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第35話 王子は仲間とともに先の見えない旅に出る
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「く、国を出る……ですって!?」
アリシアが顔色をなくして立ち上がる。
「ど、どど、どういうことですか、お兄様!?」
「どうもこうも、言った通りだ。俺はトラキリアを出ようと思う。今回の件は片付いたが、他にもどんな火種がくすぶってるかわからない。Carnageは最高に性格の悪いゲームだからな」
「な、何もお兄様がそれを解決しなくてもいいではありませんか!」
「それはそうなんだけど、後手に回るよりは先手を打ったほうがいいだろう。さいわい、俺にはゲーム知識がある。ゲームのシナリオと突き合わせて、問題の出そうなところを調べてみるつもりだ」
「Carnageとこの世界は似てるけど別物だから、シナリオを当てにしすぎるのも危険だけどね」
「そこは、ショコラさんの分析力も当てにしてるよ」
「そ、そんな……! せっかくみんなが生き残れたのに、お兄様が国を出ていくなんて……」
「わかってくれ、アリシア。こんな力を授かった以上、見過ごすわけにはいかないんだ。実際、ゲームではこの国は滅んでる。今回の危機は乗り切ったが、ゲームのシナリオに寄せるような運命の力が働かないとも限らない。ただ待ってるだけじゃ危険なんだよ」
「で、ですけど……そんな……!」
言葉を失ったアリシアに代わって、マクシミリアン兄さんが口を開く。
兄さんはいつもどおりどっしり落ち着いていたが、その口からはとんでもない発言が飛び出した。
「ユリウス。俺は王位をおまえに譲ろうと思っている」
「……はっ?」
いきなりありえないことを言われ、俺は間の抜けた声を漏らした。
「今回の一件を切り抜けたのはおまえだ。おまえこそが次の王にふさわしい」
「い、いや、王位ってそんな簡単に譲っていいもんじゃないだろ!?」
「おまえはそれだけの働きをしたのだ。おまえがいなければ今頃この国は滅んでいた」
「そ、それはそうだけど……」
「それに、おまえは『せーぶぽいんと』を使って不都合な事態を修正できる。そんな力を授かったのは、おまえこそが王にふさわしいという天の意思なのかもしれん」
「そんなのわからないだろ!」
「小国とは言え、王は王だ。おまえの力と王としての力を組み合わせれば、この先どんな波乱があろうとも乗り切れよう」
「……ふむ。僕も兄さんに賛成かな。兄さんが王位を譲るなら僕も譲るよ」
と、第二王位継承者のグレゴール兄さんが言った。
「そ、そういうことなら、わたしもユリウスお兄様の力になります!」
アリシアが俺の詰め寄って言ってくる。
「『運命の鼓動』とお兄様の力を合わせれば、お兄様の試行錯誤の回数を減らせるはずです! も、もし、お兄様が王になるというのなら……わ、わたしは、その……お兄様の……隣に立ちたいと思います!」
「ひゃあ」
「ほう」
「ひゅう……」
なぜか顔を真っ赤にして言ったアリシアに、ショコラさん、マクシミリアン兄さん、グレゴール兄さんが妙な反応をする。
「手伝ってくれるって気持ちは嬉しいけど……」
と、首をかしげる俺。
「……えっ、ユリウスくんって鈍感系? 今どきそんなの流行らないよ?」
「おい、今のは俺でもわかるぞ」
「ユリウス……女性に恥をかかせるのはどうかと思うよ」
アリシア以外のメンツからダメ出しをくらった。
「えっ、どういう意味だよ……? いや、ほんと、気持ちは嬉しいけど、国を出るってことは決めてるから」
「そんな……う、うええええ……」
俺の言葉に、アリシアがいきなり泣き崩れた。
「えっ、ええっ!? ち、ちょっと、いきなりどうしてそんな……」
「はあ……。ユリウス。その件はあとでちゃんと答えてもらうとして……ひとまず、マクシミリアン兄さんからの譲位を断る理由はあるのかい?」
グレゴール兄さんが聞いてくる。
「俺に王は向いてないよ。ただでさえ国がガタガタのときに、王位継承権の低い俺が王になったら混乱する。俺は、父さんから王になるための教育を受けてない。王になる準備ができてるのはマクシミリアン兄さんだけだ」
「それなら、俺が摂政となればいい」
「そんなことをするくらいなら、兄さんが王になればいいだけだろ。俺の力は、王にならなくても使えるし」
「……あ、わたしはユリウスくんに賛成だよ」
ショコラさんが口を挟む。
「ユリウスくんのセーブ&ロードは、国政にも有効だとは思うけど、短い期間を繰り返して最適解を探すほうが得意だと思うな。王になるより冒険者にでもなって各地を巡ったほうがいいと思う」
「そ、それは、ショコラさんに都合がいいだけなんじゃないですか!?」
アリシアが潤んだ目でショコラさんを睨む。
