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しおりを挟む「おい、大丈夫か?、どうしたんだ坊主?」
「……は、い」
自分の体調を確かめる前にそう答えていた。けれど今のコウの体調は本当に問題なかった。
あれほど痛かった頭もそうだし、体にも違和感はない。
ここは……。
目を開ければ横になっているコウを囲むように上からのぞきこむ人が沢山いて、その人達の向こうには雲が浮かぶ青い空がある。
どこ……?
あれ、僕は神域にいてそれで、アスラン様を待っていて……そうだ。体調を崩して、亀様じゃない綺麗な亀様がやってきて……それから……
「亀さまに!……流されたんだ……!」
がばりっと起き上る。
亀様はあの時、リジルヘズへと流してくれると言ったのだ。だとしたらここは、リジルヘズで間違いないはず。
目覚めたかと思えばぼうっとしていたコウが大声をあげ、周りにいた人を驚かせる。コウの尻の下にはあの黄色の布があり、シャツの中から酢漬けの瓶が転がりおちる。
見渡してみればここは街中で、階数のある建物が密集している。どうやらここは通りの突き当たりにある井戸端のようだ。
その井戸もコウが知る物とは違い、円形の洗い場の真ん中には細く塔があり、塔の中心からは水が上に向かって何本もの放物線を描いては落ち水面を叩いている。
お尻に感じるのは土の柔らかさではなく石の硬さだ。
「えっと、ここは、リジルヘズですか? 王様の住むお城は近い場所なのでしょうか?」
コウは寄り添ってくれている中年の男性に聞いてみる。コウが無事だとわかると人々は次々と去ってしまったが、この男性だけはコウの腰を支えてくれている。
「ああ、ここはリジルヘズの城下だ。城までは歩いて十五分ってところだろう。しかし坊主、ここかどこかもわからない、しかもずぶ濡れで布の中にいったて、誘拐にでもあったのか。ただごとじゃないだろう」
男性の言葉に初めて自分が濡れていることに気付く。頭から雫が落ちてきていたのはそのせいだったのか。
「とんでもないです。誘拐はされていません。僕はちゃんと……目的の場所へ連れてきたもらった、みたいです」
「本当にそうなのか、立てるか?」
男性の手をかり立ち上がる。足が少しふらついてしまったけれど、二度足元を踏みしめればしっかり立つことができた。
男性から転がってしまった酢漬け瓶を手に握らされる。そして親切なことにコウが包まれていた大きな布を軽く絞ってから畳み渡してくれた。
「靴の中の水を捨てた方がいい」
濡れた服を着ているのはさほど気にならないけれど、靴の中がびちょびちょなのは確かに気持ちが悪い。
コウは靴を片方ずつ脱いで溜まっていた水を落としていく。服はともかく、これは乾きにくいだろう。
「女どもは突然お前が噴水の底からぷかっと上がってきたって言うけど、そんなのあるわきゃないよ。本当は誰かに投げ込まれたんじゃないか?」
つまりコウが井戸だと思っていたのは噴水で、コウは噴水の中で布に包まれ浮かんでいたのだ。
ここでようやくこの布が、二度も自分をくるんだことを知った。最初は神域ビブレスに入る時で、二度目はアスランのいるこのリジルヘズで開かれた。
亀様がしてくれたんだ……そして龍の作る特殊な布が守ってくれた。
「あの、僕は大丈夫です。助けてくれてありがとうございました」
コウは心配する男性に礼を言い、城の方角を聞いて歩き出した。
亀様は本当にコウをリジルヘズへ送った。体の調子が戻っているのは神域を出て影響を受けなくなったからだろう。亀様が語った森の話は本当だったのだ。
僕は生かされた。
リジルヘズには無事に着いた。だったら次にすべきことはアスランに会うことだ。
コウはあの家でアスランをずっと待つと約束したのに、たった数日で出ることになってしまった。それも無断で。
もしアスランが神域に戻った時コウがいなければ混乱するだろう。龍なしで神域から出るなんてあり得ないのだ。
そこのところを亀様が上手く説明してくれるといいのだが、コウは不安になる。
自分を水道に流すのはイチかバチかだと言っていた。となると亀様にだってリジルヘズへ送ったと言い切れない。
亀もアスランも、自分の行く末を心配してくれているだろう。
神域であるビブレスを出たのはいつだろう。自分がどれほどの時間をかけここへ流されてきたのかコウにはさっぱりわからない。
ここは暑くもなく寒くもないけれど、濡れた場所から熱が奪われると肌がすっとして気持ちがいい。
早く、自分がリジルヘズにいるのだと知らせなきゃ。
ただでさえ声の主様のことだけでアスランは大変なはずなのに、それに加えて自分のことなんて、余計な心配をかけてしまう。
コウは脇からずり落ちそうな瓶を布で巻いて抱え、早足で町を駆ける。びしょ濡れの服もそうしていたら少しずつ乾いていくようだった。
リジルヘズの王都は都会だ。
コウがいた崖の上の国より立派な建物がいっぱい並んでいる。そして人々は幸せそう。コウがそう判断したのは、店には商品が豊富に並び、人々の身なりがいいからだ。あの国とはまったく違う。
状況が違えばコウは口をぽかんと開けて呆けていただろう。
馬車の他にも機械で車輪が回って動く一人乗り自動車を一台見かけた。見かけた瞬間体が縮み上がってしまったのは、コウの国で麦を刈り取る機械に似ていたからだ。
その機械には人がのるスペースはなく、駆動のための紐を引っ張って動かしていた。無人の機械はたまに暴走してしまい、作業する人を跳ねとばしてしまう怖い機械だった。
ここはあの国じゃない。大丈夫。
コウは何度も自分に言い聞かせ、心臓の部分を押さえた。
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