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19 騒がしいひと
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スルスルと腕から抜けようとする魔獣に困っているのか、ファーガス様は手も忙しい。
私はただ寝かされていただけなく、きちんと医師の診察を受けたようだ。確かに、顔も体も清拭されたのか土汚れはない。
頬には大きなガーゼの手触り。意識すると視界にガーゼの端はしっかり 映っていた。他に傷があるのかと七分袖をめくってみる。
それにしても、と手が止まる。
ファーガス様の言っていた、
「せいいきって……」
何だろう。胸にあるせいいき……?
「――いかんっ、こんな所にも傷があるじゃないかっ」
彼は私の腕をとり、肘の内側を見ている。
言葉を遮られてドキっとしたけれど、見れば剥き出しになっているそこには確かに五センチほどの一筋の浅い傷があった。
けれど傷による痛みも痺れもない。今の今まで気付かなかった程度の小傷だ。
あらここも怪我してたのねって感じ。
「医師を呼んで来る。傷跡が残ったら大変だっ」
呆れるほど大袈裟に言うけれど、私は傷などもう沢山もっている。
この位ならほっとけば治るけど。
医師を断る間はなかった。ファーガス様は、獣を放り出して扉を壊す勢いで出て行った。扉は壁にぶち当たり、その反動で自動的に閉まった。
バタンッ! という衝撃音に身がすくむ。
ファーガス様って何だか騒がしい人だ。
彼の意思が魔獣にも通じたのか、もう布団にも私の衣服にも入る事はなく、枕の横に体を横たえ目を閉じる。野生の子はもうこの環境に順応しているようだ。
魔獣である、るるぅも疲れているんだよね。
心の中とはいえ、魔獣って呼ぶのはあんまりだったから、ひとまず君は私の中でルルだ。
私も疲れたよ。
ファーガス様と私が、付き合っているとか……ないない。やっぱりない。
記憶の混乱も寝て治すに限る。体の傷も、心の傷も、違和感も、今までもずっと時間が私を癒してくれていたのだ。
おや、す、み。
私は意識を誘導して眠りに入った。
ところが、その眠りは体感にして四分ほどで終了した。
せっかくいい具合に入眠できたのにっ。
痛みに目を覚ましたら、看護師さんがガーゼを湿布して終了する所だった。このヒリヒリ感と馴染のある匂いは近衛隊にも常備されている膏薬と同じだ。
処置時間とてしては一分もなし。こんなんだったら放っておいてくれてよかった。小さな傷なんて日常だし、しつこいけれど勝手に治るから。
ファーガス様は何が楽しいのか、私の処置の様子も鼻息がかかりそうなほどの間近で観察していて、看護師さんにうっとうしがられていた。
付き添い人が何か迷惑かけてすいませんって、意味を込めて私が頭を下げておいたら、微苦笑していた。
その時にここは民家ではなく、町の病院の一室だとわかったのだった。
まだファーガス様は隣にいたけれど、取りあえず考える事をやめて声もかけずに目を閉じ、その存在を無理矢理締め出した。
いつでもそうだった。目覚めた時には気持ちは切り替わって、状況自体は変わらなくても心持ちが新たになった。それを期待して今度こそ眠った。
そして結局その夜には移動する事になった。
揺り起こされるまでぐっすりだったようだ。ファーガス様の顔の距離が近すぎるのは、寝ぼけ半分で気にしないことにした。
美しい顔も何度目かのドアップで慣れてしまった。こんな時だけ順応性が高くて嫌になる。
私はシーツでぐるぐる巻きにされ、用意された馬車に乗せられた。長く眠ったおかげか最初の目覚めより体は明らかに軽い。
私が何かされている時、ルルは必ずファーガス様の肩にいて、すっかり肩のり魔獣が板についていた。本当に森へ帰る気はないようだ。
クッションもよく揺れの少ない馬車なのに、なぜかファーガス様の膝に乗っかり横抱きにされている。
これはいわゆる、お姫様抱っこ……っ。
目まいがしそうになった。
馬車までの移動もそんなだったらから、人の目を無駄に集めるという恥ずかしい思いをさせらた。
目覚めてさらに状況が悪化しているパターンは初めてかも。あり得ない展開で気力もがりがりと削がれている。
「これは流石に恥ずかしいのですが……」
「ここには誰もいない。僕達は、思いの通じた同士じゃないか。遠慮はいらない、だろう?」
……いや、うっとりとした甘い言葉、いらない。
だって、この瞬間だって私達は通じ合っていないし。
彼の説得に負けて、私は長い事ファーガス様の腕の中にいた。怪我人に我慢を強いるのって何か違う気がするって思う。
しかし医者で飲まされた薬に睡眠剤も入っていたのか、またゆっくりと眠気が訪れ、意識だけはこの状況から逃れることができた。
私はただ寝かされていただけなく、きちんと医師の診察を受けたようだ。確かに、顔も体も清拭されたのか土汚れはない。
頬には大きなガーゼの手触り。意識すると視界にガーゼの端はしっかり 映っていた。他に傷があるのかと七分袖をめくってみる。
それにしても、と手が止まる。
ファーガス様の言っていた、
「せいいきって……」
何だろう。胸にあるせいいき……?
