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第5話 王子はセーブポイントを検証する
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何度かの「やり直し」を経て、俺は比較的安定してここを突破できる展開を見つけ出した。
ちょっと見ていてほしい。
「人間に生まれたことを呪うんだな!」
「うわぁっ!」
俺はわざと大げさに驚きながら、尻もちをつくようにして矢をかわす。
「なにっ!?」
驚く敵兵を尻目に、
「た、助けてくれぇっ!」
俺は無様な悲鳴を上げながら、洞窟の奥へと逃げ出した。
その途中で足を滑らせたふりをして一度転び、下から生えた鍾乳石の影に滑り込む。
「あ、くそっ!?」
敵兵の放った矢が、鍾乳石にぶつかり火花を散らす。
その隙に、俺は猛然とダッシュをかけた。
さっきまでの道化のような芝居をかなぐり捨てて、正真正銘の全力で走る。
走りながら、俺は次の矢が飛んでくるタイミングを予測する。
1、2……今だ!
地面を強く蹴ってジャンプする。
突然跳び上がった俺の足元を、敵兵の放った矢が通過する。
「な、なんだとっ!?」
俺の足を狙った矢が外れ、敵兵が驚きに手を止める。
俺はジャンプの勢いをなんとか殺すと、背後のことは忘れて洞窟の中を一気に駆ける。
「何してやがる! こんな距離で外してんじゃねえよ!」
「い、いや、急に王子が動いたから……」
「それを当てるのが俺らの仕事だろうが!」
後ろから響く敵兵たちの会話を聞き流しつつ、俺はCarnageのゲーム知識を絞り出す。
プレイヤーがトラキリアのあったこの地を訪れる機会はほとんどない。
唯一、メインシナリオから外れたサブイベントのひとつに、トラキリア城跡に棲み着いた魔物を倒すというものがあるだけだ。
だが、そのサブイベントがあったおかげで、ゲーム知識にはトラキリア城跡のマップがある。
そのサブイベントでは、プレイヤーは今俺がいる洞窟を経由して地下通路に進入し、かつてトラキリア城だったダンジョンを探索する。
つまり、俺が通ってきたのと逆のコースだ。
だから、セーブデータの地名も「 トラキリア城・地下隠し通路入口(北)」となってるのだろう。
普通に考えれば、ここは隠し通路の「出口」のはずだからな。
地名が「地下隠し通路入口(北)」となってることからもわかるように、他にも隠し通路への入口がある。
王である父なら全部知ってたのかもしれないが、俺は城側の出口(俺にとっては入口)をいくつか知ってるだけで、地下の様子まではわからない。
ゲーム知識によれば、ここからいちばん近いのは西のはずだ。
そこまでは、この天然の洞窟づたいに行けるらしい。
「待ってろよ、アリシア!」
俺は、背後から迫る足音から遠ざかるほうへ駆け出した。
†
「はぁ、はぁ……ようやくかよ」
洞窟の奥に青白いセーブポイントの光を見つけて、俺は安堵の息をつく。
ここに来るまでに、俺は13回もタイトル画面に戻されている。
追ってくる敵兵に追いつかれて殺されたのだ。
重そうな鎧兜を身に着けてるくせに、敵兵の足は速かった。
ゲームオーバーのたびに工夫を加え、敵兵をやり過ごしたり、別方向に誘導したりして、敵兵を完全に撒いてからこの場所へとやってきた。
セーブすれば再開はそこからとなるので、なるべく近くに敵兵がいない状態でセーブしておきたい。
これまでにも、最初のデータから再開する度に、敵の矢を避け、追撃をかわしながら射線の切れる洞窟の角に滑り込むという曲芸を、毎回最初からやっている。
そんな綱渡りが毎度うまくいくはずもなく、何度かは矢を避けそこなって死んでいる。
もちろん、死んだとしてもやり直すことはできるのだが、死ぬのが怖くなくなるわけじゃない。
いや、死ぬこと自体には慣れかけてきたが、問題は死ぬ間際の痛みや苦しみだ。
「まあ、敵の腕がいい分、ほとんど即死で済んでるけどな」
むしろ急所を外された時のほうが辛かった。
急所を的確に射抜く敵兵の腕には感謝するべきかもしれないな。
なお、セーブ&ロードを利用してなんとか敵を倒せないかとも思ったのだが、近づくことすらできずに殺されている。
情けないが、当面戦闘は回避するしかないだろう。
