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第4話 王子はセーブ&ロードでやり直す
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セーブデータを選んだ次の瞬間には、俺は洞窟の中にいた。
目の前には、ライムグリーンの光を放つセーブポイント。
鍾乳石が牙のように生え揃った洞窟は、奥に向かって緩やかな弧を描くように曲がっている。
その反対側では、隠し通路を抜け出た敵兵が、ちょうど弓を構えたところだった。
「人間に生まれたことを呪うんだな!」
「おっと」
俺はその場でひょいとしゃがむ。
俺の目を貫くはずだった敵の矢が、俺の頭の上を通過した。
「なにっ!?」
驚く敵兵に、俺は内心でほくそ笑む。
いくら弓の腕がよかろうと、どこに当たるかわかってれば避けられる。
思った通りだ……!
このセーブ&ロードはめちゃくちゃ使える!
「って、そんなこと考えてる場合じゃねえ!」
俺は地面を蹴り、敵兵の反対側へと駆け出した。
洞窟の床はでこぼこしてる上に濡れていて、思った以上に足を取られる。
しかも、狭い通路を無理して通ってきたせいで、俺は全身に打撲や擦り傷を負っている。
それでもなんとか、洞窟の曲がり角の前までたどり着く。
――あと少しで隠れられる!
俺がそう思った瞬間に、
「――人間ごときが避けてんじゃねえ!」
「がひゅっ!?」
敵兵の放った矢が、俺の喉笛を貫いた。
GAME OVER
俺の視界が暗転する。
†
「くそっ、油断した……!」
俺はCarnageの赤いタイトルロゴの前で歯噛みした。
「なにが、『セーブ&ロードはめちゃくちゃ使える!』……だよ!? 戦いの最中に得意になってんじゃねえよ、俺!」
セーブ&ロードのすごさに慢心したところに、すかさず冷水を浴びせられた格好だ。
「まあ、これは『ゲーム』じゃないんだ。いきなりうまくいくわけがないか……」
ユリウス・ヴィスト・トラキリアは、Carnageの主人公でもなければ、サブキャラとしても知られていない。
自分が主人公レベルの人間じゃないってことは、十六年生きてきた俺自身がいちばんよくわかってる。
いくらセーブポイントが使えるようになったとはいえ、超えるべき壁は相当に高いってことだ。
……でも、けっして超えられない壁じゃない。
一度大きく息を吐き、冷静になって考える。
「もっと効率的に動かなきゃダメだ」
敵兵の動きを思い出し、俺は脳内でプランを組み立てる。
考える時間ならいくらでもあった。
セーブデータをロードすれば記録された時点に戻れるのだから、タイトル画面では時間が進まないのと同じことだ。
「……よし」
自分なりに勝算が立ったところで、俺はFOCUS HEREの文字を睨む。
現れた「ロード」を選択し、スロット1に保存されたさっきと同じデータをロードする。
「人間に生まれたことを呪うんだな!」
敵兵のセリフを合図に、俺は首を横へと傾ける。
俺の耳のすぐ脇を、敵の矢がかすめて過ぎた。
「なんだとっ!?」
驚く敵兵には見向きもせず、俺は洞窟の奥へと駆け出した。
さっきは矢を避けられたことにぬか喜びし、矢を避けたところで動きを止めてしまった。
それがなかった分、今回の動き出しは早かった。
足場の悪い場所もわかってるし、身体のどこが痛むかもわかってる。
俺はさっきより数秒早く、洞窟の角にたどり着く。
だが、
「逃がすかっ!」
「ぐぁっ!?」
ふくらはぎに矢が刺さり、俺は地面に転がった。
地面を這って逃げようとする俺に、敵兵が矢をつがえながら近づいてくる。
「俺に矢を外させたことを冥土で誇るんだな」
そう言って弓を構える敵兵に、俺は脂汗を浮かべて言ってやる。
「一撃で……殺せよ。下手くそか」
「このっ……人間風情がっ!」
視界いっぱいに敵の矢尻が広がって――
GAME OVER
†
「あれでも間に合わないのかよ!?」
再びのタイトル画面で、俺はそう毒づいた。
気持ちを落ち着けてから、俺はさっきの流れを思い出す。
「なまじこっちが隙のない動きを見せたせいで、あっちも本気になったってことだろうな」
1回目のロードでは、俺の動きはまだ甘かった。
あの敵兵にとっては、狙いを定めるのに十分な時間があったのだろう。
だからこそ、俺の首をピンポイントで射抜くことができたのだ。
2回目のロードでは、俺は最小限の動きで矢を避けた。
そのおかげで、1回目より早く洞窟の角にたどり着くことができた。
だが、あまりにも鮮やかに避けすぎたせいで、敵は俺のことを警戒した。
敵は、狙いを定める時間がないと見て、とっさに速射へと切り替えた。
弓の腕もさることながら、状況判断も的確だ。
「やっぱり、敵兵はどいつも強いな」
あの敵兵は、隠し通路を抜ける時には魔法の明かりも使っていた。
魔法が使えて弓の腕もたしか。
