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#21 相方問題
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俺と神崎は、無言のまま、神崎の部屋にやってきた。
二日連続で神崎の家にお邪魔することになってしまった。アリバイ工作に付き合ってくれた北村には、何か埋め合わせをしなくちゃな。
「悪かった」
神崎の部屋で向き合って座り、俺は神崎に言った。
神崎が顔を上げる。
「社長の言ってた通りだ。俺はエリカの持ち味を殺そうとしてたのかもしれない」
「そんなことないわ。社長も言ってたじゃない。半分は間違ってないって」
「半分は合ってるってことだもんな。問題は、どの部分が合ってるかわからないってことなんだが」
「それはやってみないとわからないことだわ。とにかく、わたしの強みを出していって、十に一つか二つ、合ってればいいのよね?」
神崎の言葉に、俺は悩む。
「……心配性って言われるかもしれないけどさ。ハズレの八つのほうも、最低限のフォローはしたいよな」
「謝るってこと?」
「いや、謝るんじゃなくて、空気を入れ替えて流すとか、つっこみを入れて笑いに持ってくとか」
「誰がつっこみを入れるのよ。空気を入れ替えるのだって、一人じゃ難しいわ」
「そうなんだよな……」
一人ボケつっこみみたいなやりかたはあるけど、七星エリカには向いてない。エリカは、とことんまで暴走機関車であるべきだ。
「チカちゃんに頭下げて頼む?」
「イヤよ! たとえそれでうまくいったとしても、毎回おんぶに抱っこじゃだめじゃない!」
たしかに。七星エリカも天海チカも、マジキャスのライバーだ。どっちかがどっちかを一方的に助けるような関係じゃない。
「そういえば、あんたの上げた声マネ動画見たわよ」
「えっ、マジで」
昨日家に帰ってから、俺は録画済みだった声マネ動画をアップした。
それまで散々ためらってた動画を上げたのは、やっぱり神崎の影響だろう。
あれだけの爆死配信をしても、七星エリカは止まらない。
神崎の姿勢を間近で見てて、自分のためらいが急にバカバカしくなったのだ。
(人の配信を手伝っておいて、自分は怖いからアップしない、なんてダサすぎるしな)
今のところ、見た人からは好意的に評価してもらえてる。
もちろん、ごくささやかな反応だ。
マジキャスの公式ライバー・七星エリカとは、比べられようはずもない。再生数は百もないし。
「声マネも上手かったけど、あのモデルもすごいわよね。あれ、北村が作ったんでしょ?」
「ああ。すげえよな。マジキャスのモデルと比べても遜色ない……は言いすぎかもしれないけどさ。よく見ないと粗が目立たないくらいにはできてるよな」
「……あれ、使えないかしら?」
神崎の言葉が、一瞬理解できなかった。
「はぁっ!? あれを使う!?」
「そうよ! エリカ一人じゃ失敗したときのフォローが利かなくてコメント欄が荒れっぱなしになるのはわかったわ。だから、あんたがあのアバターで、エリカの配信を手伝うの!」
「なっ……マジで言ってるのか!? 俺はライバーでもVtuberでもないただの素人なんだぞ!?」
「いまさら何言ってんのよ! 昨日の配信でカンペを出してたじゃない! 結局うまくはいかなかったけど、あんたの書いてた内容自体は正しかったわ! でも、わたしが自分で軌道修正するのは難しいのよ! 真っ直ぐに突っ走ろうとしてるときに、急に曲がれって言われたら転ぶでしょ!」
「そ、それは一理あるけどな……でも、だからって……俺かよ!」
「基本的にはエリカが前に立つわ。あんたは画面に小さめに映って、配信の進行やタイムキープ、わたしがやりすぎたときのつっこみなんかを担当するの!」
「そうは言っても、どうしゃべればいいんだ!?」
「あのモデルに合った感じで無難にやってくれれば十分よ! エリカより目立っても困るわけだし」
「そ、それはそうだけど……」
「なによ? 怖いの?」
「……そりゃ、怖いのもある。こいつ誰?みたいにつっこまれるだろうし」
「司会進行のためにわたしが連れてきた『ご学友』ってことでいいじゃない。エリカが横暴を発揮して友達を巻き込んだって体で。
それとも、エリカの妹ってことにしたほうがいいかしら? 姉の横暴に振り回される常識人の妹。うん、これね! あんたのキャラにも合ってるでしょ!」
「自分が常識なくて横暴って自覚はあったんだな……」
俺は、神崎の提案を考えてみる。
(できる……のか?)
