私を見つけた嘘つきの騎士

宇井

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27 茂み

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 木の中へ分け入って暫らくすると、ファーガス様に抱きしめられた。
 周りは緑、本当にだれの目を気にせずにいられる場所だ。

 これまで触れられてきて、初めてわかることは多かった。

 ファーガス様を細身と表現していた以前の私は間違っていた。
 彼は私をすっぽりと隠せるほどに大きい。今までは美しいで全てを一括りしていたけれど、この人は紛れもなく男性だ。それも強い男性。
 与えられる物は受け入れる。けれど限界はある。
 後頭部に添えられた手が上を向くように誘導してくると、これから起こることがわかって震えそうになった。
 突然だったら抵抗のしようもないけれど、こんな風にゆっくり時間をとってこられたら、拒むにしても迎えるにしてもどう態度をとっていいかがわからない。
 最初は前髪越しの額に唇が触れる。その触れたままで移動した先は瞼で、私はそこで目を閉じた。
 頬に移った時には、もう指先さえも動かせなかった。
 唇が重なった時には、その柔らかに頭がぼうっとなった。この前の時には緊張してあまり感じられなかったけど、今は違う。
 想像していたよりふにゃふにゃの感触で、唇が濡れるのも嫌じゃなかった。

 正気に戻ったのは、髪をまとめた部分が地面に触れて髪が引きつれたから。
 木々の隙間から茜に染まり始めた空に対面、したかと思うと、そこにすぐさまファーガス様が私のフレームに映り込む。
 背中からは土と草の匂い。
 さっきまで抱きしめられて立っていたはずなのに、どんな技で押し倒されたのかわからない。それほど自然だったのか、私の意識が飛び過ぎていたのか。私は地面に寝かされていたのだ。

「あっ……ん」

 押し付ける唇が強引になって、私の奥がどこまでかを確かめるように、その舌先が潜り込む。
 その間に上着のボタンが幾つか外されて、中のシャツのボタンも同じ数だけ解かれたのか、狭い面積でも外気に触れた事がわかる。
 一番上の飾りボタンは両手でないと外すのは難しいし、シャツのボタンって小さい。それを片手解いててしまうのは器用、というか、もしかして慣れているのかもしれない。大人の男性だからきっとそうだ。

「ねえ、パトリシアの願いを聞いたんだから、次は僕の願いを聞いてもらえる?」

 私お願いってしたっけ。明るい場所でのキスを拒んだだけだったけれど、それは決してこの状態を望んだわけじゃなくて、むしろ事態は悪くなっているんだけど。

「名前」
「名前?」
「様はいらないから、ファーガスって呼んで」

 手をつかまれ、その爪先にキスされる。

 ……どうしよう。それほど難しくはない事だけど、少しの抵抗はある。

「それが嫌なら、ここにキスしてもいい?」

 頬に置かれていたファーガス様の手がつうっと肌を辿り鎖骨の下でとまる。あまりのことに息が止まりそうだ。
 隠さなきゃってそこに手をやると、シャツはそれほど肌蹴ていないくて、首がさらけ出されその下が覗いている程度で少しほっとした。

「二人きりの時でいいなら、そう、呼びます」

 ファーガス様から様を取るだけ。
 それ以外の時は絶対に無理だと言い切れるけれど、二人きりなら、なんとか。

「あっ」

 ファーガス様の指がそこでくるくると遊ぶ。
 そんな事より問題なのは、ファーガス様の指す部分に唇が触れるかもしれないということ。それを回避するためなら、名前を呼び過ぎてにすることなんて何でもない。

「わかりました。呼びます」
「じゃあ、試しに呼んでみて」
「……ファー、ガス」

 様を何とかのどの奥で留めた。
 やれると思ってみても、実際はなかなかに反発するものがある。普段は気付かないレベルで自分の立場が身に染みているらしい。

「もう一度言ってみて」
「……ファーガス」
「もう一度」
「ファーガス」

 三度めで躊躇いなく彼の名を呼べた。
 それなのにファーガス様の顔が首すじに埋まる。息がかかる。

「……んっ、はぁ……」

 あり得ない感触がそこで蠢いて声が漏れる。何をされているのかわからなくて、振り払うように体を動かすほどに、それはそこに執着する。息を乱しているのは私だけだ。

「いたいっ」

 チクリとした感触に抗議の声を上げると、ようやくファーガス様が顔をあげた。

「パトリシア? 痛い?」
「いたいです」
「そうか……痛いのか……」

 その声に必死に頷くのに、ファーガス様のその声とは反対に目の奥は鈍く何かを湛えたように光る。自由になれるとは思ったのは一瞬で。
 ファーガス様の顔がまた見えなくなって、彼の顔は私の胸の近くに埋まっている。とでもない事が起こっているのはわかるのに、私は自分の手をどこにやたらいいのかと、そんな間抜けな事を考えていた。
 そんなことに意識を持てたのは最初だけだった。

「いっ……」

 表面がチリチリする痛みは声をあげるほどじゃないのに口をつく。
 それを感じた場所はさっき指されていた場所よりもっと下。鎖骨じゃなくて胸の上って場所だ。その上私が身をよじったり声を漏らすたびに、ファーガス様の息が上がりはじめる。

 おかしい。彼の希望通りに名前を、呼んだのに。
 名前を呼べば解放されると思ったのに。

 最初は明るい場所でのキスを拒んだだけなのに、あれよあれよという間にこんな事になっている。
 どうして??
 私に残ったのは赤いうっ血の痕。ふくらみのある際どい場所。

「僕のものだという印だよ」

 それから二、三日はシャワーに入る度に赤が見えて悶絶した。


 勤務の終わりに緑の門で待ち合わせをして、その時には必ずルルがいる。
 いや、私はルルに会いに来てるんだし。
 誰にでもなく自分自身に言い訳して私はファーガス様に会っていた。

 こうして会うのが当たり前だと思っている彼。
 二人並んで、ルルのこと、仕事のこと、天気のこと、なんでもないことを話した。私の隣にいる人は一体だれなんだろうと思う時がある。
 王子さまでもなく、近衛の小隊長でもなく、ただのファーガスという名前を持った人は、座って横にならべば立っている時ほど身長の差がなくてそこが小憎らしく、草食な顔とは裏腹にごつい手を持っていて、前に放り出しているブーツは私の倍はありそうな大きさで、気さくで柔らかく笑う人だった。

「記憶は……戻った?」

 たまにそう問われると、自覚するほどに上手く笑えなかった。
 そこでうんと頷けばいいものを、私はとまどって視線をゆらゆらさせるだけ。

 少しは反省してくれたのか、暗がりに連れ込まれる事はなかった。ただキスは普通になってしまって、会話の合間にも出し抜けにされて、もう私の顔面で彼の唇が触れていない部分はないだろうって勢いだ。
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