訳ありの僕が完璧な恋人にプロポーズしてみた結果

宇井

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1 プロポーズ

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 わーわードヤドヤと後ろから騒がしさが近づいてくる。
 ここは街一番の巨大商店街。やってくるのがトラブルなのがわかってチコは振り向く。
 すると予想した通り、広くない通りを一人の男が何かの荷物を抱えて必死に走ってこちらへ向かってくる。距離を空けて追いかける男たちは三人だ。
 その三人のうちの一人の顔に見覚えがあるから、つまり悪人は先頭を切る一人なんだろう。
 泥棒! 待て! 続いてそんな必死の声が聞こえてくるけれど、誰もがその走り抜ける団体を見送るしかできないのは仕方ない。だがチコは違った。
 こちらに走ってくる窃盗犯は余裕がなくただ前しか見ていない。その男との距離を見極めつつ、背中を見せたまま足を横にえいっと伸ばす。
 それに引っかかった男は宙へ飛び出し、上手く着地できずころころと転がってゆく。追いついた男たちに確保され地面に押さえつけられた窃盗犯は、何もかもを諦めたようにされるがままになっていた。
 チコには正面に飛び出して阻止する勇気も、受け止める体の頑丈さもない。でもこれくらいの機転は利く……まあ、ふらついたし足は痛いけど。
 ふくらはぎを撫でつつ、慣れない事をしてしまい心臓がどきどきしているのを自覚する。

「お兄さん、すごい。びっくりしちゃった」

 チコの小さな雄姿を目撃した十歳くらいの少女が、目を輝かせている。

「ありがとう。上手いこと当たってよかったよ。本当は自信なかったし。でも体育の時間に習った通りに動けてよかった」
「そんなこと学校では習わないよ」
「僕は習ったんだよ?」

 少女は大きな口を開けて笑う。

「足を引っかける方法を? うそだあ。でも見ててすごく気持ちよかった。あの男の人ってばグルンて回ったもん。お兄さんかっこいい!」

 手放しで褒められて照れてしまうのだが、少女は手にしていた籠をチコに向かって持ち上げる。

「ところでお兄さん? 愛する人にお花はおかがですか? ぜったいに喜ばれますよぉ」

 少女の持つ籠には色とりどりの花束が窮屈そうに詰まっている。
 つまりチコを相手に商売を始めたのだ。たくましい。

 いつもであれば、ごめんねで終わっただろう。これまでチコが誰かに花を買って贈った事はない。自分とは縁のない物だと思っていたし。
 だけどこの時のチコは違っていた。

 愛する人へ? 花を贈る?……ああ、これだ! 

 瞬時にそう閃いた。
 チコ・パスは二十歳、恋人のブラム・キルシェは二十四歳。二人とも適齢期と言われる年齢だ。
 つまりこれはお告げ。この花を差し出してプロポーズしてしまえ! と言うお告げなのかもしれない。

 辺りはもう夕暮れ時を過ぎてしまっている。チコは古書店での仕事を終えてアパートへ向かっている所だった。
 いつもより遅い帰宅時間だったからだろう、この通りには物売りの少年少女がちらほらと立っていた。
 この大通りを一つ外れた通りには、健全な飲み屋から怪しげな飲み屋までが大小ひしめいている。さらに路地を進めば風俗街だ。
 だから日のしずむ時間になると、物売りが現れる。
 お目当ての人へのちょっとした贈り物として定番の花。あとは甘い菓子なんかが美しくラッピングされて売りに出される。路上で販売されている割りに値段も質もピンキリだ。
 しかし今の時間帯は犬をのんびりと散歩させているご老人もいるし、家路を急ぐ学生さんもいる。まだいかがわしい雰囲気は感じ取れない。

 ここは大陸四大都市のひとつ、オーソン領の中心オーソン。
 この場所は表と裏、昼と夜が近い。
 そのせいか制服を着た警らが巡回していて、日に何度も見かけることになる。
 お上の目もあるせいか、物騒な話が流れてくる事はたまにしかない。スリや窃盗は毎日ある。
 もう少し遅い時間になれば客引きも現れ賑やかになるだろう。夜も更ければ諍いや喧嘩は当たり前に起こるのだろうが、他の都市と比較すれば各段に治安がいい事は確かだ。

 だからこんな女の子でも、わりと安全にこの商売ができるんだろうなあ。
 チコはそう思いつつ、彼女が持つ籠の中の花束を目で物色した。どれも生き生きとしているし、配色のセンスもいい。

「素敵な花束ばかりだね。そうだなー、これをもらうよ」

 ブラムのイメージに合う派手な花ではなく、青の一輪を中心に白色の小花が添えらえれた花束を選んで、ポケットに入っていた大きな硬貨を手渡した。
 花を手にした途端気分が上がって、女の子とは手を振って別れた。
 きれいなお兄さんの無邪気な笑顔にあてられた少女は小さく手を上げたまま立ちつくしているが、浮かれたチコはそれに気付かない。
 うん、来た道を戻ってケーキも買おう。それとお酒も! なんか、めっちゃ気分が上がる。
 思いつくすべてを手にいれ、大きく膨らんだ紙袋を抱えながら、チコは大好きな恋人が待つアパートを目指した。
 ここ何日か悩まされた頭痛も吹き飛んでしまう。
 チコは自覚のないまま、音の外れた鼻歌を歌っていた。
 すれ違った数人に振り向かれた事にも気づいていなかった。


