こうもりのねがいごと

宇井

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「まずは、龍が龍しか産めない、だったな」

 泉の縁に腰をおろす。横抱きのまま互いに一番しっくり位置に自然におさまる。

「龍は龍の雄と雌の間でしか子を成さないのは本当のことだ。この大陸で他の種族と交われないのはおそらく龍だけだろう。しかし龍が他の種族を愛せないわけではない。子孫を残せないことを承知で番うことは常にあった。リジルヘズの今世国王も鼠の娘を愛し、私も、蝙蝠のコウを愛している」

 にっこりと微笑まれコウは赤くなる。

「龍は古代、天変地異を起こし厄災をもたらすと言われて忌み嫌われてきた。安寧の地を求めて辿り着いたのが砂漠を抱え草も生えず生き物の住めない土地だった。しかし龍がそこに場所を定めてからは水が龍を求めたのだ。地図にあった二本の大河は形をかえ龍に寄り添い、砂漠からは水が噴き上げ憩いの場を作った」

 コウは前に見た地図では、二本の大河が国の両側にあり、無理にこちらに引っ張ったかのように流れを変え、そこから奇妙にゆるやかに、国全体を潤すように蛇行していた。
 確かにそれは面白く不思議な形だと言える。

「そこからだ。龍だけだった土地に人々が集まり始め、龍を中心とした国ができた。それがリジルヘズの起源だ。龍は王となり何千年何万年と国を盛り立ててきた。しかし、今になって龍は絶滅しようとしている」
「絶滅って、アスラン様と同じ龍がいなくなってしまうってことですか」
「龍の種族に雌が生まれなくなったのだ。今いる龍はたったの四人。私に今世国王、ロミー、ジイ。どれもが雄。龍は大昔に繁殖の機会を失っている。つまり、私たちが最後の龍となるだろう」

 それを寂しいと思わないのだろうか、それともとっくに諦めきっているのか、アスランはまだ微笑んでいる。

「雌が顕著に生まれなくなり、龍が何もしなかったわけではない。雌を手厚く保護し繁殖をすすめたが、それでも雄しか生まれなくなったのだ。もともと龍は大陸ではなく海が発祥と言われている。だから地上の他と種が交わらないのも頷ける」
「そういえば……亀様がおしゃっていましたよね。龍とは水を源にするから相性がいいと」
「ルーツは同じであると、精霊は感じ取っていたのだろう」

 アスランはそのことを覚えていたコウに驚き、その通りだと髪にキスをした。

「リジルヘズは龍が王に立てなくなる日を見越し、そのための体制を整えてきた。絶対王政から移行するため王直轄でない議会を作り、各省庁を編成し王自らの決済を減らしている。しかし国民が龍を神聖視するのは龍が途絶えても変わらないのだろう。金貨にして崇拝までされては、こちらも息が詰まるというものだが」

 絶対王政に龍。
 コウは胸にある金貨が重くなったような気がした。

「やはりこれはアスラン様なのですね。アスラン様はリジルヘズの王様で、尊い人で、こうして金貨になった……」

 コウは若き日のアスランを手に取る。
 そう認識してしまうと、もうそうとしか見えてこない。これはアスランだ。
 アスランは否定も肯定もせず口をひらく。

「それが慣例だと言われても、自分とされる顔がそんな物にあるのはどうもな……いずれ価値は随分と上がるのだろう。ルルアの父である尚書が、娘にも触れさせずため込むのは、そう言うことだ」
「やっぱり寂しいですよね。自分の種族が途絶えてしまうこと」
「そうだな……だが今は何の感慨もない。身近なジイやロミーや今世国王の命が亡くなるのは悲しい。しかし自分の属する枠に未練はないのだ。龍はこの地上に必要がなくなったから絶滅する。つまりは神の意志なのだろう」

 もしこの世に蝙蝠がいなくなったら……
 コウもアスランの身になって考えるのだが、やはりピンとこない。
 コウにはアスランを励まし慰めるような言葉を持っていない。ただ、アスランのその身を抱くだけだ。

「龍というのは、どんな姿かたちをしているのですか」
「そうだな、コウに私の姿を見て欲しいが、ここで変異しては小屋も木々も破壊してしまうだろう。それほどに龍は大きい」
「たしかに家を壊してしまう大きさではびっくりしてしまいます」
「やはり、他の生き物とはそもそもの種が違うのだ」

