子豚の魔法が解けるまで

宇井

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10 確認の朝

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 翌朝、俺は硬い胸の中で目覚めていた。
  遮光性のないカーテンは目を焼くような強い光を通し、俺の顔に朝日を落とす。もっと眠っていたい気もするのに、眩しすぎて二度寝はできない。それに鳥の声がピイピイ、チッチッとうるさくて、やむ気配がない。

 「いったぁ……」

  俺の手はグーの形のまま固まっている。どうやらジェイクさんを逃がすものかと一晩中彼の胸倉を掴み気張っていたようだ。
  ジェイクさんもそれでは眠りづらかったのだろう、シャツのボタンは全開にしてあるっぽい。そうすれば少しは動きが自由になったのだろう。それが苦肉の策だったのだ。
  顔も体も俺の方を向いて、膝を曲げているせいか体のあちこちが触れ合っている。二人の体温であたたまった布団の中は気持ち良くてとろけそう。
  ジェイクさんの筋肉の胸の谷間には透明に輝く胸毛が少しだけあるのが見える。もさもさしてなくて、ふわっとした直毛の産毛みたいで、ついそこばかりを見てしまう。
  ちょっと触っていいかな?
  そう思った時、俺の息遣いが変わったのか、それとも気配に敏いのか、ジェイクさんはパチリと大きく瞼を開けた。
  まるでスリーピングアイ、角度を変えると目を開閉する女の子人形みたいで、それがまるで俺の不埒な気持ちを察知したみたいなタイミングでびびった。

 「おはようトモエ」
 「おはよう。ジェイクさん」

  朝の掠れた声が素晴らしいです。
  俺が声にしびれているのも知らず、ジェイクさん本人は呑気に顔をゴシゴシこする。のびた髪と髭が邪魔そうにしか見えない。寝起きは悪くない方みたいだ。

 「手、大丈夫か?」
 「うん……」

  シャツを握ったままの拳をジェイクさんは引き取り、親指から順に一本一本伸ばし解しててくれる。そうすると、変に力が入って固まった指はするりと開き痺れもなかった。
  ジェイクさんが体を起こすと、昨夜と同じ服を着ていて着替えていな事がわかる。俺と同じように疲れてついそのまま眠ってしまったのかと思えば違った。
  ジェイクさん曰く、眠ってしまっても俺の力は結構強くて、どうあっても握り込んだ手を離さなかったらしい。
  眠ったかと思いそうっと抜け出ようとすると、すぐにフガフガと鼻を鳴らしてぐずり出して、その様子が不憫過ぎて動けなくなって、ご飯も食べられず、風呂も入れず、あきらめて一緒に眠ったらしい。
  本当、この人ってお人好しだ。でやっぱり優しい人だ。
  もうこれはこの人の性格につけこんで、養ってもらうしかない。面倒みてくれるって言ってたけど、ずっとって確約を取ったわけじゃない。
  最後は迷子として警察に送られて孤児院的な施設に移送とか嫌だ。俺は小さな頃に家と施設を行ったり来たりしたけど、あそこは碌な場所じゃなかった。
  俺がいた場所だけ特殊だったのかは知らないが、集まるのは同じような境遇の奴ばかりで、そんな場所でもイジメだ何だとトラブルがあった。いいイメージなんてない。
  一緒にいるならこの人がいい。元の体にも戻れないのはわかった。だったら大人になるまで、いや大人になってからだって、この人と一緒がいい。

 「あの、ジェイクさんは、独身ですか?」
 「ああ、独り者だからこれほど自由にやっていられる」

  唐突な質問だったけど、ジェイクさんは真面目に答えてくれた。
  肝心なことを確認できてほっとした。ジェイクさんに奥さんはいないのだ。きっと彼女も彼氏もいないに違いない。
  だったらずっと一緒にいてしまおう。俺はそう決心をした。

