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96 さらば、霧の森

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 ルイスやクレティアスの口から語られたことは重大ではあったが、私たちでどうこうできることじゃない。
 シェリーさんからこの国へ、私から冒険者ギルドに報告を入れ、対策を取ってもらうことになる。

 クレティアスの身柄は、まずはシェリーさんの手でミストラディア樹国に引き渡すことになってる。
 その後、樹国とギルド、ザムザリア王国で話し合いが持たれ、最終的にクレティアスをどう処分するかが決まるという。

 私には、他にも解決すべき問題があった。

「俺はどうすればいいのだ?」

 と言ったのは、もちろんベアノフだった。
 こっちの都合でいきなり召喚され、帰る手段がない。
 もちろん、地上を歩いてロフトのダンジョンまで戻ることはできるが、ベアノフが街道を歩いていては目立ってしょうがない。
 もしダンジョンまでたどり着けたとしても、ダンジョン前には冒険者の拠点があるから、見咎められずに中に入るのも難しそうだ。

「送り返せればいいんだろうけどなぁ」

 召喚することができたんだから、うまく行きと帰りを入れ替えられれば送り返せてもおかしくはない。

「なんかこう、ゲートみたいなのがあるといいよね」

「ゲートだと?」

「ええと、扉をくぐると、その先が向こうのダンジョンにつながってる、みたいな」

 そこまで言って、気がついた。

「あ、これはできるかも。夢法師さん、ちょっと協力してほしいんだけど」

 ――また何か思いついたか……よかろう、どうせやることもないのだ、手伝ってやる……

 それから数分ほどで、私の前には立派な扉ができていた。
 ダンジョンのボス部屋にあるような観音開きの扉だ。
 もうちょっと小さくてもよかったんだけど、夢法師によればダンジョンマスターとして造り出せる扉ではこれが最小らしい。

「この扉に、あっちのダンジョンの『空間』を召喚します」

「空間だと?」

「うん、ポポラックさんたちの集落のそばがいいね。その空間を、まわりとつなげたままこの扉に召喚したら、この扉からあっちに行けるんじゃないかな。どこにでも通じるドアってわけだね」

 私が何からこの方法を閃いたかは言えない。
 大人の事情で。

「そんなことができるのか?」

「やってみないとわからないかな」

「危険は?」

「引き起こせる現象の規模は、注ぎこんだエーテルの規模に比例するから、もし失敗したとしても、注ぎこんだエーテル分以上のひどいことにはならないはず。もしもに備えてルイスに障壁を張ってもらうし」

「僕の障壁じゃ、ミナトの魔法の暴発を防ぎきれるか不安だけどね」

 と、作業のあいだに連れてきたルイスが言う。
 なお、ルイスとは少しだけ親しくなって、互いに「さん」付けはしないことになった。

「私も障壁は張っておくから大丈夫。私のは片手間だからルイスの障壁が本命だけどね」

「この障壁魔法は我が家の秘伝だったんだけどね……あっというまに盗まれたよ」

「あはは……それじゃ、さっそくやってみよう」

 といっても、見た目には地味だ。
 夢法師の用意した扉に、私がじっくりイメージを重ねるだけ。

「うん、できた。開けてみよう」

 重い扉を押しひらくと、その先にはダンジョンが見えた。
 ここもダンジョンなのでうまくいったかわかりにくい。
 一歩入ってからミニマップを見ると、地図が切り替わって、現在位置がロフトのダンジョン十六層だってことが判明した。