「――いかんっ、こんな所にも傷があるじゃないかっ」
彼は私の腕をとり、肘の内側を見ている。
言葉を遮られてドキっとしたけれど、見れば剥き出しになっているそこには確かに五センチほどの一筋の浅い傷があった。
けれど傷による痛みも痺れもない。今の今まで気付かなかった程度の小傷だ。
あらここも怪我してたのねって感じ。
「医師を呼んで来る。傷跡が残ったら大変だっ」
呆れるほど大袈裟に言うけれど、私は傷などもう沢山もっている。
この位ならほっとけば治るけど。
医師を断る間はなかった。ファーガス様は、獣を放り出して扉を壊す勢いで出て行った。扉は壁にぶち当たり、その反動で自動的に閉まった。
バタンッ! という衝撃音に身がすくむ。
ファーガス様って何だか騒がしい人だ。
彼の意思が魔獣にも通じたのか、もう布団にも私の衣服にも入る事はなく、枕の横に体を横たえ目を閉じる。野生の子はもうこの環境に順応しているようだ。
魔獣である、るるぅも疲れているんだよね。
心の中とはいえ、魔獣って呼ぶのはあんまりだったから、ひとまず君は私の中でルルだ。
私も疲れたよ。
ファーガス様と私が、付き合っているとか……ないない。やっぱりない。
記憶の混乱も寝て治すに限る。体の傷も、心の傷も、違和感も、今までもずっと時間が私を癒してくれていたのだ。
おや、す、み。
私は意識を誘導して眠りに入った。
ところが、その眠りは体感にして四分ほどで終了した。
せっかくいい具合に入眠できたのにっ。
痛みに目を覚ましたら、看護師さんがガーゼを湿布して終了する所だった。このヒリヒリ感と馴染のある匂いは近衛隊にも常備されている膏薬と同じだ。
処置時間とてしては一分もなし。こんなんだったら放っておいてくれてよかった。小さな傷なんて日常だし、しつこいけれど勝手に治るから。
ファーガス様は何が楽しいのか、私の処置の様子も鼻息がかかりそうなほどの間近で観察していて、看護師さんにうっとうしがられていた。
付き添い人が何か迷惑かけてすいませんって、意味を込めて私が頭を下げておいたら、微苦笑していた。
その時にここは民家ではなく、町の病院の一室だとわかったのだった。
まだファーガス様は隣にいたけれど、取りあえず考える事をやめて声もかけずに目を閉じ、その存在を無理矢理締め出した。
いつでもそうだった。目覚めた時には気持ちは切り替わって、状況自体は変わらなくても心持ちが新たになった。それを期待して今度こそ眠った。
そして結局その夜には移動する事になった。
揺り起こされるまでぐっすりだったようだ。ファーガス様の顔の距離が近すぎるのは、寝ぼけ半分で気にしないことにした。
美しい顔も何度目かのドアップで慣れてしまった。こんな時だけ順応性が高くて嫌になる。
私はシーツでぐるぐる巻きにされ、用意された馬車に乗せられた。長く眠ったおかげか最初の目覚めより体は明らかに軽い。
私が何かされている時、ルルは必ずファーガス様の肩にいて、すっかり肩のり魔獣が板についていた。本当に森へ帰る気はないようだ。
クッションもよく揺れの少ない馬車なのに、なぜかファーガス様の膝に乗っかり横抱きにされている。
これはいわゆる、お姫様抱っこ……っ。
目まいがしそうになった。
馬車までの移動もそんなだったらから、人の目を無駄に集めるという恥ずかしい思いをさせらた。
目覚めてさらに状況が悪化しているパターンは初めてかも。あり得ない展開で気力もがりがりと削がれている。
「これは流石に恥ずかしいのですが……」
「ここには誰もいない。僕達は、思いの通じた同士じゃないか。遠慮はいらない、だろう?」
……いや、うっとりとした甘い言葉、いらない。
だって、この瞬間だって私達は通じ合っていないし。
彼の説得に負けて、私は長い事ファーガス様の腕の中にいた。怪我人に我慢を強いるのって何か違う気がするって思う。
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