「さて、セーブポイントだ」
俺はライムグリーンの光の球体に手をかざす。
セーブ
ロード
キャンプ
ファストトラベル
タイトルへ
やめる
「まずはセーブしておくか」
【セーブ】
スロット1:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
942年双子座の月4日 05:03
スロット2:ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:41
スロット3:なし
・
・
・
「よし」
無事、スロット2にセーブできた。
念のために、スロット1のデータは上書きせずに取っておく。
ゲーム知識から、データはなるべく残しておいたほうがよさそうに思えたのだ。
それにしても、
「あれから38分しか経ってないのか……」
体感ではもう何時間も逃げては殺されることを繰り返している。
「疲れは……なんとかなってる。セーブデータを読み込むたびにセーブ時の状態に戻るからな」
とはいえ、セーブデータ1の時点で、俺は既にかなり疲れていたし、全身に打撲や傷も負っていた。
毎度その状態で再開するのは、精神的にはなかなかしんどいものがある。
あの状況ではしかたなかったとはいえ、やはりセーブは万全の状態でしておきたい。
そこで、試してみたいことがある。
俺はウィンドウを再び開き、
セーブ
ロード
>キャンプ
ファストトラベル
タイトルへ
やめる
「キャンプ」を選択。
Carnageでは、セーブポイントで「キャンプ」ができる。
テントを張ってその中で休むようなムービーが流れ、体力や魔力が全快する。
そのあいだは、敵に発見されることもない。
ゲームと同じく、俺の前に革でできたテントが現れた。
「問題は、ゲームとどこまで同じかってことだな」
いつまで経ってもムービーがないので、俺は自分でテントの中に入ってみる。
テントの中は外観よりもかなり広く、数人が余裕で寝られるだけのスペースがあった。
テントの真ん中には囲炉裏があり、そこで煮炊きをすることもできる。
その他にも、テント内にはキャンプ専用の設備が揃っていた。
今の状態で使えるものはないけどな。
「そういえば、食料がないな」
夜明けに襲撃を受けたせいで、食事は昨日の夜に取ったきりだ。
今はまだ動けているが、早めに食料を確保したほうがいいだろう。
だが、その前に検証すべきことがある。
俺は、テント内に敷かれた寝袋にくるまった。
くるまった途端、強い眠気が襲ってくる。
「ゲームでは……キャンプ中は敵に発見されないし……外では時間も、経過しない……」
つぶやくうちに、俺のまぶたが下りてくる。
夜明けに叩き起こされ、敵から逃げ回ってきた疲れもあったと思うが、それにしても眠りが深かった。
どれほど眠ったのだろうか。
かつてないほどの爽快感とともに、俺はぱっちりと目を開く。
「んぁ……よく寝たな」
寝袋から出て身体を確かめると、
「うん、怪我が治ってるな。体力も回復してる。魔力も……たぶん全快だ」
ここまでは、ゲームの仕様通りだな。
俺はテントを出て、すぐ外にあるセーブポイントに手をかざす。
スロット3を選び、今の状態をセーブする。
【セーブ】
スロット1:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
942年双子座の月4日 05:03
スロット2:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:41
スロット3:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:42
・
・
・
「よし!」
俺は思わず拳を握る。
スロット3のデータとスロット2のデータをよく見比べてみてほしい。
スロット2はキャンプで眠る前にセーブしたデータ、スロット3は眠った後のデータである。
テント内でたっぷり眠ったにもかかわらず、2つのデータの時刻の差は1分だけだ。
セーブしてからキャンプを選ぶまでに1分くらいはかかっただろうから、キャンプでは時間が経過しなかったと見ていいだろう。
一分一秒を争う状況の今、この仕様はとんでもなくありがたい。