 アスランは人差し指を立て、土に絵を描く。どうにか自分達の姿をコウに教えたいようだ。
 じっと見ているうちに線は増えていくのだが、どうにも姿がつかみ辛い。
 
「えっと、亀様に似ていますか?」
「いや、胴はもっと、こう、蛇のように長いのだ。そしてこう、手足がある」
「ああ、そこが亀様に似ているのですね」
「亀に似せているわけではない……」

 絵心がないアスランが絵で伝えるのは至難の技のようだ。
 楕円から四つの棒が向きもバラバラに飛び出し、尾には毛玉のぼんぼんが生えている。
 顔の細部はといえば、口が飛び出し、髭ボウボウの想像もおよばない、まさに未知の動物になっている。おまけに、あるはずの二本の角は書き足されず、なんだか間抜けだ。

「龍の背中の真ん中に何かが生えていますが、これは翼ですか?」
「龍は飛ぶが大きな翼はない。これはコウだ。私の背中に乗るコウを描いたのだ」
「これが僕……じゃあ、この二つは僕の目ですね」
「いや、これは愛らしい耳だ」

 コウは思わず今は生えていない頭部に手をやる。大きな耳を隠そうとしたのがアスランにわかったのかそこに口づけられた。
 龍の背にのる蝙蝠。
 アスランの描いた絵は正確さには欠けるが、コウにはその龍と蝙蝠が楽しげに大空を自飛んでいるように思えた。

 家を壊してしまえるほどの大きな龍。アスラン様の上に僕……

「コウは長年王を勤めた私への天からの褒美だ。私はこうしてコウを乗せ、どこまででも連れていこう」
「嬉しいです。アスラン様の背中から見る景色はどんなでしょう。とってもとっても、高いのでしょうね」

 ロミーによってこのビブレスへ連れてこられた時は、布にくるまれて恐怖しかなかった。できれば二度と体験したくないと思う。それでもコウはアスランに連れられ、一気に加速し昇る空を想像した。
 自分は風で飛ばされてしまわないよう、龍の背に必死にしがみつく。だとしてもそれでも笑っている気がする。
 アスランはコウがとても飛べないような高さにまで、その巨体で連れていくことができる。
 コウが飛べなくても、アスランは飛べる。そうやってコウの知らない世界をまた見せてくれる。
 天高く飛ぶ龍。そして、コウの知らない遠いリジルヘズという国の王様だった人。
 アスランはコウが思う以上に、とても大きな人物だった。

「アスラン様は王様をやめて、ここへお休みに来ていたのですね」
「王を辞めた者は一度はここで静養するとジイに言われてな。この場所になにがあるのかと興味もあって来てみたのだ。百年座った椅子は窮屈だったのだと、初めてここへ来てわかった。ここには誰も私を知る人間はいない。龍だ王だと崇められることもない」

 ん?

「どうした、コウ?」
「今、百年と聞こえた気がするのですが、アスラン様は百年王様をされていたのですか? だとしたら今はお幾つなのですか」

 百年も生きる人がいることをコウは今初めて知った。
 コウの周りにいた人、おじいさんやおばあさんと呼ばれる人で五十。長寿と言われる人でも六十だった。
 コウも自分は長く生きても四十年。その程度だと思って生きてきた。
 
「リジルヘズに生まれた者は総じて長寿だ。その中でも一番が龍だろう。ジイは老龍で七百越えだ」
「声の主様が七百、アスラン様が百で……あれ、年齢じゃなくて……僕はたったの十六くらいで……えっと……」
「年下の番はかわいいと聞いていたが、本当だった。違うな、コウがコウであるからかわいいのであって年は関係ない。コウが気になることは多くあっただろうが、ここにいるのはただの龍である私と、ただの蝙蝠であるコウ。そしてここは私たちしかいないビブレスだ」

 屈託なく笑うアスラン。コウは年の差や寿命に混乱していたのだが、それを見せられるとどうでもいいことだと思えてきてしまう。

「あまり考えすぎなくていいのですね……年は関係ありません。アスラン様がお幾つであっても、リジルヘズで王様をしていたのだとしても。好きです。僕はアスラン様が好きなのです。ここはビブレスというと特別な場所で、だからこれまで通りで、いいのですね」

 アスランが何者であったとしても、今さら自分の態度を変えることはないのだ。
 コウは決心したように顎をあげ、自らアスランの唇をそっと啄んだ。
 いつかここで教えてもらった小鳥のキスだった。
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