上 下
7 / 35

第7話 王子は初めてのスキルを習得する

しおりを挟む
「父上!」

俺は謁見の間に飛び出した。

左右に大きな柱が幾本も立つ縦長の空間は、奥側にピラミッド状の段差があり、その上に背の高い豪華な椅子が二脚並んでいる。

ともに金の装飾で飾り立てられていて、片方は威厳を、もう片方が慈愛を表現している。

国王の玉座と、王妃の座だ。

石造りの謁見の間は、絨毯じゅうたん緞帳どんちょう、タペストリなどに火が移り、血まみれの床をさらに赤く染めている。

熱気と臭気で頭がくらくらしてくる。

「父上!」

普段は王子ですらみだりに上がることが許されない壇を駆けのぼり、玉座の前に倒れ伏す父に近づいた。

父は、胸の中心を黒い剣で貫かれていた。

もはや完全に息絶えている。

その父の下に、折り重なって母の死体があった。

父の胸を貫いた剣が、母の胸をも貫いている。

剣は床まで貫通し、俺の父母を貫いたままで、その場にまっすぐ立っていた。

その剣の柄には、父のかけていた王冠が掛けられている。

まるで、この剣で王を討ち取ったと誇示するかのように――

「よくも、こんな、ことを……っ!」

ぎりっ……と俺の奥歯が異音を鳴らした。

父と母はいずれも胸を貫かれて死んでいる。

生きたまま二人を積み上げて、それから胸を一突きで刺した。

そうとしか思えない状況だ。

俺はよろよろとしゃがみこみ、見開いたままで固まった父のまぶたを、震える手でなんとか閉ざす。

母の顔は恐怖に固まったままで、死に顔をやわらげようとしてもうまくいかない。

「く、そっ……」

知識としては、知っていた。

トラキリアは滅亡すると。

アリシア以外の王族はおそらく死んだはずだと。

だが、こんな死者を辱めるような殺し方をされているとは……

怒りのあまり視界が狭まり、周囲の音も聴こえなくなる。

だから、俺に呼びかける声に気づくのが遅くなった。

「……リウス、ユリウス!」

聞き覚えのある声に、俺ははっとして振り返る。

が、そこには予想していた人物はいなかった。

「こっちだよ! 下だ! 僕だ、グレゴールだ!」

その声に目を下ろすと、すぐそばの床に、一匹のリスがいた。

片手に載りそうな大きさのシマリスだ。

シマリスは、そのくりくりとした大きな目を俺に向けている。

「兄、さん?」

「ああ、僕だ。『変身』してるだけさ。だけ、と言うと語弊があるんだけど……」

シマリスが、長い前歯を動かしながらそうしゃべる・・・・

見た目はリスだが、どうやら俺の次兄グレゴールでまちがいない。

グレゴール兄さんは「変身」という固有スキルを持っている。

固有スキルは、ニューロリンクスキルとは異なり、特定のプレイヤーキャラクターや特定のNPCのみが習得できるスキルのことだ。

生まれた時からスキルを備えていることもあれば、何かのきっかけで覚醒することもある。

グレゴール兄さんの場合は幼少時に覚醒したと聞いている。

「変身」。数分間、小動物に変身できるというスキルである。

俺はその場にしゃがんで、グレゴール兄さん(シマリス)に聞く。

「どうして兄さんがここに?」

「それはこっちのセリフだよ。ユリウスはもう脱出したとばかり……」

「いや、アリシアのことが気になって……」

俺がそう言うと、兄さんは呆れたように言ってくる。

「やれやれ。君のシスコンぶりも極まってるね。君一人が戻ったところで何ができるわけでもないだろうに」

「それは兄さんだって同じじゃないか」

「僕の『変身』があれば敵情を少しは調べられると思ってね。隙があれば逃げ遅れた人を逃がすこともできるかもしれない」

「でも、兄さんの『変身』には時間制限があるじゃないか」

「そうだったんだけどね。どうしたことか、今はその制限がなくなってる。敵の奇襲を受けてからのことだ」

「えっ、固有スキルがさらに進化したっていうの?」

「……いや、そうじゃない。実は、今の僕は『変身』を解くことができないみたいなんだ。固有スキルが暴走して制御できなくなったんだろう。こんな事態だからそういうこともあるのかもしれない」

