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第8話 セーブデータ間進行状況引き継ぎバグ
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「敵がいる場所で棒立ちになってんじゃねえよ、俺!」
それが、タイトル画面に戻った俺の第一声だった。
玉座の間ではいろんなことがありすぎた。
両親である国王と王妃の無残な死体。
再開したグレゴール兄さん。
その口から聞かされた(おそらくはエルフの)謀略。
そして、「暴走」しているという兄さんの固有スキル「変身」と、急に習得できたニューロリンクスキル「矢かわし」。
「くそっ、兄さんと合流した時点で、すぐに安全な場所に避難するべきだった」
理想はセーブポイントを見つけてそこでキャンプを張ることだ。
ゲーム知識にある「トラキリア城跡」のセーブポイントのある場所は、王子として見知った現在の城の構造と重ね合わせれば、いくつか有力な候補が思いつく。
もしそれがハズレでも、隠し通路経由で「トラキリア城・地下隠し通路入口(西)」のセーブポイントまで戻ればいい。
「となると、次にやることは、玉座の間でグレゴール兄さんを回収してからのセーブか。でも、ロードし直すと、せっかく習得できた『矢かわし』が習得し直しになってしまうな」
ニューロリンクスキル「矢かわし」の習得条件は、「30~100回敵の矢をギリギリのタイミングでかわすこと」だ。
これはあくまでもプレイヤーたちの割り出した目安であり、実際にはこれより早く習得できることもあるらしい。
俺はこれまでのセーブ&ロードで敵兵の矢を30回以上はかわしてるから、条件の下限を満たしたのだろう。
30~100回のうち、100回に近づくほど習得できる確率が上がるので、30回付近で習得できたのはかなりラッキーだったことになる。
習得確率は敵が強いほど上がるから、俺と敵の実力差を考えると、確率的には妥当なところかもしれないが。
「いや……待てよ? それはおかしい」
たしかに、俺は最初のデータからやり直すたびに、敵兵の矢を3回程度かわす必要があった。
それを単純に合計すれば、おそらく30~50回くらいにはなってるはずで、習得条件である「ギリギリのタイミングでかわす」を満たすようなきわどい回避も、その中に30回はあるだろう。
だが、その合算はおかしいのだ。
「俺はデータをロードするたびに、セーブ時の状態に戻ってるはずだ。だから、矢を3回避けたあとでゲームオーバーになった場合、その3回分の回避もまた『なかったこと』になってないとおかしい」
俺が「矢かわし」を覚えた時の状況は、「最初のデータをロードし、最初の敵兵の矢を3回かわして洞窟を逃げ回り、2つ目のセーブポイントに到達してデータをセーブ、その後隠し通路から城内に戻って謁見の間で両親の死体を発見し、グレゴール兄さんと合流したところで、敵兵が矢を射かけてきた」というものだった。
俺が矢をかわした回数は、最初の3回+最後の1回の4回だけだ。
これでは、「矢かわし」の習得条件を満たさない。
俺がそこまで考えたところで、天啓のようにゲーム知識が閃いた。
「『セーブデータ間進行状況引き継ぎバグ』……」
Carnageでは、プレイヤーの神経回路を読み取ることでスキルの習得判定を行っている。
プレイヤーの神経回路はあくまでもプレイヤーの脳内に形成されたものだから、セーブデータをロードしても「リセット」されることはない。
だから、もしセーブ後にゲームオーバーになっても、セーブしてからゲームオーバーまでのあいだにプレイヤーの脳内に形成された神経回路が消えてなくなることはない。
そのため、ゲームオーバーになってから前のデータをロードすると、スキルの習得状況がリセットされずに引き継がれてしまうという現象が起こってる。
まあ、これだけなら、バグと言うより、VRであるがゆえの避けがたい仕様だと言えなくもないのだが。
「俺がセーブ&ロードして繰り返した部分の経験は、セーブデータの記録をまたいで引き継がれてるってことだな」
俺はてっきり、ロードした時点ですべてがリセットされるものと思い込んでいた。
だって、そうだろう?