 通りからアパートを見上げ、ブラムがすでに帰宅していた事はわかっていた。二階の自分たちの部屋に薄明かりが灯っていたからだ。

「ただいまっ」

 扉を開けるとまず目に入るのは南に面した大きな窓。そしてそれを塞ぐように置かれたどっしりとした大きなベッド。
 右の壁にそうキッチン。シンクを隠すようにあるのは巨大なダイニングテーブル。
 この辺りのアパートには大型の家具がセットになっている場合がほとんど。
 食器棚、衣類棚、ダイニングセット、ベッドは据え付け。カーテンは前の入居者のありがたい置き土産だ。

 今はダイニングキッチンと寝室を仕切るための天井吊りのカーテンは端に寄せられ、部屋全部が見渡せるようになっている。
 朝に使ったグラスと皿はそのままテーブルに置かれているし、洗濯したシャツは収納されずに放置されている。
 生活感丸出しの部屋だけれど、広い部屋に対してそれほど物はない。
 同棲するとあれこれと荷物が増えてしまうものと思っていたけれど、二人に限っては違っていた。インテリアにも特別興味がないから、絵画も小物も植物もないシンプルさだ。
 しかしそんな部屋の中にチコが期待した恋人の姿はなかった。
 だけど奥から微かな水音が聞こえてきて、ブラムがシャワー中だと気づく。

 チコの帰宅がわかったのか、それともただの偶然だったのか、ブラムはすぐに姿を現した。
 体には何も身に着けておらず、濡れた髪をタオルでワシャワシャと雑に拭っている。
 そんなだから歩くそばから床が濡れて行く。けれど濡れたブラムがこの世で一番美しいと思っているチコは、怒る事もなくじっくりその姿を堪能する。
 いい。特に上半身がいい。
 逆三角形の逞しくも美しい形状。浮き出た鎖骨の窪みもいい。それより何より濡れて光る黒髪が目にかかり、その隙間から見える鋭い眼光がたまらないくいい。
 好き好き。めっちゃ好きっ。

「んーっブラム! 僕と結婚してっ、くださいっ。苦労はかけるし迷惑もかけるだろうけど、後悔させるかもだけど。それでも、ずっとに一緒にいたいから。大好きだから」
 
 足下へと走りよって両ひざをつき、床に酒とケーキの袋を放り出し花束を掲げていた。
 うっ……
 長い間返事がなかった。
 なんで……
 掲げた腕が勝手にぷるぷると震える。
 まさかという思いの方が強かった。だから余計に顔を上げる勇気がない。

「ううっ……お願いブラム……幸せにできるように、がんばるし……」
「……チコの事は愛している。だけど結婚は、難しい。ごめんな」

 拒絶の言葉を受けて張りつめていた糸が切れる。
 一応花束は受けとってもらえた。
 けれど、ここからどうしたらいいか分からない。途方に暮れるとはこのことだ。
 ブラムの方も突然のプロポーズに面食らっていたようだ。でも正気に戻るのはチコよりかなり早かった。

「顔あげて? それにしても、突然すぎないか」
「そんな事ない、と思う。僕はブラムが大好きで、この先もずっと一緒にいたいって思ってる」

 膝をついたまま、上げていた手をぱたりと落とす。慣れないポーズに足が痛い。

「俺もチコは好きだ。これほど他人と心地よく暮らせたのは初めてだし」
「だって、一年も一緒にいるし……」
「確かに一年は長い」

 タオルをテーブルに放り出したブラムが、空いた手でチコの手を取り立ち上がらせる。
 そして受け取っていた花束を顔につ近づけて香りをかぐような仕草をして顔をほころばせる。どうやら花は気に入ってくれたようだ。
 チコが選んだ青い花は丸く可愛らしい花弁を持っている。でもやはり見立て通り男くさいブラムにも似合っていた。

「しかし、帰ってきたのかと思えば結婚なんて言いだすから、驚くだろう。そんな兆候もなかったし」
「そう、かな。ごめん。でも本気。結婚って好きな人とずっと一緒にいられるんだよ。で、家族になる。病める時も健やかなる時も一緒だよ。だから俺は結婚したいなって、思ってる、わけで」
「言いたい事はわかる。だが形にこだわらなくても、俺達はこれからも上手くやっていけるだろう」

