Vtuberだけどリスナーに暴言吐いてもいいですか?

天宮暁

文字の大きさ
上 下
16 / 34

#16 社長からの呼び出し

しおりを挟む
 昨日は七星エリカのライブ配信の場に居合わせたどころか、その手伝いまでしてしまった。
 配信そのものは散々だったが、憧れのマジキャスライバーの生配信に立ち会えた興奮で、昨夜はなかなか寝付けなかった。

 しかし、一夜が明けると、昨日の出来事は全部夢だったんじゃないかと思えてくる。

 なにせ、教室では俺と神崎に接点はない。
 朝挨拶をかわすこともなければ、目が合うことも絶無に等しい。

 でも、俺の席は後ろの方で、神崎は前の方。
 授業を聞いていれば、自然と神崎の姿が目に入る。

 ……いや、以前からそれは同じだったはずだ。
 だけど今日は、やけに神崎へと目が吸われる。

 あらためて言うまでもなく、神崎は美少女だ。
 明るい髪が、窓から入ってくる光で輝いてる。
 配信の疲れか、ちょっとだるそうには見えるが、青みのかかった瞳はちゃんと黒板へと向けられてる。白くて細い指がシャーペンを動かし、ノートに板書を写していく。

「人見、解いてみろ」
 数学教師が、突然俺を当ててきた。

「げっ……」
 俺は席から立ち上がり、黒板の前でチョークを取る。
 勉強は人並みにはやっている。北村みたいに進路が決まってるわけじゃない俺は、クラスの大勢を占める「とりあえず進学」派に属している。
 さいわい、そんなに難しい問題ではなさそうだ。
 が、途中で式がおかしくなる。

「あれ……?」
 何度か見直してみるが、どこで間違ったのかわからない。
「じれったいわね、正弦定理がまちがってるのよ」
「あ、ほんとだ」
 たまたま真後ろにいた神崎が小声でヒントを出してくれたおかげで、俺はなんとか問題を解けた。神崎の声は俺にしか聞こえなかったと思う。

「正解だ。だが、授業は聞いてるようにな」
「すみません」
 そう言って席に戻ろうとする俺に、神崎が一瞬勝ち誇ったような顔を向けてくる。
 おもわずイラァッ……とするようなドヤ顔だ。助けてもらった恩が一瞬で吹っ飛ぶくらいにな。俺は苦笑しながら席に戻る。
 その後の授業は、いちおうまともに聞けてたと思う。



 神崎の様子がおかしいことに気づいたのは午後のことだ。
 休み時間にスマホを持って出て行って、帰ってきてから様子がおかしい。
 キツい顔をしたかと思えば、泣き出しそうな顔になり、恐怖に震えるような顔になった。

 たぶん、俺以外は気づいてない。昨日の配信で、神崎の動作がどうモデルに反映されるかを観察してたから、神崎のちょっとした動きにも敏感になってる。神崎=七星エリカとわかる以前から、七星エリカの配信を見続けてもいるからな。

 放課後、ちらちら視線を送ってくる神崎にうなずき、校門を出たところで合流する。
「どうしたんだ? 様子が変だったぞ」
「……呼び出しを受けたのよ」
「誰に?」
「社長によ」
「マジキャスの社長さんか」

 マジキャスの運営会社の社長は、ライバーの配信をよく見てることで有名だ。たまにコメント欄にも出没する。
 ネットメディアのインタビューでは、もともと芸能プロダクションで働いていた人で、「テレビがつまらなくなった」と言ってマイチューバーの事務所を立ち上げたらしい。最初は「V」(Vtuber)に限ってはいなかったのだが、昨今のVtuberブームに乗っかる形でMAGIC/CASTをプロデュース。十六夜サソリや天海チカに代表されるような個性的なライバーを次々と発掘し、群雄割拠のVtuber業界でマジキャスを中堅どころまで押し上げた。
 メディアへの露出は少ないが、マジキャスのライバーたちの語るところでは、かなりの「やり手」で「見た目が怖い」とのこと。とくに、怒らせると怖いと聞く。