「あー、大丈夫。大事なお兄ちゃんを取ったりしないって。だいたい、ユリウスくんにはファストトラベルがあるんだから、セーブポイントさえ見つければいつでも帰ってこられるんだし」
「そ、それはそうですけど……!」
「それから、ゲーム知識のカバー範囲の問題もあるんだよね。トラキリアはCarnageの正史では滅んだことになってる。わたしはプレイヤーとしてトラキリア城跡に来たことがあるけど、イベントらしきものは何もなかった。つまり、ゲーム知識にトラキリアの情報はほとんどない。わたしでも知らないくらいなんだから、ゲーム上では設定がなかった可能性もあるね」
「でも、トラキリア以外の大陸各地の情報ならふんだんにある。各種族の主要人物の動向だとか、利害関係だとか。誰と誰が裏でつながってるかっていう、本来知りえないはずの情報もある。そういうのを生かそうと考えると、やっぱり現地に行ったほうがいいだろう」
他にも、各地のセーブポイントを巡ってファストトラベルを開通しておきたいという理由もある。
「そうか……残念だが、おまえの言うことに理があるようだ」
最初に折れたのはマクシミリアン兄さんだった。
「国は俺が引き受けよう。むろん、おまえが『げーむ』の知識をもとにこうしてほしいと思うことがあれば、遠慮なく言ってくれ。いや、遠慮せずに言えと命じたほうがいいくらいだろうな。おまえが各地を巡って情報を集め、危険な火種を消してくれるというのなら、それはそれで心強い。俺にできる支援があればなんでもしよう」
「ありがとう、マクシミリアン兄さん」
次に、グレゴール兄さんが言った。
「兄さんがそう言うならしかたないね。ユリウスはきっと、僕をもとに戻す方法を探そうともしてくれているんだろう」
「うん、それもある。固有スキルの暴走なんて、ゲーム知識にもない現象だし」
「わたしの見るところでは、たぶん、ユリウスくんにセーブポイントが見えるようになったのと何か関係があるんじゃないかと思うよ。ユリウスくんのが固有スキルなのかはわからないけど、アリシアさんの『運命の鼓動』も大きな予兆を感じてたわけだから、エスメラルダの奇襲に前後して何かがあったってことなんだろうね」
「なるほど……。たしかにその可能性はありそうだ。僕は僕で、文献を当たってみようとは思ってる。この身体では何かと不自由なんだけどね。なんなら、ユリウスたちについていくのも面白いかもしれないな」
「おい、俺が王になれば、グレゴールは第一王位継承権者になるんだぞ。おまえにまで城を空けられては困る」
「……ということだからやめておくよ」
グレゴール兄さんがシマリスのままの肩をすくめた。
「はっ、そうです! ついていくという手がありました!」
アリシアががばっと起き上がり、生気を取り戻した目で俺を見る。
「お兄様! わたしもその旅に連れて行ってください!」
「えっ、いや……ダメに決まってるだろ! 危険すぎる!」
「それならなおのことです! わたしは治癒魔法が使えます! 必要なら他の魔術も覚えます!」
「で、でも、女の身だ。いずれ誰かと結婚するんだから、そのときに俺と旅をしてたなんて外聞が悪い」
「……それ、本気で言ってるんですか?」
アリシアが冷たい目で俺を睨んでくる。
助けを求めるようにショコラさんを見るが、ショコラさんまでもが俺に冷たい目を向けていた。
「外聞が悪くて結構です! なんならそのほうが好都合なくらいです! ついていくと言ったらついていきます!」
「よ、弱ったな……」
「弱ったな、じゃないわよ、もう。ユリウスくんだってアリシアさんのことは大事なんでしょ? 手元に置いて守ってあげたらいいじゃない」
「ショコラさんまで」
「実際、Carnageの正史で生き残っていたのはアリシアさんだけよ。となると、正史から逸れた現在の進行でも、アリシアさんがまた狙われる可能性は低くないわ。エスメラルダはアリシアさんのことを『可能なら捕獲せよ』と命じられてたわけだし」
「……そうか、その危険はあるな」
問題は、俺がアリシアを守りきれるかってことなんだよな。
今の俺は、エスメラルダを相手にしても、「戦法」を使えばまず勝てるし、「戦法」なしでもそれなりにやれるくらいにはなったと思う。
この世界で、エスメラルダ以上の実力者の数は限られる。
しかも、今回と違って、この先は時間的な制限がかかることは少ないはずだ。
今回は最初のセーブから分刻みで情勢が変わっていたが、こんな状況は例外だろう。
もちろん、警戒すべき者はいるし、旅の目的上避けられないだろう敵もけっこういる。
ただ、これからは、戦いが避けられないと決まってから準備をすることもできるのだ。
その上、Carnageのトッププレイヤーであるショコラさんが味方につく。
ショコラさんなら、エスメラルダ以上の相手であっても、なんらかの攻略法を必ず見つけ出してくれるはずだ。
「ショコラさん。本当に大丈夫だと思うんだよな?」
「ええ。情にほだされた部分はあるけど、実際問題としてわたしとユリウスくんが組んでもヤバい相手なんてそうはいないわ」
