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第1話 絶体絶命の第三王子、セーブポイントを発見する
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炎がすべてを呑み込んでいく。
俺の日常を。
慣れ親しんだ、平和で満ち足りた生活を。
「王子! こちらです!」
俺の前を行く若い騎士が、廊下の角に立ってそう叫ぶ。
そのこめかみに、いきなり矢が突き立った。
騎士は目を見開き、力を失って廊下に倒れる。
「アイザック!」
思わず悲鳴を上げた俺に、
「いたぞ! 第三王子だ! 逃がすな!」
廊下の奥から敵兵の声が聞こえてくる。
「くっ!」
「王子、お早く!」
棒立ちになった俺の腕を、護衛の最後の一人が強く引く。
護衛は、廊下を駆け戻ると角を折れ、敵兵の死角にある扉を開いて俺に言う。
「暖炉の奥に秘密の通路がございます! 入った後は扉を必ず閉じてください!」
「ま、待て! おまえはどうするのだ、ブレヒト!」
「これが最期のご奉公。王子が逃げ切るまでの時間を稼がせていただきます!」
「そ、そんな……!」
覚悟を決めた顔で告げるブレヒトに、俺は言葉を失った。
そんな俺を見て、ブレヒトが苦笑する。
「王子はやはりお優しい。ですが、このような事態においてはその優しさが命取りになりましょう。どうか、ご自分が生き延びることのみをお考えください。もし我らのことを気にかけてくださるのなら、一刻も早く兄君たちと合流し、我らの仇をお取りになることです。さあ、お早く!」
「くっ、それしかないのか……!」
俺は暖炉の炉室へと潜り込む。
灰まみれになりながらその奥を見ると、煉瓦でできた壁に、溝のようなものが見つかった。
溝は四角形で、人ひとりが屈んで通れるくらいの大きさだ。
両腕に体重をかけて壁を押す。
がごっ……と重い音を立てて、煉瓦の壁が奥に開いた。
「王子……どうかご達者で!」
俺が隠し扉を開いたことを見届けると、ブレヒトはそう言って踵を返す。
「ブレヒト!」
俺は思わずブレヒトを呼び止めた。
「俺なんかにずっと仕えてくれてありがとう! だが、おまえこそ手段を選ばず生き残れ! たとえ敵に降伏しようとも、臆病などとは誰にも言わせん! 俺のような未熟者には、まだまだおまえのようなものが必要なのだ!」
「……忝なきお言葉。できることならば、またお仕えしたいものですな」
ブレヒトは目尻に浮かんだ涙を振り切って、部屋の外へと駆け去った。
ほどなくして、剣で撃ち合う音が聞こえてくる。
ブレヒトはもう五十に差し掛かる老兵だが、その老練な剣術と粘り強い戦いぶりには定評がある。
だが、あまりにも敵が多い。ブレヒトであっても時間を稼ぐので精一杯だろう。
「……おまえの忠義を無駄にはしない。必ず、援軍を連れて戻ってくる……!」
俺は、暖炉の奥の暗がりに身を押し込むと、その場でなんとか振り返り、暖炉の隠し扉を元に戻す。
扉の裏についた閂は、留め具が錆びてボロボロになっていた。
もし扉が見つかれば、簡単に壊されてしまうだろう。
扉を閉めると、隠し通路の中が完全に闇に閉ざされた。
「明かりよ」
俺は指先に魔法の光を生み出した。
俺には、剣才もなければ魔術に向いた素質もない。
それでも魔法が使えるだけましなのだが、こんなちっぽけな明かりを生めたところで、戦いの役に立つはずもない。
宮廷魔術師に教えを乞い、修練を積んでもこの程度。
剣では長兄に、魔術では次兄に及ばない。
だからこそ、俺に仕えてくれるものたちのことを、不幸にはすまいと思ってきた。
だが現実は、俺の覚悟をあざ笑うかのように、突如その牙をむき出しにした。
「くそっ、どうしてこんなことに……」
びっしりと張られた蜘蛛の巣や、明かりにたかってくる羽虫を振り払いながら、俺は隠し通路を進んでいく。
通路は狭く、身体を斜めにして通るのがやっとだった。
