う事だろう。
自分はまだ目に見える範囲の情報だけでしか物事が推理できないようだ。
そう思いつつ、ブラムは二人の眠りがより深くなる薬剤を部屋に充満させた。
施錠されていた鍵を難なく解いて開けると広い空間が広がっていた。
カーテンは閉められているが、隙間から漏れる月明かりもあって大体の物が識別できる。
大きなベッド、脇にはチェスト。チェストにもたれかかる杖、そして車いす。壁に絵画の類は飾られていないが、手すりがぐるりと部屋を一周するように設置されている。
ロイドは紳士クラブでは背筋を伸ばし自分の足で歩き立っていたらしいが、別荘内ではこれらを使い移動しているのだろう。
屋敷の主寝室は一般的に二階以上に多いのだが、ここは一階の奥まった場所だ。トイレ、風呂、調理場も近く、主人が暮らす部屋としてはあまり環境は良くない。
しかし水場への移動が容易く、階段の上り下りもない。できるだけ人の手を借りずに、誰にも無様な姿は見せずに、そう考えるなら話は変わる。
だから使用人は二人きり。
人に弱った姿は見せない。
のどが悪いのか鼻が悪いのか、重いイビキをかき眠る男。
カーテンを開け、腹までかかっている薄い布団を払った所でようやく異変に気付いて目を開け、声にならない声を喉の奥で発した。
ブラムは何にも構わず、なすべきことをする。
両腕を重ねて拘束するが抵抗はまったくなかった。続けて足も縛りあげる。
ロイドの表情からは驚愕しか読み取れない。その口がパクパクと動く。
髪も前から後ろへと薄くなっているし、顔もたるんでいる。目元には老人らしく幾つもシミが浮いていた。
「おま……まっ……ましゅ……」
「……そう、マシューだ。あの世からわざわざ来てやったよ」
チコの昔の名前、ロイドが愛した男の息子の名を肯定すると、唇がブルブルと震えだす。
夜中に不意に起こされ、暗闇の中、目の前には男がいる。窓を背にした男の顔はロイドには見えない。混乱するのは当たり前だろう。
だがなぜ最初に口をついたのが名前。しかもマシュー。
その感情が現れた口元にあるのはなにか。怒り、悲しみ、緊張……それとも恐怖。
その様子を見たブラムは、ぼんやりとしていた謎の一部に焦点が当たった気がした。
「……ぉおいっ……ミハルは、どこっに……」
「いない」
「……みはる、は……」
「じいさん、お前、狂ってるんだな。まあ元の性質がそうでなければ、好きな男をやろうなんて思わないだろうが」
ブラムにはその気持ちはまったくわからないけれど。
ロイドには言葉が届いているようで、次は繋がれた手がブルブルと震えだす。
「愛する者を失ってから、その手で殺してから、ゆっくりゆっくり壊れていった。そうだろう?」
いくら貴族籍が残ったと言っても、殺人者は殺人者。
ローパーでは自分が大きくした事業にすでに居場所はなく、屋敷では腫物のように扱われたのは想像に難くない。
自分の面は全国民に知られている。人の多い国都に紛れ住んだ所で完全に自由とはいかなかっただろう。
年を取るにつれ、人が変わったように乱暴で利己的で粗暴になったのは……
「お前はずっと怯えていた。自分が殺したミハルに、ミハルの子供達に」
ロイドは妄想癖が強い。
信頼し愛した男ミハルに裏切られ苦しみ傷ついた。だから殺した。裁判で証言したこれは虚言と言うより妄想だ。
自分は加害者ではなく被害者。被害者である自分は復讐されるかもしれない。そんな妄想を抱いてもおかしくはない。
自分が作りだした亡霊におびえ、いつしかすべてに対して威嚇するようになった。
「臆病者が」
「なっ……きさまっ、平民風情が……ぶれいなっ」
ロイドは目を見開き暴れだそうとする。しかしとっくにロイドの手足の自由は奪われている。しゃがれた耳障りな声。どうやら禁句だったようだ。
うるさくなりそうだから口も布で塞いでやる。
「本当の事だろう。お前は自分が作り上げた亡霊が怖くて逃げ続ける小心者だ」
この男はローパーを出てから落ち着いて定住した場所がなく、国中を次々と移動していると言う情報がある。
そして偶然にもここへ落ち着いた。迷惑な話だ。
ここまでの自分の推理が当たっていようが外れていようがどうでもいい。
しかしロイドの自尊心を傷つけたのは間違いない。
