こうもりのねがいごと

宇井

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 あれからアスランはご機嫌でコウの巣を作っている。設計図などは書かず、物置部屋にあった材木と道具を使って器用に木の寸法を測り切り出している。
 最初は木を切ると切りくずが出ることを失念し家の中で作業していたアスラン。
 何でもできて何でも知っているようなアスランでもそんなミスをするのかとコウは驚いたものだ。
 コウは自分の巣を作るアスランの姿を台所の窓から眺めながら、料理をするのが楽しくてしかたない。

 日中の時間をおしはかることはコウには難しいけれど、朝の目覚めだけは長年の習慣もあって、日々同じ時間に目覚めている自信はある。
 朝起きたら、一緒に泉で水につかり、それから身支度をすませる。たまにアスランがよからぬ動きをするので、そこで大きく時間をとって昼を迎えることがある。
 泉でさっぱりした後は、今日は何を作ろうかと二人でレシピ本を見ながら相談。その見開きから必要な物と作り方をアスランが読み上げてくれ、ついでに文字も教えてくれる。
 アスランがその日の食材を取りにいっている間に、コウは洗濯をすませておく。
 朝は果実を切った物で軽くすませ、昼夜はコウが調理をする。したいからする。
 最初はおっかなびっくりだったけど、コウは徐々に料理を理解して、手際もよくなっている。
 大切なのは分量を忠実に守ること、そうすれば大きな失敗はしない。あとは火加減に気をつけていればいい。
 作った物を美味しいと言って食べてくれるアスランがいるから、やる気ももっと上がる。アスランの言葉と笑顔、それが上達への近道だった。
 
 その日コウは家事に区切りがつくと外へ出て、作業するアスランに水浴びをすると声をかけ、泉にむかい蝙蝠へと変異した。
 コウはあまり自分の姿が好きではない。人でいる時もそうだが、蝙蝠の時は一際そう思う。
 それに加え、アスランに出会ってからは、その美しい人に見合う自分でいたいと思うようになっていた。
 コウが水浴びする時にアスランは顔を出したり声をかけたり、ましてやのぞいたりしなかった。それはきっとアスランの気遣いだろう。
 コウは翼を広げて仰向けになって泉の表面でたゆたう。ぷくぷくと弾ける泡がコウをゆらーりくるくると動かすから、あちらこちらへと移動していく。
 しかし今のところ翼には変化がない。
 ただ実際にコウは心も体も満たされているし、それは肌の艶や、しなやかな動きとして出てきている。
 ただこの不思議な泉であっても、既に空いてしまっている穴を塞ぐことはできないのだと、何となくわかってはいる。

 これ以上を望むのは贅沢だよ。

 声の主様に助けられ、この場所へ来て、アスランに出会った。
 これは本当に偶然が重なって起こった、最上の奇跡なのだ。
 
 コウが人へ変異し家の玄関にまわると、アスランは外で作業を終えていた。思い立ったらいつでも製作に戻れるように道具などは散らかったままなのはいつものことだ。
 コウは玄関扉を開けると、アスランは木くずで汚れた姿のまま食卓についている。ここへ来てからコウは身なりを気にするようになっているが、アスランは段々と緩くなっていっている感じだ。それもワイルドに向かっていると言うよりは、子供がえりの方が近いのかもしれない。
 コウが入ってくるを待っていたかのように、ちょいっと手をふったので、コウはその向かいの席に座ろうとする。すると、そっちじゃないとアスランは隣の椅子の背に手をかけ引いた。
 コウも本当は隣に、アスランの近くがよかったけれど遠慮していたのだ。だから嬉しかった。
 食卓では一握り分ほどの硬貨が小さな山を作っている。

 すごい、量。

 コウは膝の上に手を置いて、身を乗り出していた。

「国から持ってきていたのを思い出して、コウにお金のことを教えたくなったのだ」
「お金がこんなにいっぱいあるのを見るのは初めてです。それに、これまで見たことがない硬貨ばかりです。ひとつだけ触ってもいいですか?」

 コウはアスランが頷くのを待ってから、中でも一番小さな銀色の硬貨を手に取った。
 それは思っていたより軽くて、何人もの人の手を経たせいか鈍い色になっている。
 小さいとはいってもコウが給料としてもらっていた硬貨のように、表面の図柄がすれて消えかかっていることはなかった。

「私のの国の硬貨だ。それが一番小さくて価値も小さく歴史も古い。今ではそれ一つでは物を買う事ができないが硬貨としての役割をはたしている。価値は硬貨の大きさに比例しているのが特徴だ」

 アスランは卓にざっくりと置いておいた硬貨を小さい順に並べていく。種類は七種類あるようだ。

「この真ん中の硬貨二枚あれば一日の食費が賄えるくらいだろう。一番よく使うのがもう一つ大きなもので一番流通している」
「どのお金にも数字だけじゃなくて、裏には植物が刻まれているようです。でも、この一番大きくて光っているのだけは……どなたかのお顔ですね」

 コウは視線を動かすだけで、それ以上は手に取らない。アスランの指が硬貨をくるくると動かしているのを見るだけだ。お金なんてほぼ無縁でやってきたコウにとって、小さなコインを手に取るのが精一杯。それ以上の価値に触れるのはあり得なかった。
 それにしても外国の綺麗なお金は貨幣としての価値だけでなく、装飾品のように美しく眩しい。
 特に他のものとはまったく違い異彩を放っているのが、金色に輝く大硬貨だ。