「そんな話、聞いたこともないけど……」

ゲーム知識にも、固有スキルが暴走するなんて話は出てこない。

リスは、器用に肩をすくめて言った。

「実際にそうなってるんだからしょうがないじゃないか。
 ともあれ、今『変身』が解けないのはむしろ好都合だ。もし将来にわたって解けなかったちょっと困るけど……まあ、その時はリスとして生きていくしかないね。アリシアならきっとかわいがってくれるだろう」

「またそんな冗談を……」

「それより、あれを見てごらん?」

リスが、首を振って壇の下に倒れた死体を示す。

それは、敵兵の死体だった。

他の敵兵と同じ鎧をつけてるが、兜だけが取れてその場に転がってる。

兜に隠れていたはずの頭部は、金属のような光沢ある銀髪と、紫色の尖った耳。

「ダークエルフ……いや、魔族か」

銀髪に埋もれかけているが、そこには魔族特有の角があった。

魔族の外見はさまざまだが、共通しているのは角があることだ。

角が大きいほど強い魔族だと言われてる。

この魔族の角は、そんなに大きいほうではないだろう。

すぐそばに倒れているトラキリアの騎士と相打ちになったように見える。

「やっぱり、この襲撃は魔族が?」

俺はそう確認するが、グレゴール兄さんはその小さな頭を左右に振る。

「いや、そうじゃないんだ。あの魔族の死体は偽装工作だ」

「偽装?」

「ああ。敵兵がわざわざ外から運んできて、この場所に放置していったんだよ。念の入ったことに、父上と母上を殺すのにも、魔族の剣を使っていた」

「……見てたの?」

「ああ……どうしようもなかった」

悔しさをにじませ、兄さんが言う。

「これはおそらく謀略だ。魔族以外の何者かが、人間と魔族を争わせるために仕組んだ、ね」

「謀略……」

Carnageのゲーム知識によれば、トラキリアを滅ぼしたのは魔族だとされていた。

それが、人間のあいだに魔族への警戒心を生み、人間による魔族領への大侵攻が敢行される。

従来弱いとされていた人間による決死の電撃戦は、「なぜか」無警戒だった魔族の後背をつく形となって成功を収める。

人間は占領した地域に住む魔族を皆殺しにし、その街を灰塵へと変えていく。

この人間魔族戦争に、他の種族はそれぞれの立場で干渉を企てた。

人間と同じく魔族を仇敵とするエルフは、この機に乗じて魔族の「浄化」のための兵をおこす。

逆に、いかなる理由であれ人が人を殺すことを禁じる立場の天使たちは、魔族に肩入れし、自分たちの命令に従わない人間たちに「聖戦」を仕掛けた。

エルフから「いないもの」として扱われてきた第八の種族ダークエルフは、妖精と組んでエルフ領内で大規模なゲリラ戦と殺戮とを繰り返す。

ドワーフは、この戦乱を勢力伸長の好機と捉え、どの勢力かを問わずに優秀な武具を供給し、戦争の長期化と各勢力の疲弊を狙った。

人間とドワーフによる奴隷狩りに憤っていた獣人は、部族ごとに各地を転戦し、その身体能力を生かして漁夫の利を狙う構えを見せていた。

最悪なのは妖精だ。人やドワーフ、獣人といった妖精の「誘惑」に弱い種族を操って、天敵である魔族、天使、エルフを、自らの血を流すことなく根絶やしにしようともくろんだ。

どの種族に加担してもろくなエンディングにはたどり着かないのがCarnageというゲームである。

「兄さんは、この謀略を仕組んだのは誰だと?」

「疑わしいのはエルフだろう。手の混んだ陰険なやり口がいかにもエルフらしいし、敵兵は剣より弓を使いたがる。魔法が使える兵もかなり多い。すくなくとも、人間やドワーフ、獣人ではないね」

