私を見つけた嘘つきの騎士

宇井

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10 会議室にて

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 幸いなことに、会議室の扉は大きく開け放たれていて、中からは話し声のざわめきが聞こえる。
 のぞいてみれば確かに大きな会議室なのに、そこにある椅子の数に見合うほどの人はいない。まだ時間前で余裕があるのか、席につかずにいる人の方が多いのではないだろうか。
 どんな集まりかはわからないけれど、すべてが男性だし、どうにも場違いな気がしていけない。

「あの、ロー様はどちらにいらっしゃいますか?」

 受付はなく室内に一歩入った所で、若い男性に声をかけた。見た感じ会議の出席者ではなく付き添い人といった風情で声がかけやすかったのだ。
 私が抱えた書類を見て届け物だとわかったのか、しばらく室内を見渡したあと一人の男性を指さした。

「三人並んで座ってるけど、真ん中の人だよ」
「わかりました。ありがとうございます」

 礼を言って足早にロー様に近付く。とりあえずこれを渡せば任務が終わるのだ。そして本を返してご飯。

「すいません、ロー様でいらっしゃいますか? 下で書類を預かってきたのですが」
「んん?」

 私の言葉に男性は振りかえり、書類の束をみる。そこでようやく自分が忘れ物をしたことに気付いたようだった。
 しまったとでも言いたげな顔をしている。
 それほどボケる年齢でもなく、ロー様は四十代前半といった感じ。フレームの丸い眼鏡をかけているしお茶目な感じがする。

「ごめんごめん。重かっただろう」
「いいえ、ついでがありましたし、それほどでも。大丈夫です」
「悪いねえ、ここに置いてくれる?」

 ロー様が体を横によけてテーブルをさすので、よいしょっと書類の山を腕の中から移動させ、返却本を片手で抱えた。

「きみは近衛の子だね。名前を聞いてもいい?」
「はい。パトリシアと申します」

 所属など制服を見ればひと目でわかるが、名札はなく名前は内側に縫い付けられている。
 
「予定があったんじゃないの? うちのが無理を言っただろう」
「多少強引でしたが、時間はありますので」
「きみにこれを押し付けたの誰かな?」
「あの、名前を聞くのを忘れていまして、三十代くらいの明るい感じの方でした」
「やっぱりあいつか。まったく調子のいい……」

 ロー様はすぐに思い当たる人がいたようだ。
 余りにもにこやかに話かけてくれるから、畏まらずにいられた私はその様子につい笑ってしまった。年齢はまったく違うのだけど、どこか田舎にいる弟を思い起こさせたからだ。
 その時だった。

「パトリシア」

 名前を呼ばれたのは、ロー様の隣から。右を向いていた顔を左に少し動かすと、そこにはあの、厳しい顔があった。

 ファーガス様……あなたもこの会議の出席者だったんですね……

 今の今まで気付かなかったけれど、ロー様の隣にずっと座っていた人は、ファーガス様だったらしい。
 私、全然見えてなかったわ。

「あの、お疲れ様です」

 これ以外にかける言葉なんてあるはずなかった。
 ファーガス様は顔だけを動かし、私を見上げてくる。その目つきがなかなかに怖い。

「もうすぐ会議が始まる時間だ。役目を果たしならすぐに退出しなさい。君は部外者だろう」
「はい……すいませんでした」

 冷たい声に慌てて頭を下げるけれど、目の前の会議机はまだ半分しか埋まっていない。
 本当にもうすぐ始まるとは思えない雰囲気だけど、ファーガス様の機嫌を損ねてしまったのは事実だし、言っていることも理解できた。
 無駄話しをしたつもりはないけれど。

 ファーガス様の声はよく通るのだろう、自分に刺さる視線が痛い。非難の意味はさほどないのだろうけど妙にチクチクするのだ。
 一瞬でこの部屋にいる人たちの注目がこちらに集まってしまい、こんなに人に見られることが初めての私は顔が紅潮する。
 そしてファーガス様の目は、私の持つ本を見ている。その視線の位置に気付いたロー様まで見てきた。

「『恋を始めるためのステップ、大人のABC』……」
「ええっ」

 思わずロー様の声を遮ぎってしまう。
 これはアデラ様の個人情報というか、趣味に関わることなのでタイトルを見ないようにしていたのだが、まさかこんな本を借りていたとは。

「こ、これは私が借りたものではなくてですね」
「別にいいじゃないか。図書館に置いてあるような本だし、年頃の女の子なら普通でしょう」
「ですからこれは……」

 アデラ様のです、とはとても言えなかった。
 身を小さくしていると、ファーガス様の呆れたような大袈裟な溜息が聞こえた。
 仕事もできないくせに恋愛研究とはいい気なものだとでも呆れているのだろう。ギッと音がしそうなほど間近で睨まれ小さくなる。

「何を読もうが自由じゃないか。そんな怖い顔をするなファーガス。君はかたいなぁ……」
「違います。私が溜息をついたのはそのせいではありません。とにかく、この会議は上層部の集まり。あなたのその書類にも重要な記録があるはずでしょう」
「でもそれはパトリシアちゃんのせいじゃなくて、書類を託したうちの部下の責任だし、そもそも忘れてきた私の責任だ。それに彼女とは必要な会話をしただけだよ。まあ少し、私が彼女と喋りたかったってのもあるけどね。ほら、彼女は可愛いし。どうしてこんなに可愛いのに、私の情報網にかからなかったのかな……不思議だ」
「ちっ……」

 小さな舌打ちとともにギロリとファーガス様が睨んだのは、私ではなくロー様だった。
 セーフだ。私にした訳じゃない、セーフだっ。

「まあともかく。パトリシア、ありがとう。またどこかで会った時にはお礼にお茶でもしよう」

 ひっ!
 ファーガス様の睨みがいっそう鋭くなって刺さってくる。今度は私にだ。
 そんな目で牽制されなくても、調子に乗ってロー様の言葉を真に受けることなんてありません。私は身の程をわきまえる女です。
 内心ではわたわたしながら、それを表には出さないように呼吸を整える。

「いえ、ロー様、お気持ちだけで結構です。お騒がせしました。それでは失礼致します」

 私はお二人に深く頭を下げて逃げるように会議室を出た。
 私に続いて数人が部屋を出てきたのは、きっとファーガス様が私を注意する声がしっかり聞こえたからだろう。室内に部外者がいなくなったという訳だ。
 とんだ恥をさらしてしまった。

 それにしても、鍛練場だけでなくこんな場所で遭遇するなんて最悪。自分が嫌われている事実を確認しにきたような感じだ。

 溜息の数だけ幸せが逃げるって言うけど、今は抑えるのが無理だった。
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