 花束はそっとテーブルに降ろされ、ブラムの手はチコのシャツのボタンにかかる。
 一番上まできっちり留められているから、最初のそれに苦労しているようだ。
 彼の中ではこの話はこれで終わり。そして気持ちの沈んだチコの機嫌を取るみたいにベッドになだれ込もうとしているのだ。
 そんなブラムの態度に心底がっかりするのだが、濡れ髪のブラムにちゅっと軽いキスをされて、萎えていた気持ちがずきゅんと撃ち抜かれ、瞬時にぶるっと揺れる。
 何よりブラムのくれるものは気持ちいい。
 ちょろい。ああ、なんてちょろい……
 自分の真心をたった今砕いた相手なのに、もうベッドに行く事に同意している自分が嫌になる。

「ねえ、もしも、結婚しないなら別れるって言ったらどうする? もしもの話だよ」
「そんな言葉、言わせない」

 言わせないって意味は、体を篭絡して、今すぐねちょねちょにするって事だ。きっと。
 チコのシャツは既になく、素肌が冷たい空気に包まれる。腰はがっつりつかまれ、薄い胸板についている尖りを口に含まれていた。
 たったそれだけの事でチコの膝はぷるぷると小刻みに揺れ座り込みそうになる。

「ねえ、ブラムはお花貰った事ある?」
「何度かは」
「花、好き?」
「青い花なら好き」

 チコを思いやったセリフだとわかって嬉しくなる。

「僕も好き。今日買って初めて知ったよ……シャワー浴びてくるね」

 一日の汚れを洗い流したい。このどっと重くなった疲労感もいくらか軽くなるだろうし。


 その後はブラムに促されてベッドに入った。
 
「今夜は優しくしてよ」

 とにかく労わるような、慰めるようなエッチじゃなきゃ自分が救われない気がした。
 用意周到なブラムは枕元に準備しておいたオイルを手にとって、チコをほぐしにかかる。
 首から肩。そこから腕に。胸をおりてお腹に移動する頃には、チコはトロリととろけて甘い息を吐いていた。
 このまま眠れたら最高だけど、両足を大きく広げられたと思ったら、そこにブラムの腰が入り込んでくる。
 
「あっ」

 オイルを追加したブラムの両手がチコの中心を包む。
 その感覚に身をゆだねている間に蕾に太い指が入り込んでいた。するっと入ってきたと思えばいきなりチコの弱い位置を撫で始める。
 
「ふあっ……」

 内側も外側もやわやわとした刺激を受けて、腰が抜けたように力が入らない。
 突き上げるような衝動ではなく、もって行き場のない快感が体の中をぐるぐる回る。そうなると何も考えられない。

「あっ、ぶらむ……お願い……」

 求めるように手を伸ばせば、上半身を倒して唇を重ねてくれる。
 ブラムの体はチコより熱くて、その唇まで温度が高い。夢中になって重ねていると、ぬうっとブラムの質量が押し入ってきた。

「あっ、あっ……まって……」

 ブラムのものは大きすぎるからチコの体はいつでもそれを怖がる。
 それでも引かないから勇気をだして弛緩すると、遠慮なく奥へ奥へと突き進んでくる。内側から壊されそうでぎゅっと抱きついた所で動きはとまった。
 接合が馴染むまでゆるゆるとした刺激が続く。長くて規則的な動きは永遠に続いていて欲しいほど気持ちがいい。
 それがいつしかねっとりとした腰使いになったとき、チコはふわふわの思考の中で射精させられていた。
 あ、僕いったんだ……
 
「……すご……きもちい……ぶらむ」
「ん、もう少し頑張れ」

 そう言われてしまってまだブラムが達していない事に気付く。蕾の中にはまだ重たいブラムが存在を主張していた。
 やば、と思った途端にずるずると巨大な物が抜けていく。その後にそれがどう動くか予想できてチコは震えた。
 
「あっ……!」

 ゆっくりと出て行った物が抜けそうになった所で、強烈に押し戻される。ブラムはそこで余計な事に腰をグラインドさせた。
 小さくなっていたチコの竿に血が戻り、少しだけ起き上がる。
 時間をかけて抜けては戻される。そんな動きに翻弄されて、チコの竿はまた天井に向かって起立していた。
 思い通りになった事でブラムが興奮しているのが伝わってくる。
 チコが二度目で果てるのにすごく時間がかかる。別に射精だけがセックスの終わりじゃないのに、ブラムはそれが義務みたいに思っている。
 ここから長い長い快楽苦が続くのだと思うと言いようのない気持ちになる。
 気持ちいいけどつらい。幸せだけどしんどい。
 
「いやあ……そこ……んっ」

 一点だけを竿の段差でごりごりされて涙が出てくる。
 ブラムも感じているようで息が荒い。
 集中力が高い男はそこにこだわり、最後までいじめ抜くと決めたようだ。
 狙った場所を黙々と突き、さらには腹の上から目標の場所を撫でて押さえる。

「だ、だっ……だめっ、だって……あうっ……!」

 腰がかくかく前後してブラムを締め付ける。
 二度目の快感は深すぎて、ブラムをぎゅうぎゅう抱きしめて泣いてしまった。
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