異世界人αと日本人Ωの間に生まれたハーフな俺

１ 実はハーフな俺

　実はさ、俺、異世界人と日本人とのハーフってやつなんだよ。
　異世界人アルファ（男）と日本人オメガ（男）の間にできた子供が俺、滝藤歩アユム。
　小学生の頃、その秘密を親友の川ちゃんにこそっと伝えた。

『やっぱりそうだよな。なんか歩って超越してるもん。実はあっちの貴族なんじゃないか』

　そっちこそ貴族様みたいな顔なのに、そう肯定してくれたっけ。

　日本生まれ日本育ち。父子家庭。幼い頃からオメガの父と二人で互いを支え合いながら生きてきた。
　もう一人の親であるアルファはどうしたって？　ずっと異世界にいるよ。だから俺は一度も会った事がないんだ。
　異世界ってアニメや小説の中にあるんじゃなくて現実にあるんだ。どこかに存在しているんだ。
　俺は異世界なんて行ったことも見たこともない。だけど俺を生んでくれたオメガの父さんがそう言うんだから、つまりはそれが真実だろ。
　俺が『異世界』なんて言葉を知らない幼い頃から、子守唄のように言って聞かされた。
　俺は異世界人とのハーフなんだって。
　かつて父さんが行った事のある異世界は、子供に聞かせる物語にあるような美しい世界なんだって。
　お前は、異世界人の父親と、その世界にトリップしてしまった日本人の父さんが愛し合って、その末に授かった、大切な大切な命なんだって……

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　だけど俺の見た目は完璧な日本人顔。異世界風味はゼロ。
　オメガの父さんとはまあまあ似ている。誰が見ても親子だってわかる程度には。大と小が並んでマトリョーシカみたいって、子どもの頃はよく言われていた。
　今ではベータの俺の方が背は高くなっちゃって、オメガの父さんを五センチ抜かしてしまっている。
　ちなみに体格はそれほどよくなくて、身長は日本人男性の平均。だけどまだ高校生だし、成長途中って思えばのびる余地が残っている。
　運動系の部活には入った事がないのはスポーツが苦手だから。ひょろい見た目の通り運動音痴だ。
　あと、これは絶対に異世界の遺伝だと思うんだけど、お腹の腹筋は綺麗に割れている。普通体型で運動なんてしないのに。だからそこだけは異世界人っぽいといえば異世界人ぽいのかも。
　決定的に違うのは瞳の色。瞳孔はもちろん黒いんだけど他は青！　ジーンズのインディゴに近い色。髪だって一見すると黒髪なのに、よくよく見ると青みがかっていて濃紺っぽい。
　他にある特徴は肌が少しだけ色白な事かな。純日本人との違いはたったそれだけだ。　
　そうそう、それが原因で面倒な事もあったっけ。遠い昔の話だけどね。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
『なんだいその髪、栄養が足りてないからそんな色になるんだよ。まったく』

　小学生の頃、今も住んでいる市営住宅の同じ棟に住んでいる婆さんには、会う度そう言われた。
　栄養が足りないから細くて色白で……だから目も青くなる！？　んな訳あるかっ。
　心の中でそう婆さんに悪態ついても、実際口には出さなかった。ご近所さんと揉めてもいい事なんてないって子供心にわかっていたから。
　そんな場面でもやっぱり川ちゃんがかばってくれた。

『くそばばあ、歩になに言った。次は許さないぞ。小学生なめんなっ』

　飛び蹴りしそうになるのを止めると、公家顔でにじり寄ってガンガン言い返してくれた。
　川ちゃんは道路を挟んだ住宅地に住んでいて割と豊かな家庭育ち。庭付き一軒家はでかいしね。川ちゃんは子供ながらに俺んちが普通の家庭じゃないってのに気付いていたと思う。だから婆さんの言葉にめちゃ怒ってた。
　俺はその頃から厚かましさを身に着けつつあったけど、その件で婆さんからの嫌味がなくなったのは事実だし助かった。
　川ちゃん最高、ブラボー。
　だけど反面どうして俺は、俺の家は、他と違うのかって葛藤したりした。開き直るには時間がかかるよね。心はデリケートな小学生だからさ。けれど今はもう平気だよ。

　その時は時代も悪かったね。男オメガは差別してもいい対象だったから。
　それが今や男オメガは女性に大人気。特に女アルファからは婚活市場で引く手あまたらしい。
　男らしさ薄めの美形好きにはたまらんし、交互に出産して痛さ辛さも分かり合える。セックスもバリエーション豊富で最高。良い事しかなくない？
　それが昔は男が出産とか気持ち悪いって嫌悪対象だったんだから、時勢によってこうも評価が変わるのかって思うよ。
　シングルファーザーへの公的な手当てなんてなかったし、オメガ特有の薬にかかる補助金もなくて、俺達親子は国からも酷く冷遇されていた事になるんだから。

　父さんは個人向けの保険を売る営業を昔も今も続けているけど、オメガ性だから発情期は休みもらって家で寝てなきゃなんない。
　薬のおかげで熱を出して寝込むのが今時の発情期間の実際だけど、世間はそうは見てくれない。
　まだまともな薬がなかった昔のように、甘い匂いでアルファを誘ってセックスするか、やりたいやりたいって自慰にふけるもんだと思ってる。
　この誤解が改められるには、もう少し時間がかかるのかもしれない。
　その事で同僚や客に軽く見られる事もあったと思う。
　ノルマがあって順位までつけられて大変って愚痴は散々聞いてきた。冗談めかして言っていた時もあるけど、夜中に父さん布団の中で度々泣いているのには気付いていた。
　自分の境遇を嘆いてメソメソって感じじゃなくて、理不尽さへの怒りも含んだ悔しさが入っていた気がするよ。
　唯一の肉親、大好きな父さんが隠れて泣いている。それだけでこっちの胸も同じくらいに痛むって、その頃に知ったんだと思う。
　ここまで俺を大きくするのに、どれだけ父さんが苦労したかよくわかっている。
　小学校の入学前検査で俺がベータだって判定された時、父さんは俺がアルファじゃなかった事にがっかりもせず、オメガじゃなかった事に喜んでいた。
　男のオメガがこの世で一番格下扱いされて生きにくいって、わかっているからだ。
　その時の俺の心は父さんに共鳴しちゃって、何だか泣き笑いみたいになっちゃってた。
　判定後、もし俺がアルファだったら……そう夢想した事はある。そうだったら父さんを全方位から守れるかもしれないしさ。
　でもさ、やっぱりベータ万歳だ。俺の結論はその時からぶれてないよ。高校生になった今でもね。