「でも、いないわけじゃない。いちばん警戒すべきなのは……」
「もち、それはプレイヤーキャラクターたちね。七人の主人公候補たちがどう動くのか。誰を味方につけられて、誰と敵対することになるのか……。でも、Carnageのメインシナリオが始まるまでにはまだ一年の猶予があるわ。それに、主人公たちは、程度の差こそあれ、基本的には善人側のはずよ」
「善人同士でも戦いが避けられないのがCarnageなんだけどな……」
「そこは、運命を捻じ曲げるしかないわね」
「簡単に言ってくれるよ……」
「そのためにも、『運命の鼓動』持ちのアリシアさんと行動するのは悪くない案じゃない?」
「……やけにアリシアの肩を持つな」
「そりゃ、こんなけなげな女の子の恋は応援したいじゃない」
「ちょっ、ショコラさん!?」
「なによ、さっきはあんな大胆なことを言ってたのに……」
小声でなにやらささやきあうアリシアとショコラさんを尻目に、俺はしばし考えた。
「……うん、わかった。アリシアを連れて行く」
「本当ですか!?」
「ああ。こうなったアリシアは頑固だからな。放っておいて勝手についてきたりするほうがよっぽど危険だ」
「そういうのゲームだとたいていフラグよね」
「そんなフラグは折っておきたい」
「よ、よくわかりませんが……連れて行ってくださるというのなら……その、末永くよろしくお願いします」
「……アリシアさん、それちがう意味になってるわよ」
「連れて行くんなら、アリシアとは運命共同体みたいなもんだ。危険なこともあると思うが、必ず俺が守るから」
俺が言うと、アリシアが顔をぼっと赤くして、口をぱくぱくと動かした。
「……アリシア?」
「はっ! その、よ、よろしくお願いします!」
「それはさっきも聞いたって」
がばっと頭を下げてくるアリシアに、俺は苦笑を返したのだった。
†
国を出ると言っても、即日出ていくわけにはいかなかった。
今回の奇襲でトラキリアは国王と王妃を失った。
多くの騎士が死んでもいる。
新王となったマクシミリアン兄さんが両親の葬儀を行い、騎士たちの合同葬も行った。
俺は死んだ両親に、アリシアを守り抜くことを改めて誓った。
葬儀以外にもごたごたのタネは尽きず、仮にも王族である俺も後始末に駆り出されることになった。
エスメラルダたちエルフの奇襲部隊に破られた城壁の補修とかな。
魔法に対する備えが不十分だったことは確かなので、俺はテントを使ってミスリル鉱石を増殖し、クラフトで魔法耐性の高いミスリル製の板金を量産した。
そんなものを大量に城壁に使っては目立つから、破れた城壁の奥に埋め込んで、表面は普通の城壁のように見せかけてある。
破れていない城壁にも、ミスリル製の板金を鉄板に偽装して貼りつけた。
さらには、テントにストックしていたデモンズブレイドをさらに増殖させて、いざというときのために城の隠し倉庫に収めたりもした。
テントの増殖技を使えば、金貨や宝石も好き放題に増やせるが、国庫に直接入れるのはやめておいた。
本当に国がヤバくなったらやるしかないが、今の段階で無際限に予算を増やすのは、他国や他種族の目を引いてしまうおそれがある。
もちろん、俺が個人的に使う分には問題ないので、旅の資金に困ることはないだろう。
国の仕事を片付けるあいまに、ショコラさんの指導のもとに新たなスキルを習得したりもしている。
妖精となったショコラさんの戦闘力もかなり高い。
ベースが妖術妖精ギラ・テプトなだけあって魔力が桁外れに高いのだ。
ただ、妖精の身では扱える武器は限られる。
前線を支えるのは、やはり俺の役目になるだろう。
アリシアも、なんだかやたらと気合いを入れて修行に励んでいるようだった。
ゲーム的にいえば、アリシアはヒーラーの役回りになるのだが、本人は攻撃魔法や武器スキルも高めていきたい意向らしい。
才能だけで言えば、アリシアは俺よりずっと上だから、スキルの習得速度も俺より早い。
だが、俺には引き継ぎバグがある。
事後処理のあいまの修練の時間をセーブ&ロードで繰り返せば、その時間を実質無限にまで引き伸ばせる。
俺にもモチベというものがあるので、次の目標を練っている今の段階では、繰り返しの回数は控えめだだ。
もし修練が足りなかったとわかったら、現在のデータをロードして修練し直してから、未来のデータをロードすればいい。
それだけで、スキルや経験を未来のデータに引き継げる。
修練に相手が必要なら、エスメラルダを倒す前のデータを読み込めば、いつでもエスメラルダを「道場」にできる。
ショコラさんの「戦法」なしの正攻法で安定して勝てるようになるまでにはまだ時間がかかりそうだ。
そんなことを繰り返していたせいで、ともすると時間感覚が狂いがちではあった。
旅立ちの日は、思ったよりも早くやってきた。
「では、行ってきます」
俺は、わざわざ門にまで見送りにきたマクシミリアン兄さん――国王陛下と、グレゴール兄さんに言う。