そのくせ、格好からすると魔術師でも弓兵でもないようだ。
「一体、どこの兵なんだ?」
兜のせいで、敵兵の顔は口元しか見えなかった。
これまでに見たどの敵兵も、同じような兜をかぶってる。
意図的に顔を隠してるとしか思えない。
だが、
「『人間に生まれたことを呪うんだな!』か」
敵兵の言葉は大きなヒントだ。
Carnageの世界には、人間以外にもいくつもの種族が存在する。
獣人、エルフ、ドワーフ、魔族、天使、妖精。
この6つの種族に人間を加えた7つの種族が、この世界において理性を備えた「霊長」とされる。
しかし、この七種族が理性を備えていることは、必ずしも七種族が「理性的」であることを意味しない。
むしろ、事態はその逆だ。
七種族は互いに、あるいは同胞同士で憎み合い、血で血を洗う抗争を有史以前から続けている。
どの種族にも利害があり、過去の憎悪の歴史がある。
プレイヤーがどの種族を選び、どのような行動を取ったかでゲームのシナリオは大きく変わる。
各種族の視点から得られる情報は相互に矛盾していて、一貫した実像を描くことは不可能だ。
「よくもまあ、こんな複雑なシナリオを考えたもんだな……」
この世界の住人からすると、想像もできない話である。
この世界で物語といえば、本で読むか芝居を見るか、吟遊詩人の語りを聞くしかない。
当然ながら、どれもあらかじめ物語の結末は決まってる。
観客の選択によって物語の結末が変化するということはありえない。
「しかも、一つとしてハッピーエンドがないらしい」
Carnageのエンディングは、どれもこれも救いがない。
必ず、胸くその悪さや未消化感が残るようになっている。
それがリアルでいいというプレイヤーもいれば、逆にはっきりとした解決編がほしかったというプレイヤーもいる。
ただ、この錯綜したシナリオが、ただでさえ重厚な世界観にさらなる厚みを加えていたことは間違いない。
Carnageが通好みのVRゲームだったのにはそれだけの理由があるってことだ。
だが、
「ゲームとしてならともかく、そこに生きる身としてはたまらないな」
思わず深いため息が出る。
「人間風情、なんて言葉が出るのは、エルフか魔族か天使だよな?
……待てよ? Carnageではトラキリアはどう描かれていた?」
俺の脳内に溢れ出したゲーム知識は膨大で、いまだに整理がついていない。
「何もしなくても必要な情報が思い出せるってわけじゃないみたいだな……」
必要なことは自分で意識的に思い出していく必要があるようだ。
俺はひとまず、トラキリアに絞ってゲームの知識を思い出すことにした。
「トラキリア……魔族に滅ぼされた小国、か」
敵兵が弓と魔法に秀でてることから、俺は薄々エルフではないかと思っていた。
しかし、ゲームの知識によれば、トラキリアを滅ぼしたのは魔族ということになっている。
トラキリアの滅亡後、亡国の王女となったアリシアは、魔族の国に囚われることになった。
そして、その治癒の力と固有スキルを、魔族のために使わされていた。
アリシア以外の王族については、ゲーム内ではなんの言及もなかったはずだ。
ゲーム内でのアリシアは、16、7歳くらいの外見だった。
だが、王子として接してきた義理の妹は15歳。
見た目も、ゲーム内の姿より若干あどけない感じがする。
虜囚特有の暗い翳も、今のアリシアにはないものだ。
「そうか。今はゲームのシナリオの少し前に当たるってことか?」
俺はセーブデータを開き、スロット1に記録された日付を確認する。
942年双子座の月4日。
王子の記憶にある今日の日付とも合致している。
「ええっと、Carnageの開始年代は……943年双子座の月4日? 今からちょうど1年後か」
日付がぴたりと合致しているのは偶然なのかどうか。
「って、どうしてこの知識の元になった地球人はそんな細かい日付まで覚えてたんだ? どんだけやり込んでたんだよ」
こんな気が滅入るシナリオのゲームをやり込むなんて、一体どんな人物だったのか……。
まあ、こっちとしては助かるけどな。
「ゲーム内に一年後のアリシアがいたってことは、現時点でアリシアはまだ生きてる可能性が高いってことだよな?」
トラキリア滅亡後に魔族の捕虜になったということは、この戦いでアリシアが殺されることはないということだ。
もちろん、異種族が憎しみ合うこの世界において、他種族の捕虜になるというのは一大事だ。
たとえ殺されなかったとしても、大変な苦難を味わうことになる。
捕虜になるのなら安心だ……などとは口が裂けても言えないが、生きてさえいえば取り返せる望みはある。
「……いや、今は奇襲の直後なんだ。アリシアがまだ敵の手に落ちてない可能性も残ってる」
他の王族だって、現時点では生存していてもおかしくない。
王族以外の家臣や兵たちの中にも、救える命があるはずだ。
「まだ俺にできることがある……」
なぜ、このタイミングでセーブポイントが見えるようになったのか?
