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106 三十六計

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 なんとか思考停止から立ち直り、私は一瞬で決断した。

「よし、逃げよう」

「に、逃げるってどうやってですか!?」

「これを使って」

 私はアビスワームの無限胃袋からとあるドロップアイテムを取り出した。

 ひと抱えほどもあり、ずっしりと重いそれは、石でできた箱の横から、同じく石でできたクランクが飛び出してるというシロモノだ。

 ――ゴーレムの動力コア。
 難易度ベリーハードでストーンゴーレムが落とすレアドロだ。
 ロフトのダンジョンで手に入れ、無限胃袋にしまってた。

(この世界の人には正体不明かもだけど……)

 地球人なら見ればわかる。
 これは一種のモーターだ。
 動力もついてるからエンジン兼モーターといったほうが正確かもしれない。
 重たいストーンゴーレムを動かしてるものだけに、なかなかのパワーを持っている。

 私はゴーレムの動力コアを小舟の船尾に置き、クランクと櫂を、ありあわせの縄で縛りつける。
 櫂は、船尾にある金属の輪っかに通されてて、漕ぐとスクリューのようになる形式だ。

「動けっ!」

 私は動力コアに魔力を流す。

 ぶっつけだったから不安だったけど、動力はうまく櫂に伝達されて、舟が前に進み出す。

 だが、

「お、追いつかれちゃいますよ!」

 アルミラーシュさんが悲鳴をあげる。

 動力コアは、手で漕ぐよりは早いものの、海を根城にする大型モンスターの泳ぐ速度よりは遅かった。

「風よ、軽やかに運べ!」

 私が唱えたのは浮遊魔法だ。

 だが、かけたのは私にじゃない。

「わっ、急に速くなりました!」

 ぐんっ、と速度を増した舟に、アルミラーシュさんが声をあげる。

 私は、舟に浮遊魔法をかけ、重力を減らすと同時に船尾側から強風を吹かせたのだ。
 完全に浮かせてしまうのも危ないので、舟の重さはある程度は残してある。

 舟は海面をかなりの速度で駆けていく。

 ――ぐおおおおんっ!

 ――うがあああおっ!

 舟に引き離され、クラーケンとオケアノスが悔しそうな声を響かせた。





「……とりあえず、引き離せたかな」

 私は舟の速度を落とし、手をひさしにして後方を見張りながらつぶやいた。

「はい、もうあの子たちはこっちを見失ってます」

 安堵からか、アルミラーシュさんがぽろっとヤバい発言をした。

「あの子たち、か」

「あっ」

 アルミラーシュさんが口に手を当てた。

「まぁ、クラーケンとオケアノスがあきらめたんならいいよ。あいつらがガレー船のほうに行くっておそれはあるかな?」

「それは……ないと思います」

「ならよし」

 私は舟にかけた浮遊魔法を解き、舟の運転をゴーレムの動力コアに任せ、舟の座席に腰を下ろす。

「……あの、聞かないんですか?」

 アルミラーシュさんが落ち着かなげに聞いてきた。

「聞いてほしいの?」

「そうですね……こうなったからには。助けてもらったのに事情も話さないなんて」

「べつに、いいけどね。聞いたらまちがいなくおおごとになりそうだし」

「どうして……そう思うんですか?」

 私はアルミラーシュの目をじっと見る。

 髪と同じ色の、綺麗な水色の目。
 顔かたちは私に似てるっていうけど、髪と瞳の色がちがうだけで受ける印象はけっこうちがうと思う。

 そして、それより目立つのは両耳の上にある巻角だ。

 地球のもので喩えれば、悪魔とかサキュバスによく生えてるやつだ。
 いや、地球に悪魔もサキュバスもいない(と思う)けどね。

 その巻角を見てると、いやでも連想せざるをえない。

(まぁ、それ以前に、一目見ただけでわかったんだけど)

 彼女の身体は――エーテルで構成されている。

 ふつうの人間の体内にもエーテルは循環してるけど、それはあくまでも肉体があって、その中をエーテルが流れてるにすぎない。

 彼女はちがう。
 彼女には肉体がない。
 あるいは、エーテルが肉体になっている。

 幽世のエネルギーであるエーテルに実体はないけど、たとえば私のエーテルショットがそうであるように、凝集されたエーテルは現実界に影響を及ぼすことができる。

 つまり彼女は――


「魔族、なんだよね」


 私の言葉に、アルミラーシュさんがびくりと震えた。
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