ブレヒトは、きょうだいの別れに立ち会うのは恐れ多いと言ってこの場には来ていない。
「うむ。たまには顔を見せるのだぞ」
王になって貫禄を増してきたマクシミリアン兄さんが言った。
「僕で力になれることがあったら言ってくれ。このリスの身体が役立つ局面もあるかもしれない」
マクシミリアン兄さんの手のひらに乗ったグレゴール兄さんが言ってくれる。
「そうだね。その時は頼むよ」
「うん。僕の身体を戻す方法も探してくれるんだ、協力は惜しまない」
俺の隣に立つアリシアが、兄さんたちに言った。
「国王陛下も、グレゴールお兄様もお元気で。いえ、セーブポイントが見つかれば戻ってくるのでしたね。なんだか調子が狂います」
目立たない神官服に身を包んだアリシアは、まだ落ち着かなそうにしてる。
俺もあまり目立たない身軽な服と革鎧を身に着けている。
その俺とアリシアの目線の高さを、ショコラさんが飛んでいる。
「わたしが責任を持って二人のお目付け役を務めますのでご安心を」
「うむ、頼むぞ、ショコラ殿」
「たまに天然ボケが出る二人だからね。よろしく頼むよ、ショコラさん」
「ははあ、任されました」
ショコラさんが空中で大仰な礼をする。
地球人の感覚では大時代的な口調としぐさが、すっかり気に入っているらしい。
俺はぼそりとつぶやいた。
「……ショコラさんも結構抜けてるけどね」
「何か言った? ユリウスくん?」
「いや、何も……」
ショコラさんは、本人も認める通り「ゲームにすべてを捧げた」人である。
世間知らず度では俺やアリシアといい勝負だ。
「ユリウス、アリシア。世界の命運も大事ではあるが、俺にとってはおまえたちの無事のほうが大事なのだ。無理だと思ったら逃げてもいい。ただ、無事に帰ってきてくれ」
「ありがとう、兄さん」
「ありがとうございます、お兄様」
俺もアリシアも、あえて陛下とは呼ばずに礼を言う。
……いつまでもこうしていても照れくさいな。
「あまり別れを惜しんでも、帰ってきたときに気まずいからな。もう行くことにするよ」
俺はアリシアとショコラさんを促し、マクシミリアン兄さんとグレゴール兄さんに背を向ける。
そこで、城下町のほうから、誰かが慌てて走ってくる気配がした。
「気配察知」の習熟度が上がったせいもあって、俺は見知った人物なら気配だけで誰だか判別できる。
……来ないなと思ったが、そういうことか。
振り返ると、予期した通りの相手がやってきた。
「――アリシア様! やはり、わたしもお供させていただきます!」
「ノエル!」
アリシアの護衛騎士であるノエルだ。
いかにもな騎士であるノエルは隠密行動には向いてないし、エスメラルダ以上の敵と戦うには実力不足――そう言って納得させたはずだったんだけどな。
ノエルは、いつもの騎士らしい鎧ではなく、冒険者の戦士が身に着けるような実用性重視の無骨な鎧を着込んでいる。
彼女なりに目立ちにくい格好を選んだんだろう。
「ユリウス王子! わたしはたとえ命を落とすことになろうとも、この選択を悔いはしません! もしわたしがやり損なうことがあれば、わたしのためにやり直していただかなくても結構! どうかわたしを連れて行ってください!」
俺を睨むようにして叫ぶノエルに、思わず笑みがこみ上げてくる。
「そういう奴だったな。いいぜ。こうなったら一人増えても同じことだ」
「ありがとうございます!」
そう言ってがばっと頭を下げるノエル。
「……でも、命を落とすのはなしにしてくれ。俺は仲間に死なれるのは嫌なんだ。そうなったら、おまえがなんと言おうとやり直す。そうならないように実力を磨いてくれ。俺に、この選択は甘い判断だったと後悔させないでくれよ?」
現状、単純な実力で俺とノエルのどちらが上かはなんとも言えない。
基礎的な身体能力や物理攻撃ではノエルが、スキルや魔法、戦術まで含めた総合力なら俺が有利だろう。
ソードウィップを使えば、おそらく俺の勝ちは揺るがない。
でも、ノエルは才能に恵まれた騎士だから、今後の伸びしろは大きいはずだ。
「もちろんであります!」
「ならいい。それじゃあ出発しよう」
「はい!」
「オーケー!」
「了解です!」
こうして、俺は慣れ親しんだ城を後にした。
大切なものを守るために、大事な場所を離れるのだ。
楽しみと不安がないまぜになった気持ちだったが、大丈夫。
俺には頼もしい仲間たちがいる。
「大変なことばかりだろうけど……いい旅にしたいもんだな」
「ふふっ、そうですね」
俺のつぶやきは、すぐ近くにいたアリシアだけに聞こえたようだ。
「お兄様がいれば、きっといい旅になりますよ。がんばりすぎない感じでがんばりましょう!」
「俺以外は、努力家のメンバーだからなぁ」
しかも、それぞれ別の方向に突っ走っていきそうな顔ぶれだ。
「ひょっとして、とんでもない苦労を買って出てしまったんじゃ……」
後悔してももう遅い。
旅は始まった。
この先にどんな運命が待ち受けているかはわからないが、むりやりにでも乗り越えていくしかないだろう。