セーブとは、その時点での進行状況を保存することだ。
それなのに、その後の経験が時を遡って以前のデータにまで反映されるというのは不自然だ。
この世界の常識に照らしても、これは矛盾だらけの事態に思える。
「失敗した未来」における俺の経験が、時間を遡行して過去の自分に反映されるってことなんだからな。
1回目にスロット1をロードした時の状況と、10回目に同じデータをロードした時の状況は、本来であれば寸分違わず同じはずだ。
それなのに、俺のスキル習得状況だけが違っている。
まったく同じはずの世界に、「俺が『矢かわし』を覚えてない」世界と、「俺が『矢かわし』を習得済み」の世界の二つが存在することになってしまう。
「いや……それはいまさらか。俺の意識がゲームオーバーになっても引き継がれてるんだから、俺がデータをロードするたびに、世界は毎回別の形に分岐してることになるはずだからな」
同じデータから再開しても、1回目の俺と2回目の俺は頭の中身が違うのだ。
その結果として、以前には避けられなかった敵兵の矢が避けられるようになり、死ぬはずだった俺が生き延びる。
そんなことが起こっているのだ。ニューロリンクスキルの習得状況が引き継がれるくらい、いまさら驚くようなことではないのだろう。
俺は、この「セーブデータ間進行状況引き継ぎバグ」に、さらに驚くべき致命的なバグがあったことも思い出すが……そっちのほうは、試してみないとわからないな。
検証するには新しいセーブポイントを発見する必要がある。
俺はしばらく他に考えておくことがないかを確認してから、FOCUS HEREの文字を睨み、スロット3のデータをロードする。
†
「トラキリア城・地下隠し通路入口(西)」のセーブポイントに現れた俺は、隠し通路を進んで城内に入り、隠し扉の部屋にあった食料を、その部屋にあった背負い袋に入れて部屋を出る。
敵兵のいない廊下を進んで謁見の間に足を踏み入れる。
謁見の間の状態はさっきと同じだ。
血と炎で赤く染められた死の世界。
両親の無残な死体から目を背け、俺は謁見の間の正面入口へと向かった。
入口の分厚い扉は、敵兵によって破られている。
その角から外の回廊の様子をうかがい、敵兵がいないことを確認する。
俺は謁見の間から回廊に出、弧を描く階段を忍び足で降りた。
その階段の最下段の脇に、ライムグリーンの光の球体が浮かんでいる。
俺はその球体に手をかざす。
>セーブ
ロード
キャンプ
ファストトラベル
タイトルへ
やめる
セーブを選び、
【セーブ】
スロット1:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
942年双子座の月4日 05:03
スロット2:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:41
スロット3:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:42
スロット4:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・謁見の間階段下
942年双子座の月4日 06:07
・
・
・
「よし」
続いて、俺は「タイトルへ」を選択する。
おなじみとなったCarnageの血文字が現れた。
FOCUS HEREからロードを選ぶが、ロードするのは最新のスロット4ではない。
一つ前のデータであるスロット3だ。
俺は、地下隠し通路の入口である湿った洞窟の中に現れる。
「トラキリア城・地下隠し通路入口(西)」のセーブポイントに手をかざし、
セーブ
ロード
キャンプ
>ファストトラベル
タイトルへ
やめる
選んだのは「ファストトラベル」だ。
さあ、狙い通りに行くか?
【ファストトラベル】
転移可能なセーブポイント:
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
トラキリア城・謁見の間階段下
(現在地:トラキリア城・地下隠し通路入口(西))
「やった!」
俺はおもわず快哉を上げた。
何がおかしいか、わかるだろうか?
