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一日がたち、二日がたち、三日目の朝に予期せぬ変化がおこった。
眠っている最中に嗅ぎ慣れない匂いを感じ薄目を開けた所で飛び込んできたのが、ベッドを囲むようにあった花たちが茶色く色を変えた姿だった。すっかり水分を失い元の色が何であったかもうかがい知ることができない。
それはそこだけの変化にすぎず、寝室を出ればもっと酷い状態にあった。
うっ……
思わず鼻を押さえる。
眠る前まで艶やかだった果物が色を茶色に変え実を崩している。それだけでなく腐臭を放っている。
コウは息をつめて急いで籠に果実だったらしき物を庭に出した。そしてそこで新鮮な空気を吸うために深呼吸する。
何が起こったのかなんて考えている暇もない。
小屋中に充満する匂いをとるために、鼻と口を押さえて小屋に飛び込み、急いであちこちの窓を開け放った。
そして匂いの染み込んでいる布類も次々に外へと引っ張り出す。
小屋の前にはシーツや枕、アスランの服が小さな山を作っている。
まだ何が起こったのかわからない。
とりあえず、えっと、とりあえず……
コウは布類を抱えられるだけ抱え裏の泉へと向かい浸しておいた。
そして果実の方は、家から離れた柔らかい場所に鍬で土を掘り埋めていく。
何があったって言うんだろう。
コウは寝間着のままで盛り上がった土をペンペンと押さえながら、昨日は今までと違ったことをしただろうかと、花が朽ち果物が腐った原因を考える。だけど何も浮かんでこない。
変わったことなんて……ないよ。
アスランと別れ、大量の果実を保存食へと加工して、余った時間は横になったり勉強したりしていた。それ以外にも特に変わったことはしていないし、なかったはずだ。
だとしたら単に腐っただけなのだろうか。
でも一斉に?
コウの手はピタリと止まり、地面を見つめる。
もしかして自分が眠り過ぎたのだろうか。一晩だと思っていたけれど実は一週間も眠り込んでいたとか……
違う。
いくらここが神域だと言っても、コウが持つ体内時計はそんなに狂わないし、必要以上に眠れやしない。
いつもと同じのはずなのに、何かが違う。
ここで、何が起こっているのだろう。
コウは何かを確かめるように、森との境を目指し歩き、そしてそれを目にして固まった。
今までと違う。
そこには木の幹が密になってくっつき、手をさしこむ隙もなくなっている。コウをここから出さないのだと言いたげに、どこまでの幹の茶色が続いている。
何も森に出たかったわけじゃない。ただ様子を見に来たらこうなっていただけだ。怖すぎて触れることなんてできない。
いつから……こんなふうに。どうして……こえじゃあ、僕を閉じ込めているみたいだ。
「アスラン様……」
アスランが発って数日しか過ぎていないのに一気に不安に襲われる。
本当に帰ってきてくれるのか。この場所へ帰ってこられるのか。
辛い経験は崖の上でさんざん経験している。だったらリジルヘズへ連れていってもらってもよかったのかもしれない。女性のルルアだって出られたのなら、自分にできないことはない。
全身の骨が折れたって、体が潰れて痛くなったって、アスランのそばを離れるべきではなかったのかもしれない。
でも、自分からここに残るといい説得した。
約束したから……頑張らないと……
そう思っても涙が目から溢れてしまう。
コウは膝に顔を埋めてべそべそ泣くのだが、声の主様の容態で心を痛めているはずのアスランと、死の淵で戦っているはずの主様を思い、なんとか泣き止んだ。
小屋に戻り、濡らした雑巾で家じゅうを磨いた。泉の水はやはり万能で拭いた場所から匂いを消していく。
よかった。これだけは変わらない。
これで水まで腐っていってしまったらコウは本当に途方にくれていただろう。
救いだったのは水だけでなく、保存食も無事だったことだ。
瓶に入れていた物も、干した物も昨日とかわりない。これだけあれば当分は持つだろうとほっと胸をなでおろす。
それまでにアスランは帰ってくるはずだ。そしたらこれを一緒に食べるのだ。
コウはしっかり閉めてあったフタを回しパカリと開けてみる。中に入っている酢の香りに鼻がツンとする。
匂いだけで言えばとても美味しいそうとは思えない。
だけど失敗でも成功でも、アスランは美味しいと食べてくれて、一緒に笑ってくれるだろう。大丈夫だ。
アスランがお見舞いにとくれた花、そして加工していなかった果実は失ってしまった。だけど残っているものは沢山ある。
干した果実と瓶詰めの果実。
崖の上にいた時は何も持っていなかった。だけど今はこんなに持っている。
こんな思いもあと数日だと、コウは自分を励ました。
あれ……
コウは背中に寒気を覚えて自分の身を抱いた。
崖の上にいた頃、外気の寒さに身を縮めることはったけれど、内側からうまれる寒さにぞくっとするのは初めてだ。
神域の気温はいつもの適温なのに、背中がすうっと冷たく大きく身震いする。
風邪がぶりかえしたのかな。
まだ普通に体は動くし頭も回る。この前のように倒れても、助けおこして寝かせてくれるアスランはいない。
早く寝なくちゃ。
コウは水を一杯飲み眠ることにした。
チェストからアスランのシャツを持ち出し、お守りのように抱えてシーツに入る。
アスランの服のほとんどは洗ってしまった。だからシャツからはあまりアスランの香りはしない。だけど、このシャツが一番アスランに似あってカッコよかった。
窓からはアスランが作ってくれたコウの巣が見える。それで少し元気がでてくる。
もし今日アスラン様が帰ってきたら心配かけてしまうな。