この世界は途方もなく残酷だが、せめて俺の大切な人たちには笑顔でいてもらいたい。
アリシアが顔色をなくして立ち上がる。
「ど、どど、どういうことですか、お兄様!?」
「どうもこうも、言った通りだ。俺はトラキリアを出ようと思う。今回の件は片付いたが、他にもどんな火種がくすぶってるかわからない。Carnageは最高に性格の悪いゲームだからな」
「な、何もお兄様がそれを解決しなくてもいいではありませんか!」
「それはそうなんだけど、後手に回るよりは先手を打ったほうがいいだろう。さいわい、俺にはゲーム知識がある。ゲームのシナリオと突き合わせて、問題の出そうなところを調べてみるつもりだ」
「Carnageとこの世界は似てるけど別物だから、シナリオを当てにしすぎるのも危険だけどね」
「そこは、ショコラさんの分析力も当てにしてるよ」
「そ、そんな……! せっかくみんなが生き残れたのに、お兄様が国を出ていくなんて……」
「わかってくれ、アリシア。こんな力を授かった以上、見過ごすわけにはいかないんだ。実際、ゲームではこの国は滅んでる。今回の危機は乗り切ったが、ゲームのシナリオに寄せるような運命の力が働かないとも限らない。ただ待ってるだけじゃ危険なんだよ」
「で、ですけど……そんな……!」
言葉を失ったアリシアに代わって、マクシミリアン兄さんが口を開く。
兄さんはいつもどおりどっしり落ち着いていたが、その口からはとんでもない発言が飛び出した。
「ユリウス。俺は王位をおまえに譲ろうと思っている」
「……はっ?」
いきなりありえないことを言われ、俺は間の抜けた声を漏らした。
「今回の一件を切り抜けたのはおまえだ。おまえこそが次の王にふさわしい」
「い、いや、王位ってそんな簡単に譲っていいもんじゃないだろ!?」
「おまえはそれだけの働きをしたのだ。おまえがいなければ今頃この国は滅んでいた」
「そ、それはそうだけど……」
「それに、おまえは『せーぶぽいんと』を使って不都合な事態を修正できる。そんな力を授かったのは、おまえこそが王にふさわしいという天の意思なのかもしれん」
「そんなのわからないだろ!」
「小国とは言え、王は王だ。おまえの力と王としての力を組み合わせれば、この先どんな波乱があろうとも乗り切れよう」
「……ふむ。僕も兄さんに賛成かな。兄さんが王位を譲るなら僕も譲るよ」
と、第二王位継承者のグレゴール兄さんが言った。
「そ、そういうことなら、わたしもユリウスお兄様の力になります!」
アリシアが俺の詰め寄って言ってくる。
「『運命の鼓動』とお兄様の力を合わせれば、お兄様の試行錯誤の回数を減らせるはずです! も、もし、お兄様が王になるというのなら……わ、わたしは、その……お兄様の……隣に立ちたいと思います!」
「ひゃあ」
「ほう」
「ひゅう……」
なぜか顔を真っ赤にして言ったアリシアに、ショコラさん、マクシミリアン兄さん、グレゴール兄さんが妙な反応をする。
「手伝ってくれるって気持ちは嬉しいけど……」
と、首をかしげる俺。
「……えっ、ユリウスくんって鈍感系? 今どきそんなの流行らないよ?」
「おい、今のは俺でもわかるぞ」
「ユリウス……女性に恥をかかせるのはどうかと思うよ」
アリシア以外のメンツからダメ出しをくらった。
「えっ、どういう意味だよ……? いや、ほんと、気持ちは嬉しいけど、国を出るってことは決めてるから」
「そんな……う、うええええ……」
俺の言葉に、アリシアがいきなり泣き崩れた。
「えっ、ええっ!? ち、ちょっと、いきなりどうしてそんな……」
「はあ……。ユリウス。その件はあとでちゃんと答えてもらうとして……ひとまず、マクシミリアン兄さんからの譲位を断る理由はあるのかい?」
グレゴール兄さんが聞いてくる。
「俺に王は向いてないよ。ただでさえ国がガタガタのときに、王位継承権の低い俺が王になったら混乱する。俺は、父さんから王になるための教育を受けてない。王になる準備ができてるのはマクシミリアン兄さんだけだ」
「それなら、俺が摂政となればいい」
「そんなことをするくらいなら、兄さんが王になればいいだけだろ。俺の力は、王にならなくても使えるし」
「……あ、わたしはユリウスくんに賛成だよ」
ショコラさんが口を挟む。
「ユリウスくんのセーブ&ロードは、国政にも有効だとは思うけど、短い期間を繰り返して最適解を探すほうが得意だと思うな。王になるより冒険者にでもなって各地を巡ったほうがいいと思う」
「そ、それは、ショコラさんに都合がいいだけなんじゃないですか!?」
アリシアが潤んだ目でショコラさんを睨む。
「あー、大丈夫。大事なお兄ちゃんを取ったりしないって。だいたい、ユリウスくんにはファストトラベルがあるんだから、セーブポイントさえ見つければいつでも帰ってこられるんだし」
「そ、それはそうですけど……!」