俺がスロット3にセーブした時点では、俺は「トラキリア城・謁見の間階段下」のセーブポイントにはまだ到達していなかった。
にもかかわらず、ファストトラベルの行き先に「トラキリア城・謁見の間階段下」が現れているのだ。
これが、「セーブデータ間進行状況引き継ぎバグ」の、致命的なほうのバグである。
Carnageのファストトラベルは、行き先の管理をプレイヤーの脳内の記憶に依存している。
つまり、セーブポイントでのファストトラベルの行き先は、「プレイヤーが過去に行ったことのあるセーブポイント」ではなく、「プレイヤーが過去に行ったことを覚えているセーブポイント」なのである。
VRゲームでは、プレイヤーの脳内スキャンが可能なだけに、かつてならゲーム側でデータとして保存していたような一部のデータを、脳内スキャンで代替していることがよくあった。
それなら、セーブポイントそのものがいらないのではないか? という意見も当然あるのだが、Carnageは陰鬱な世界観と理不尽な難易度がウリのゲームなので、プレイヤーの「詰み」防止策として、プレイヤーの判断でデータを保存できる仕組みが採用されたのだ。
本来であれば、ファストトラベルの行き先はゲーム側でフラグを管理するべきものなのだが、VRでの開発に慣れきった開発者はその労を惜しんだというわけだ。
もちろん、こんなバグを残しては、シナリオが破綻するおそれがある。
たとえば、ラスボスの間際まで進んだプレイヤーが、いちばん最初のデータをロードしたとする。
そのデータは物語序盤のものであるにもかかわらず、まだ行ったことがないラストダンジョンのセーブポイントまで、ファストトラベルで転移することができてしまう。
この方法によってどんなイベントでもスキップすることが可能だが、イベントの進行状況は相互に影響を及ぼし合っているものだ。
一部のイベントを飛ばしたことで、その先のイベントが進行不能になるような事態が起こってくる。
ニューロリンクスキルの引き継ぎは、(ゲーム内でなら)ちょっとお得なだけで済む話だ。
だが、ファストトラベルの行き先の引き継ぎは、完全無欠にバグでしかない。
プレイヤーのゲーム知識によれば、このバグは発見されると同時にすぐに修正されたことになっている。
ファストトラベルの行き先を、ゲーム側でフラグとして管理すればいいだけだからな。
だが、この世界はゲームではなく現実だ。
「ゲーム側でのフラグ管理」なんてもの自体がなくなったせいで、このバグが復活することになったのだろう。
俺は、ファストトラベルで「謁見の間階段下」に転移する。
周囲に敵がいないことを確かめてから、スロット5に新しいセーブデータを記録する。
【セーブ】
スロット1:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
942年双子座の月4日 05:03
スロット2:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:41
スロット3:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:42
スロット4:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・謁見の間階段下
942年双子座の月4日 06:07
スロット5:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・謁見の間階段下
942年双子座の月4日 05:44
・
・
・
これで、スロット4より23分早く謁見の間に「たどり着いた」データができあがった。
「よし!」
と、反射的に喜ぶが、これは時間の無駄である。
俺は謁見の間への階段を上って謁見の間に戻り、前回グレゴール兄さんが現れたあたりに近づいた。
「……グレゴール兄さん、いる?」
そっと声をかけると、
「ゆ、ユリウス!? どうしてわかったんだ!?」
床に転がった騎士の兜の下から、一匹のシマリスが這い出してきた。
「話は後で。一緒に行こう」
俺はリスと化した兄さんを背負い袋のポケットに入れると、謁見の間に転がっていた剣をひと振り拾い、王族の居住区画のほうへ向かうことにした。
それが、タイトル画面に戻った俺の第一声だった。
玉座の間ではいろんなことがありすぎた。
両親である国王と王妃の無残な死体。
再開したグレゴール兄さん。
その口から聞かされた(おそらくはエルフの)謀略。
そして、「暴走」しているという兄さんの固有スキル「変身」と、急に習得できたニューロリンクスキル「矢かわし」。
「くそっ、兄さんと合流した時点で、すぐに安全な場所に避難するべきだった」
理想はセーブポイントを見つけてそこでキャンプを張ることだ。
ゲーム知識にある「トラキリア城跡」のセーブポイントのある場所は、王子として見知った現在の城の構造と重ね合わせれば、いくつか有力な候補が思いつく。
もしそれがハズレでも、隠し通路経由で「トラキリア城・地下隠し通路入口(西)」のセーブポイントまで戻ればいい。
「となると、次にやることは、玉座の間でグレゴール兄さんを回収してからのセーブか。でも、ロードし直すと、せっかく習得できた『矢かわし』が習得し直しになってしまうな」
ニューロリンクスキル「矢かわし」の習得条件は、「30~100回敵の矢をギリギリのタイミングでかわすこと」だ。
これはあくまでもプレイヤーたちの割り出した目安であり、実際にはこれより早く習得できることもあるらしい。
俺はこれまでのセーブ&ロードで敵兵の矢を30回以上はかわしてるから、条件の下限を満たしたのだろう。
30~100回のうち、100回に近づくほど習得できる確率が上がるので、30回付近で習得できたのはかなりラッキーだったことになる。
習得確率は敵が強いほど上がるから、俺と敵の実力差を考えると、確率的には妥当なところかもしれないが。