セーブポイントにたどり着きさえすれば、俺はいつでも万全の状態に戻れるってことだからな。
これは嬉しい収穫だ。
この先、重い身体を引きずりながら動く必要がなくなった。
「じゃあ、残りの項目も検証するか」
俺はウィンドウを再び開き、
セーブ
ロード
キャンプ
>ファストトラベル
タイトルへ
やめる
「ファストトラベル」を選択する。
【ファストトラベル】
転移可能なセーブポイント:
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
(現在地:トラキリア城・地下隠し通路入口(西))
「これもゲーム通りみたいだな」
Carnageのセーブポイントでは、他のセーブポイントへの瞬間移動ができるようになっている。
当然、行き先は過去にアクセスしたことのあるセーブポイントに限られる。
俺の場合は、最初に発見した「トラキリア城・地下隠し通路入口(北)」のセーブポイントだけが表示されている。
「一応確かめておくか」
俺はウィンドウから「トラキリア城・地下隠し通路入口(北)」を選択する。
直後、俺の身体を光が包み、目の前の光景が切り替わる。
どちらのセーブポイントも洞窟内だから、光景に代わり映えはなかったが、まちがいなく最初のセーブポイントのようだった。
なぜなら、
「うぉっ!? どこから現れた!?」
「げっ!?」
すぐ間近に敵兵がいた。
俺はセーブポイントからファストトラベルを選び、急いで「トラキリア城・地下隠し通路入口(西)」へとワープする。
二度目のファストトラベルも無事成功、俺は2つ目のセーブポイントに戻ってくる。
「……って、敵兵にファストトラベルを見せてしまったな」
これまでのセーブ&ロードで、どうやら敵兵にはセーブポイントが見えていないらしいということはわかってる。
だが、目の前にいきなり俺が現れ、すぐにまた消えたとなれば、警戒を招く可能性がある。
じゃあどうするのかって?
簡単だ。「なかったこと」にすればいい。
「それも兼ねて、お試しがてら最後の項目を使ってみるか」
セーブ
ロード
キャンプ
ファストトラベル
>タイトルへ
やめる
俺が「タイトルへ」を選択すると、視界が暗転し、血文字のロゴが現れた。
Carnage。
無事、タイトル画面に出られたようだ。
俺は肉体のない「視点」となったままで考える。
「ファストトラベルを試す前にセーブしたデータをロードすれば、俺が瞬間移動した件はなかったことになるはずだ」
すぐにロードを選ぼうとして、俺は気づく。
「タイトル画面にいるあいだは実質的に時間が経過しないんだ。考えごとはタイトル画面かキャンプのテントでやるべきだな」
まあ、もし無為に時間を経過させてしまったとわかったら、その前のデータをロードすればいいだけなんだけどな。
「……なんていうか、思ったより余裕が持てるな」
「現実」は一分一秒を争う状況だが、セーブポイントが使えることを考えると、俺には無限の時間があるのに等しかった。
じっくり考え、納得がいくまでやり直せる。
ゲームオーバーになると、セーブした時点からゲームオーバーになった時点までの進行状況が失われるが、そのことも俺にとっては都合がいい。
進行状況が失われたとしても、どのような行動がどのような結果につながったかという俺の「経験」が失われることはないからだ。
「これを生かせば、アリシアを救い出すことができるかもしれない。いや、絶対に救い出す……!」
俺はFOCUS HEREを睨みつけ、セーブデータをロードする。
ちょっと見ていてほしい。
「人間に生まれたことを呪うんだな!」
「うわぁっ!」
俺はわざと大げさに驚きながら、尻もちをつくようにして矢をかわす。
「なにっ!?」
驚く敵兵を尻目に、
「た、助けてくれぇっ!」
俺は無様な悲鳴を上げながら、洞窟の奥へと逃げ出した。
その途中で足を滑らせたふりをして一度転び、下から生えた鍾乳石の影に滑り込む。
「あ、くそっ!?」
敵兵の放った矢が、鍾乳石にぶつかり火花を散らす。
その隙に、俺は猛然とダッシュをかけた。
さっきまでの道化のような芝居をかなぐり捨てて、正真正銘の全力で走る。
走りながら、俺は次の矢が飛んでくるタイミングを予測する。
1、2……今だ!
