子豚の魔法が解けるまで

宇井

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6 異世界に放置される

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 大きな木の枝が重なり合い、その向こうには小さな青い空がある。ぼこぼこした地面に大の字になって空を仰いでいた。
 まさかとは思っていたが、ここは外だった。
  俺は家で二階から落ちて頭を打ったはずだ。事件として発覚する前に、もしかして山にでも捨てられたのだろうか。
  あのクソ親父が、って……これと同じことを前にも考えた気がする。
  体に大きな痛みがないことを確認して、そっと上体を起こせば、まずは妙にちっこく細い足が目に入る。

  あれ? これって俺の足か? 何で俺の足がこんな子供みたいに小さいわけ?

  小さいのにその足は見覚えのある青い長靴下を履いていて、つま先も全体もぶかぶかしていた。
  脚の指をぎゅっと丸めて、左右にゆすってみる。命令通りに従順に動く足なんだけど、その視覚情報を受け取った脳が混乱してる。
  目を擦ってみるが、見える物に変化はなし。それどころか、この手の平もちっこいんだけど。
  なんで。
  グーパーして、両手を目の前で一つパチンと合わせて、俺はすっとその場に立ち上がり、身体中をペタペタと触る。
  そして、股間にぶら下がる、ぷりっとした可愛らしい皮被りちんこを目にし、そこでようやく小人化した自分を実感し絶叫した。

 「ここここ……!」

  子供じゃん!
  俺、子供の体になってんだけど! 何もかも小さいんだけど!
  だけど、その声に応えてくれる人はいなかった。俺の声にならない声はそこらの木にぶつかって吸収される。

  あれ、そうだ。天使は? 思い出したぞ、天使どこ行った!?

  目覚めた直後よりは頭が冴え初めて、ここで俺は天使の存在をようやく思い出す。
  俺は階段から落ちた。その後に天使に会って、それから体をいじくり回されて整形されたはずだ。

  そうだよな……?

  そうだ。最初は背を高くしてもらったんだ。整体マッサージされて。けれど、今現在の俺の姿は子供だ。
  ……だったらあの整体なんて全然関係ないじゃん!
  目をよくしてもらった。うん、確かによく見える。
  けど子供の頃って視力よかったよな……ついでに歯も直してくれたけど、これも今って大人の歯が生えそろってない状態か?
  ちんこ……だって、大人にならなきゃ確かめようがないじゃん、一発屋かどうかなんて、使ってみないとわかんないよね。
  何だったのあれ? 意味あったの? 大人になってからのお楽しみってこと?
  っていうかさ、別世界で華麗に転身するんじゃないのかよ。どうして靴下だけ履いてて全裸で森に放置なわけ。俺、からかわれたのかよ。落とすなら都会に落とせ、人のいる場所を選べ!
  混乱して手をこめかみにやると、指先がいつもの傷に触れた。
  そこには父親に付けられた傷が残っていた。
  なるほど、わかった。
  これは生まれ変わってまっさらな体というより、それまであった体が縮んだと考えた方がいいのかもしれない。
  実際きっとそうなのだろう。これは間違いなく、俺がこれまで使ってきた体だ。

  そして、そう。ここは森の中で決まり。
  気持ちを落ち着かせるように、乾いた土を尻から払い、辺りを見渡す。
  木の中の幾つかは、黄色の札が貼られ、枝が落とされている。つまり手が入り管理されているのだ。
  俺の立っている場所は薄暗いが、見上げる木々の隙間からは水色と強い光が見えることから昼であると判断した。
  姿の見えない鳥は女の叫び声のように時々ギャーッと鳴いて、その度に俺をビクッとさせる。
  普段ならそんなのにビビらないはずなのに、どうしてだろう。今は背中がざわざわして落ち着かない。
  山のような斜面ではなくまったいらな平地。一直線にずんずん歩いていけば、いつかここを抜けることが出来るだろう。深い場所ならそれがいつになるかは謎だが、それは一旦置いておく。
  取りあえず、この奇声を発する鳥の声から逃れたい。
  次はいつ鳴くのかと覚悟して構えているのに、その声が聞こえる度に、俺はその場で身を縮めてしまう。
  俺、こんなにチキンだったっけ? それに本当に子供になってるのか? 幻みせられてるんじゃないのか?
  水場を探してそこに映る自分の姿を見たいと思ったけれど、先に人のいる場所を目指して鏡でも見た方が目的に近いかもしれないと思い直した。