「それから、ゲーム知識のカバー範囲の問題もあるんだよね。トラキリアはCarnageの正史では滅んだことになってる。わたしはプレイヤーとしてトラキリア城跡に来たことがあるけど、イベントらしきものは何もなかった。つまり、ゲーム知識にトラキリアの情報はほとんどない。わたしでも知らないくらいなんだから、ゲーム上では設定がなかった可能性もあるね」
「でも、トラキリア以外の大陸各地の情報ならふんだんにある。各種族の主要人物の動向だとか、利害関係だとか。誰と誰が裏でつながってるかっていう、本来知りえないはずの情報もある。そういうのを生かそうと考えると、やっぱり現地に行ったほうがいいだろう」
他にも、各地のセーブポイントを巡ってファストトラベルを開通しておきたいという理由もある。
「そうか……残念だが、おまえの言うことに理があるようだ」
最初に折れたのはマクシミリアン兄さんだった。
「国は俺が引き受けよう。むろん、おまえが『げーむ』の知識をもとにこうしてほしいと思うことがあれば、遠慮なく言ってくれ。いや、遠慮せずに言えと命じたほうがいいくらいだろうな。おまえが各地を巡って情報を集め、危険な火種を消してくれるというのなら、それはそれで心強い。俺にできる支援があればなんでもしよう」
「ありがとう、マクシミリアン兄さん」
次に、グレゴール兄さんが言った。
「兄さんがそう言うならしかたないね。ユリウスはきっと、僕をもとに戻す方法を探そうともしてくれているんだろう」
「うん、それもある。固有スキルの暴走なんて、ゲーム知識にもない現象だし」
「わたしの見るところでは、たぶん、ユリウスくんにセーブポイントが見えるようになったのと何か関係があるんじゃないかと思うよ。ユリウスくんのが固有スキルなのかはわからないけど、アリシアさんの『運命の鼓動』も大きな予兆を感じてたわけだから、エスメラルダの奇襲に前後して何かがあったってことなんだろうね」
「なるほど……。たしかにその可能性はありそうだ。僕は僕で、文献を当たってみようとは思ってる。この身体では何かと不自由なんだけどね。なんなら、ユリウスたちについていくのも面白いかもしれないな」
「おい、俺が王になれば、グレゴールは第一王位継承権者になるんだぞ。おまえにまで城を空けられては困る」
「……ということだからやめておくよ」
グレゴール兄さんがシマリスのままの肩をすくめた。
「はっ、そうです! ついていくという手がありました!」
アリシアががばっと起き上がり、生気を取り戻した目で俺を見る。
「お兄様! わたしもその旅に連れて行ってください!」
「えっ、いや……ダメに決まってるだろ! 危険すぎる!」
「それならなおのことです! わたしは治癒魔法が使えます! 必要なら他の魔術も覚えます!」
「で、でも、女の身だ。いずれ誰かと結婚するんだから、そのときに俺と旅をしてたなんて外聞が悪い」
「……それ、本気で言ってるんですか?」
アリシアが冷たい目で俺を睨んでくる。
助けを求めるようにショコラさんを見るが、ショコラさんまでもが俺に冷たい目を向けていた。
「外聞が悪くて結構です! なんならそのほうが好都合なくらいです! ついていくと言ったらついていきます!」
「よ、弱ったな……」
「弱ったな、じゃないわよ、もう。ユリウスくんだってアリシアさんのことは大事なんでしょ? 手元に置いて守ってあげたらいいじゃない」
「ショコラさんまで」
「実際、Carnageの正史で生き残っていたのはアリシアさんだけよ。となると、正史から逸れた現在の進行でも、アリシアさんがまた狙われる可能性は低くないわ。エスメラルダはアリシアさんのことを『可能なら捕獲せよ』と命じられてたわけだし」
「……そうか、その危険はあるな」
問題は、俺がアリシアを守りきれるかってことなんだよな。
今の俺は、エスメラルダを相手にしても、「戦法」を使えばまず勝てるし、「戦法」なしでもそれなりにやれるくらいにはなったと思う。
この世界で、エスメラルダ以上の実力者の数は限られる。
しかも、今回と違って、この先は時間的な制限がかかることは少ないはずだ。
今回は最初のセーブから分刻みで情勢が変わっていたが、こんな状況は例外だろう。
もちろん、警戒すべき者はいるし、旅の目的上避けられないだろう敵もけっこういる。
ただ、これからは、戦いが避けられないと決まってから準備をすることもできるのだ。
その上、Carnageのトッププレイヤーであるショコラさんが味方につく。
ショコラさんなら、エスメラルダ以上の相手であっても、なんらかの攻略法を必ず見つけ出してくれるはずだ。
「ショコラさん。本当に大丈夫だと思うんだよな?」
「ええ。情にほだされた部分はあるけど、実際問題としてわたしとユリウスくんが組んでもヤバい相手なんてそうはいないわ」
「でも、いないわけじゃない。いちばん警戒すべきなのは……」