地面を強く蹴ってジャンプする。
突然跳び上がった俺の足元を、敵兵の放った矢が通過する。
「な、なんだとっ!?」
俺の足を狙った矢が外れ、敵兵が驚きに手を止める。
俺はジャンプの勢いをなんとか殺すと、背後のことは忘れて洞窟の中を一気に駆ける。
「何してやがる! こんな距離で外してんじゃねえよ!」
「い、いや、急に王子が動いたから……」
「それを当てるのが俺らの仕事だろうが!」
後ろから響く敵兵たちの会話を聞き流しつつ、俺はCarnageのゲーム知識を絞り出す。
プレイヤーがトラキリアのあったこの地を訪れる機会はほとんどない。
唯一、メインシナリオから外れたサブイベントのひとつに、トラキリア城跡に棲み着いた魔物を倒すというものがあるだけだ。
だが、そのサブイベントがあったおかげで、ゲーム知識にはトラキリア城跡のマップがある。
そのサブイベントでは、プレイヤーは今俺がいる洞窟を経由して地下通路に進入し、かつてトラキリア城だったダンジョンを探索する。
つまり、俺が通ってきたのと逆のコースだ。
だから、セーブデータの地名も「 トラキリア城・地下隠し通路入口(北)」となってるのだろう。
普通に考えれば、ここは隠し通路の「出口」のはずだからな。
地名が「地下隠し通路入口(北)」となってることからもわかるように、他にも隠し通路への入口がある。
王である父なら全部知ってたのかもしれないが、俺は城側の出口(俺にとっては入口)をいくつか知ってるだけで、地下の様子まではわからない。
ゲーム知識によれば、ここからいちばん近いのは西のはずだ。
そこまでは、この天然の洞窟づたいに行けるらしい。
「待ってろよ、アリシア!」
俺は、背後から迫る足音から遠ざかるほうへ駆け出した。
†
「はぁ、はぁ……ようやくかよ」
洞窟の奥に青白いセーブポイントの光を見つけて、俺は安堵の息をつく。
ここに来るまでに、俺は13回もタイトル画面に戻されている。
追ってくる敵兵に追いつかれて殺されたのだ。
重そうな鎧兜を身に着けてるくせに、敵兵の足は速かった。
ゲームオーバーのたびに工夫を加え、敵兵をやり過ごしたり、別方向に誘導したりして、敵兵を完全に撒いてからこの場所へとやってきた。
セーブすれば再開はそこからとなるので、なるべく近くに敵兵がいない状態でセーブしておきたい。
これまでにも、最初のデータから再開する度に、敵の矢を避け、追撃をかわしながら射線の切れる洞窟の角に滑り込むという曲芸を、毎回最初からやっている。
そんな綱渡りが毎度うまくいくはずもなく、何度かは矢を避けそこなって死んでいる。
もちろん、死んだとしてもやり直すことはできるのだが、死ぬのが怖くなくなるわけじゃない。
いや、死ぬこと自体には慣れかけてきたが、問題は死ぬ間際の痛みや苦しみだ。
「まあ、敵の腕がいい分、ほとんど即死で済んでるけどな」
むしろ急所を外された時のほうが辛かった。
急所を的確に射抜く敵兵の腕には感謝するべきかもしれないな。
なお、セーブ&ロードを利用してなんとか敵を倒せないかとも思ったのだが、近づくことすらできずに殺されている。
情けないが、当面戦闘は回避するしかないだろう。
「さて、セーブポイントだ」
俺はライムグリーンの光の球体に手をかざす。
セーブ
ロード
キャンプ
ファストトラベル
タイトルへ
やめる
「まずはセーブしておくか」
【セーブ】
スロット1:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
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スロット2:ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:41
スロット3:なし
・
・
・
「よし」
無事、スロット2にセーブできた。
念のために、スロット1のデータは上書きせずに取っておく。
ゲーム知識から、データはなるべく残しておいたほうがよさそうに思えたのだ。
それにしても、
「あれから38分しか経ってないのか……」
体感ではもう何時間も逃げては殺されることを繰り返している。
「疲れは……なんとかなってる。セーブデータを読み込むたびにセーブ時の状態に戻るからな」
とはいえ、セーブデータ1の時点で、俺は既にかなり疲れていたし、全身に打撲や傷も負っていた。