  それにしても……

 子供になってしまった自分の姿は何とも情けない。
  五歳、それとも六歳くらいか? 七歳? もっと上? 全然わからない。
  肌はつるんとしていて、お腹がちょっとだけぽっこりしている。小学生になっても出たままの腹のせいで、夏のプールの時間にからかわれた記憶がある。それもいつまでだったか……
 そのお腹の真ん中にある臍を見て、ちょっと懐かしくなる。
  やっぱりこれは俺の体だ。
  すっかり忘れていたけれど、俺は小学校を卒業するころまで、出べそ気味だったんだよな、としみじみしてしまう。
  円を縁どる部分がぷっくりしてるだけで、それほど酷くないんだけど、目に入るとやっぱ気になる。
  ここも舐められたのに、矯正というか、加護はなかったんだな。
  本当に俺の色気に当てられてペロッとしただけなんだ。

  そっか。
  ……
 …………
 ………………………って、臍を指で押し込んでる場合じゃないから。

  何かまだ夢の中にいるって感じだけど、ここでじっとしていても事は進まない。出べそだって治らない。
  行くか。
  俺はここを離れる決意をした。
  裸だけど、ちんこ丸出しだけど、まあ、それはしょうがない。そこらの葉っぱを千切ってくっつけても、かぶれたりしたら大変だし。

  さ、どっちへ行くべきか。

  足首近くでだれている靴下をぐっと引っ張り上げ、膝まで伸ばす。
  心もとないが俺の防具はこれただひとつ。
  俺は俺の直感を信じ適当に決めた方向に最初の一歩を進め……すぐに挫折した。

  つぅ!

  ……あかん、靴下という布一枚の装備に森の自然は容赦ない。さい先悪く、歩き出しわずか一歩で俺は足の裏を抱えうずくまった。
  何しろ今の俺の体はお子様、足裏の皮膚だって薄く柔いのだ。
  枯れ葉の下にある石や小枝の自然が作った足裏ツボ押しトラップに早々に根を上げてしまう。

 「痛い……」

  そして弱い。口から出る声はか細く小さく、何だか懐かしくもある子供の頃の俺の声。

 「痛い」

  口にしてしまうと、痛みが倍増する。そしてこの場所に一人きりであることが寂しくてしょうがない。
  イケメン天使に会った次、気が付いたらこんな場所に放っておかれて、どうしてか体は縮んでて、一体どうなってんだよ。
  あいつはもう天使じゃない、悪魔だ悪魔。

 「……寒い」

  凍える寒さではないが、僅かに風が動くと皮膚の温度が奪われるような感覚がある。心もとなさが更に体感を下げる。
  俺は膝を抱え込んで、そこに顔を埋める。
  自分で言うのもアレだけど、もちもち肌からは子供特有の優しい匂いと土の匂いがする。心の底から力が抜けていくような不思議な匂い。それが余計に涙を誘った。
  歯がガチガチ鳴りだす。

  んぐっ。

  嗚咽を堪えることに失敗して、大きく肩が揺れる。
  痛い、寒い、心細い。誰か状況を説明してくれ。どうにかしてくれ。

 「誰かぁ……助けて」

  涙をぼろぼろと流しながら、助けて助けてと呟いた。子供みたいに。
  その時だった、ガサリと音を立てて横の茂みが小さく揺れた。
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