Vtuberだけどリスナーに暴言吐いてもいいですか?

天宮暁

文字の大きさ
上 下
12 / 34

#12 神崎ママの心配事

しおりを挟む
 食卓に広げられたホカホカご飯の前で、神崎がムキになって否定する。
「だから、ちがうのよ! わたしがこんなのと付き合ってるわけないじゃない!」
「ほんとぉ?」
「本当よ! お願い信じて! こんなキモオタ虹豚マジキャス箱推しVtuberオタクと……つ、付き合ってるなんて思われたらわたし死んじゃうから!」
「キモオタとオタクがかぶってるぞ」
 俺はママさんの作ってくれた味噌汁をすすりながら、どうでもいいことをつっこんだ。
 ママさんが用意してくれたのは、鱈の西京焼き、里芋の煮っころがし、野菜たっぷりの味噌汁、しめじといんげんの入った炊き込みご飯。
 こんな手のかかったもの、タダで食っていいんですかって感じだな。
 俺は西京焼きに箸を進める。

「でも、一緒にお風呂にまで入る仲なんでしょう?」
「そ、それは誤解だって言ってるでしょ!」
「どうかしら、人見君? お口に合うといいんだけど」
「めっちゃ美味しいです。うちの母さんは料理けっこうやっつけなんで」
「そんなこと言っちゃダメよ。きっと忙しいんじゃないかしら。わたしは今日たまたま早く上がれたから手をかけられたけど、働きながらご飯の支度をするのは大変なのよ?」
「そうですね。母さんにも感謝しなきゃ」
「うふふ。素直でいい子ね」
 ママさんが、神崎とよく似た美貌で微笑んだ。

 神崎の母親なんだから、実年齢は若くても三十代後半だろう。見た目はほとんど二十代にしか見えないんだが。
 母娘だけあって、顔立ちは神崎とよく似てる。ママさんのほうが、顔全体の印象はやわらかい。神崎とは逆にすこし下がった目尻の下にほくろがあって、大人の色香を漂わせている。
 髪も瞳も黒いので、神崎の外見は父親譲りなんだろう。

「あんたもなに平然とご飯食べてるのよ!? どうしてただのクラスメイトと母親まじえて晩ご飯食べなきゃいけないわけ!?」
「あらぁ? 人見君にはパソコンのことでお世話になったんでしょ? ママとしてはお礼がしたいわ」
「そ、それは……」
「学校でのこの子の様子も聞きたいし」
「や、やめてよ!」
「いやぁ、絵美莉さんは学校でもこんな感じですよ」
「あんたも一瞬でゲロってんじゃないわよ! っていうか名前で呼ぶな!」
 だって、ママさんも「神崎」だろ。

「こんな子だけど、嫌われてなぁい?」
「そんなことはないと思いますよ。たしかにキツいことは言ってますけど、不思議と尾を引かないですから。絵美莉さんが嫌いってやつはほとんどいないんじゃないかな」
「ほとんどってことは、ちょっとはいるのかしら?」
「まあ、好きな男子が絵美莉さんに惚れてる女子とか、絵美莉さんに告ってフラれた男子とかは、どうしてもいるんで」

「ちょっと! ママになんてことバラしてんのよ!?」
 神崎が抗議してくるが……当然だろ。これくらい、聞かなくたってわかるはずだ。ママさんも、若い頃はそれはもうイヤってほどモテたにちがいない。いや、今だって同じくらいモテそうだ。神崎にはない、大人の女性ならではの色気や余裕まであるからな。包容力のある母性キャラは、いつの時代も根強い人気があるものだ。

「あらあら。絵美莉ちゃんはモテるのねえ。人見君は?」
「俺ですか? モテませんよ」
「ふん、そんなの見ればわかるでしょ」
「うるせえ! 本当のことだけど言うんじゃねえよ!」
 俺と神崎のトゲトゲしいやりとりに、ママさんはなぜかほっこりとした顔をする。

「じゃなくて、この子のこと。どう思う?」
 からかうように、ママさんが聞いてくる。

「……うーん。どうとも思ってない、かな」
 俺は、感じたままにそう答える。

「ちょっと! どういう意味よ!?」
「あ、いや。そういう意味じゃなくて。これまで、あんまり関わりがなかったろ。だから、好きとか嫌いとかちゃんと考えたことなかったなって」