いきなりマジキャスライバーの配信を仕切るなんて、怖いに決まってる。
登録者数が劇的に減ってるとはいえ、それでも数千人の視聴者が集まるはずだ。
数千人。うちの高校の全校生徒は、合わせて千人もいなかったはず。その数倍もの人が、俺の一挙手一投足に注目する。
しかも、俺はアバターに合わせ、声を作って、かわいい女の子として振る舞うのだ。
(まさか、俺の女声がこんな形で役に立つとはな)
……期待してなかったと言ったら嘘になるかもしれないが。
「はああっ。わかった。覚悟を決める。初回だから本当に無難に行くけどな」
「それでいいわ。ウケを取るのはわたしの仕事。あんたには背中を守ってほしいの」
神崎が言った。
なかなかイケメンなセリフだな。
俺が女だったら惚れてたかもしれない。
……ったく、こいつはどうしてこんなにも自信に溢れてるんだか。
これまでの配信で自信につながる要素なんて何ひとつなかったはずなのに。
「わかったよ。妹って設定で行こう。でも、配信まで時間がない。あまり設定が掘り下げられないけど……」
「あんた、オタクでしょ? 銀髪ロングで紫のゴスロリ着た妹系美少女って設定さえ決めとけば、そんなに外れたことはしないんじゃないの? もし滑りそうになったら、声マネでごまかしちゃえばいいわ」
「たしかに、王道なキャラではあるよな」
もともと、俺の好みを北村が汲み取って作ってくれたアバターだ。声マネ動画を作った時に、配信したらどんな感じかこっそり練習したりもしてる。
いや、神崎を見習って正直に言おう。
「本音を言えば、やってみたい。ずっと憧れてたんだからな」
「そうでしょうが。北村もそれがわかってるから、あんたにモデル送ったりしたんでしょ? ずいぶん献身的よね。あんたらデキてんじゃないの? 詠美子さんが喜びそうな話よね」
「BLじゃねえよ!」
実際、北村がどうしてここまでしてくれるのかはたまに疑問に思うけどな!
ちなみに詠美子さんっていうのは、マジキャスのライバーで腐女子をオープンにしてる雪叢詠美子さんのことだな。
「でも、おまえの配信であのアバターを使ったら、俺の正体が北村にバレるぜ。連座しておまえの正体もバレると思う」
北村にはカタロニヤでこいつと一緒にいるところを見られてるからな。その直後の配信で、七星エリカの隣に自分の作ったアバターがいたら、北村は七星エリカの正体に気づくだろう。
「北村はVtuberの正体を暴いて喜ぶような幼稚なタイプじゃないでしょ。そっと胸に秘めておくんじゃないの?」
「駒川さんといい、なんであいつは女子からの信頼が厚いんだ……」
「くだんない嫉妬してんじゃないわよ。あんたはその北村に見込まれてんのよ? わたしだって、全然見込みのない相手を配信に引きずりこんだりしないわ!」
「……そうだな。やってやろうじゃないか。マジキャス沼にハマって幾星霜。プロリスナーの意地を見せてやる!」
俺は、ぐっと拳を握りしめてそう言った。
二日連続で神崎の家にお邪魔することになってしまった。アリバイ工作に付き合ってくれた北村には、何か埋め合わせをしなくちゃな。
「悪かった」
神崎の部屋で向き合って座り、俺は神崎に言った。
神崎が顔を上げる。
「社長の言ってた通りだ。俺はエリカの持ち味を殺そうとしてたのかもしれない」
「そんなことないわ。社長も言ってたじゃない。半分は間違ってないって」
「半分は合ってるってことだもんな。問題は、どの部分が合ってるかわからないってことなんだが」
「それはやってみないとわからないことだわ。とにかく、わたしの強みを出していって、十に一つか二つ、合ってればいいのよね?」
神崎の言葉に、俺は悩む。
「……心配性って言われるかもしれないけどさ。ハズレの八つのほうも、最低限のフォローはしたいよな」
「謝るってこと?」
「いや、謝るんじゃなくて、空気を入れ替えて流すとか、つっこみを入れて笑いに持ってくとか」
「誰がつっこみを入れるのよ。空気を入れ替えるのだって、一人じゃ難しいわ」
「そうなんだよな……」
一人ボケつっこみみたいなやりかたはあるけど、七星エリカには向いてない。エリカは、とことんまで暴走機関車であるべきだ。
「チカちゃんに頭下げて頼む?」
「イヤよ! たとえそれでうまくいったとしても、毎回おんぶに抱っこじゃだめじゃない!」
たしかに。七星エリカも天海チカも、マジキャスのライバーだ。どっちかがどっちかを一方的に助けるような関係じゃない。
「そういえば、あんたの上げた声マネ動画見たわよ」
「えっ、マジで」
昨日家に帰ってから、俺は録画済みだった声マネ動画をアップした。
それまで散々ためらってた動画を上げたのは、やっぱり神崎の影響だろう。
あれだけの爆死配信をしても、七星エリカは止まらない。
神崎の姿勢を間近で見てて、自分のためらいが急にバカバカしくなったのだ。
(人の配信を手伝っておいて、自分は怖いからアップしない、なんてダサすぎるしな)
今のところ、見た人からは好意的に評価してもらえてる。
もちろん、ごくささやかな反応だ。
マジキャスの公式ライバー・七星エリカとは、比べられようはずもない。再生数は百もないし。