このゲーム知識はなんなのか?
そんな疑問は、今はどうでもいいことだ。
「運命が俺を見捨ててないというのなら……俺はどこまでもあがいてやる。そのために、この力を最大限に使ってやる……!」
情報が足りないのなら、試行錯誤で確かめればいい。
ゲーム知識を引き出すためにも、そのきっかけになる情報が必要だ。
もしまたゲームオーバーになっても、同じデータから再開すれば問題ない。
たとえ何度ゲームオーバーになったとしても……いや、ゲームオーバーになればなるほど、たくさんの情報が得られ、俺自身も経験を積んで、今以上のやりかたができるようになっていく。
一発で飛躍的に強くなるようなことはないだろうが、着実に進歩していくことはできるはずだ。
「そうとわかれば……行くぞ!」
俺がセーブデータを選択すると、
「人間に生まれたことを呪うんだな!」
寸分たがわぬ言葉とともに、敵兵の矢が飛んできた。
三度目ともなると、俺もいい加減冷静になってくる。
――さて、まずはこの状況をどうしたものか?
目の前には、ライムグリーンの光を放つセーブポイント。
鍾乳石が牙のように生え揃った洞窟は、奥に向かって緩やかな弧を描くように曲がっている。
その反対側では、隠し通路を抜け出た敵兵が、ちょうど弓を構えたところだった。
「人間に生まれたことを呪うんだな!」
「おっと」
俺はその場でひょいとしゃがむ。
俺の目を貫くはずだった敵の矢が、俺の頭の上を通過した。
「なにっ!?」
驚く敵兵に、俺は内心でほくそ笑む。
いくら弓の腕がよかろうと、どこに当たるかわかってれば避けられる。
思った通りだ……!
このセーブ&ロードはめちゃくちゃ使える!
「って、そんなこと考えてる場合じゃねえ!」
俺は地面を蹴り、敵兵の反対側へと駆け出した。
洞窟の床はでこぼこしてる上に濡れていて、思った以上に足を取られる。
しかも、狭い通路を無理して通ってきたせいで、俺は全身に打撲や擦り傷を負っている。
それでもなんとか、洞窟の曲がり角の前までたどり着く。
――あと少しで隠れられる!