「もち、それはプレイヤーキャラクターたちね。七人の主人公候補たちがどう動くのか。誰を味方につけられて、誰と敵対することになるのか……。でも、Carnageのメインシナリオが始まるまでにはまだ一年の猶予があるわ。それに、主人公たちは、程度の差こそあれ、基本的には善人側のはずよ」
「善人同士でも戦いが避けられないのがCarnageなんだけどな……」
「そこは、運命を捻じ曲げるしかないわね」
「簡単に言ってくれるよ……」
「そのためにも、『運命の鼓動』持ちのアリシアさんと行動するのは悪くない案じゃない?」
「……やけにアリシアの肩を持つな」
「そりゃ、こんなけなげな女の子の恋は応援したいじゃない」
「ちょっ、ショコラさん!?」
「なによ、さっきはあんな大胆なことを言ってたのに……」
小声でなにやらささやきあうアリシアとショコラさんを尻目に、俺はしばし考えた。
「……うん、わかった。アリシアを連れて行く」
「本当ですか!?」
「ああ。こうなったアリシアは頑固だからな。放っておいて勝手についてきたりするほうがよっぽど危険だ」
「そういうのゲームだとたいていフラグよね」
「そんなフラグは折っておきたい」
「よ、よくわかりませんが……連れて行ってくださるというのなら……その、末永くよろしくお願いします」
「……アリシアさん、それちがう意味になってるわよ」
「連れて行くんなら、アリシアとは運命共同体みたいなもんだ。危険なこともあると思うが、必ず俺が守るから」
俺が言うと、アリシアが顔をぼっと赤くして、口をぱくぱくと動かした。
「……アリシア?」
「はっ! その、よ、よろしくお願いします!」
「それはさっきも聞いたって」
がばっと頭を下げてくるアリシアに、俺は苦笑を返したのだった。
†
国を出ると言っても、即日出ていくわけにはいかなかった。
今回の奇襲でトラキリアは国王と王妃を失った。
多くの騎士が死んでもいる。
新王となったマクシミリアン兄さんが両親の葬儀を行い、騎士たちの合同葬も行った。
俺は死んだ両親に、アリシアを守り抜くことを改めて誓った。
葬儀以外にもごたごたのタネは尽きず、仮にも王族である俺も後始末に駆り出されることになった。
エスメラルダたちエルフの奇襲部隊に破られた城壁の補修とかな。
魔法に対する備えが不十分だったことは確かなので、俺はテントを使ってミスリル鉱石を増殖し、クラフトで魔法耐性の高いミスリル製の板金を量産した。
そんなものを大量に城壁に使っては目立つから、破れた城壁の奥に埋め込んで、表面は普通の城壁のように見せかけてある。
破れていない城壁にも、ミスリル製の板金を鉄板に偽装して貼りつけた。
さらには、テントにストックしていたデモンズブレイドをさらに増殖させて、いざというときのために城の隠し倉庫に収めたりもした。
テントの増殖技を使えば、金貨や宝石も好き放題に増やせるが、国庫に直接入れるのはやめておいた。
本当に国がヤバくなったらやるしかないが、今の段階で無際限に予算を増やすのは、他国や他種族の目を引いてしまうおそれがある。
もちろん、俺が個人的に使う分には問題ないので、旅の資金に困ることはないだろう。
国の仕事を片付けるあいまに、ショコラさんの指導のもとに新たなスキルを習得したりもしている。
妖精となったショコラさんの戦闘力もかなり高い。
ベースが妖術妖精ギラ・テプトなだけあって魔力が桁外れに高いのだ。
ただ、妖精の身では扱える武器は限られる。
前線を支えるのは、やはり俺の役目になるだろう。
アリシアも、なんだかやたらと気合いを入れて修行に励んでいるようだった。
ゲーム的にいえば、アリシアはヒーラーの役回りになるのだが、本人は攻撃魔法や武器スキルも高めていきたい意向らしい。
才能だけで言えば、アリシアは俺よりずっと上だから、スキルの習得速度も俺より早い。
だが、俺には引き継ぎバグがある。
事後処理のあいまの修練の時間をセーブ&ロードで繰り返せば、その時間を実質無限にまで引き伸ばせる。
俺にもモチベというものがあるので、次の目標を練っている今の段階では、繰り返しの回数は控えめだだ。
もし修練が足りなかったとわかったら、現在のデータをロードして修練し直してから、未来のデータをロードすればいい。
それだけで、スキルや経験を未来のデータに引き継げる。
修練に相手が必要なら、エスメラルダを倒す前のデータを読み込めば、いつでもエスメラルダを「道場」にできる。
ショコラさんの「戦法」なしの正攻法で安定して勝てるようになるまでにはまだ時間がかかりそうだ。
そんなことを繰り返していたせいで、ともすると時間感覚が狂いがちではあった。
旅立ちの日は、思ったよりも早くやってきた。
「では、行ってきます」
俺は、わざわざ門にまで見送りにきたマクシミリアン兄さん――国王陛下と、グレゴール兄さんに言う。
ブレヒトは、きょうだいの別れに立ち会うのは恐れ多いと言ってこの場には来ていない。
「うむ。たまには顔を見せるのだぞ」
王になって貫禄を増してきたマクシミリアン兄さんが言った。
「僕で力になれることがあったら言ってくれ。このリスの身体が役立つ局面もあるかもしれない」