 こいつは、中身がこんなでも美少女だ。
 たとえ好きになっても、俺では絶対に報われない。
 最初から、自分とは別世界の人間だと思ってたのだ。

 クラスで摩擦がなかったとはいわないが、陰キャにはよくあること。むかっとすることくらいはあっても、憎いとまで思ったことはない。
 こいつは面と向かってキモいとか言うやつだけど、聞こえよがしに「あいつキモいよね」「わかる~」とか嘲笑してくるタイプじゃないし。
 ……いや、面と向かってキモい言われたらさすがにキレていいんじゃね? と言われそうだけど、「キモい!」「うるせえ!」以上! でカラッと済んでしまうというか。
 憎まれ役としてのありがちな陽キャって、根っこの部分では自分が他人からどう見えるか不安で、他人を下げることで自分を上げようとしてるとこがあるもんだけど、こいつにはそういうかげみたいなものがないんだよな。
 だから、俺の神崎への認識は、「たまにイラッとさせられる別世界の住人」という程度のものだった。

 こいつの正体を知って――いや、逆か。七星エリカの正体がこいつだと知って、俺はこいつの秘密を共有することになった。
 マジキャス沼にハマってる俺と、マジキャスライバーの中の人。
 いまなら、話のネタにも困らない。
 その意味ではもう、神崎は俺にとって別世界の住人とはいえないだろう。

(もともと七星エリカは好きだったしな……)

 でも、じゃあ中身である神崎まで好きかと言われると、そんなに単純な話じゃない。
 七星エリカが「好き」だったのは、あくまでもVtuberとしてだ。身近な異性としてではない。

「たまたま事情を知ってしまっただけで、これを機に近づいてやろうとか、そういう気持ちはないですよ」
 とても釣り合うとは思えないし。
 叶わぬ夢を見ても恥をかくだけだってことは、アニメやマンガ、ラノベ、Vtuberの黒歴史語りなどを通してとっくに代理学習が済んでいる。

「ふぅん……しっかりした子なのねえ」
 ママさんが、目をキラリと光らせ、俺の顔をじっと見る。

「そんなこともないと思いますが。ふにゃふにゃですよ、俺なんて」
 クラスに君臨する陽キャ女子の母親に褒められてもな。
 配信はともかく、クラスで「しっかり」してるのはまちがいなく神崎のほうだ。

 神崎ママが、俺のほうに身を乗り出す。
 神崎よりさらに大きな胸が食卓に乗った。
(胸って、乗る・・んだ……)
 こみ上げる感動に震えていると、隣の神崎に太ももをつねられた。
 俺は、ママさんの胸元に吸い込まれていた視線を慌てて剥がす。
 神崎ママと、正面から目が合った。

「ねえ、人見君」
「は、はい」
「よかったら、これからも絵美莉ちゃんの話し相手になってあげてくれないかしら?」
 神埼ママがいきなりそんなことを言い出した。

「ちょっ! ママ!? 何言ってんのよ!? わたし、ちゃんと友達いるし!」
「わかってるわよぉ。駒川さんたち、よく遊びに来てくれてるものね」
「だ、だから――」
「でも、駒川さんたちにはあなたがヴァーチャルアイドルをやってることは秘密なんでしょう?」
「そ、それは……そうだけど」

「ママ、配信のことを気兼ねなくお話しできる友達が、絵美莉ちゃんには必要だと思うの」
「そ、そんなの、全然平気だし! 事務所の人とか、他のライバーさんとか……相談できる人なんていくらでもいるわ!」

 神崎がそう言った途端、ママさんの顔から笑みが消えた。

「……絵美莉ちゃん。嘘はよくないって言ってるわよね?」
「う、どうして嘘だと思うのよ……」
 神崎がたじろいだ。

「絵美莉ちゃん。ママ、絵美莉ちゃんのお仕事について、口を出すつもりはなかったの。絵美莉ちゃんの負担になっちゃいけないと思って、ずっと黙ってたんだけど……」

 ママさんは、そこで言葉を切ると、神崎を真正面から見つめて言った。

「ママね。絵美莉ちゃんの――いえ、七星エリカの配信は全部見てるわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

処理中です...