「手に取ってよく見て」

 強引に手をとり握らされ、コウは手の平にのった平たい丸をまじまじと見る。

 すごく、きれい。

 金に刻印された人物は横顔しかみせていないが、額から顎までの曲線はめりはりがあり、頭には植物の葉の冠をつけている。
 まっすぐな髪は肩まであり、男性なのか女性なのか判別がつかない。成人というより青少年といった感じだ。ふっくらした頬にみずみずしさを感じるから余計に中性的なのだろうか。

「この方は神様か妖精様でしょうか。とても綺麗な人ですね。何となくアスラン様に似ているような。アスラン様が若い頃はこんなだったのかな……なんて」
「コウはこの人物が好きか?」
「え、好きも嫌いもないのですが、美しいし、聞かれれば、好きだと答えますが……」

 コウがそう言って見上げると、アスランはとても嬉しそうな顔をしている。
 コウがいる時のアスランはいつでも嬉しそうなのだが、今の笑顔は湧き出るものを必死に抑えているようだ。

「これは先の王の即位を記念して鋳造されたものだ。この尺の硬貨だけは、王が変わる度に発行される金製だ。誰かが結婚したり、子供が生まれたり、昇進したり、家を建てたりした時にお祝いとして贈るもの。だから普通の店でこれを出しても買い物はできない。それより一つ小さな硬貨二百枚分と同等の価値があるから、持っているのは裕福な商人か貴族になる」
「こっ、これって、そんなに高いんですかっ」

 そんな高価なものなど気安く持たせないで欲しい。
 コウの手は小さく震え冷や汗がでる。
 アスランにとっては見慣れたものかもしれないが、それでも無造作に食卓に置いてしまうなんて気安すぎる。
 お金持ちの感覚がコウにはわからない。
 しかしコウが緊張するのも当然だ。これはお金持ちだって、柔らかな布に包んで金庫にしっかり保管しておくのが当たり前の硬貨なのだ。

 落として失くしたり、ふんづけたりしたら、大変だよ……

 アスランは一旦金貨を受け取り、卓の上にパチリと音をさせて置く。次に硬貨の山の中から金色の細いチェーンがついていているものを取り出す。そのトップにあるのもよくよく見れば金貨だ。
 アスランは金具に指先を引っかけ、パカリと金貨だけを卓に落とす。
 手に残ったのは金貨をはめ込むことができる専用のペンダントで、枠とチェーンが繋がっている。一方金貨は卓の上を滑り半円を描いて倒れた。金貨への扱いが雑すぎてコウの方がハラハラしてしまう。
 アスランは硬貨の表面、顔のある方を表にして、指先でコウの前に移動させた。これで二つの金貨がコウの前に並ぶことになる。

「さっき説明したような役割があるから、こうしてペンダントやブレスレットとして使える枠や、部屋に飾ることもできるようにホルダーも売られている。このペンダントにはまっていたのが、さらに一代前の金貨になる。大きさは同じ、デザインは似ているけどよく見たら違うと気付くはずだ」
「……本当ですね。横顔だけどさっきの人とはまったく違う人です。こちらの方は何か考えごとでもしているようなお顔です」
「実際、気難しい人だったのだ。これを写し取った職人はその王の人柄を見極めていたのだろう」
「気難しいってm¥、アスラン様はこの方を知っているのですか? もしかしたら、アスラン様のお知り合い、だとか」
「この者は親族だ」
「親族!? 王様がアスラン様の親族!?」
「これとこっち、コウはどっちが好きだ」

 アスランはコウの反応もおかまいなしに、二つの金貨の間で指をとんとんする。

「どちらだ?」

 えっと……

 王様や親族の話について質問する時間を与えらずに、二つの金貨を交互に見る。

 選ぶんだ……

 金貨に対してどっちが好き?もなにもないのだけれど、選ぶ場面に立たされている。どちらも選ばない、なんて返事は許されないのだろう。

「あの……こちらです」

 怖い顔よりも微笑む直前のように穏やかな方がいい。コウは最初に見せられた金貨を選んだ。
 コウの指さす方なんてとっくにわかっていただろうに、アスランはそれを確認するとおおいに満足した様子で、コウが選んだ方の金貨をペンダントトップにはめる。

「では、これはコウにもらってもらおう」
「えっ……困ります。それってお祝い用なんですよね。僕はアスラン様にお祝いされるようなことはなにもないです」
「私がコウにこれを持っていて欲しいのだ。私に似ている人物の姿が写し取られたこれを、いつもコウに身に着けていて欲しい」
「でもこんな高価なもの、僕が持っていていいわけありません。それに、もし失くしてしまったら、僕はどうやってお詫びしたらいいのか」
「失くしてしまってもいいんだ。これは私の気持ちの問題だと思ってくれ。常に身に付けていてほしいという私の我がままを受け入れてくれ」

 アスランはいまだ受け取りを拒否するコウの首にそれをかけシャツの中にしまう。
 長いチェーンはコウの胸の下まで届き、服の隙間からは見えない場所で金貨の冷たさを感じた。
 頑なに拒んでいたコウだったが、アスランの様子に受け入れるしかないと腹をくくって受け取ることにした。

「アスラン様がここにいる。そう思うと、別の意味を持つようです。すごいですね。さっきは背中がぞくぞくってするほど冷たかったのに、もう僕の体温になっています」
「コウの肌には金がよくなじむ。見えるのは鎖だけだが、よく似合っている」

 アスランは金の鎖の少し上のコウの素肌に唇を寄せ吸い上げ、赤いあとを残した。
 これでコウの首には主様からの首飾りと、アスランからの金貨の二つが下がることになった。
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