「二時間後にこのあいだの喫茶店だって」
「わざわざこっちまで来るんだ」
「チカちゃんと先に打ち合わせをするみたいね」
「ああ、なるほど」
 この学校には、マジキャスのライバーが二人も通ってる。用件があるならまとめて片付けたほうが効率はいい。その「用件」は、ほぼ確実に前回のコラボ事故のことで、二人はその当事者なんだしな。

「大変だな。がんばれよ」
 俺はそう言って立ち去ろうとする。
 その肩を、後ろからがしっ!とつかまれた。
「あんたも来るのよ」
「えっ、なんで!?」
「そんなの、わたしひとりじゃ怖いからに決まってるじゃない!」
「社長さん、怖い人なの?」
「見た目は怖いけど中身はいい人よ」
「ならいいじゃないか」
「普段はいい人なんだけど怒ると怖いのよ!」
 珍しく、情けないことを言う神崎。

「怒られそうって自覚はあったんだな」
「なに人ごとみたいに言ってんのよ! 昨日のはあんたのせいでもあるんだからね! 怒られるなら一蓮托生よ!」
「い、いや、でも、打ち合わせの席に部外者がいるわけにも」
「あんたはもう関係者でしょうが! 七星エリカと天海チカの正体を知ってる以上、一度社長に脅しておいてもらう必要もあるし」
「脅し!?」
「うちのライバーの正体バラしたらコンクリ漬けにして海に沈めるぞ、的な」
「いつの時代のヤクザだよ!?」
 怖いってそういう意味なのか!?

「それは冗談だけど、社長に言われたのよ。『昨日の配信、誰かの入れ知恵があったろう。そいつも打ち合わせに連れてこい』って」
「怖っ! なんでバレてんだよ!?」
「いつもより抑えがきいてておかしかったって言ってたわ。いつもは竜巻みたいなのに、昨日は突風くらいで済んでたそうよ」
「噂通り、よく見てるんだな」
 マジキャスのライバーは、現在三期生までデビューしてる。一期あたり八人だから、合計二十四人ものライバーがいる。配信がかぶらないようタイムスケジュールを組んでるとはいえ、会社経営で忙しい中、配信をチェックするのは大変だろう。

「都内からここまで来てくれたんだよな。行かないわけにもいかないか」
 と言いながら、俺はワクワクしていた。人気Vtuber事務所マジキャスを率いる社長に、興味がないといったら嘘になる。

「チカちゃんの打ち合わせが終わるまで適当に時間を潰しましょ。駅裏のカタロニヤなら、うちの生徒もそんなにいないでしょ」
「ロイヤルディナーじゃなくていいのか?」
「カタロニヤのほうが安いから。ケーキはいまいちだけどね」
「昨日配信で言いかけてたのはやっぱりカタロニヤか」
「いまいちだけど、ちゃんと値段以上においしいわ。コスパがいいから、高校生はみんなカタロニヤが好きよね。カタロニヤは女子高生のオアシスよ。ドリンクも飲み放題だし」
「それを配信で言えばよかったのに」
「おいしいものを安く、全国津々浦々で提供するのって、高級レストランで最高の料理を提供するのと同じくらい大変なことだと思うのよね。そういう仕事をしてくれてる人たちを、売ってるものの価格が安いってだけで馬鹿にするなんておかしいわ。……って、ママが言ってた」
「なんだ、ママさんの受け売りかよ」
「うっさいわね。受け売りでも同意見ならいいじゃない!」
「まあな」

 こいつはやっぱり、他人をけなして喜ぶようなやつじゃない。
 ただ、普通の人が思っても言わないでおくことを、そのまま口に出してしまうだけなんだ。
 ……いや、それがどうしようもなく致命的な欠点なんだけどな……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...