マクシミリアン兄さんの手のひらに乗ったグレゴール兄さんが言ってくれる。
「そうだね。その時は頼むよ」
「うん。僕の身体を戻す方法も探してくれるんだ、協力は惜しまない」
俺の隣に立つアリシアが、兄さんたちに言った。
「国王陛下も、グレゴールお兄様もお元気で。いえ、セーブポイントが見つかれば戻ってくるのでしたね。なんだか調子が狂います」
目立たない神官服に身を包んだアリシアは、まだ落ち着かなそうにしてる。
俺もあまり目立たない身軽な服と革鎧を身に着けている。
その俺とアリシアの目線の高さを、ショコラさんが飛んでいる。
「わたしが責任を持って二人のお目付け役を務めますのでご安心を」
「うむ、頼むぞ、ショコラ殿」
「たまに天然ボケが出る二人だからね。よろしく頼むよ、ショコラさん」
「ははあ、任されました」
ショコラさんが空中で大仰な礼をする。
地球人の感覚では大時代的な口調としぐさが、すっかり気に入っているらしい。
俺はぼそりとつぶやいた。
「……ショコラさんも結構抜けてるけどね」
「何か言った? ユリウスくん?」
「いや、何も……」
ショコラさんは、本人も認める通り「ゲームにすべてを捧げた」人である。
世間知らず度では俺やアリシアといい勝負だ。
「ユリウス、アリシア。世界の命運も大事ではあるが、俺にとってはおまえたちの無事のほうが大事なのだ。無理だと思ったら逃げてもいい。ただ、無事に帰ってきてくれ」
「ありがとう、兄さん」
「ありがとうございます、お兄様」
俺もアリシアも、あえて陛下とは呼ばずに礼を言う。
……いつまでもこうしていても照れくさいな。
「あまり別れを惜しんでも、帰ってきたときに気まずいからな。もう行くことにするよ」
俺はアリシアとショコラさんを促し、マクシミリアン兄さんとグレゴール兄さんに背を向ける。
そこで、城下町のほうから、誰かが慌てて走ってくる気配がした。
「気配察知」の習熟度が上がったせいもあって、俺は見知った人物なら気配だけで誰だか判別できる。
……来ないなと思ったが、そういうことか。
振り返ると、予期した通りの相手がやってきた。
「――アリシア様! やはり、わたしもお供させていただきます!」
「ノエル!」
アリシアの護衛騎士であるノエルだ。
いかにもな騎士であるノエルは隠密行動には向いてないし、エスメラルダ以上の敵と戦うには実力不足――そう言って納得させたはずだったんだけどな。
ノエルは、いつもの騎士らしい鎧ではなく、冒険者の戦士が身に着けるような実用性重視の無骨な鎧を着込んでいる。
彼女なりに目立ちにくい格好を選んだんだろう。
「ユリウス王子! わたしはたとえ命を落とすことになろうとも、この選択を悔いはしません! もしわたしがやり損なうことがあれば、わたしのためにやり直していただかなくても結構! どうかわたしを連れて行ってください!」
俺を睨むようにして叫ぶノエルに、思わず笑みがこみ上げてくる。
「そういう奴だったな。いいぜ。こうなったら一人増えても同じことだ」
「ありがとうございます!」
そう言ってがばっと頭を下げるノエル。
「……でも、命を落とすのはなしにしてくれ。俺は仲間に死なれるのは嫌なんだ。そうなったら、おまえがなんと言おうとやり直す。そうならないように実力を磨いてくれ。俺に、この選択は甘い判断だったと後悔させないでくれよ?」
現状、単純な実力で俺とノエルのどちらが上かはなんとも言えない。
基礎的な身体能力や物理攻撃ではノエルが、スキルや魔法、戦術まで含めた総合力なら俺が有利だろう。
ソードウィップを使えば、おそらく俺の勝ちは揺るがない。
でも、ノエルは才能に恵まれた騎士だから、今後の伸びしろは大きいはずだ。
「もちろんであります!」
「ならいい。それじゃあ出発しよう」
「はい!」
「オーケー!」
「了解です!」
こうして、俺は慣れ親しんだ城を後にした。
大切なものを守るために、大事な場所を離れるのだ。
楽しみと不安がないまぜになった気持ちだったが、大丈夫。
俺には頼もしい仲間たちがいる。
「大変なことばかりだろうけど……いい旅にしたいもんだな」
「ふふっ、そうですね」
俺のつぶやきは、すぐ近くにいたアリシアだけに聞こえたようだ。
「お兄様がいれば、きっといい旅になりますよ。がんばりすぎない感じでがんばりましょう!」
「俺以外は、努力家のメンバーだからなぁ」
しかも、それぞれ別の方向に突っ走っていきそうな顔ぶれだ。
「ひょっとして、とんでもない苦労を買って出てしまったんじゃ……」
後悔してももう遅い。
旅は始まった。
この先にどんな運命が待ち受けているかはわからないが、むりやりにでも乗り越えていくしかないだろう。
この世界は途方もなく残酷だが、せめて俺の大切な人たちには笑顔でいてもらいたい。
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