子豚の魔法が解けるまで

宇井

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2 大切な人との別れ、この世との別れ

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帰る場所を手に入れた俺は、喜んでその見返りに身体を差し出すことにした。
  大井さんはセックスでも優しかった。
  俺の中に大井さんを突っ込むまでには、のべ三週間くらいかかったと思う。
  ぴっちり閉じた場所を、怪我をしないように指や道具で丹念広げて、後ろの違和感に勝ち、感じる方法を覚える事になった。
  奉仕ばかりされてる気がしてお返しがしたかったけど、彼の体に手を伸ばすと、邪魔しないで大人しくしてろって、ペチンと手を跳ねのけられた。
  何も知らない子をどろどろに解していくのが大井さんのお楽しみらしい。

 「おおいさん……おおいさん……」

  快感に見悶えて舌ったらずになるのを凄く喜んでたから、きっとショタっぽいのも好きだったんだと思う。
  縛るとか他人に見せびらかすとか、そんな変態行為もなかったし、キスから挿入までの全部を大井さんには教えてもらったことになる。
  おかげで初めて入れてもらった時は感動した。成し遂げったって感じもあった。
  痛みなんてなくて、気持ち良くてたまらなかったのは、きっとお預けの期間があって待ちにまった挿入ってことも刺激になっていたかもしれない。
  ズブズブ埋まって、満たされて、喜びで泣いたからね、俺。
  体から始まった恋だったけど、お互いに好き好き言ってねっとりする日々は、生まれて初めて得る安息の日々だった。

  しかし大井さんとは五カ月で別れる事になった。
  大きな家の次男。そして若くして自らも成功をおさめていた彼は、その拠点を日本から香港へと移すため、日本での持ち物を整理する事になったのだ。
  奥さんとも別れた。部屋も俺も、面倒見きれないから整理する事になったのだ。

 「俺も連れて行け……」
 「ごめんね。無理なんだ」
 「部屋は出て行く、けど別れたくない」
 「簡単に会える距離じゃないだろう?」

  俺の無茶な要求に大井さんは怒りもせず謝り、俺を抱きしめた。
  泣いて縋る度に俺の持ち物は増えていった。金やプラチナのネックレスやメダル。スイスブランドの時計。俺の趣味じゃないけど、換金性が高いから困った時の為に受け取っておけと言う。
  そして最後に会った時には、帯封があってもおかしくないくらいに厚みのある札束をもらった。
  大金を持っているのが父親にばれるとマズイとまで考えてくれたのだろう。一見辞書にしか見えないのに、その実中身が空洞になっている、オモチャみたいなダイヤル式の金庫もどきをもらった。
  ぎりぎりの出席日数しか持ってない高校生。そんな俺の部屋にこれがあるのは凄く不自然だろ。
  大井さんてたまに大真面目にこういう事をするんだよな。こんなのどこで見つけて買って来たんだか。
  面白くて笑っているうちに、最後の時は終わった。
  すごくいい思いをさせてもらったし、諦めるしかなかった。初めての恋に初めての失恋。色んな感情を教えてもらった。
  香港でも新しい事業をするのだと言っていた大井さん。俺は彼が失敗して日本に戻ってきた時のためにと、それを使わず机の引き出しに教科書と一緒に入れておく事にした。

  その後は、出会い目的のバーで知り合ったその四十代ショップオーナーと付き合った。
  二十代大学生、二十代美容師、五十代投資家……誰とも長くは続かず、短期間に七人の男性と付き合うことになる。
  色んな人に求められて、調子に乗った俺は旨味のある方へと次々と乗り換えていった。物を提供され、体でも尽くされ悪くはなかった。

  そんな生活が八カ月。
  大井さんと別れてから足を向けていなかった『Dの小窓』へ入ろうと思ったのはなぜだろう。
  本当にたまたま、店の看板が目についたから。店を懐かしいと思えるほど、大井さんとの思い出しかないその店に気持ちが痛まなかったから。その時はそう思った。
  できるだけ明るく、長く顔を出さなかた事を詫びると、Dママは複雑な顔を見せた。
  ママに教えられたのは、大井さんが二週間ほど前に亡くなっていたことだった。
  若いから進行が早く、病気がわかってからすぐに入院手術しても手遅れだったらしい。
 ママも人伝に聞いた事だから詳細はわからないと目を潤ませていた。
 大井さんは香港へ行っていなかった。それどころか、俺と別れた後に入院していたのだ。

  だからってどうして俺に何も言わずに逃げたんだ?

