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前王であるフレイマリクとその番はひっそりと婚姻の式を終えていた。
場所は城内の敷地にある、歴代の龍が弔われている湖の中州が見える場所。
緑が多く、歴史ある城を背景にした景色。この時を祝うように雲一つない青空を鳥の群れが列をなし飛んでいる。
出席者の人数も少なく、列席したのは限られた関係者だけ。それでもその顔触れは錚々たるものだった。
リジルヘズ今世国王とその王妃。
宰相を務める龍。
王妃の兄である人気の手工芸作家、その伴侶である城の警備士。
隣国トィルの王太子とリジルヘズ出身である王太子妃。
トィル王太子妃の父でもある軍務尚書夫妻。軍務尚書夫妻はフレイマリクの番である蝙蝠の書類上の養父母でもある。
そして、式を取り仕切ったのは左に杖をついた老龍だった。
フレイマリクの番は自分が主役となるのをこそばゆく感じ、できれば逃げ出してしまいたいと、ふっくらとした頬を最後までずっと赤くしていた。
リジルヘズの民族衣装特徴である裾の長い服は、婚礼用にこれでもかと意匠が凝らされている。
番はそれを着たフレイマリクを見て惚れ直してしまったのだが、フレイマリクの方こそ、自分の選んだ生地で仕立てた衣装を着る番の美しさに言葉を失っていた。
フレイマリクは二年という時間をかけて、番を説得し今日の日を迎えていた。
そのフレイマリクも、可愛い番を大事に囲うだけでなく広くお披露目するべきだと、何かとやかましい一族に説得を受けて小さな式をすることを決めたのだった。
番は自分に自信を持てずにいたが、それは周りの手をかりて正していっている。
その一助となったのが、今、フレイマリクの腰を飾る帯だ。その見事な水色の織物は長い時間をかけて丁寧に番が織ったもの。それは師である手工芸作家が嫉妬するほどの出来栄えだった。
フレイマリクと番が城で暮らすようになって二年。それはフレイマリクが予測したよりも番にとっては快適だったようで、もう一生をここで終えてもいいかもしれないと笑って言いだす始末。
それはたまにではあるが城下へこっそり抜け出したり、部屋を訪れてくる友人たちがいるからだろう。
出会った時より背が高くなり、たった二年で青年らしくなった番。
小さな番も愛おしかったが、これはこれで自分の好みに近いのかもしれないと、澄ました表情の下でフレイマリクは鼻の下をのばしている。
番がここに居たいと言うならそれでいい。なにも海にこだわる必要はないのだ。
海は旅行で行けばいいし。
つまり番がそばにいればフレイマリクはどこで暮らしても幸せなのだ。
私の番は美しい……
今日の朝、美しい衣装を身にまとった番はきまり悪くしていたが、ようやく決心して鏡と向き合った。そして現実の姿に対面しておののいていたのを思い出す。
思っていた自分とは違ったのだろう。
自分は小さく細く醜い。幾つもの層となって積もり固まってしまった思いが、この時になってようやく覆されたのだ。
伸びた背に、広くなった肩。曇りのない澄んだ瞳。
これが僕……?
零れた言葉もあの頃より低くなっていた。
番は誰の目から見ても美しかった。
体格は幾らか立派になっている。しかし番は相変わらずうぶで可愛らしく、フレイマリクだけでなく周りの庇護欲を存分にかきたてている。
実際、滞りなく式が終わった時に、列席者がわーっと集まったのは、龍であるフレイマリクではなく番の周り。
フレイマリクはいまだに国民に愛される人気者であるはずなのに、ここに集まった者達からすればただのおっさんなのだ。
だからフレイマリクはポーンと輪から押し出されてしまったのだ。酷い扱いである。
決まり悪く立っているフレイマリク、その肩をぽんと叩き労ったのは宰相と呼ばれるのにようやく馴染んできた龍だけだった。
こいつに慰められる覚えはないと言いたかったが、手も払わずにおいた。
その二人の横を杖をついた龍が、忙しい忙しいと呟きながら元気な足取りで通りすぎていった。
「ジジイのあの落ち着きのなさは何なのだ」
「あー、なんか今、コウちゃんの故郷に潜り込んで色々とやらかしてるみたいですよ。今はまだ大人しくしてるとか言い訳してますけど、本当はあの杖をぶん回してるんでしょうね。しばらくは知らんぷりしておきましょう……リハビリということで」
「あまり戻ってこないと、コウが寂しがるのだ」
「あはは、コウとジイの関係は何だか微笑ましいですからね。ジイがここにいる限り、コウは城を、と言うかリジルヘズを出たがらないでしょう。そうなったら、あなたの予定が狂ってしまいますね」
「それでも番の願いを叶えるのが龍だ。しかしその時がくれば、私の尻を叩き旅立ちを促すのはコウなのだろう」
「どうでしょう」
「約束したのだ。お前が知らなくてもいい、大切な約束をな」
「内緒の約束ですか。アスラン様はもったいぶるなあ。まあいいや、私もコウの所に行こう」
人の輪にいる番を見れば、なぜか形ばかりであるはずの父の軍務尚書に頭を撫でられていた。
手工芸作家は番の涙をハンカチで押さえている。それぞれの手はトィル王太子妃と自国の王妃に繋がれ塞がっているからだ。
番の幸せそうに泣き笑いにつられたのか、手工芸作家の夫である警備士は必死に目をしばたかせている。
「アスラン様も……!」
こっちに来てくれと番に呼ばれ、フレイマリクは微笑み愛しい番に手をふった。
