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しおりを挟む随分いっぱい取ってくれたんだ。
山盛りになった果実は、それだけアスランが戻らないといわれているように感じた。
具体的に何日だとは言っていなかったけれど、何となく五日以上はかかるのではないかとコウは思っていた。
ここからリジルヘズまでどれくらいの距離があったかと、コウはいつか見せてもらった地図を思い描く。
地図の真ん中にあったリジルヘズと地図のはじっこにあったこの場所。
移動に必用とする日数に自分は随分と驚いたものだが、今はその数字がはっきりと思い出せない。
巨体の龍がリジルヘズまでの距離をどのくらいで移動するかわからない。でもアスラン達からすればここはそれほど遠い場所ではなく、少し足をのばした程度の感覚のある場所なのかもしれない。
だから大丈夫。これはちょっとしたお留守番だよ。
コウは卓にのった籠から果実を幾つか取り出し食糧庫へ入れていく。
コウの小さなお腹では果実が二つもあれば一日分の食糧になる。そうなるとここにある量を持て余してしまうのが現実だ。
でもいっぱい取ってくれてよかった。
食糧があるということはコウの気持ちに余裕をもたらす。
何しろ森は龍に従うがコウには従わない。何もかもをアスランに頼るしかないのだ。つくづく自分は無力だ。
食糧庫の扉をパタンと閉めると、それ以降なんのお音も耳に届いてこない。
静かすぎる。
窓の外の景色は明るく目にうるさいくらいなのに、耳には何の音も入ってこない。虫も鳥も、風の音もない。
思わずまた食糧庫を開け手にした果物に齧りつくと、それは口の中でシャリと音をさせる。
まずい。
林檎のような丸く赤い実は、渋みだけをコウの口に残す。それは飲み込んだ後に思わずべーっと舌を出してしまうほどだ。
家の中も外も、こんなに静かだったろうか。
コウは再び台所の窓から外を眺める。
いつもと同じ明るさに、いつもと同じ木々の緑。ここから見る景色はコウが来た時からまったく変わっていない。
ここで息をして生きているのは自分一人。呼吸をしているのも一人。
僕ひとり……ひとりぼっち……
これまでコウはずっと一人だったのに、ここへ来てアスランを得てしまった。甘えることを知ってしまったコウは、きっと以前より弱くなっている。
だめだ。帰ってきたアスラン様を笑顔で迎えるためにも頑張るんだ。それに主様には目を覚ましていただきたい。また話をしてくれるって言っていたんだから。
コウは主様から預かった首飾りを取り出すと、両手で挟む。
正しいお祈りの仕方なんてわからない。だけど……
コウは主様の優しい声を思い出し、どうかご無事でありますように、主様とアスラン様とがお話ができますようにと祈った。
翌日から、朝起きてから眠るまでを一日として、コウは紙きれにメモを取ることにした。その下には自分の体調も書いて、その日に食べた物、何をしたかを書いておく。つまり日記のようなものだ。
天気は晴れ、そして今日の体調は……まあまあいいかな。
記録しなければアスランを送りだしてからの時間の経過がわからなくなってしまいそうだ。
コウの一日は、アスランがいた頃と何もかわっていない。
朝には自然に目が開く。起きたら泉で水浴びしてから洗濯。横からちょっかいかけてくる人がいないからすぐに済んでしまう。
毎日洗っていたシーツの洗濯はやめることにした。アスランの匂いが消えてしまうのはもったいなくて、水にさらしてしまうなんてできない。
洗濯が終われば台所に移動して、たっぷりある果実の加工をすることにする。
これまではその日に必要な分を必要なだけアスランが収穫しては食べきっていたから、果実がどれほどの期間もつのかわからない。
寝室に飾ってある花の様子からして腐らない可能性もあるのだが、何しろ一人きりでは時間がありあまっている。こういう時こそ普段はできないことをする絶好の機会なのだろう。
コウはお気に入りのレシピ本をパラパラとめくり、目当てのページが閉じてしまってもいいように紙をはさみこむ。
そこには簡単な保存食の作り方が書かれているのだ。
よし、まずはこれがいい。
昨日かじった赤い実が残り三つほどあったので、全部を輪切りにして天日干しすることに決める。本によれば、そうしておけば渋みがある果実も甘味が出てきて食べられるようになるとある。
普段はゴミとして地面に埋めてしまう皮も、長いまま細く切って酢浸けにしよう。
甘い果実はそのまま食べてしまってもいいのだが、砂糖で煮詰めておいてもいいかもしれない。パンに塗ってジャムにしても、お茶に入れても美味しいとある。
たまに果実に齧りつき味を確認し、どの果物をどれに回すかを考えながら、ナイフを持った手を動かしていく。
帰ってきたらアスラン様に食べてもらおう。
そう思っていれば知らずにフンフンとでたらめな鼻歌が口をつき調理は順調に進んでいった。
本当はもっとあれこれと作りたかったけれど、この家には手の平に乗るほど小さな瓶しかなく、数も四つしかない。
時間もかかり結構頑張ったつもりだが、できたのは保存瓶三つ分。外に干してあるのはお皿十枚分。多くの果実はまだ手付かずだ。
お昼、過ぎてるよね。
コウの考えを読んだかのように、お腹がぐうっと鳴る。
元気すぎる音にくすりと笑って、コウはカマドに火をつけた。お茶を入れるためのお湯をわかすのだ。
湯がぐらぐらするまでの間に一番手近にある果実を取りナイフで削ぎ、そのまま口にいれてしまう。少し行儀が悪いが気にならない。調理を随分と頑張ってしまったのか、お皿やフォークを出す元気がなかった。
コウのする料理は自分のためでなく、食べてくれる人のためにあるのだと気付く。
それに加えて、何だか体がだるい気がする。どうしてだろうと考えて、ようやく自分が少し前まで寝込んでいたことを思い出した。
ひとりだし、こんな時は無理しちゃだめだよね。
今日はもう何もしないのだと決め、いれたてのお茶を口に含む。
温かいお茶はコウをほっとさせる。シュンシュンと薬缶が騒ぎ白い蒸気がダクトに消えていくのを見るのも好きだ。
熱いくらいのお茶が喉から食道におりて、胃の中がぽかぽかして。何度もほうっと息を吐いてしまう。
アスランがいなくなってからずっと力んでいた肩から力が抜ける。そう、コウは張りきって力を入れすぎていたのだ。アスランがいなくても自分は平気だと、そして一人で何でもできるのを証明するかのように。
アスラン様……張りきりすぎもだめなようです……
コウは手を止める度に、恋しい人の名前を呼んだ。
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