  声を上げて泣く俺にママの慰めの言葉は入ってこなかった。
  俺は大井さんの住所を知らない。大井さんが本当に大井という名前なのかも確かめなかった。彼は彼で、俺を深く詮索する事はなかった。
  トモエという名前の、父親に虐待を受けてきた俺を、そのまま受け入れてくれていたのだ。
  お互い都合のいい、いい所どりばかりの恋愛だったかもしれない。それでも大井さんが天国へ逝く時には、ほんの少しでも俺を思い出してくれていたはずだ。俺にはそう思える自信があった。
  俺は彼の病の苦しみを知らなかった。その間何をしていたかと言うと、甘えさせてくれる男にしなだれかかり、股を開いていたのだ。
  俺が別れた後にそうなる事を、大井さんは予想していたのだろうか。そうさせたくないから、あれほどの物を残して去ったのだろうか。
  そんなの言ってくれなきゃわかんないよ……
 その夜、男のいる部屋に帰る気にはなれず、父親のいる家に足を向けた。

  五日ぶりに顔を出した実家で、酒を飲んだ父親に絡まれた。帰った時にはテーブルには隙間なく缶が並べられ父親は酔ってて、それでも顔を赤くするだけで口調も足どりもしっかりしているのが怖かった。
  これはダメなパターンだ。
  粘着的な絡み方、経験的に俺が大怪我を負うパターンだとすぐに異常を感じた。
  逃げろ。
  脳の命令に足が動き、玄関へ戻るのだが扉が開かない。鍵をかけている事さえ忘れて無暗にノブをガシャガシャ言わせて終わる。そこを早々に諦め二階の部屋まで走って逃げいた。
  追いかけてきた父親はドアをドンっと蹴とばしてきて、それでも開かないとわかると体当たりしてくる。
  部屋に鍵なんてついてないし、内開きの扉を背中で押さえながら、いっそのこと窓から飛び降りた方が安全かもしれないって、冷や汗をかきながら思った。

 「お前、いつもどこに行ってんだ!?」

  少しずつ確実に開いてしまう扉の隙間から聞こえる声は、酒で焼けてしゃがれている。
  ドンッ!
  最後の一撃で扉ごと体を吹き飛ばされて、跪いた所をベルトに手をかけられ、廊下に引きずり出された。必死にふりほどこうとしたけど、酒飲みの馬鹿力には全然勝てない。いつ拳が飛び出すのかと思うと本当に怖かった。
  小さい頃から受けていたせいか、暴力には弱い。立ち向かうではなく、身を守るために小さくなることしかできないのだ。いつもダメージが最少ですむように必死に体を小さく固くしてた。
  でも、今日こそは殺されるような恐怖感があって、この時ばかりはむやみに手を振り回した。

 「お前、大人しくしろっ!」
 「や……やめてくれっ……」

  あっ……!
  もみあっているうちに、階段から落ちたのは俺だった。ごろごろと落ちるんじゃなくて、ポーンと宙に放り出されるように。
  直線の階段の下はすぐに玄関で、俺はタイルに頭を打ち付けた。
  ピシッって硬い音がして、赤く染まった蜘蛛の巣が一瞬で脳に広がる感じがした。
  その後は骨が割れて出血したというより、骨の中の柔らかな物がブシャっと潰れたかんじ。
  そして首が変な方へ曲がった。
  吐き出すはずの息を大きくのんだ。

  覚えているのはそこまでだった……
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