場所は城内の敷地にある、歴代の龍が弔われている湖の中州が見える場所。
緑が多く、歴史ある城を背景にした景色。この時を祝うように雲一つない青空を鳥の群れが列をなし飛んでいる。
出席者の人数も少なく、列席したのは限られた関係者だけ。それでもその顔触れは錚々たるものだった。
リジルヘズ今世国王とその王妃。
宰相を務める龍。
王妃の兄である人気の手工芸作家、その伴侶である城の警備士。
隣国トィルの王太子とリジルヘズ出身である王太子妃。
トィル王太子妃の父でもある軍務尚書夫妻。軍務尚書夫妻はフレイマリクの番である蝙蝠の書類上の養父母でもある。
そして、式を取り仕切ったのは左に杖をついた老龍だった。
フレイマリクの番は自分が主役となるのをこそばゆく感じ、できれば逃げ出してしまいたいと、ふっくらとした頬を最後までずっと赤くしていた。
リジルヘズの民族衣装特徴である裾の長い服は、婚礼用にこれでもかと意匠が凝らされている。
番はそれを着たフレイマリクを見て惚れ直してしまったのだが、フレイマリクの方こそ、自分の選んだ生地で仕立てた衣装を着る番の美しさに言葉を失っていた。
フレイマリクは二年という時間をかけて、番を説得し今日の日を迎えていた。
そのフレイマリクも、可愛い番を大事に囲うだけでなく広くお披露目するべきだと、何かとやかましい一族に説得を受けて小さな式をすることを決めたのだった。
番は自分に自信を持てずにいたが、それは周りの手をかりて正していっている。
その一助となったのが、今、フレイマリクの腰を飾る帯だ。その見事な水色の織物は長い時間をかけて丁寧に番が織ったもの。それは師である手工芸作家が嫉妬するほどの出来栄えだった。
フレイマリクと番が城で暮らすようになって二年。それはフレイマリクが予測したよりも番にとっては快適だったようで、もう一生をここで終えてもいいかもしれないと笑って言いだす始末。
それはたまにではあるが城下へこっそり抜け出したり、部屋を訪れてくる友人たちがいるからだろう。
出会った時より背が高くなり、たった二年で青年らしくなった番。
小さな番も愛おしかったが、これはこれで自分の好みに近いのかもしれないと、澄ました表情の下でフレイマリクは鼻の下をのばしている。
番がここに居たいと言うならそれでいい。なにも海にこだわる必要はないのだ。
海は旅行で行けばいいし。
つまり番がそばにいればフレイマリクはどこで暮らしても幸せなのだ。
私の番は美しい……
今日の朝、美しい衣装を身にまとった番はきまり悪くしていたが、ようやく決心して鏡と向き合った。そして現実の姿に対面しておののいていたのを思い出す。
思っていた自分とは違ったのだろう。
自分は小さく細く醜い。幾つもの層となって積もり固まってしまった思いが、この時になってようやく覆されたのだ。
伸びた背に、広くなった肩。曇りのない澄んだ瞳。
これが僕……?
零れた言葉もあの頃より低くなっていた。
番は誰の目から見ても美しかった。
体格は幾らか立派になっている。しかし番は相変わらずうぶで可愛らしく、フレイマリクだけでなく周りの庇護欲を存分にかきたてている。
実際、滞りなく式が終わった時に、列席者がわーっと集まったのは、龍であるフレイマリクではなく番の周り。
フレイマリクはいまだに国民に愛される人気者であるはずなのに、ここに集まった者達からすればただのおっさんなのだ。
だからフレイマリクはポーンと輪から押し出されてしまったのだ。酷い扱いである。
決まり悪く立っているフレイマリク、その肩をぽんと叩き労ったのは宰相と呼ばれるのにようやく馴染んできた龍だけだった。
こいつに慰められる覚えはないと言いたかったが、手も払わずにおいた。
その二人の横を杖をついた龍が、忙しい忙しいと呟きながら元気な足取りで通りすぎていった。
「ジジイのあの落ち着きのなさは何なのだ」
「あー、なんか今、コウちゃんの故郷に潜り込んで色々とやらかしてるみたいですよ。今はまだ大人しくしてるとか言い訳してますけど、本当はあの杖をぶん回してるんでしょうね。しばらくは知らんぷりしておきましょう……リハビリということで」
「あまり戻ってこないと、コウが寂しがるのだ」
「あはは、コウとジイの関係は何だか微笑ましいですからね。ジイがここにいる限り、コウは城を、と言うかリジルヘズを出たがらないでしょう。そうなったら、あなたの予定が狂ってしまいますね」
「それでも番の願いを叶えるのが龍だ。しかしその時がくれば、私の尻を叩き旅立ちを促すのはコウなのだろう」
「どうでしょう」
「約束したのだ。お前が知らなくてもいい、大切な約束をな」
「内緒の約束ですか。アスラン様はもったいぶるなあ。まあいいや、私もコウの所に行こう」
人の輪にいる番を見れば、なぜか形ばかりであるはずの父の軍務尚書に頭を撫でられていた。
手工芸作家は番の涙をハンカチで押さえている。それぞれの手はトィル王太子妃と自国の王妃に繋がれ塞がっているからだ。
番の幸せそうに泣き笑いにつられたのか、手工芸作家の夫である警備士は必死に目をしばたかせている。
「アスラン様も……!」
こっちに来てくれと番に呼ばれ、フレイマリクは微笑み愛しい番に手をふった。
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