私を見つけた嘘つきの騎士

宇井

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46 踊りもある

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 仕立て屋の採寸にも仮縫いもいけず、何も知らないままの私が夜会の列席者に嘲笑を受ける。それはまったくなかった未来ではないかもしれないからだ。
 服装を外してしまった私を笑う。嘲るように笑う人々。
 扇子で隠した口元でニタリと笑う人がいるかと思うと、どうしてそこまで恨まれなくてはならないのだと思ってしまう。
 ファーガス様が人気だからだ。中身は残念なのに。
 だけど、私もそうだった。
 ファーガス様と知り合うまで、彼は王族であり雲の上の方だったのだ。決して変態ではなかった。
 それが侍女となり王族に近くなった貴族出身の令嬢となれば、ファーガス様を婚約者候補として入れて、近づく機会を伺っていたのかもしれない。
 ネイハム様も言っていた。ファーガス様ほどの独身男性はいないと。
 だから私がこんな目に合うのも当然なのかもしれない。むしろこれまで表立った意地悪が無かったのが奇跡なのかもしれないのだ。
 すべては私に恥をかかせるため。
 誰が仕掛けたかもしれない罠にようやく背中が冷たくなった。

「とりあえず、私も知らないことが多いから、周りに聞いておこう。もしかしたらドレスも借りられるかもしれない」
「ウィルマさん、ありがとうございます。私たち二人じゃどうにもならないので、本当に助かります」
「先輩、ありがとうございました」

 先輩が腰を上げたので、私たちも立ち上がり頭を下げる。
 面倒な人だとしか持ってこなかったけど、今は彼女ひとりが味方に加わってくれたことが大きく力強い。

「よし、この子は返すよ。また触らせてくれと嬉しい」
「ええ、是非。ルルも喜んでいます」
「ルル……というのか。可愛いな。毛玉のようだ」

 丸い玉状になってしまっているルルが私の手の中に戻ってきて、この子の功績を知る。ルルがいなければ私はごく当たり前に、またこの先輩にしごかれていただけに終わっていたかもしれなかったからだ。
 先輩を見送り扉を閉めると、ダナがまた難しい顔をしていた。

「ねえ、ウィルマさんの言うとおり、これって犯罪じゃないか? 都合のいいことに隊長は女性だし、こういう時こそ相談すべきだと思うんだ」
「そうだね。アイリ隊長はとても頼りになる。だけど隊長はずっと災害のことで忙しくしていたし、もう少しだけ、ちょっとだけ報告を後にしようと思うの。それってだめかな?」

 派遣に関わっている隊長はそれこそ寝る間もなかったのだと思う。隊長の旦那様であるネイハム様だってさっきお帰りになったばかりだった。
 だからもう少し、落ち着いてからにしたい。有り難いことに、ウィルマ先輩を味方につけたことだし、ドレス問題さえ解決すればと思ったのだ。
 夜会。これほど自分に馴染みのない、遠い存在だったものはない。
 ん? 夜会、舞踏会? 舞踏っていうのは、踊ることだよね。

「ダナ……まさか、会場で踊れだなんて言われないよね」
「まさか……」

 舞踏するから舞踏会、ではないのかと思い至る。
 私は踊ったことがない。幼い頃に家で教えてもらったのは基礎となるステップだけだし、学校でも踊りの授業はなかった。

「その上パートナーが必要だとか、言わないよね……」
「まさか……」

 私の疑問にダナが顔をひきつらせた。



 翌日、さっそく情報収集したウィルマ先輩がドレスを胸に抱えてやってきた。
 大きな布を抱えているので、上半身と顔の下半分は隠れてしまっている。
 先輩は部屋に入るとそれをベッドに広げた。たっぷりと布をとったそれは、一気にベッドを覆いつくしてしまう。
 地味な木目しかない部屋に広がったそれは圧巻だった。

「これは三年前のものだ。普通ならかさばるから家に送るか処分するらしいが、友人はものぐさな奴で部屋に置きっぱなしだったんだ」
「ありがとうございます。見つけてくれたんですね」

 広がったドレスは一度きり着たものらしく、新品のように美しい。
 これがあれば、何とか形は整う。そう思った時。

「うーん、悪いけど、これはやはり流行じゃないな。オペラ色が流行ったのは少し前だと誰もが知る所だ。これを着てしまっては、いかにもお古だと言っているようなものだろう」
「だったら……」
「持って来て期待させてしまったが、やはりこれは使えない」

 そっか……
 がっかりしたが、先輩の前でそれは出せない。わざわざこれだけ動いてくれている人だから、面倒だったけど絶対に悪い人ではないのだ。
 
「今年の冬の流行は青系らしい。その辺りの色はもう店に残っていないだろうと友人が言っていた。やはり今から急ぎで仕立てるのは無理のようだ。持っている人を探して調達するのが近道だろう」

 どうにもならないことを前にして、先輩が先に溜息をついた。

「ドレスについてはもう少し粘ってみる。あとパーティーの中身についてだが、ダンスはないらしい。というか、あるけれど嫌であれば踊る必要はなさそうだ」
「よかったぁ」

 ドレスはだめ。しかし踊りから解放されたことに唯一ほっとする。

「まさかだが、パトリシア、踊れないとか、言うなよ。踊れないと踊らないではえらい違うぞ」
「えっと……あの、踊れません」

 一瞬嘘をつこうかと思ったけれど、真っ直ぐな目に見つめられて正直になってしまう。
 ウィルマ先輩の目は大きくて、吸い込まれそうになるほど吸引力があるのだ。

「まったく、お前ほど憎らしく困った後輩はいない。そうだ、エスコートしてくれる男性が必要だが、何とかなるか? ファーガス様はどの舞踏会にも集まりにも出席されないと噂で聞いたが、彼を頼りにしていいのか?」

 男性……
 私の知っている男性といえば、ファーガス様と父親と弟くらいだ。もちろん、ファーガス様はまだ被災地から帰ってきていないし、帰ってきたとしても連れ出せない。そんなことをしたらまた不興をかうし、大袈裟になる。
 だからといって家族を呼び寄せることもできない。つまりは、いない。
 誰もいない。
 私の沈黙に先輩が顔をこれまでにないくらいに渋くする。
 情けない後輩で申し訳なくて、顔が上げられなくなる。

「まさかこれほど、お前に手を貸すことになるとは思ってなかったよ。どうにも調達できなければ、私の婚約者を呼ぼう。いないよりマシだろう」
「わぁ、ありがとうございます。本当に助かります。何から何まですいませんっ」
「乗りかかった船だ。しかし、ルルのモフがなければ、これほどの面倒は引き受けなかった。お前が感謝すべきは私ではなくルルだな」

 私は何度も頭を下げた。そしてルルの存在に深く感謝した。
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