Vtuberだけどリスナーに暴言吐いてもいいですか?

天宮暁

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#25 一夜明けて

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「うー、喉痛い……」
「奇遇だな。俺もだ」

 翌朝、学校の玄関口で顔を合わせた俺と神崎は、揃って喉を押さえていた。
 あれだけのテンションでしゃべりまくったのだ。俺はもちろん、普段からよくしゃべってる神崎も、喉を痛めてしまったらしい。
 コンビニで買ってきたのど飴を、神崎に一粒渡してやる。ライバー御用達と噂になってるのど飴だ。

「ありがと」
 神崎が、のど飴を口に放り込みながら言ってきた。
「って、あんた、何さりげなくわたしの隣を歩いてんのよ。学校内では近づかないでくれる?」
「悪い悪い。離れるよ」
 俺が神崎から離れようとすると、
「ちょっと! 本当に離れることないじゃない! 同じ教室に行くんだから、離れてるほうが不自然でしょーが!」
「どうせい言うんじゃ」

 俺と神崎が昇降口から中へ入ると、下駄箱の陰から、見覚えのある女子が現れた。
 一年の学年色のリボンをつけた、髪の短い小柄な美少女。
 天海チカ――いや、いまは君原理帆か。

 君原も、俺と神崎に気がついた。
「……まだ配信してるみたいですね」
 君原は、神崎とすれ違いざまにささやいた。
「なによ、悪い?」
「せいぜい頑張ってください。マジキャスから脱落者が!なんてネットに書かれたら困ります。あなたの心がぽっきり折れるところは、ちょっと見てみたい気もしますけど」
「きぃぃぃっ! ちょっとリスナーが多いからって調子に乗って!」
「……ちょっとどころじゃないけどな。天海チカはチャンネル登録者数20万超え、こっちはようやく2万まで戻せるかってとこだ」
「わかってるわよ!」

 俺たちの会話に、君原が俺に目を向けた。
「社長から聞きました。そっちの彼が、七星ルリナですか。
 プッ。妹と言うには無理がありますね」
「ん、まあな……」
 からかうように言ってきた君原から目をそらす。君原は、おとなしそうな見た目に反して、他人の顔をじっと見つめてくるタイプみたいだな。
 微妙にディスられたような気がするが、神崎の罵倒に比べればかわいいものだ。オタクとして、女子からの冷たい視線には慣れている。

 だが、
「ちょっとあんた! わたしのことを悪く言うのはいいけど、こいつをバカにするのはちがうでしょ!?」
 神崎が、君原に向かって噛みついた。
 君原はもちろん、俺も目を丸くした。
 ……わりとマジでキレてるな。
 こいつがキレるのは何度も見たから、本気で怒ってるかどうかは見ればわかる。
 君原が、意外そうな顔で神崎を見た。
 そして、俺にぺこりと頭を下げる。
「……そうですね。すみません。悪いのは全部神崎さんで、先輩が悪いわけじゃなかったです」
「いや、気にしてないから気にするな」

「ふん、わかればいいのよ!」
 と鼻を鳴らす神崎に、
「あなたには謝ってないです」
「何言ってんのよ! わたしの身内をディスった以上、あんたはわたしにも謝るべきだわ!」
「その必要は感じませんが。あなたはわたしに謝らないんでしょう?」
「絶対に謝らない!」
「じゃあ、わたしも謝りません。もっとも、あなたがライバーを続けられないような事態になれば、わたし相手に大きな口も叩けなくなるでしょうけどね。あなたが挫けてライバーをやめたら、わたしの配信で誹謗中傷しまくりますから。もう反論もできないわけですし」
「あんた、本っ当に性格悪いわね!」
「あなたほどではないです」
 と、百利あることを言ってから、君原が再び俺を見る。

「ところで、人見先輩は声マネがお上手だそうですね」
「ん、ああ。ひょっとしてルリナの動画を見てくれた?」
 例の声マネ動画は、タイトルを変えて七星エリカのチャンネルに上げ直した。それだけで再生数がぐんと伸びて、嬉しいやら青くなるやら複雑な気持ちだ。
「はい。せっかくですので、いまここで天海チカの声マネをしてもらえませんか?」
「え、本人を前にしてかよ!」
「ダメ……ですか?」
 君原が上目遣いに聞いてくる。
 計算されたしぐさだってわかってるのに、それでもドキリとしてしまう。あの天海チカの中身なんだと思うとなおさらな。

「ま、まあ、勝手に真似したのはこっちだしな。それくらいならいいぜ。ええと……ゲフン。
『こんばんは、先輩がた。まったく、先輩はしかたのない人ですね。そんなにわたしの配信が見たかったんですか?』」
「うわっ、すごいですね……違和感が。先輩の顔から本当にわたしの声が出せるんですか。先輩の骨格はいったいどうなってるんです?」
「そんなの、俺が知りたいよ」
 ちょっと引いたような君原の反応に苦笑する。

