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134 魔王の剣を握るもの

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 私が魔王に覚醒してエンドウを瞬殺した。

 そのすぐあとに、アーシュが剣技で圧倒してトウゴウを斬り倒した。

 ボロネールとグリュンブリン相手に持ちこたえてたミナヅキだが、勝ち目がないと見ると、手にしたタロットカードを放り捨て、破れかぶれに両手を挙げた。
 グリュンブリンが容赦なくその胸に穴を開ける。
 倒さないと試練が終わらないからね。

「……クリア、だね」

 私がつぶやく。
 私は呼吸を整え、力を抑える。
 やや時間がかかったが、アーシュに借りた力を返し、私の身体が元に戻る。

「おい、何がどうなってんだ。教えてくれ」

 ボロネールが言ってきた。
 グリュンブリンもものといたげな顔でこっちを見てる。

『アルミラーシュ・システムへの部分的なアクセスが認められた』

 黒い八面体――エルミナーシュがそう言った。

『だが、不満だな。完全に覚醒することもできるはずだ。なぜ、そんな不安定な状態に身を置く?』

「やっぱりあなたは知ってたんだね」

 そりゃそうか。エルミナーシュは魔王の遺産なのだから。

「アーシュが自分も戦うって言ったとき、正直これは大変だぞって思ったんだ。アーシュはドジっ子で、戦いの心得なんてないからね。主観時間で何ヶ月も練習しても、それぞれの道を究めたあのグラマス連中に対抗できるとは思えなかった」

 年単位で時間をかけても、サポート役すらできるかどうか。
 達人と素人の差はそのくらいに大きいはずだ。

 ボロネールがうなずいた。

「そりゃそうだわな。やつらに、『死ぬ気で修行してきましたー』、なんて甘えは通じねえ。だからこそ、俺は全てをひっくり返すような逆転の発想を探ったし、グリュンブリンは連携に活路を見出そうとしたんだ」

 ボロネールの言葉にグリュンブリンがうなずいた。

 私は苦笑して続ける。

「私は、これまで通りハクスラして強くなる路線を目指したよ。
 でも、これって要するに、それぞれが過去の成功体験にすがりついたってだけだよね。あまりにうまくいかない現実から逃避して」

「うぐっ……」

「……耳が痛ぇな」

 グリュンブリンとボロネールが苦い顔をした。

「私も人のことは言えないんだけどね。
 でも、アーシュに言われて気づいたんだ。アーシュの気持ちを置き去りにしてたことに。
 本来、この試練の鍵はアーシュのはずなのに、私たちはそれをのけ者にしてたんだ」

 私は言葉を切った。

「アーシュに戦いかたを教えてみて驚いたのは、アーシュは剣が得意だったってことなんだよね。魔術士や盗賊士の適性も、たぶん私と同じくらいあるんだろうけどさ」

「アルミラーシュ様がか?」

「うん。驚くよね。何もないとこで転ぶ人が剣がうまいとかわけわかんない」

「そ、そこまで言う?」

 アーシュが涙目で言ってくる。

「そこで、エルミナーシュが、アーシュが魔王の器で力へのアクセスキーだって言ってたのを思い出したんだ。力っていうのは、当然戦う力ってことだよね。参謀的な役割はエルミナーシュの分担みたいだから、アーシュが担当するのはもっと純然たる力なんだ」

「純然たる力?」

 聞き返してくるボロネールに、まっすぐには答えず私は言う。

「ところで、今回の相手はグランドマスターなわけだけど、希望の村の冒険者には、グラマス由来とは思えない力が発現してた」

「それが関係あるってのか?」

「絶対じゃないけど、あると考えたほうが自然だよね。だから、そう仮定することにした。
 で、もしそれが魔王のせいなんだとしたら、アーシュの力っていうのも、それに似たものなんじゃないか。そう思ったんだ」

『さよう。アルミラーシュ・システムは我エルミナーシュ・システムと対をなす存在。我が世界の管理を、アルミラーシュが力の管理を担当する。この場合の力というのは、魔王陛下より賜る加護のことだ』

「やっぱりか。要するに、アーシュは魔王陣営のグラマスのような存在なんだ。グランドマスターが加護のよって冒険者を強化するように、アーシュは魔王陣営に立つ存在に加護を与える」

『我が希望の村の冒険者に与えていた加護は、その残滓をやりくりしたものにすぎぬ。魔王陛下から賜ったこの地を荒れるに任せるのは忍びなかったからな』

「そういうことか。
 で、アーシュが加護の源泉なんだって知った私は、『地獄』でみっちり特訓をした。アーシュのほうは、特訓っていうよりリハビリだね。錆びついた勘を磨き直してもらった。
 私はかなりの速度で成長したんだけど、そうこうするうちにもっと直接的にアーシュから力を借りられることに気がついた。そのプロセスが、イムソダのやってた他者の強制覚醒に似てるってことにも気がついた」

『言っておくが、それができるのは次代魔王候補であるおまえだけだ。
 魔王剣アルミラーシュ。そう呼ばれた統括的戦闘支援システムの柄を握れるのは、その資格を持つものだけだ』

