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一章 お嬢様格闘家と自作他演の最強執事

灼き払われた自尊心

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◇ティア・ルクセンティア視点

 窮地を救ってくださった二人の冒険者が立ち去った後、その場には居心地の悪い沈黙が降りました。
 騎士たちが顔を見合わせ、戸惑う中で、わたしは涙をぬぐうと、自分の手で自分の頬を叩きます。

「せ、聖女様!?」

 護衛の騎士のリーダーであるシルヴェットが驚きます。
 わたしは、そのシルヴェットに対して深く頭を下げました。


「――これまで、申し訳ありませんでした」


 わたしの唐突な謝罪の言葉に、シルヴェットがぎょっとした顔で仰け反ります。

「そ、そんな! あの冒険者の言ったことでしたら……」
「彼女のおっしゃっていたことは正しいと思います。よくよく考えてみれば、まさしく彼女のおっしゃった通りでした。わたしは、使命を重んじるあまり、わたしのために仕えてくださる皆さんのことをないがしろにしていたのです。そのことを恥じ、心から詫びさせていただきます」
「お顔をお上げください、聖女様! わたしたちは、聖務としてここにいるのです! 聖女様がわたしたちにお気遣いなさる必要はございません!」
「仕事の分担という意味ではその通りなのでしょう。ですが、同じ人間同士として考えるのなら、わたしの取っていた態度は、卑怯で、尊大で、矛盾したものでした。たしかに、『聖女』として一般に期待される通りのふるまいをしてきたと思いますが、そんなことは神の前にはなんの言い訳にもなりません」
「せ、聖女様……」

 わたしは、戸惑うシルヴェットから離れ、荷馬車へと近づきます。

「わかっていたんです。わたしは、聖導士であるにもかかわらず、騎士の皆さんを聖騎士へと導くこともできずにいます。さぞや、頼りない聖導士だと思われていることでしょう。他の聖女の下につきたかったと」
「そ、そのようなことは決して……!」
「いいのです。神の下には皆平等。口ではそんなことをうそぶきながら、弱くて情けない自分をかばうために、わたしは聖女としての立場を利用してきたのです」

 わたしは、荷馬車の後ろに回り込み、荷台に積まれた「布」へと手をかけます。

「くっ……重いですね」
「聖女様、一体何を……? 天幕で休まれるのですか?」
「いえ……まさか。盗賊に襲われた場所で休むなどありえません。それにしても、重いですね」
「天幕を下ろすのですか?」
「はい。すみません、手伝ってください」

 シルヴェット始め、他の騎士たちは、困惑の表情で天幕を地面に下ろしました。

「これもそうです。一人だけ豪華な天幕の下で安眠を貪りながら、神の下では平等などと……よくそんなことが言えたものです。傲慢とは、恐ろしいものですね、シルヴェット」
「聖女様が傲慢など、とんでもない! むしろ、かように謙虚なお方でよかったと思っておりますのに……!」

 シルヴェットは、本気で言ってくれていると思います。
 実際、眉をひそめざるをえないような、問題のある「聖女」や聖導士は多いのです。
 ああはなるまいと反面教師にしているつもりでありながら、その実わたしは、「あれよりはマシだ」と思って安心していたのではないでしょうか。

「ありがとう、シルヴェット。でも、わたしは自分で自分が許せません。あの方に心の『拳』で殴られ、わたしは気づくことができたのです」

 わたしは、使い慣れないスキルに苦労しながら、手と手の間に小さな火の玉を生み出します。

「せ、聖女様!? まさか……! お、おやめください! 猊下げいかからたまわった天幕に何かあれば、聖女様でもただでは済みませぬ!」
「罰は、甘んじて受けます。これは、自分への戒めです」