毎度その状態で再開するのは、精神的にはなかなかしんどいものがある。
あの状況ではしかたなかったとはいえ、やはりセーブは万全の状態でしておきたい。
そこで、試してみたいことがある。
俺はウィンドウを再び開き、
セーブ
ロード
>キャンプ
ファストトラベル
タイトルへ
やめる
「キャンプ」を選択。
Carnageでは、セーブポイントで「キャンプ」ができる。
テントを張ってその中で休むようなムービーが流れ、体力や魔力が全快する。
そのあいだは、敵に発見されることもない。
ゲームと同じく、俺の前に革でできたテントが現れた。
「問題は、ゲームとどこまで同じかってことだな」
いつまで経ってもムービーがないので、俺は自分でテントの中に入ってみる。
テントの中は外観よりもかなり広く、数人が余裕で寝られるだけのスペースがあった。
テントの真ん中には囲炉裏があり、そこで煮炊きをすることもできる。
その他にも、テント内にはキャンプ専用の設備が揃っていた。
今の状態で使えるものはないけどな。
「そういえば、食料がないな」
夜明けに襲撃を受けたせいで、食事は昨日の夜に取ったきりだ。
今はまだ動けているが、早めに食料を確保したほうがいいだろう。
だが、その前に検証すべきことがある。
俺は、テント内に敷かれた寝袋にくるまった。
くるまった途端、強い眠気が襲ってくる。
「ゲームでは……キャンプ中は敵に発見されないし……外では時間も、経過しない……」
つぶやくうちに、俺のまぶたが下りてくる。
夜明けに叩き起こされ、敵から逃げ回ってきた疲れもあったと思うが、それにしても眠りが深かった。
どれほど眠ったのだろうか。
かつてないほどの爽快感とともに、俺はぱっちりと目を開く。
「んぁ……よく寝たな」
寝袋から出て身体を確かめると、
「うん、怪我が治ってるな。体力も回復してる。魔力も……たぶん全快だ」
ここまでは、ゲームの仕様通りだな。
俺はテントを出て、すぐ外にあるセーブポイントに手をかざす。
スロット3を選び、今の状態をセーブする。
【セーブ】
スロット1:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
942年双子座の月4日 05:03
スロット2:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:41
スロット3:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:42
・
・
・
「よし!」
俺は思わず拳を握る。
スロット3のデータとスロット2のデータをよく見比べてみてほしい。
スロット2はキャンプで眠る前にセーブしたデータ、スロット3は眠った後のデータである。
テント内でたっぷり眠ったにもかかわらず、2つのデータの時刻の差は1分だけだ。
セーブしてからキャンプを選ぶまでに1分くらいはかかっただろうから、キャンプでは時間が経過しなかったと見ていいだろう。
一分一秒を争う状況の今、この仕様はとんでもなくありがたい。
セーブポイントにたどり着きさえすれば、俺はいつでも万全の状態に戻れるってことだからな。
これは嬉しい収穫だ。
この先、重い身体を引きずりながら動く必要がなくなった。
「じゃあ、残りの項目も検証するか」
俺はウィンドウを再び開き、
セーブ
ロード
キャンプ
>ファストトラベル
タイトルへ
やめる
「ファストトラベル」を選択する。
【ファストトラベル】
転移可能なセーブポイント:
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
(現在地:トラキリア城・地下隠し通路入口(西))
「これもゲーム通りみたいだな」
Carnageのセーブポイントでは、他のセーブポイントへの瞬間移動ができるようになっている。
当然、行き先は過去にアクセスしたことのあるセーブポイントに限られる。
俺の場合は、最初に発見した「トラキリア城・地下隠し通路入口(北)」のセーブポイントだけが表示されている。
「一応確かめておくか」
俺はウィンドウから「トラキリア城・地下隠し通路入口(北)」を選択する。
直後、俺の身体を光が包み、目の前の光景が切り替わる。
どちらのセーブポイントも洞窟内だから、光景に代わり映えはなかったが、まちがいなく最初のセーブポイントのようだった。
なぜなら、
「うぉっ!? どこから現れた!?」