「なんで私がそうなのかは理解に苦しむんだけど……魔族がアーシュのことを魔王の転生体だと思ってたのは?」

『伝承が間違って伝わったのだろう。幽世は事実をありのままに記録することの難しい空間だ。そこでは感情がたやすく事実を歪める。いや、幽世では感情こそが事実なのだ』

「俺たちは魔王の力を受け継ぐものを、魔王そのものだと思い込んでたってわけか」

 ボロネールが難しい顔で言った。

「だが、この冒険者が魔王だというのは納得がいかぬ! なぜ人間が魔王になれるのだ!」

 グリュンブリンが噛み付くように言う。

『前にも説明した通り、魔王の御代みよには魔族とその他を隔てる区別などなかった。人間もまた、魔王の御子みこなのだ』

「しかし、その人間こそが魔王陛下を殺し、その力を奪って我ら魔族を幽世へと追いやったのではないか!」

『だからこそ、だ。人間の世を滅ぼすものはやはり人間だ。人間という種族が自らを滅ぼすことで初めて、魔王陛下の大望が間違っていなかったことが証明される。魔王陛下は無謬むびゅうでなければならないのだ』

 エルミナーシュが、なにやら不穏なことを言い出した。

「ええっと、つまり、人間が『自分たちが間違ってました』と認めて詰め腹を切ったら、いまは亡き魔王様も浮かばれるだろう……ってこと?」

『ニュアンスに不本意なものを感じるが、論理的には汝の言うとおりである』

「それがどうして私なの?」

『汝は魔王陛下を討ったいまわしきグランドマスターどもと同郷だ。しかも、グランドマスターの末路である神によって選ばれ、この世界へと送り込まれた神の使徒でもある。そのような者が神を否定し、次代魔王となって、初代陛下の無念を晴らす。痛快ではないか』

「無念、無念……ここでも無念か」

 私はため息をつく。

 小さい頃、いじめられて怪我をして帰った私に、酔っ払って帰ってきた父が言った。

 ――悔しくないのか。やり返せ!

 察するに、父自身がやられっぱなしでやり返せない人生を送ってて、娘のふがいなさに自分を見せられたようで腹が立ったのだろう。

 復讐はむなしい、なんて悟ったようなことを言うつもりはない。

 ただ、力でやり返しても状況が改善するとは限らないと知ってるだけだ。

 事実、父にそそのかされていじめっ子に珍しく「やり返した」結果、いじめっ子は教師に告げ口をし、母が学校に呼び出されて説教を受けた。
 ……むろん、学校から帰った母が私の夕飯を抜いて、夜中すぎまで怒鳴り散らしたのは言うまでもない。

 なお、遅くに帰ってきた父は、状況を見て取ると顔をしかめ、まず一言めに「俺は疲れてるんだ」と言った。
 母のヒステリックな事情説明を受けて父が私に言った二言めは、「そういうのはよくない」だったのを覚えてる。

 大事なのはやり返すとかやり返さないとか、気が済むとか済まないとかじゃない。
 降りかかる害をどうやってしのぐかなのだ。

 気のない私に苛立ったのか、エルミナーシュが徐々にヒートアップする。

『なぜ、力を手にしなかった? 汝はすでにアルミラーシュ・システムへのアクセスを得た。なぜ、先ほどのような不完全なありようで満足している? 魔王剣アルミラーシュを握れば世界はおまえの思い通りにできるというのに』

「なんでって……それをやるとアーシュが消えちゃうからだよ」

 不満をにじませるエルミナーシュに、私は答えた。

「アーシュはアルミラーシュ・システムの仮想人格なんじゃないかな」

『……そのとおりだ。魔王陛下の精神性を遺す数少ない人格ではある』

「魔王陛下の人格なんて、正直言ってどうでもいい。
 でも、アーシュが、言うこと聞かない四天魔将に悩み、地上に降りてまで本当のことを知りたいと思ったことだとか、地上に降りたら自分の力を目当てにモンスターが寄ってくることに気づいて自分を責めたことだとか、オケアノスとクラーケンに襲われて船が沈みそうになったのを見かねて、自分から囮になったことだとか。
 そういうアーシュの優しい気持ちをないがしろにはしたくない」

『愚かな……。おまえが魔王の力を得たことは早晩神に漏れるぞ。その時になって剣がないことを悔やんでも遅い』

「かもね。
 でも、初代魔王だって、あなたの言うようなことを望んでたのかな、エルミナーシュ。
 アーシュが初代魔王の精神性を伝えてるってことは、優しい人だったんでしょ」

『……それは関係のないことだ。我は、お優しい魔王陛下を支えられず、むざむざと死なせてしまった。そのつぐないをしなければならぬ』

「機械みたいだと思ってたけど、ずいぶんウェットなんだね」

『今の世は間違っている。造反者が神と祭り上げられ、本当の創造者は歴史の闇の中へと葬り去られてしまった。
 獣人は、冒険者のスリリングな『冒険』のための、格好の敵役として生きざるを得ない。魔族もまた、冒険者を脅かす影の黒幕として、幽世に隠れ住む存在だ。魔族が人間を憎んでいることすら、『冒険』を刺激的にするために加えられたスパイスなのだ。
 この世界では、人間だけが主役なのだ。
 そのことに、なんの疑問も感じぬというのか、ジョウレンジ・ミナト!
 貴様も、神に逸脱した力を与えられ、敷かれたレールに沿って『冒険』の快楽を貪る怠惰で傲慢な人間にすぎぬのか!』

 エルミナーシュの鋭い言葉に、アーシュが、グリュンブリンが、ボロネールが私を見た。
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