 教皇猊下から賜った天幕。
 錦の神旗。
 自分がこれからやろうとしていることに、血の気が引きます。

 それでも、わたしは、進みたい――

 わたしの放った火球が、地べたに置かれた天幕に直撃しました。

「あ、ああ……!」

 シルヴェットが、具足をがしゃりと鳴らして膝をつきます。
 燃え上がる天幕を眺めながら、わたしははっきりと言いました。

「これからは、皆さんとともに食べ、眠ります」

 こんな派手な天幕があるからこそ、盗賊たちはたやすくわたしたちを発見することができたのです。
 わたしの見栄のために、わたしの臆病さのために、騎士の皆さんを危険に晒していたということなのです。

「わたしが弱く、情けなく、役に立たなければ、どうぞわたしを蔑んでください。それが、本当のわたしです。神の下に等しいとは、本来そうしたことをも含むはずです」
「せ、聖女様……いえ、ティア様」

 シルヴェットが、わたしの前に駆け寄り、その勢いのまま片膝をつきました。
 他の騎士たちも、シルヴェットの後ろに集まり、同じく膝をつき、頭を落とします。

「あ、あの……皆さん? もう、そのようなことをなさる必要はないのですよ?」

 わたしが戸惑い、そう声をかけると、

「――いえ、ティア様。あなたは、わたしたちのあるじにふさわしいお方です。主に対しては、ふさわしい態度を取らねばなりませぬ」
「そ、そのようなつもりで言ったのではありません!」
「わかっておりますとも。しかし、なればこそ、わたしはあなたに従いたいと思ったのです。
 思えば、これまでのわたしの忠誠は偽物でした。聖女であらせられるティア様、猊下のご孫女であられるティア様についていけば、いずれ聖騎士になれるであろう――そのような私欲で仕えておりました。
 ですが、そのような私欲は、たった今天幕とともに焼け落ちました。今日この時より、命の尽きるその時まで――シルヴェットは、ティア様の真実の騎士となりましょう」
「シルヴェット……」

 わたしが呆然としている間に、早くも天幕は燃え尽きようとしていました。
 あれだけ仰々しいものでも、火がつけばあっという間に灰になってしまいます。
 もっと早く、焼いてしまえばよかったのに。
 あの方に指摘される前に、自分で気づかなければならなかったのです。

「……わたしは、未熟な聖女です。しかし、これからは、その未熟さをにしきで飾って誤魔化すことは致しません。わたしに非があれば、皆も厳しくいさめてください」

 その時、わたしは自分のうちに、新たな力が芽生えるのを感じました。

「これは……まさか」

 わたしは、自分自身に【看破】を使います。



 ティア・ルクセンティア
 ルクセンティアの聖女
 聖導士
 レベル33
 HP 64/64
 MP 556/556

 スキル
 【障壁魔法】51
 【結界魔法】11
 【鑑定】42
 【看破】2
 【火魔法】4
 【水魔法】4
 【聖職叙任】1(NEW!)



「おお、神よ……!」

 わたしは、待ち望んでいたスキル【聖職叙任】を、早速シルヴェットに使いました。

「なっ……まさか、これは!?」

 シルヴェットはすぐに気づいたようです。

「おかしなものですね。聖女としてずっと渇望していたものを、聖女の立場を捨てた途端に授かれるとは」

 【聖職叙任】で、わたしは騎士たち全員を聖騎士に任じました。
 【看破】で確認すると、皆のクラスが騎士から聖騎士へと変化したことがわかります。
 騎士たちが――いえ、聖騎士たちが、喜びの声を上げました。

「「「ティア様万歳! ティア様万歳!」」」

「やめてください、恥ずかしくて死んでしまいます」

 わたしは火照る頬を隠すように、森の奥へと目を向けます。

「さあ、進みましょう。盗賊に狙われた以上、野営は避けるべきですから」
「……その、盗賊どもの死体はどうなさいますか?」

 聖騎士の一人が、遠慮がちに聞いてきます。

「残念ですが、捨て置きます」

 これまでにも、何度か野盗に襲われ、撃退したことがありました。
 そのたびに、わたしは賊の死体を埋葬し、長い祈祷を捧げていました。
 いえ、正確には、穴を掘り、死体を埋めるのは騎士たちで、わたしは単に命令するだけだったのです。
 それはすなわち、賊を撃退した直後に、まだ危険かもしれない場所で、いたずらに時を過ごしてきたということです。
 あの方に指摘された通り、わたしは自分の信条を優先するあまり、護衛の騎士たちをみすみす危険に晒してきたのでした。