「顔を兜で隠してるのもそのためだったのか」

「金属嫌いのエルフが全身鎧を身につけてるなんて思わないから、偽装としては盲点をついてる。よく着させられたものだとは思うけど……」

俺と兄さんは、少し話し込みすぎたらしい。

「――いたぞ! 第三王子だ!」

謁見の間の入り口から聞こえた声にぎくりとする。

扉を破られた謁見の間の入り口から、数人の敵兵が現れていた。

敵兵は素早く矢をつがえ、俺へと放つ。

「ユリウス!」

兄さんの悲鳴。

俺は慌てて矢をかわそうとする。

これまでの経験で、矢をかわすことだけは上手くなった。

だが、なぜか、動こうとした方向とは逆の側へと「何か」に引っ張られるような感覚があった。

結果、右へ動こうとした俺と左へ引っ張る力が拮抗し、俺はその場から動けない。

死の予感に身体がすくみ上がりそうになる。

その瞬間、謎の力が今度は右へと強く働いた。

その力に導かれるように、俺は右にステップを踏んでいた。

矢は、俺の耳のすぐ横をかすめ、座るものを失った玉座の背に突き立った。

「なにっ!?」

敵兵が驚くが、驚いたのは俺も同じだ。

俺の中のゲーム知識が蘇る。

――「矢かわし」。

矢をかわし続けることで習得できるニューロリンクスキルのひとつである。

弓を得意とする敵兵には相性のいいスキルだが、まさかこんなに早く習得できるとは……。

なぜなら、その習得条件は――

って、そんなこと考えてる場合じゃない!

「逃げるよ!」

俺は兄さんを拾い上げ、さっき入ってきた控室のほうへと駆け出した。

「観念しろ、第三王子!」

敵兵が放ってきた正確な矢を視界の隅で確認すると、自然なステップで余裕を持って回避する。

敵兵は代わる代わる連続で矢を射かけてくるが、そのすべての軌道が事前にわかった。

敵を視界に収めてる必要はあるけどな。

俺は、控え室と謁見の間を区切る緞帳の隙間へと滑り込む。

そこで、ばったりと出くわした。

敵兵だ。

三人もいる。

敵兵たちも、突然現れた俺に驚いている。

だが、

「おまえは……第三王子か!?」

俺の正体に気づいた敵兵の一人が、手にした剣を振りかぶる。

「くっ! 炎の槍よ!」

「なっ、ぐわぁっ!?」

火炎の槍が、斬りかかってきた敵兵に直撃した。

火炎の槍は、火柱となって敵兵を呑み込んだ。

俺の手の中にいたグレゴール兄さんがとっさに放った魔法である。

まさかリスが魔法を使うとは思わなかったのだろう、残りの敵兵が目に見えて動揺する。

だが、俺たちの抵抗はそこまでだった。

「報告にあった第二王子か!?」

「どうせ連発はできん! すぐに殺すぞ!」

仲間をやられ怒り狂った敵兵二人が、俺(と兄さん)に斬りかかる。

敵兵が得意の弓ではなく剣を選んだのは、この控え室が狭いからだろう。

「矢かわし」は矢専用の回避スキルなので、剣での攻撃には対応できない。

一人の剣が、のけぞった俺の胸を浅く薙ぎ、痛みにうめいた俺の首を、もう一人の剣がね飛ばす。

「――ユリウスっ!」

首を刎ねられ、勢いよく回転する部屋の中に、グレゴール兄さんの悲痛な叫びが響き渡る。


 GAME OVER


俺は、またしてもタイトル画面に戻された。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし
ファンタジー
 そこは神が実在するとされる世界。人類が危機に陥るたび神からの助けがあった。  神から人類に授けられた石版には魔物と戦う術が記され、瘴気獣と言う名の大敵が現れた時、天成器《意思持つ変形武器》が共に戦う力となった。  狩人の息子クライは禁忌の森の人類未踏域に迷い込む。灰色に染まった天成器を見つけ、その手を触れた瞬間……。  この物語は狩人クライが世界を旅して未知なるなにかに出会う物語。  使い手によって異なる複数の形態を有する『天成器』  必殺の威力をもつ切り札『闘技』  魔法に特定の軌道、特殊な特性を加え改良する『魔法因子』  そして、ステータスに表示される謎のスキル『リーディング』。  果たしてクライは変わりゆく世界にどう順応するのか。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...