  ジェイクさんは温もりを惜しむ事なくさっとベッドを降り、ストレッチするように大きく背伸びすると洗面所へ向かう。俺もあとをついていった。
  水場は一か所で、洗面所の扉を開けると、洗面台の隣にはカーテンで仕切られた一角があった。
  洗面の隣にあるのは当然トイレ一択だろうと思ったらやっぱり正解で、そこには洋式便座があり、隣にはバスタブ付きのシャワーがあった。
  ジェイクさんが顔を洗いだしたので、俺はカーテンの中に入り、少し高い位置にある便座によっこらっしょと座り力を抜いた。
  こんな場所に来て小さくなってから、ずっと水分なんて摂ってなかったのに、小さなちんこからはちゃんとチロチロと尿が出た。その分血はドロドロになってるかもだけど。血管がつまって即死ぬとかないだろう。
  すっきりして背中をぶるっと震わせた後、致した物をどうすればいいんだと、入った時から気になっていた、すぐそこにある天井から垂れている太い紐を引っ張っる。すると、ジャーッと水が勢いよく流れていく。
  正解だった。
  完璧だ。ここには蛇口をひねれば水がでる水道があるのだ。
  そして水洗トイレ完備。この分だともしかしたら簡易水洗でなく下水道も整備されているかもしれない。
  トイレに風呂、衛生観念がしっかりある世界、その辺りのデリケートな点は天使の配慮があったのだろうか。しみじみ有り難い話だ。
  壺で用を足して、木片で尻を拭けと言われたら、森で出会った熊の存在よりも大きなショックを受けて寝込んでいただろう。町で暮らす事を諦め一人危険な森へ戻ったかもしれない。そして天使を恨んだに違いない。

  トイレを出るとジェイクさんが洗面で髭を剃っている場面に出くわす。
  おっ、いいタイミング。
  ジェイクさんが手にしているのはT字型の安全剃刀ではなく、理容師が使うような直刃剃刀の折り畳み式で、刃は厚みがありケースに収納できるもの。
  体毛の薄めの俺でも毎日髭剃りはしていたけれど、この手の剃刀は怖くて扱えそうもない。大人になったらジェイクさんに使い方を教わらなくてはいけなさそうだ。
  どんな顔が現れるのかと、俺は狭い洗面所でジェイクさんの正面側に無理矢理回り込んだ。一度目が合ったけれど、邪魔だと追っ払われる事もない。
  ジョリジョリ、ともみ上げの部分から肌色が見え始める。髭をそっても肌は青光りすることなく滑らかだ。
  これは、ひょっとするんじゃないか?
  徐々に本来のジェイクさんの顔が姿を現し始め、俺は興奮した。思わず胸の前で拳を二つ作ってしまう。よっしゃと。
  そして全貌が明らかになったその顔に、釘づけになった。

  ジェイクさんってば、まあ男前!

  イケメンという曖昧さとは全然違う。この人は男前だ。髭が無くなるだけでこんだけ違うのかと仰天する。
  俺が最も見惚れたのはその唇。横に大きいけれど薄くて、艶のない表面がしっとり湿ってる感じ。単純に綺麗だなって思う。いくら無精でも髭位は剃る時間あったでしょ、持ってる物は活かさないと駄目だと説教したくなる。
  改めてみれば、細身だと思っていた体は程よく筋肉がのっていて、首も太くしっかりしている。熊と戦って勝っただけある。
  そしてどことなく天使とも似ているような気がする。つまり俺好みでもあるのだ。

 「どうした、トモエ? もしかしたら、私が、怖いか?」

  女子のように口元に手を当て固まっている俺に、ジェイクさんが屈みこんで顔の高さを合わせてくる。間近にある咽ぼとけがセクシーだ。

 「違うよ。全然違う。男前過ぎてびっくりした」
 「そうか? あまり言われた事はないけど、トモエの好みに合っているのなら嬉しい」
 「嬉しいのはこっちだよ」

  俺はジェイクさんに両手を広げ抱っこをねだり、迎えに来てくれた腕に抱え上げられた。そして石鹸の香りが残るその首に腕を回し、ぎゅっと抱き付いた。
  やっぱり、どうせ一緒に暮らすならカッコイイ男の方がいいじゃん。見ていて飽きないし。
  ジェイクさんは俺を抱っこしたまま、洗面から部屋に戻る。ジェイクさんの上半身にぴったり納まるこの感じ、安心感、いいわ。

 「めっちゃかっこいいよ、惚れた」
 「トモエも可愛いぞ」
 「えへへ、ありがとう。ねえ、これからは毎日髭剃ってよジェイクさん、いい顔を隠すなんて損だ」
 「だったら、トモエも額を出すか。その方が明るく見える」

  額にかかる髪を横に撫でつけられる。
  その後も俺が褒めればジェイクさんも褒めてくれるしで、きりがない。
  急に馴れ馴れしくタメ口になってるっていうのに、この人は怒らない。心が広すぎる。
  そんなバカップルのようなやり取りを散々した所でハッと気づく。俺はまだ自分の姿をきちんと見ていないのだ。
  そうよ、子供に戻ったのはわかった、けど俺ってどんな顔?