「いや……待てよ? それはおかしい」
たしかに、俺は最初のデータからやり直すたびに、敵兵の矢を3回程度かわす必要があった。
それを単純に合計すれば、おそらく30~50回くらいにはなってるはずで、習得条件である「ギリギリのタイミングでかわす」を満たすようなきわどい回避も、その中に30回はあるだろう。
だが、その合算はおかしいのだ。
「俺はデータをロードするたびに、セーブ時の状態に戻ってるはずだ。だから、矢を3回避けたあとでゲームオーバーになった場合、その3回分の回避もまた『なかったこと』になってないとおかしい」
俺が「矢かわし」を覚えた時の状況は、「最初のデータをロードし、最初の敵兵の矢を3回かわして洞窟を逃げ回り、2つ目のセーブポイントに到達してデータをセーブ、その後隠し通路から城内に戻って謁見の間で両親の死体を発見し、グレゴール兄さんと合流したところで、敵兵が矢を射かけてきた」というものだった。
俺が矢をかわした回数は、最初の3回+最後の1回の4回だけだ。
これでは、「矢かわし」の習得条件を満たさない。
俺がそこまで考えたところで、天啓のようにゲーム知識が閃いた。
「『セーブデータ間進行状況引き継ぎバグ』……」
Carnageでは、プレイヤーの神経回路を読み取ることでスキルの習得判定を行っている。
プレイヤーの神経回路はあくまでもプレイヤーの脳内に形成されたものだから、セーブデータをロードしても「リセット」されることはない。
だから、もしセーブ後にゲームオーバーになっても、セーブしてからゲームオーバーまでのあいだにプレイヤーの脳内に形成された神経回路が消えてなくなることはない。
そのため、ゲームオーバーになってから前のデータをロードすると、スキルの習得状況がリセットされずに引き継がれてしまうという現象が起こってる。
まあ、これだけなら、バグと言うより、VRであるがゆえの避けがたい仕様だと言えなくもないのだが。
「俺がセーブ&ロードして繰り返した部分の経験は、セーブデータの記録をまたいで引き継がれてるってことだな」
俺はてっきり、ロードした時点ですべてがリセットされるものと思い込んでいた。
だって、そうだろう?
セーブとは、その時点での進行状況を保存することだ。
それなのに、その後の経験が時を遡って以前のデータにまで反映されるというのは不自然だ。
この世界の常識に照らしても、これは矛盾だらけの事態に思える。
「失敗した未来」における俺の経験が、時間を遡行して過去の自分に反映されるってことなんだからな。
1回目にスロット1をロードした時の状況と、10回目に同じデータをロードした時の状況は、本来であれば寸分違わず同じはずだ。
それなのに、俺のスキル習得状況だけが違っている。
まったく同じはずの世界に、「俺が『矢かわし』を覚えてない」世界と、「俺が『矢かわし』を習得済み」の世界の二つが存在することになってしまう。
「いや……それはいまさらか。俺の意識がゲームオーバーになっても引き継がれてるんだから、俺がデータをロードするたびに、世界は毎回別の形に分岐してることになるはずだからな」
同じデータから再開しても、1回目の俺と2回目の俺は頭の中身が違うのだ。
その結果として、以前には避けられなかった敵兵の矢が避けられるようになり、死ぬはずだった俺が生き延びる。
そんなことが起こっているのだ。ニューロリンクスキルの習得状況が引き継がれるくらい、いまさら驚くようなことではないのだろう。
俺は、この「セーブデータ間進行状況引き継ぎバグ」に、さらに驚くべき致命的なバグがあったことも思い出すが……そっちのほうは、試してみないとわからないな。
検証するには新しいセーブポイントを発見する必要がある。
俺はしばらく他に考えておくことがないかを確認してから、FOCUS HEREの文字を睨み、スロット3のデータをロードする。
†
「トラキリア城・地下隠し通路入口(西)」のセーブポイントに現れた俺は、隠し通路を進んで城内に入り、隠し扉の部屋にあった食料を、その部屋にあった背負い袋に入れて部屋を出る。
敵兵のいない廊下を進んで謁見の間に足を踏み入れる。
謁見の間の状態はさっきと同じだ。
血と炎で赤く染められた死の世界。
両親の無残な死体から目を背け、俺は謁見の間の正面入口へと向かった。
入口の分厚い扉は、敵兵によって破られている。
その角から外の回廊の様子をうかがい、敵兵がいないことを確認する。
俺は謁見の間から回廊に出、弧を描く階段を忍び足で降りた。
その階段の最下段の脇に、ライムグリーンの光の球体が浮かんでいる。
俺はその球体に手をかざす。
>セーブ
ロード
キャンプ
ファストトラベル
タイトルへ
やめる
セーブを選び、
【セーブ】
スロット1:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
942年双子座の月4日 05:03
スロット2:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:41
スロット3:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:42
スロット4:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・謁見の間階段下
942年双子座の月4日 06:07
・
・
・
「よし」
続いて、俺は「タイトルへ」を選択する。
おなじみとなったCarnageの血文字が現れた。
FOCUS HEREからロードを選ぶが、ロードするのは最新のスロット4ではない。
一つ前のデータであるスロット3だ。
俺は、地下隠し通路の入口である湿った洞窟の中に現れる。
「トラキリア城・地下隠し通路入口(西)」のセーブポイントに手をかざし、
セーブ
ロード
キャンプ
>ファストトラベル
タイトルへ
やめる
選んだのは「ファストトラベル」だ。
さあ、狙い通りに行くか?