「成功みたいだね。ここってたしか、ポポラックさんとこのそばだったはず」

 おそるおそる扉をくぐったベアノフとともに、ダンジョンの角を曲がってすこし行くと、ノームのさとが見えてきた。

「何者だ! って、ベアノフじゃないか! いきなりいなくなったから大騒ぎになってるんだぞ!」

 郷の入り口にいたノームがそう騒ぐ。

「やっ、おひさしぶりです。ポポラックさん、いる?」

「そちらは――み、ミナト殿!? これは大変失礼をいたしました!」

「あはは、いいって。ちょっと込み入った事情があって、ベアノフを借りてたんだ。その説明をするから」

「か、かしこまりました!」

 直立してそう叫び、駆け出していくノームさん。

 その後、ポポラックさんのところでお茶をいただきながら顛末を説明した。
 ポポラックさんには「せめて一泊」とせがまれたものの、ゲートがどのくらい開けてられるかに不安があったので早々に辞去させてもらった。

 ベアノフを郷に返し、私はさっきくぐったばかりの「(※自主規制)ドア」をくぐって、霧の森のダンジョンに戻る。

「それではな。また何かあったら俺を呼べ、ミナト」

 見送りに来たベアノフがそう言ってくれた。

「あはは、そんな事態がないのがいちばんなんだけどね」

「ミナトのような傑出した人物は、どんなに息を潜めていても、遠からず衆目の前に現れるものだ」

「いやぁ、それは全然うれしくないかな……」

 そう言って、私はベアノフに手を振った。





 霧の森のダンジョンに戻って早々、夢法師が言ってきた。

 ――このようなことが可能だとは思ってもみなかったわ……

「たまたま、やってみたらできただけだよ」

 ――ならば、わしの願いも聞いてはもらえまいか?

「ええと、ものによります」

 ――そう警戒せずともよい……ウンディーネたちのことだ……

「ああ、このダンジョンは長くもたないっていう話か」

 ――うむ……だが、新しいダンジョンマスターを探すというのは、あきらめようと思っておる……魔の者と変わらぬ手口になってしまうからな……

「そうだね」

 強い妄執に囚われた者をダンジョンマスターとして取りこむことで、はじめてダンジョンはダンジョンとなることができる。
 次代のダンマスを探そうとすれば、そんな危ない人を誘うしかない。これではイムソダのやってたことと同じである。

 ――だが、わし亡き後、このダンジョンが機能を停止すれば、ここはもともと不毛の地――ウンディーネたちのすみかは失われよう……そのまえに、ウンディーネたちに新しいすみかを見つけ出し、どうにかして移住させてやりたいのだ……

「ああ、その移住に、さっきのワープゲートが使えるかもってことか」

 ――うむ……ミナトよ……旅のついででかまわぬ……ウンディーネの住みよい、水が豊かで、人里から離れた、静謐で清浄な場所を探してほしいのだ……

「山奥の湖とか、綺麗な浜辺のある無人島とか、かな?」

 ――禁足地とされておる聖なる水場などもよい……ゆるやかなせせらぎのある清流や、人の入らぬ地底湖などもあろう……

「わかった。それくらいのことなら」

 クレティアスの最初の襲撃のときにはウンディーネにも助けられたしね。
 ついででいいってことなら負担もない。





 シェリーさん、ルイス、ハインラインさん、逮捕したクレティアスと騎士たちという所帯でダンジョンを出た。

 あいかわらず霧の濃い森の中を、はぐれないようロープで数珠繋ぎになって進むこと一日半。
 私たちはようやく、霧の森の外縁に出た。

 霧の森の外は、地球で言えばステップと呼ばれるような、まばらな草原になっていた。
 かつて霧の森一帯は不毛の地だったという。
 霧の森は地下にあるダンジョン遺構のおかげで水分が潤沢だが、森から一歩出ると驚くほどに空気が乾いてる。
 森から離れるほどに急速に木々がまばらになり、灌木のある緑地から草原へ、草原からひび割れた荒野へと変わり、地平線付近を見ると半分砂漠のようになっていた。