 「ねえ、ジェイクさん、俺、鏡が見たい」
 「鏡?」
 「自分の顔がどんなだが、確かめないとわかんない」
 「そうか……自分の顔も、思い出せないのか……」

  気の毒そうな顔される。まあ、それも最もだろう。
  ジェイクさんは洗面所へ戻り、抱っこのまま鏡の前に立って、俺の姿がそこに映るように少し腰をかがめる。
  俺は愕然とした。
  わかっていた。わかっていたけど、やっぱりだ。
  そこには、俺が知る、遥か昔の俺の顔があった。
  シャープだったはずの顎は丸く、輪郭も潰れている。頭と顎をおさえて、えいっと潰した感じ。瞼は脂肪が乗って重く、細く小さい瞳はまるで豚のよう。
  これが、俺の今の顔……
 口の端を少し上げれば、そいつも同じように動かす。間違いない。
  大人の手の平で潰せそうな小さな頭、幅のない丸い肩。どれもが頼りない。
  それより何より……俺って……不細工だったんだな。
  俺はその事実がショックだった。
  美形のジェイクさんと並べられた顔は、正直イマイチだ。
  はっきりくっきり顔のジェイクさんの横に、のっぺらぼうみたいな俺の平たい顔。並べちゃいけない二つが隣同士にあって、こっちがただ打ちのめされる。
  さっきまで散々ジェイクさんに可愛いって言われていい気になってたけど、濃い顔の横に並ぶ俺の顔は地味だ。薄味で不気味だ。
  そうだったよ……!
  ここですっかり忘れていたある事を思い出す。
  俺が周りから騒がれ始めたのは、中学に入ってからだった。
  一年生の夏休み明けを境に急に女子どもが騒ぎ出したんだ。それまではまったくの無視だった。女子にも男子にも先生にも、クラスメイトその一、その二の平凡以下でしかなかったはずだ。
  それまでは目立って顔を褒められた事はないし、もてた記憶もない。思春期に入った所で、身長が伸びるのと共に、ゆっくりと顔も変化し、固く閉じていた蕾が花開いていったのだ。
  だから今は開花してない。

 「俺、全然、可愛くない……」

  馴染んだ昨日までの顔に会えるのは、少なくとも五年後だ。それまでこのボヤケ顔で過ごせといいうのか。神様は酷い。天使酷い。こんなんじゃ全然ジェイクさんと釣り合っていないじゃないかっ。
  いかん、本当に悲しくなってきた。

 「可愛くない……俺の顔、可愛くない。ジェイクさんの嘘つき……」

  俺はこんな子供姿になって知らない世界に放置されたという理不尽さより、自分の容姿が許せなかった。
  玉のような涙がぼろっと落ちて、手の甲をころんと転がって行った。肌がピチピチのせいか滑りがいい。でも高校生の俺だって吸い付くような肌だって絶賛されてたから、それは今さらどうでもいい。
  顔が、顔が……俺の顔が……豚……

「トモエは可愛いぞ」
 「う、嘘は、いいっ……ふぐうっ」
 「本当にそう思ってる。肌の色や目の色、どうでもいい事じゃないか。トモエが持つのは美しい黒だ。なあ、おちびさん笑ってくれないか」

  コンプレックスを植え付けられて可哀想に、そう言ってジェイクさんは俺の涙を指先で拭った。
  小さいさんから、おちびさんに変わった。
  俺のこの容姿が元凶で捨てられたとでも思ったのだろうか。そうでなくても、この容姿に傷つき否定しているのは理解している。
  子供に泣かれてあたふたする事もなく、落ち着いた態度で俺を宥めてくれる。

 「トモエは可愛い……可愛いよ……泣き虫さん……」

  その言葉がゆっくりと俺に染み入る。
  俺に貢ぐ人間は多かった。誰もが俺に賞賛の言葉を与えた。俺はそれをソファーにふんぞり返りながら聞いた。誰に何を言われても、それほど胸に響く事は無かった。
  だけどジェイクさんの言葉はちょっと違った。
  目の黒の濃さ、鼻の穴が丸い、唇が厚い、ほっぺが赤い。その全部に可愛いって言葉を付けて繰り返してくれる。
  それってどんな嫌味かって話だけど、俺を泣き止ませる為の手段ではなく、本気でそう思って言ってくれてるっていうのが、自然にわかった。
  俺なんて、裸靴下に豚抱えたブサイ子供だよ。普通なら引くよ。キモッって言って大回りして避けるよ。見なかった振りしちゃうよ。
  だけど、ジェイクさんはそれが可愛いんだって、それがいいんだって、手加減がなく言う。

  俺、ジェイクさんめっちゃ好きだよぉぉ。

  年の差は結構あって、多分十とか二十とかも違うけど、俺はオッサンと付き合ってたし、恋に年齢は関係ないと思ってるから何の問題もない。
  今はちっちゃいナリであれだけど、大きくなったら綺麗になるよ。そしたらもっと仲良くしようね、二人で気持ち良くなろうねって本気で思った。
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