「げっ!?」
すぐ間近に敵兵がいた。
俺はセーブポイントからファストトラベルを選び、急いで「トラキリア城・地下隠し通路入口(西)」へとワープする。
二度目のファストトラベルも無事成功、俺は2つ目のセーブポイントに戻ってくる。
「……って、敵兵にファストトラベルを見せてしまったな」
これまでのセーブ&ロードで、どうやら敵兵にはセーブポイントが見えていないらしいということはわかってる。
だが、目の前にいきなり俺が現れ、すぐにまた消えたとなれば、警戒を招く可能性がある。
じゃあどうするのかって?
簡単だ。「なかったこと」にすればいい。
「それも兼ねて、お試しがてら最後の項目を使ってみるか」
セーブ
ロード
キャンプ
ファストトラベル
>タイトルへ
やめる
俺が「タイトルへ」を選択すると、視界が暗転し、血文字のロゴが現れた。
Carnage。
無事、タイトル画面に出られたようだ。
俺は肉体のない「視点」となったままで考える。
「ファストトラベルを試す前にセーブしたデータをロードすれば、俺が瞬間移動した件はなかったことになるはずだ」
すぐにロードを選ぼうとして、俺は気づく。
「タイトル画面にいるあいだは実質的に時間が経過しないんだ。考えごとはタイトル画面かキャンプのテントでやるべきだな」
まあ、もし無為に時間を経過させてしまったとわかったら、その前のデータをロードすればいいだけなんだけどな。
「……なんていうか、思ったより余裕が持てるな」
「現実」は一分一秒を争う状況だが、セーブポイントが使えることを考えると、俺には無限の時間があるのに等しかった。
じっくり考え、納得がいくまでやり直せる。
ゲームオーバーになると、セーブした時点からゲームオーバーになった時点までの進行状況が失われるが、そのことも俺にとっては都合がいい。
進行状況が失われたとしても、どのような行動がどのような結果につながったかという俺の「経験」が失われることはないからだ。
「これを生かせば、アリシアを救い出すことができるかもしれない。いや、絶対に救い出す……!」
俺はFOCUS HEREを睨みつけ、セーブデータをロードする。
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そして、主人公・ミギト・イズウミ(未擬斗・伊豆海)はそんな世界で謎の鑑定組織・アカシックレコーズに入って、鑑定しながら俳優ランキング1位を目指していく、そんな物語です!
※私の作品の全ての登場人物・団体・セリフ・歌などフィクションのものではありますが、今まで生きてきた人生の中で触れた作品について、オマージュやパロディ、インスパイアされたものについては、全て私からのオリジナルに対する深いリスペクトがある事をここに誓います。
わかる方にはニヤリとしていただいて、温かい目で見て頂けると幸いです。
前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
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平凡な商人の息子として生まれたレオスは、無限収納できるカバンを持つという理由で、悪逆非道な大魔王を倒すべく旅をしている勇者パーティに半ば拉致されるように同行させられてしまう。
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「はあ……とりあえず家に帰ろう……この力がバレたらどうなるか分からないし、なるべく目立たず、ひっそりしないとね……」
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八神 凪、作家人生二周年記念作、始動!
※表紙絵は「茜328」様からいただいたファンアートを使用させていただきました! 素敵なイラストをありがとうございます!
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
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田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
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