「ふぅ。じゃあ、ここでお別れだね、シェリーさん」

 私が言うと、

「本当にいいのか? 今回の一件、ミナトには多大な功績がある。一生遊んで暮らせるほどの褒賞金が出るだろうし、樹国の宮廷魔術師団に迎えるという話も出るだろう」

「そういうの、興味ないから」

「私はミナトとともに働きたいぞ」

「姉さん、あまり引き止めるのも悪いよ。ミナトにはミナトの考えがあるんだから」

 ルイスがシェリーさんをそう宥めてくれる。

「実際、ミナトほどに才能があると、樹国じゃ狭すぎると思うよ。僕みたいに才能の足りないやつらが、ポッと出のミナトを歓迎するとは思えない。霧の森に守られた、わりと閉鎖的な国柄だからね」

 なんだか吹っ切れた雰囲気でルイスが言った。

 シェリーさんとルイスは、今後のこと、これまでのことについて、腹を割って話し合ったらしい。
 恋愛関係になりそうでならなそうな、見ていてやきもきする二人だけど、互いに秘めてた気持ちや心配を共有できたことで、わだかまりが解けたようだ。

 なお、シェリーさんには火吹き竜の剣を、ルイスにはドロップアイテムとしてキープしてたそこそこの杖を、ハインラインさんには風羽かざはねの弓ほどではないがまずまずの弓を、それぞれプレゼントしてる。

「そ、そこそこ……?」
「まずまずとは一体……」

 ルイスもハインラインさんも満足?してたようなのでよし。

 シェリーさんは家宝にするって言ってたな。

 ベアノフだけは、一切不要!と拒んだが、とりあえず不壊のティーカップというドロップアイテムを、ポポラックさんたちへのお土産という名目で持たせたておいた。
 そのティーカップの箱の底に、炎狼の毛櫛という、梳くだけで髪や毛が燃えなくなる、ベアノフ向きのアイテムをそっと忍ばせてある。
 気づいてから返そうとしても、ダンジョン間を結ぶゲートはもう消えてるって寸法だ。

 私を狙ってきたクレティアスのせいで、みんな苦労が倍増しだったから、このくらいはしないと気が済まない。

 ちなみに私は、夢法師の手ほどきで、無念の杖をより自在に使えるようになったのが収穫かな。
 最後の戦いで使った亡霊剣も夢法師の入れ知恵だ。

 無念の杖は、斃されたイムソダの残滓をも吸い取って、不吉な雰囲気にさらに磨きをかけてるんだけど……夢法師によれば、とりあえず呪われたりはしてないらしい。

 シェリーさんが言う。

「ところで、ミナトはこれからどうするのだ? やはり、策動する魔族を追って……?」

「いえ、そっちはお国やギルドの仕事だと思うので。
 とりあえず、ウンディーネたちの移住先になりそうな、水の綺麗な土地を目指そうと思います」

 私の回答に、シェリーさんがかくんと片方の肩を落とした。

「なんだ、てっきり魔王の降臨を防ぐために極秘に動くつもりなのかと……」

「あはは……今回もけっこうギリギリの戦いだったし、魔王なんてとても相手にできないよ。
 クレティアスも捕まえて、後顧の憂いがなくなったから、風光明媚なところをゆったり観光しようかなって」

 考えてみれば、せっかく異世界に来たというのに、最初はひたすらダンジョンに潜ってレベリングに明け暮れ、今回は霧に閉ざされた森とその地下にあったダンジョン遺構。
 もっとこう、空とか海とか、空間の広がりを感じられるような場所に行ってみたい。ロールプレイングゲームなら、そろそろ船とか飛空挺がほしくなる頃合いだ。

「ふっ、そのほうがミナトらしいかもしれないな。
 ミナト、かえすがえすも世話になった。もしわたしで力になれることがあったら、いつでもミストラディアの王都を訪ねてこい」

「うん、ありがとう。
 シェリーさんも、ルイスも、ハインラインさんもお元気で」

「嬢ちゃんが俺を忘れてなくてほっとしたぜ」

 おどけるハインラインさんに皆で笑いながら、私とシェリーさんたちは、手を振りあって別れたのだった。
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