【ファストトラベル】
転移可能なセーブポイント:
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
トラキリア城・謁見の間階段下
(現在地:トラキリア城・地下隠し通路入口(西))
「やった!」
俺はおもわず快哉を上げた。
何がおかしいか、わかるだろうか?
俺がスロット3にセーブした時点では、俺は「トラキリア城・謁見の間階段下」のセーブポイントにはまだ到達していなかった。
にもかかわらず、ファストトラベルの行き先に「トラキリア城・謁見の間階段下」が現れているのだ。
これが、「セーブデータ間進行状況引き継ぎバグ」の、致命的なほうのバグである。
Carnageのファストトラベルは、行き先の管理をプレイヤーの脳内の記憶に依存している。
つまり、セーブポイントでのファストトラベルの行き先は、「プレイヤーが過去に行ったことのあるセーブポイント」ではなく、「プレイヤーが過去に行ったことを覚えているセーブポイント」なのである。
VRゲームでは、プレイヤーの脳内スキャンが可能なだけに、かつてならゲーム側でデータとして保存していたような一部のデータを、脳内スキャンで代替していることがよくあった。
それなら、セーブポイントそのものがいらないのではないか? という意見も当然あるのだが、Carnageは陰鬱な世界観と理不尽な難易度がウリのゲームなので、プレイヤーの「詰み」防止策として、プレイヤーの判断でデータを保存できる仕組みが採用されたのだ。
本来であれば、ファストトラベルの行き先はゲーム側でフラグを管理するべきものなのだが、VRでの開発に慣れきった開発者はその労を惜しんだというわけだ。
もちろん、こんなバグを残しては、シナリオが破綻するおそれがある。
たとえば、ラスボスの間際まで進んだプレイヤーが、いちばん最初のデータをロードしたとする。
そのデータは物語序盤のものであるにもかかわらず、まだ行ったことがないラストダンジョンのセーブポイントまで、ファストトラベルで転移することができてしまう。
この方法によってどんなイベントでもスキップすることが可能だが、イベントの進行状況は相互に影響を及ぼし合っているものだ。
一部のイベントを飛ばしたことで、その先のイベントが進行不能になるような事態が起こってくる。
ニューロリンクスキルの引き継ぎは、(ゲーム内でなら)ちょっとお得なだけで済む話だ。
だが、ファストトラベルの行き先の引き継ぎは、完全無欠にバグでしかない。
プレイヤーのゲーム知識によれば、このバグは発見されると同時にすぐに修正されたことになっている。
ファストトラベルの行き先を、ゲーム側でフラグとして管理すればいいだけだからな。
だが、この世界はゲームではなく現実だ。
「ゲーム側でのフラグ管理」なんてもの自体がなくなったせいで、このバグが復活することになったのだろう。
俺は、ファストトラベルで「謁見の間階段下」に転移する。
周囲に敵がいないことを確かめてから、スロット5に新しいセーブデータを記録する。
【セーブ】
スロット1:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
942年双子座の月4日 05:03
スロット2:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:41
スロット3:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:42
スロット4:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・謁見の間階段下
942年双子座の月4日 06:07
スロット5:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・謁見の間階段下
942年双子座の月4日 05:44
・
・
・
これで、スロット4より23分早く謁見の間に「たどり着いた」データができあがった。
「よし!」
と、反射的に喜ぶが、これは時間の無駄である。
俺は謁見の間への階段を上って謁見の間に戻り、前回グレゴール兄さんが現れたあたりに近づいた。
「……グレゴール兄さん、いる?」
そっと声をかけると、
「ゆ、ユリウス!? どうしてわかったんだ!?」
床に転がった騎士の兜の下から、一匹のシマリスが這い出してきた。
「話は後で。一緒に行こう」
俺はリスと化した兄さんを背負い袋のポケットに入れると、謁見の間に転がっていた剣をひと振り拾い、王族の居住区画のほうへ向かうことにした。
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ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
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