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35 アーネさんと息抜きデート(?)

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 すったもんだのあった翌日、私は魔術士ギルドのアーネさんと一緒にダンジョンへと潜っていた。

「よく地図もなしに歩けるものね? あれだけの魔術士適正があるのに盗賊士としても優秀なんてズルいわよ」

 道案内する私に、アーネさんが言う。
 言ってることはキツいが、語調から本気じゃないことはわかる。

「あははっ、ええと、もう迷路を抜けます」

「モンスターハウスのあった場所に出るのね。あの子が亡くなっていたのもそこだっけ⋯⋯」

 アーネさんが神妙な顔になって言った。

 ――なぜ、単独行動至上主義の私がアーネさんを案内なんてしてるのか。

 それは、

「二層へのキャンプ地になるような場所があるといいんだけど。露骨なセーフゾーンはなかったって話だし」

 アーネさんがいま言ったとおりだった。

 一層のモンスターハウスがなくなってることに気づいた冒険者たちは、二層以降の攻略への足がかりを作る必要に迫られた。

(あのクレーム騎士のせいもあるのかも)

 ああも毎日怒鳴られてはたまらない。
 ちゃんと探索を進めてますよというアリバイ作りが必要になったってわけだ。

(一層で適当に狩れてればそれでいいって冒険者も多いからね)

 そういう冒険者をめざとく見つけ、特派騎士が「それみたことか」と各ギルドに噛み付いてくる。

 いいかげん、みんなうんざりしていた。

「どんな場所がいいんですか?」

 アーネさんに聞く。

「ダンジョンが『ほつれて』いる場所を見つけて、そこを聖域化するのよ。ミナトも魔術士なんだから覚えておいて損はないわ」

 アーネさんの説明はよくわからなかった。

(頭のいい人みたいだからなぁ)

 いろいろ考えてるみたいなんだけど、全部は話してくれない。
 たぶん私の知識が足りなすぎて、一から説明するのが面倒なんだろう。

(貴重な経験⋯⋯だね)

 いつも単独行動だったから、他の冒険者の探索のしかたは気になっていた。
 優秀な魔術士であるアーネさんを間近で見られるのはいい機会だ。

(それに⋯⋯)

 アーネさんはかわいい。
 背が低いのにいつもツンツンしてて、妙に愛くるしいのだ。

(そんなこと言ったら、本人は嫌がるだろうけど)

 エルフの血で幼く見えることをアーネさんは気にしてる。
 でも、そうやって背伸びするのがまたかわいい。
 見てるだけで癒される。

(私、百合っ気はないはずなんだけどなぁ)

 かといって男性も苦手だ。
 父親のことが蘇るし、乱暴だったり強引だったりするイメージがある。
 まともな男性だっているとは思うけど、呼んでもないのに近づいてくる男性は、たいていろくなことを考えてない。

(まぁ、女性でも強引な人はいるけどね⋯⋯)

 具体的に誰とは言わないけど。

 その女性やら、クレーム騎士やらが動き回ってるせいで、最近ダンジョン前広場の空気が淀んでる。

「はぁ~。やっぱダンジョンは落ち着くわ。最近はほんっとろくでもないのばっか増えよってからに!」

 アーネさんもけっこう溜め込んでたようだ。

(魔術士ギルド、アーネさんしかいないからね)

 レのつく女の人だとかクレーム騎士だとかが魔術士ギルドにやってくると、アーネさんが対応するしかない。

「きぃぃっ、燃えさかれ、炎の人形よ!」

 アーネさんが前方に見えたオークの群れに、何体もの炎の小人を走らせる。
 小人はオークの足に抱きついて炎上する。

「そんなこともできるんですか」

「えっへん。適正では負けても経験では負けないよ!」

 胸を張るアーネさんになごみながらダンジョンを進む。

 途中、モンスターに出会うたびに、私とアーネさんが交互に魔法を使った。
 私の魔法もアーネさんの魔法も一撃必殺。
 パーティプレイもなにもなかった。

 アーネさんがつむじ風でゴブリンの群れを倒したところで、私たちは二層への階段にたどり着く。

「ふぅ、到着~っと。思ったより早かったわね」

「そうですね」

「じゃあ、このあたりでいい場所を探すわよ。杖を握って、ダンジョン内のエーテルフローを感じてみて」

 アーネさんの言うとおりにする。

「⋯⋯わかる?」

「ええと、エーテルが漏れていく方向がありますね」

 安普請の部屋に隙間風が吹くように、ダンジョン内のエーテルが抜けていく方向があった。

「けっこう無茶ぶりしたつもりだったんだけど⋯⋯まさか一瞬でわかるとは。適正が2ないような魔術士だと、それなりに経験を積むまでわからないんだけどね」

「適正が2を超える人はどのくらいいるんですか?」

「魔術士の適正アリとされた人のうち、十人に一人いればいいほうかしら」

「アーネさんは3.7だからすごいんですね」

「実際すごいのよ? 何百人に一人っていう適正なんだから。まぁ、ミナトに言っても虚しいんだけど⋯⋯。
 って、それはともかく。エーテルの抜けてくほうに進んでくれる?」

「はい。ええと、こっちですね」

 私はエーテルの流れを探りつつ、ダンジョンを奥に進んでいく。

 ほどなくして、不思議な場所に出た。

 ダンジョンの壁と天井の一部が崩れていて、太い木の根がのぞいている。木の根のそばからは地下水らしきものが溢れ、ダンジョンの一画に大きな水場を作っていた。

「これは⋯⋯」

「ダンジョンには、ところどころこういう『ほつれた』場所があるのよ。詳しい原理は謎だけど、こういう場所にはモンスターも湧かないわ」

「キャンプ地に最適ってわけですね」

「ええ。キャンプ地には非戦闘員も住み着くからね」

「でも、周辺で湧いたモンスターが入ってきませんか?」

「それを防ぐために、この場所を聖域化するの。
 まぁ、見てもらったほうが早いわね」

 そう言うと、アーネさんは杖をかまえ、意識を集中しはじめた。

(あっ⋯⋯エーテルが)

 ほつれた場所から流れ出ていたエーテルが、この空間の外側で「結ばれ」、ダンジョンの中へと還流していく。

 しばらくして、アーネさんが杖を下ろした。

「⋯⋯ふぅ。ざっとこんなもんね。
 わかった、ミナト?」

「は、はい。ほつれを結んでやることで、ここをエーテルの流れの『外』にしたんですね」

「⋯⋯完っっ璧な理解ね。ま、話が早くて助かるわ。
 そこの端っこだけ残してあるのはわかる?」

「あれですね」

「そうそう。練習がてら、ミナトがやってみて」

「あははっ、はい」

 すこし緊張しつつ、杖をかまえる。

(ええっと⋯⋯)

 エーテルの流れを見て、ほつれを結ぶ。
 編みもののほつれを直すのとちょっと似てる。
 「目」が飛んでるところをつかまえて⋯⋯

「できたみたいね。
 うん、見事なものよ。初めてとはとても思えないわ」

 アーネさんがそう褒めてくれる。

「ありがとうございます。勉強になりました」

「ミナトには覚えておいてもらったほうがよさそうだもの。
 じゃあ、ここですこし休憩したら戻りましょうか」

「あ、あの⋯⋯」

「なに?」

「ちょっとだけ、二層を見てきてもいいでしょうか?」
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