俺がそう思った瞬間に、
「――人間ごときが避けてんじゃねえ!」
「がひゅっ!?」
敵兵の放った矢が、俺の喉笛を貫いた。
GAME OVER
俺の視界が暗転する。
†
「くそっ、油断した……!」
俺はCarnageの赤いタイトルロゴの前で歯噛みした。
「なにが、『セーブ&ロードはめちゃくちゃ使える!』……だよ!? 戦いの最中に得意になってんじゃねえよ、俺!」
セーブ&ロードのすごさに慢心したところに、すかさず冷水を浴びせられた格好だ。
「まあ、これは『ゲーム』じゃないんだ。いきなりうまくいくわけがないか……」
ユリウス・ヴィスト・トラキリアは、Carnageの主人公でもなければ、サブキャラとしても知られていない。
自分が主人公レベルの人間じゃないってことは、十六年生きてきた俺自身がいちばんよくわかってる。
いくらセーブポイントが使えるようになったとはいえ、超えるべき壁は相当に高いってことだ。
……でも、けっして超えられない壁じゃない。
一度大きく息を吐き、冷静になって考える。
「もっと効率的に動かなきゃダメだ」
敵兵の動きを思い出し、俺は脳内でプランを組み立てる。
考える時間ならいくらでもあった。
セーブデータをロードすれば記録された時点に戻れるのだから、タイトル画面では時間が進まないのと同じことだ。
「……よし」
自分なりに勝算が立ったところで、俺はFOCUS HEREの文字を睨む。
現れた「ロード」を選択し、スロット1に保存されたさっきと同じデータをロードする。
「人間に生まれたことを呪うんだな!」
敵兵のセリフを合図に、俺は首を横へと傾ける。
俺の耳のすぐ脇を、敵の矢がかすめて過ぎた。
「なんだとっ!?」
驚く敵兵には見向きもせず、俺は洞窟の奥へと駆け出した。
さっきは矢を避けられたことにぬか喜びし、矢を避けたところで動きを止めてしまった。
それがなかった分、今回の動き出しは早かった。
足場の悪い場所もわかってるし、身体のどこが痛むかもわかってる。
俺はさっきより数秒早く、洞窟の角にたどり着く。
だが、
「逃がすかっ!」
「ぐぁっ!?」
ふくらはぎに矢が刺さり、俺は地面に転がった。
地面を這って逃げようとする俺に、敵兵が矢をつがえながら近づいてくる。
「俺に矢を外させたことを冥土で誇るんだな」
そう言って弓を構える敵兵に、俺は脂汗を浮かべて言ってやる。
「一撃で……殺せよ。下手くそか」
「このっ……人間風情がっ!」
視界いっぱいに敵の矢尻が広がって――
GAME OVER
†
「あれでも間に合わないのかよ!?」
再びのタイトル画面で、俺はそう毒づいた。
気持ちを落ち着けてから、俺はさっきの流れを思い出す。
「なまじこっちが隙のない動きを見せたせいで、あっちも本気になったってことだろうな」
1回目のロードでは、俺の動きはまだ甘かった。
あの敵兵にとっては、狙いを定めるのに十分な時間があったのだろう。
だからこそ、俺の首をピンポイントで射抜くことができたのだ。
2回目のロードでは、俺は最小限の動きで矢を避けた。
そのおかげで、1回目より早く洞窟の角にたどり着くことができた。
だが、あまりにも鮮やかに避けすぎたせいで、敵は俺のことを警戒した。
敵は、狙いを定める時間がないと見て、とっさに速射へと切り替えた。
弓の腕もさることながら、状況判断も的確だ。
「やっぱり、敵兵はどいつも強いな」
あの敵兵は、隠し通路を抜ける時には魔法の明かりも使っていた。
魔法が使えて弓の腕もたしか。
そのくせ、格好からすると魔術師でも弓兵でもないようだ。
「一体、どこの兵なんだ?」
兜のせいで、敵兵の顔は口元しか見えなかった。
これまでに見たどの敵兵も、同じような兜をかぶってる。
意図的に顔を隠してるとしか思えない。
だが、
「『人間に生まれたことを呪うんだな!』か」
敵兵の言葉は大きなヒントだ。
Carnageの世界には、人間以外にもいくつもの種族が存在する。
獣人、エルフ、ドワーフ、魔族、天使、妖精。
この6つの種族に人間を加えた7つの種族が、この世界において理性を備えた「霊長」とされる。
しかし、この七種族が理性を備えていることは、必ずしも七種族が「理性的」であることを意味しない。
むしろ、事態はその逆だ。
七種族は互いに、あるいは同胞同士で憎み合い、血で血を洗う抗争を有史以前から続けている。
どの種族にも利害があり、過去の憎悪の歴史がある。
プレイヤーがどの種族を選び、どのような行動を取ったかでゲームのシナリオは大きく変わる。
各種族の視点から得られる情報は相互に矛盾していて、一貫した実像を描くことは不可能だ。
「よくもまあ、こんな複雑なシナリオを考えたもんだな……」
この世界の住人からすると、想像もできない話である。
この世界で物語といえば、本で読むか芝居を見るか、吟遊詩人の語りを聞くしかない。
当然ながら、どれもあらかじめ物語の結末は決まってる。
観客の選択によって物語の結末が変化するということはありえない。
「しかも、一つとしてハッピーエンドがないらしい」
Carnageのエンディングは、どれもこれも救いがない。
必ず、胸くその悪さや未消化感が残るようになっている。
それがリアルでいいというプレイヤーもいれば、逆にはっきりとした解決編がほしかったというプレイヤーもいる。
ただ、この錯綜したシナリオが、ただでさえ重厚な世界観にさらなる厚みを加えていたことは間違いない。
Carnageが通好みのVRゲームだったのにはそれだけの理由があるってことだ。
だが、
「ゲームとしてならともかく、そこに生きる身としてはたまらないな」
思わず深いため息が出る。
「人間風情、なんて言葉が出るのは、エルフか魔族か天使だよな?