「街に着いてから、教会の者に頼んで、賊の死体を葬るよう手配いたしましょう」

 シルヴェットが、わたしの気持ちを汲んでそう提案してくれました。おそらく、それでは死体は魔物に食われ、埋葬することはかなわないでしょう。それでも提案してくれたシルヴェットに、感謝の念がこみ上げてきます。

「ありがとう、シルヴェット。
 ただ、ひとつだけ、気がかりがあります。今回の賊は、平均してレベルが高かったようです。とてもただの野盗とは思えません。何か、身元のわかるものや、命令書のたぐいを持っていないかだけ、チェックしていただけますか?」
「ごもっともです。では、そのように」
「わ、わたしも手伝います」
「いえ、聖女様はこうしたことに不慣れでしょう。結局、他の者が重ねて調べることにもなりますので……」
「……二度手間になるだけですか」
「は、はい……」
「そう緊張しないでください。わたしは、皆にとって最適な方法を考えたいだけなのです。正直に言っていただいて、よい勉強になりました」

 聖騎士たちは、手際よく賊の死体を調べます。
 隠しポケットがないかなど、服を裂いて徹底的に調べているようです。
 たしかに、わたしでは見落としてしまったことでしょう。

「これは……闇ギルドの身分証です!」
「こっちもです!」

 聖騎士たちから声が上がります。

「やはり、ですか……」
「ティア様を襲撃するよう、闇ギルドに依頼した者がいるということですね。それはおそらく……」
「わかっています。しかし、証拠はありません」

 聖騎士たちは賊の死体を調べましたが、それ以上の物証は出てきませんでした。

「それにしても、闇ギルドの手配した刺客をほとんど一人で倒してしまうとは……あの女性冒険者は一体……?」
「彼女は、冒険者ではありませんよ」

 考え込んで言うシルヴェットに、わたしは言いました。

「冒険者ではない? ティア様、【看破】を使われていたので?」
「はい。ホウオウイン・ベニカ。レベルは29。スキルは、初級の魔法を地水火風の四つ揃えていましたが、武器スキルはありませんでした」
「地水火風の四属性? 魔術士でも、四属性も扱える者は稀ですが……。
 いえ、お待ちください。武器スキルを持っていない? 拳闘士ではないとおっしゃるのですか?」
「クラスは空欄でした。ですので、冒険者ではありえません」
「そんなことがありうるのですか? あれだけの【拳闘術】を使いこなしながら、冒険者でも拳闘士でもない、などと……」
「いえ、ですから、【拳闘術】も持っていなかったのです。彼女は、戦いでスキルを使っていなかったということになります」
「はぁっ……!?」

 シルヴェット他、話を聞いていた聖騎士たちが唖然とします。

「ありえない……! もちろん、クラスに縛られず、他のクラスのスキルを真似ることは可能です。しかし、所詮は真似ごと、小手先の『技』にすぎません。スキルこそ、神の与えたる至高の武技! スキルなしに、戦い慣れした高レベルの盗賊どもの攻撃をしのぎ、逆に圧倒するなど、人間にできることではありませぬ!」
「それだけではありません。彼女のレベルは29。盗賊をあれだけ倒したのですから、わたしが見たのはレベルアップした後の数値でしょう。
 つまり、盗賊たちと戦っていた時の彼女は、レベル28だったはずです。場合によっては、それ以下だったということもありえます。
 一方、盗賊たちのレベルは、最も低い者でも29。最高レベルは39でした」