ベッドの上で面白いほどにロイドの体が跳ね動き、顔だけでなく頭まで怒りで赤くそまっている。
この男がこんな言葉で罵られた事はかつてなかっただろう。
だから初めて受けた屈辱に本気で怒っている。
生まれてからこの年までずっと、ロイド様ロイド様とおだてられてきたのだ。決して敬われてきた訳ではないのに、自分は格の高い人間だと信じて生きてきた。
そしてそれが間違いに繋がる。
家庭のある若いミハルに惹かれ、仕事を理由にそばに置いた。自分を受け入れず去っていくミハルを殺した。
しかし自分は悪くない。殺人さえ許される。自分より下の人間には何をしてもいい。なぜなら自分は特別な人間だから。
この男の中身はずっと変わっていない。
「お前は永遠に理解しないのだろうが、醜い年寄りからの好意なんてミハルにとって発狂ものだったんだよ。白い目で見られているとも思わずに紳士クラブだとは、滑稽だ。笑わせる」
いつになく饒舌になった後ククッと嘲笑うと、ロイドはうなり抗議する。
血走った目でこちらを睨みつける事しかできない醜い男。動きが芋虫のようで面白い。
例えば、美味しい物を食べた時、ブラムはそれをチコにも食べさせてやりたいと思う。綺麗な景色を見た時にはチコを連れてきてやりたいと思う。
それと同じように、本質を突かれて暴れるロイドの姿を、チコに見せてやりたいと思った。
こいつは怪物ではない、ただの臆病でグズな人間だと、教えてやりたかった。
「ここでいい。まずミハルに謝れ。次はミハルの家族に」
こちらに向く目は反抗的だった。
この年齢まで自分こそ絶対だと信じてきたロイドが反省するわけもない。わかっていたがブラムの怒りに勢いが増す。
少ない髪をつかんでベッドから落としチェストまで引きずる。ブチブチと嫌な音がする。
うぐうぐと何かを訴えるが容赦はない。
一番上の取っ手を引くと、そこには時計がずらりと並んでいる。だが時計に愛着があるとは思えないのは、どれも派手なデザインで、針が見えないほど宝石が埋め込まれている物まであるからだ。
自分の立場を上げる為の武器のようだが、これが紳士クラブで効果を発揮する事はなかっただろう。
次に開けた二段目の引き出しは隙間が見える。
老人には付き物の薬の類は出てこない。足腰は弱っているが内臓は強いようだ。
その年になっても肉と酒で生きる。貴族はそうでなければいけない決まりでもあるのかと呆れる。
町から配送されるのは明らかに上等な食品と酒ばかりで、配送費を含め店にとってはいいお客さんだろう。
元気で何より。しかしそれも今日で終わりだ。
続けて探れば額に入った小さなポートレートが指先に当たった。
そこに写るのは、こちらに向かって笑顔を見せるミハル。初めて被害者が笑う顔を見て、ブラムの心臓は跳ねた。
以前アンドレイは新聞記事のミハルを見て、チコとの繋がりを感じたと言った。
その時のブラムは同意しかねたが今は違う。光がこぼれるようなミハルの表情は、チコと同じ笑い方だった。
これをここに置いておけない。ブラムはポートレートを懐に入れた。
用意してきた遺体袋を広げる。
そこに自分が入れられるとわかったロイドは唸り、身勝手にも救いを求めるように涙を流している。
動きの鈍いロイドを入れ込んで、足先から顔に向かって袋の口を閉めてゆく。ゆっくりと。
最後、ロイドの顔は恐怖で歪んでいたが、溜飲が下がる事はなかった。
縛り口にフックを掛けて紐をかけて終わり。
弱弱しくもモゴモゴと動くので蹴り上げれば、少し動きが鈍くなった。それでいい。
紐を短く持ちズルズルと引っ張っていく。
入ってきた場所はリビングからだったが、帰りは正面玄関から。
「寝室が二階じゃなくてよかったな、じいさん」
二階だったら遠慮なく階下まで転がしていただろう。
和やかに声をかけてやったが返事はない。口も塞いでいたか。
袋の大きさに合わせて少しコンパクトになったロイドだが重量はある。
敷居の段差や外へ続く階段で体は容赦なく打ち付けられる。まだ死ぬなよ、そう思いつつ目的の馬車までたどり着いた。
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