眠くないと思っていたのに、瞼を閉じればすぐに意識はなくなった。
眠っている最中に嗅ぎ慣れない匂いを感じ薄目を開けた所で飛び込んできたのが、ベッドを囲むようにあった花たちが茶色く色を変えた姿だった。すっかり水分を失い元の色が何であったかもうかがい知ることができない。
それはそこだけの変化にすぎず、寝室を出ればもっと酷い状態にあった。
うっ……
思わず鼻を押さえる。
眠る前まで艶やかだった果物が色を茶色に変え実を崩している。それだけでなく腐臭を放っている。
コウは息をつめて急いで籠に果実だったらしき物を庭に出した。そしてそこで新鮮な空気を吸うために深呼吸する。
何が起こったのかなんて考えている暇もない。
小屋中に充満する匂いをとるために、鼻と口を押さえて小屋に飛び込み、急いであちこちの窓を開け放った。
そして匂いの染み込んでいる布類も次々に外へと引っ張り出す。
小屋の前にはシーツや枕、アスランの服が小さな山を作っている。
まだ何が起こったのかわからない。
とりあえず、えっと、とりあえず……
コウは布類を抱えられるだけ抱え裏の泉へと向かい浸しておいた。
そして果実の方は、家から離れた柔らかい場所に鍬で土を掘り埋めていく。
何があったって言うんだろう。
コウは寝間着のままで盛り上がった土をペンペンと押さえながら、昨日は今までと違ったことをしただろうかと、花が朽ち果物が腐った原因を考える。だけど何も浮かんでこない。
変わったことなんて……ないよ。
アスランと別れ、大量の果実を保存食へと加工して、余った時間は横になったり勉強したりしていた。それ以外にも特に変わったことはしていないし、なかったはずだ。
だとしたら単に腐っただけなのだろうか。
でも一斉に?
コウの手はピタリと止まり、地面を見つめる。
もしかして自分が眠り過ぎたのだろうか。一晩だと思っていたけれど実は一週間も眠り込んでいたとか……
違う。
いくらここが神域だと言っても、コウが持つ体内時計はそんなに狂わないし、必要以上に眠れやしない。
いつもと同じのはずなのに、何かが違う。
ここで、何が起こっているのだろう。
コウは何かを確かめるように、森との境を目指し歩き、そしてそれを目にして固まった。
今までと違う。
そこには木の幹が密になってくっつき、手をさしこむ隙もなくなっている。コウをここから出さないのだと言いたげに、どこまでの幹の茶色が続いている。
何も森に出たかったわけじゃない。ただ様子を見に来たらこうなっていただけだ。怖すぎて触れることなんてできない。
いつから……こんなふうに。どうして……こえじゃあ、僕を閉じ込めているみたいだ。
「アスラン様……」
アスランが発って数日しか過ぎていないのに一気に不安に襲われる。
本当に帰ってきてくれるのか。この場所へ帰ってこられるのか。
辛い経験は崖の上でさんざん経験している。だったらリジルヘズへ連れていってもらってもよかったのかもしれない。女性のルルアだって出られたのなら、自分にできないことはない。
全身の骨が折れたって、体が潰れて痛くなったって、アスランのそばを離れるべきではなかったのかもしれない。
でも、自分からここに残るといい説得した。
約束したから……頑張らないと……
そう思っても涙が目から溢れてしまう。
コウは膝に顔を埋めてべそべそ泣くのだが、声の主様の容態で心を痛めているはずのアスランと、死の淵で戦っているはずの主様を思い、なんとか泣き止んだ。
小屋に戻り、濡らした雑巾で家じゅうを磨いた。泉の水はやはり万能で拭いた場所から匂いを消していく。
よかった。これだけは変わらない。
これで水まで腐っていってしまったらコウは本当に途方にくれていただろう。
救いだったのは水だけでなく、保存食も無事だったことだ。
瓶に入れていた物も、干した物も昨日とかわりない。これだけあれば当分は持つだろうとほっと胸をなでおろす。
それまでにアスランは帰ってくるはずだ。そしたらこれを一緒に食べるのだ。
コウはしっかり閉めてあったフタを回しパカリと開けてみる。中に入っている酢の香りに鼻がツンとする。
匂いだけで言えばとても美味しいそうとは思えない。
だけど失敗でも成功でも、アスランは美味しいと食べてくれて、一緒に笑ってくれるだろう。大丈夫だ。
アスランがお見舞いにとくれた花、そして加工していなかった果実は失ってしまった。だけど残っているものは沢山ある。
干した果実と瓶詰めの果実。
崖の上にいた時は何も持っていなかった。だけど今はこんなに持っている。
こんな思いもあと数日だと、コウは自分を励ました。
あれ……
コウは背中に寒気を覚えて自分の身を抱いた。
崖の上にいた頃、外気の寒さに身を縮めることはったけれど、内側からうまれる寒さにぞくっとするのは初めてだ。
神域の気温はいつもの適温なのに、背中がすうっと冷たく大きく身震いする。
風邪がぶりかえしたのかな。
まだ普通に体は動くし頭も回る。この前のように倒れても、助けおこして寝かせてくれるアスランはいない。
早く寝なくちゃ。
コウは水を一杯飲み眠ることにした。
チェストからアスランのシャツを持ち出し、お守りのように抱えてシーツに入る。
アスランの服のほとんどは洗ってしまった。だからシャツからはあまりアスランの香りはしない。だけど、このシャツが一番アスランに似あってカッコよかった。
窓からはアスランが作ってくれたコウの巣が見える。それで少し元気がでてくる。
もし今日アスラン様が帰ってきたら心配かけてしまうな。
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