「声マネも上手かったけど、あのモデルもすごいわよね。あれ、北村が作ったんでしょ?」
「ああ。すげえよな。マジキャスのモデルと比べても遜色ない……は言いすぎかもしれないけどさ。よく見ないと粗が目立たないくらいにはできてるよな」
「……あれ、使えないかしら?」
神崎の言葉が、一瞬理解できなかった。
「はぁっ!? あれを使う!?」
「そうよ! エリカ一人じゃ失敗したときのフォローが利かなくてコメント欄が荒れっぱなしになるのはわかったわ。だから、あんたがあのアバターで、エリカの配信を手伝うの!」
「なっ……マジで言ってるのか!? 俺はライバーでもVtuberでもないただの素人なんだぞ!?」
「いまさら何言ってんのよ! 昨日の配信でカンペを出してたじゃない! 結局うまくはいかなかったけど、あんたの書いてた内容自体は正しかったわ! でも、わたしが自分で軌道修正するのは難しいのよ! 真っ直ぐに突っ走ろうとしてるときに、急に曲がれって言われたら転ぶでしょ!」
「そ、それは一理あるけどな……でも、だからって……俺かよ!」
「基本的にはエリカが前に立つわ。あんたは画面に小さめに映って、配信の進行やタイムキープ、わたしがやりすぎたときのつっこみなんかを担当するの!」
「そうは言っても、どうしゃべればいいんだ!?」
「あのモデルに合った感じで無難にやってくれれば十分よ! エリカより目立っても困るわけだし」
「そ、それはそうだけど……」
「なによ? 怖いの?」
「……そりゃ、怖いのもある。こいつ誰?みたいにつっこまれるだろうし」
「司会進行のためにわたしが連れてきた『ご学友』ってことでいいじゃない。エリカが横暴を発揮して友達を巻き込んだって体で。
それとも、エリカの妹ってことにしたほうがいいかしら? 姉の横暴に振り回される常識人の妹。うん、これね! あんたのキャラにも合ってるでしょ!」
「自分が常識なくて横暴って自覚はあったんだな……」
俺は、神崎の提案を考えてみる。
(できる……のか?)
いきなりマジキャスライバーの配信を仕切るなんて、怖いに決まってる。
登録者数が劇的に減ってるとはいえ、それでも数千人の視聴者が集まるはずだ。
数千人。うちの高校の全校生徒は、合わせて千人もいなかったはず。その数倍もの人が、俺の一挙手一投足に注目する。
しかも、俺はアバターに合わせ、声を作って、かわいい女の子として振る舞うのだ。
(まさか、俺の女声がこんな形で役に立つとはな)
……期待してなかったと言ったら嘘になるかもしれないが。
「はああっ。わかった。覚悟を決める。初回だから本当に無難に行くけどな」
「それでいいわ。ウケを取るのはわたしの仕事。あんたには背中を守ってほしいの」
神崎が言った。
なかなかイケメンなセリフだな。
俺が女だったら惚れてたかもしれない。
……ったく、こいつはどうしてこんなにも自信に溢れてるんだか。
これまでの配信で自信につながる要素なんて何ひとつなかったはずなのに。
「わかったよ。妹って設定で行こう。でも、配信まで時間がない。あまり設定が掘り下げられないけど……」
「あんた、オタクでしょ? 銀髪ロングで紫のゴスロリ着た妹系美少女って設定さえ決めとけば、そんなに外れたことはしないんじゃないの? もし滑りそうになったら、声マネでごまかしちゃえばいいわ」
「たしかに、王道なキャラではあるよな」
もともと、俺の好みを北村が汲み取って作ってくれたアバターだ。声マネ動画を作った時に、配信したらどんな感じかこっそり練習したりもしてる。
いや、神崎を見習って正直に言おう。
「本音を言えば、やってみたい。ずっと憧れてたんだからな」
「そうでしょうが。北村もそれがわかってるから、あんたにモデル送ったりしたんでしょ? ずいぶん献身的よね。あんたらデキてんじゃないの? 詠美子さんが喜びそうな話よね」
「BLじゃねえよ!」
実際、北村がどうしてここまでしてくれるのかはたまに疑問に思うけどな!
ちなみに詠美子さんっていうのは、マジキャスのライバーで腐女子をオープンにしてる雪叢詠美子さんのことだな。
「でも、おまえの配信であのアバターを使ったら、俺の正体が北村にバレるぜ。連座しておまえの正体もバレると思う」
北村にはカタロニヤでこいつと一緒にいるところを見られてるからな。その直後の配信で、七星エリカの隣に自分の作ったアバターがいたら、北村は七星エリカの正体に気づくだろう。
「北村はVtuberの正体を暴いて喜ぶような幼稚なタイプじゃないでしょ。そっと胸に秘めておくんじゃないの?」
「駒川さんといい、なんであいつは女子からの信頼が厚いんだ……」
「くだんない嫉妬してんじゃないわよ。あんたはその北村に見込まれてんのよ? わたしだって、全然見込みのない相手を配信に引きずりこんだりしないわ!」
「……そうだな。やってやろうじゃないか。マジキャス沼にハマって幾星霜。プロリスナーの意地を見せてやる!」
俺は、ぐっと拳を握りしめてそう言った。
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