……待てよ? Carnageではトラキリアはどう描かれていた?」
俺の脳内に溢れ出したゲーム知識は膨大で、いまだに整理がついていない。
「何もしなくても必要な情報が思い出せるってわけじゃないみたいだな……」
必要なことは自分で意識的に思い出していく必要があるようだ。
俺はひとまず、トラキリアに絞ってゲームの知識を思い出すことにした。
「トラキリア……魔族に滅ぼされた小国、か」
敵兵が弓と魔法に秀でてることから、俺は薄々エルフではないかと思っていた。
しかし、ゲームの知識によれば、トラキリアを滅ぼしたのは魔族ということになっている。
トラキリアの滅亡後、亡国の王女となったアリシアは、魔族の国に囚われることになった。
そして、その治癒の力と固有スキルを、魔族のために使わされていた。
アリシア以外の王族については、ゲーム内ではなんの言及もなかったはずだ。
ゲーム内でのアリシアは、16、7歳くらいの外見だった。
だが、王子として接してきた義理の妹は15歳。
見た目も、ゲーム内の姿より若干あどけない感じがする。
虜囚特有の暗い翳も、今のアリシアにはないものだ。
「そうか。今はゲームのシナリオの少し前に当たるってことか?」
俺はセーブデータを開き、スロット1に記録された日付を確認する。
942年双子座の月4日。
王子の記憶にある今日の日付とも合致している。
「ええっと、Carnageの開始年代は……943年双子座の月4日? 今からちょうど1年後か」
日付がぴたりと合致しているのは偶然なのかどうか。
「って、どうしてこの知識の元になった地球人はそんな細かい日付まで覚えてたんだ? どんだけやり込んでたんだよ」
こんな気が滅入るシナリオのゲームをやり込むなんて、一体どんな人物だったのか……。
まあ、こっちとしては助かるけどな。
「ゲーム内に一年後のアリシアがいたってことは、現時点でアリシアはまだ生きてる可能性が高いってことだよな?」
トラキリア滅亡後に魔族の捕虜になったということは、この戦いでアリシアが殺されることはないということだ。
もちろん、異種族が憎しみ合うこの世界において、他種族の捕虜になるというのは一大事だ。
たとえ殺されなかったとしても、大変な苦難を味わうことになる。
捕虜になるのなら安心だ……などとは口が裂けても言えないが、生きてさえいえば取り返せる望みはある。
「……いや、今は奇襲の直後なんだ。アリシアがまだ敵の手に落ちてない可能性も残ってる」
他の王族だって、現時点では生存していてもおかしくない。
王族以外の家臣や兵たちの中にも、救える命があるはずだ。
「まだ俺にできることがある……」
なぜ、このタイミングでセーブポイントが見えるようになったのか?
このゲーム知識はなんなのか?
そんな疑問は、今はどうでもいいことだ。
「運命が俺を見捨ててないというのなら……俺はどこまでもあがいてやる。そのために、この力を最大限に使ってやる……!」
情報が足りないのなら、試行錯誤で確かめればいい。
ゲーム知識を引き出すためにも、そのきっかけになる情報が必要だ。
もしまたゲームオーバーになっても、同じデータから再開すれば問題ない。
たとえ何度ゲームオーバーになったとしても……いや、ゲームオーバーになればなるほど、たくさんの情報が得られ、俺自身も経験を積んで、今以上のやりかたができるようになっていく。
一発で飛躍的に強くなるようなことはないだろうが、着実に進歩していくことはできるはずだ。
「そうとわかれば……行くぞ!」
俺がセーブデータを選択すると、
「人間に生まれたことを呪うんだな!」
寸分たがわぬ言葉とともに、敵兵の矢が飛んできた。
三度目ともなると、俺もいい加減冷静になってくる。
――さて、まずはこの状況をどうしたものか?
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