闇に閉ざされた通路を青白い魔法の明かりだけを頼りに進んでいると、不安と恐怖が襲ってくる。
俺の行く手を閉ざす闇の中に、敵兵に斬られ、矢で射られ、魔法で焼かれた騎士たちの最期の光景が浮かび上がる。
「俺は……彼らに報いられるような立派な王子じゃない。それでも、彼らの気持ちをなかったことにはしたくない……!」
恐怖で汗ばんだ手で壁を探りながら進むうちに、俺は背後から自分以外の足音が聞こえてくるのに気がついた。
足音は複数。鉄の脚甲が石の床を叩く無機質な音が通路に響く。
「くっ! 追っ手か!?」
焦った俺は、通路を進む速さを無理やり上げる。
身体のあちこちが石壁にぶつかるが、恐怖のせいかほとんど痛みを感じない。
「……て、……ぅ子っ!」
殺気だった声が狭い通路に反響し、何重ものこだまとなって俺の恐怖を煽ってくる。
通路は途中から、地下に向かってかなり急に下っていた。
焦りのあまり、何度も足を踏み外す。
壁に手をつきながら進んでいると、通路の先がいきなり開けた。
「うぉっ!?」
急に壁からの抵抗を失って、俺はその空間につんのめるようにして転げ出る。
「痛ぅっ……! こ、ここは……?」
これまでの通路と異なり、そこは天然の洞窟のようだった。
鍾乳石の吊り下がった洞窟には、ひんやりとした冷気が立ち込めている。
その洞窟の片隅に。
俺は、見覚えのあるものを見つけていた。
いや、そんなものに見覚えがあるはずがなかった。
だが、俺は「それ」に、なぜかはっきりとした見覚えを感じていた。
「それ」を見ていると、どういうわけか、「これで安心だ」という強い安堵感が、心の底からこみ上げてくる。
「それ」は、あたたかな緑の光で描かれた魔法陣の上に、同じ色の光の玉が浮かんでいるという代物だ。
光の玉は、俺の胸くらいの高さに、支えもなしに浮いている。
魔法陣も光の玉も、半透明に透けていて、実体のある存在でないのは明らかだ。
こんなものは、王子である俺の常識の中には見当たらない。
なのに、俺の口からは、「それ」の名前が慣れ親しんだ言葉のように滑り出す。
「セーブ……ポイント」
その言葉を口にした途端、俺の頭に膨大な知識が溢れ出した。
俺の日常を。
慣れ親しんだ、平和で満ち足りた生活を。
「王子! こちらです!」
俺の前を行く若い騎士が、廊下の角に立ってそう叫ぶ。
そのこめかみに、いきなり矢が突き立った。
騎士は目を見開き、力を失って廊下に倒れる。
「アイザック!」
思わず悲鳴を上げた俺に、
「いたぞ! 第三王子だ! 逃がすな!」
廊下の奥から敵兵の声が聞こえてくる。
「くっ!」
「王子、お早く!」
棒立ちになった俺の腕を、護衛の最後の一人が強く引く。
護衛は、廊下を駆け戻ると角を折れ、敵兵の死角にある扉を開いて俺に言う。
「暖炉の奥に秘密の通路がございます! 入った後は扉を必ず閉じてください!」
「ま、待て! おまえはどうするのだ、ブレヒト!」
「これが最期のご奉公。王子が逃げ切るまでの時間を稼がせていただきます!」
「そ、そんな……!」
覚悟を決めた顔で告げるブレヒトに、俺は言葉を失った。
そんな俺を見て、ブレヒトが苦笑する。
「王子はやはりお優しい。ですが、このような事態においてはその優しさが命取りになりましょう。どうか、ご自分が生き延びることのみをお考えください。もし我らのことを気にかけてくださるのなら、一刻も早く兄君たちと合流し、我らの仇をお取りになることです。さあ、お早く!」
「くっ、それしかないのか……!」
俺は暖炉の炉室へと潜り込む。
灰まみれになりながらその奥を見ると、煉瓦でできた壁に、溝のようなものが見つかった。
溝は四角形で、人ひとりが屈んで通れるくらいの大きさだ。
両腕に体重をかけて壁を押す。
がごっ……と重い音を立てて、煉瓦の壁が奥に開いた。
「王子……どうかご達者で!」
俺が隠し扉を開いたことを見届けると、ブレヒトはそう言って踵を返す。
「ブレヒト!」
俺は思わずブレヒトを呼び止めた。