「あ、いえ、失礼しました。見事な声帯模写ですね」
「チカちゃんとは声質が近めだからな。もともと真似しやすいってのもある」
「それにしたってすごいです。七星エリカの声も出せるんですよね?」
「声だけなら似せれるけどな。こいつの場合、発言内容が不規則すぎる。とても真似はできねえよ」
「ふふん。そうでしょ?」
 と、神崎が胸を張る。
 ……いや、褒めてないんだけど。

「その言い方だと、天海チカの言うことは予測できるみたいに聞こえますね」
 君原が、俺をじっと見上げながら言ってくる。
 無表情だからわかりにくいが、口がちょっと尖ってるな。
 ……チカちゃんもけっこう負けず嫌いだよな。
 そんなところでまでイキリ合うこともないと思うんだが。

「キャラに安定感があるってことだろ。たしかに、チカちゃんっぽくしゃべることはできるけど、チカちゃんほどおもしろい話ができるとは思えないな」
「なるほど。天海チカのしゃべりをなぞることはできても、天海チカ本人になれるわけではない、と」
「三期の天才ライバーのトークを真似できるんだったら、俺自身がライバーになってるよ」
「それもそうですね。朝からいいものを見せていただきありがとうございました。それでは失礼します、人見先輩」
 君原は、わざわざ俺にだけバカ丁寧に一礼すると、廊下の奥へと消えていく。

「あいつ、マジ調子乗りすぎでしょ!? なんであんな腹黒が人気ライバーなのよ!」
 地団駄踏んで怒る神崎に苦笑する。
(あいつなりのエールだったんじゃないか?)
 「二度と関わるな」とまで言われたことを思えば、わずかながら改善してる。
 あの様子だと、昨日の配信も見ててくれてたみたいだしな。

(マジキャスから脱落者を出したくないってのも本当なんだろうけど……)
 社長はチカちゃんには発破をかけたと言っていた。
 チカちゃんなりにそれを受け止め、七星エリカとからむとしたら、どう対応したらいいか研究してた……ってことだろう。
 コラボで事故った相手だ。顔も見たくもないと思われてもおかしくないのに、今日は向こうからからんできた。
 チカちゃんはやっぱり大物だ。

「いつかまた、コラボできるといいな」
「はあっ!? 冗談じゃないわよ! あいつの力は借りない! 絶対によ!」
「はいはい」
 と、適当に受け流し、連れ立って教室へと向かう。

 教室に入るなり、俺に話しかけてきたのは北村だ。
「む? 人見氏! 待っておったでござるよ!」
 神崎は知らんぷりして駒川たちのほうへ向かってる。
 北村は、ちらりと神崎に好奇の目を向ける。さすがのこいつも、七星エリカの正体には驚いてたからな。

「北村。昨夜スカイテルで話したことは内密にな」
 もちろん、俺=七星ルリナ、神崎=七星エリカという秘密のことだ。
 こいつの作ったモデルをエリカの配信で使った以上、こいつに隠しておくのは不可能だ。昨日、配信の後にスカイテルをかけて、一連の事情を説明した。

「もちろんでござる。こう見えて口の堅さには自信があるでござるよ」
「知ってるって」
 そうじゃなかったら、いくら神崎に言われても、ルリナを出したりしていない。

「それにしても、驚いたでござる」
 北村が声を潜めて言った。
「悪いな、許可なくモデルを使っちまって」
「驚きはしたでござるが、問題はないのでござる。もともと人見氏に使ってもらうために作ったものでござるからな」
 北村は鷹揚にうなずいた。

「なかなか見事な進行ぶりだったでござるな。あの七星エリカを御するとは、拙者、人見氏に感服したでござる」
「御したっていうのかねえ。いろんな人にあれこれ言われて、あいつなりに考えた結果だよ」
「人見氏が産婆役を果たしたのは事実でござろう」
 北村の言葉に頬をかく。
「あまり、教室で話すべきではござらんな。昼休みにでもとくと聞かせてくだされ」
「……覚悟しとくよ」
 俺はそう答えて席に着く。

 席で北村と話してるうちに予鈴が鳴った。
(とりあえず、小康状態には持ってこれたな)
 チャンネル登録数は下げ止まり、今朝見た時には増えてすらいた。
 マジキャスファンを中心に、噂を聞きつけたリスナーが戻ってきてるようだ。
(七星エリカのキャラもようやく見えてきたしな。あとはこれを定着させていくだけだ)
 俺はほっと胸を撫で下ろす。

 うまく行ってるときは何事も調子がいいもので、授業も頭に入ってくる。
 昨日は配信のことで頭がいっぱいで、授業もうわの空だったからな。

 なお、神崎は成績もいい。
 あれだけイキってばかりいるくせに、どうして勉強ができるのか。
 部活はやってないが、運動も全般的に得意らしい。

(くそっ。天才め)
 それでも、前よりは腹が立たない。
 神崎は一種の天才かもしれないが、同じくらいポンコツでもある。
 愛すべきキャラクターだ。
 こうして、人はマジキャス沼にハマっていく。
 俺は、にやつきそうになるのをこらえながら、板書をノートに写していく。

 ――すべてが、好転しつつあった。

 だが、このとき、七星エリカには思いもよらぬところから重大な危機が迫っていた。

 そのことに、俺たちはまだ気づいてすらいなかった。
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