 盗賊たちのレベルは、死体を【看破】して調べました。

「39!? で、では、もし彼女が現れていなければ……」
「ええ。わたしたちは全滅していたことでしょう」

 森に、沈黙が落ちました。

「ですが……待ってください! 彼女のレベルは28以下だったとおっしゃいましたね?」
「ええ」
「では彼女は、自分より高レベルの盗賊どもを、同時に複数相手にしながら、スキルも使わず、おのが身につけた小手先の技のみで、盗賊どもを蹴散らした……とおっしゃるのですか!?」
「その通りです」
「そ、そんな馬鹿な……!」
「わたしも驚いています。信じがたい話です。彼女は、スキルだけを見るなら、魔術士といった方が近いくらいなのです」

 もっとも、彼女は魔術士のクラスも持っていませんでした。
 どうすればそんな奇妙な状態になるのか、わたしには想像がつきません。
 神の威光すら届かぬはるか遠くの土地からやってきた……とでも考えるしかなさそうです。

「可能……なのですか。スキルを使わず、おのれの力のみで戦うなどということが……」
「彼女には、できるのでしょうね。
 彼女は、神を頼まず、自分の力で戦っているということです。
 ステータスという神の加護を授かる以前には、人々はそのようにして戦っていたはずです。
 まさに、神話から抜け出してきたかのような英雄ですね」

 そんな彼女に、聖女の身分にあぐらをかき、自分の足で立っていないと指摘されれば、もはや恥じ入ることしかできません。

「で、では、あの連れの男はどうなのです? 盗賊どものかしらを瞬殺していたあの男は……」
「彼は、さらに謎ですね」

 わたしは声を低くしてつぶやいた。

「【看破】されたのですよね? 彼のレベルは? スキルは?」
「……それが、【看破】できなかったのです」

 わたしの言葉に、シルヴェットが首をひねります。

「できなかった……とは?」
「彼に【看破】をかけようとすると、それを察したかのように、彼は気配を揺るがすのです。わたしのスキルレベルの【看破】では、発動するのに相手を数秒見つめる必要があります。ですが、そのたびに彼の……存在感、のようなものが、蜃気楼のように揺らめきました。そうなるごとに、【看破】がやり直しになってしまうのです」
「なっ……! そ、そのようなことが可能なのですか!?」
「わたしも、このような経験は初めてです」

 わたしより高レベルの【看破】の持ち主に、こちらの【看破】が効かなかったことはあります。
 また、【看破】の下位スキルである【鑑定】では、相手のレベルが【鑑定】のスキルレベルを上回っている場合には、相手のレベルが見破れません。

 しかし、こちらの【看破】を察して「ける」――そんなことをしてくる相手は初めてでした。

「女性冒険者――あ、いや、冒険者ではないのでしたね。彼女のほうは、【看破】をけることはできないということでしょうか?」
「どうなのでしょう。彼女も、視線には敏感でした。ただ、見たいのならば勝手にどうぞ、という態度のようにも思えました」
「ううむ……自信の表れということですか」

 実際、彼女の実力のほどは、ステータスからは推し量れません。ステータスを見られたところで大して困らないと考えているのかもしれません。

「どうにも不思議な方々ですね。ですが、わたしの目を開いてくださったことには感謝しています。【看破】持ちのわたしなどより、彼女のほうが、よほどよく人の本質を見抜く力を持っています。彼女の目には、一点の曇りもありません。天衣無縫という言葉は、まさに彼女――ベニカ様のためにあるかのようです」

 聖女という衣にくるまり、小さな自尊心を守ろうとしていたわたしは、彼女の目にどれほど惨めに映ったことでしょう。
 神の威光を借りるだけの月のようなわたしには、彼女は自ら輝く太陽のように思えます。
 彼女は――ホウオウイン・ベニカ様は、あまりにもまぶしすぎ、その光がわたしの網膜や皮膚を灼くのです。

「ベニカ様に救われた命です。彼女に恥じずに済むよう、本当の意味での『聖女』になりたい――それが、今のわたしの願いです」
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