「俺なんかにずっと仕えてくれてありがとう! だが、おまえこそ手段を選ばず生き残れ! たとえ敵に降伏しようとも、臆病などとは誰にも言わせん! 俺のような未熟者には、まだまだおまえのようなものが必要なのだ!」
「……忝なきお言葉。できることならば、またお仕えしたいものですな」
ブレヒトは目尻に浮かんだ涙を振り切って、部屋の外へと駆け去った。
ほどなくして、剣で撃ち合う音が聞こえてくる。
ブレヒトはもう五十に差し掛かる老兵だが、その老練な剣術と粘り強い戦いぶりには定評がある。
だが、あまりにも敵が多い。ブレヒトであっても時間を稼ぐので精一杯だろう。
「……おまえの忠義を無駄にはしない。必ず、援軍を連れて戻ってくる……!」
俺は、暖炉の奥の暗がりに身を押し込むと、その場でなんとか振り返り、暖炉の隠し扉を元に戻す。
扉の裏についた閂は、留め具が錆びてボロボロになっていた。
もし扉が見つかれば、簡単に壊されてしまうだろう。
扉を閉めると、隠し通路の中が完全に闇に閉ざされた。
「明かりよ」
俺は指先に魔法の光を生み出した。
俺には、剣才もなければ魔術に向いた素質もない。
それでも魔法が使えるだけましなのだが、こんなちっぽけな明かりを生めたところで、戦いの役に立つはずもない。
宮廷魔術師に教えを乞い、修練を積んでもこの程度。
剣では長兄に、魔術では次兄に及ばない。
だからこそ、俺に仕えてくれるものたちのことを、不幸にはすまいと思ってきた。
だが現実は、俺の覚悟をあざ笑うかのように、突如その牙をむき出しにした。
「くそっ、どうしてこんなことに……」
びっしりと張られた蜘蛛の巣や、明かりにたかってくる羽虫を振り払いながら、俺は隠し通路を進んでいく。
通路は狭く、身体を斜めにして通るのがやっとだった。
闇に閉ざされた通路を青白い魔法の明かりだけを頼りに進んでいると、不安と恐怖が襲ってくる。
俺の行く手を閉ざす闇の中に、敵兵に斬られ、矢で射られ、魔法で焼かれた騎士たちの最期の光景が浮かび上がる。
「俺は……彼らに報いられるような立派な王子じゃない。それでも、彼らの気持ちをなかったことにはしたくない……!」
恐怖で汗ばんだ手で壁を探りながら進むうちに、俺は背後から自分以外の足音が聞こえてくるのに気がついた。
足音は複数。鉄の脚甲が石の床を叩く無機質な音が通路に響く。
「くっ! 追っ手か!?」
焦った俺は、通路を進む速さを無理やり上げる。
身体のあちこちが石壁にぶつかるが、恐怖のせいかほとんど痛みを感じない。
「……て、……ぅ子っ!」
殺気だった声が狭い通路に反響し、何重ものこだまとなって俺の恐怖を煽ってくる。
通路は途中から、地下に向かってかなり急に下っていた。
焦りのあまり、何度も足を踏み外す。
壁に手をつきながら進んでいると、通路の先がいきなり開けた。
「うぉっ!?」
急に壁からの抵抗を失って、俺はその空間につんのめるようにして転げ出る。
「痛ぅっ……! こ、ここは……?」
これまでの通路と異なり、そこは天然の洞窟のようだった。
鍾乳石の吊り下がった洞窟には、ひんやりとした冷気が立ち込めている。
その洞窟の片隅に。
俺は、見覚えのあるものを見つけていた。
いや、そんなものに見覚えがあるはずがなかった。
だが、俺は「それ」に、なぜかはっきりとした見覚えを感じていた。
「それ」を見ていると、どういうわけか、「これで安心だ」という強い安堵感が、心の底からこみ上げてくる。
「それ」は、あたたかな緑の光で描かれた魔法陣の上に、同じ色の光の玉が浮かんでいるという代物だ。
光の玉は、俺の胸くらいの高さに、支えもなしに浮いている。
魔法陣も光の玉も、半透明に透けていて、実体のある存在でないのは明らかだ。
こんなものは、王子である俺の常識の中には見当たらない。
なのに、俺の口からは、「それ」の名前が慣れ親しんだ言葉のように滑り出す。
「セーブ……ポイント」
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