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一章 お嬢様格闘家と自作他演の最強執事
鳳凰院紅華という少女
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紅華お嬢様は、幼少の頃から、鳳凰院家の令嬢としての嗜みとして武術を学んだ。
お屋形様としては、なにかと危なっかしいお嬢様に護身術を身につけさせたい、という程度のご意向だったらしい。
だが、お嬢様は、武術にどハマりしてしまった。
お嬢様は、天性の才能を発揮して、師範の教えをぐんぐんと吸収した。最後には、師範がもはやお嬢様に教えられることは残ってないと、匙を投げるありさまだった。師範は、もしお嬢様が主家の令嬢でなかったら流派の跡取りにしたかったと言って悔しがったという。
その後も、お嬢様の武術熱は冷めやらなかった。
鳳凰院家の財力や人脈を生かしてあらゆる門派に入門し、その技を片っ端から吸収していく。
(……いや、そんな生易しいもんじゃない)
お嬢様は、長ずるに従って道場破りを始め、腕に覚えのある大人たちを片っ端からなぎ倒していった。
相当に恨みも買ってると思う。
女だてらに屈強な武術家たちに挑みかかり、病院送りにするお嬢様は、陰では「鳳凰院の狂犬」と呼ばれ、恐れられているらしい。
この屋敷の物置には、お嬢様が道場破りをして持ち帰ったさまざまな道場の看板が、埃をかぶって眠ってる。
僕は読みかけのライトノベルを机に伏せ、お嬢様へと向き直る。
「気になるなら、自分で読めばいいじゃないですか」
「わたしはいいわよ。小説っていちいち想像しなくちゃいけないからまだるっこしいし。あんたから聞いた方が早いわ。あんたってほんと要領よくまとめるわよね」
お嬢様は鳳凰院家の跡取りだ。
優秀な部下が取りまとめた報告を聞き、その場で判断を下す訓練を受けている。
(もとの性格もあると思うけどね)
お嬢様は、ごちゃごちゃ考えるのが嫌いなのだ。
そのくせ、ずば抜けた直感力で、ものごとの本質や他人の胸中を見抜いてしまう。
隠し事の得意な僕ですら、お嬢様相手に嘘はつくのは難しい。
「それより、格ゲーやりましょうよ、格ゲー」
お嬢様は、僕の本棚から勝手にゲームソフトを抜き出した。
ちょうど買ったばかりの新作だ。
「稽古はいいんですか? なんならお相手しますけど」
「あんたの戦いは身も蓋もないからやっててつまらないのよね」
まあ、そうかもしれない。
お嬢様の求める「戦い」は、日の当たる場所での戦いだ。
僕の目指すものとは真逆の方向を向いている。
「ゲームなら、条件はフェアでしょ? ちゃんと勝負になるようにできてるんだからすごいわよね。実戦じゃ先に一発入れたほうがだいたい勝っちゃうわけだし」
「たしかに実戦じゃ、追い詰められてから逆転なんて滅多に起きませんね」
「起きてくれたらおもしろいんだけどねー」
「僕は嫌ですよ。不確定要素の多い戦いなんて」
というわけで、僕とお嬢様は僕の部屋で格闘ゲームをすることになった。
「勝ったー!」
「うっ、強い」
さすがはお嬢様。呑み込みの早さがハンパない。
僕だって器用なほうなんだけど、スタートダッシュでは完全に負けている。
「これで……決まりよ!」
お嬢様のキャラが超必殺技を放つ。
「甘いですよ」
僕は後出しで超必殺技を入力した。
このゲームのシステムでは、超必殺技同士がかちあうと、後で出したほうが勝つようになっている。
お嬢様のキャラが、僕のキャラの超必を食らってKOされた。
「えええっ!? そんなのアリ!?」
「やっぱり下調べは大事ですね」
お嬢様が好きそうなゲームのことなら僕は何でも知っている。
このゲームを買ったのも、僕の趣味というより、お嬢様の趣味に合わせてのことだ。
本棚の、お嬢様が発見しやすい高さに置いておいたのも計算だ。
(お嬢様は自分より強い相手と戦うのが好きだからね)
かといって、勝ち目がなくてもへそを曲げる。
お嬢様よりちょっと強いくらいを維持するのがポイントだ。
武術の面では、お嬢様より「ちょっと強い」人を見つけるのが難しくなってしまった。お嬢様自身がお強くなったせいで、鳳凰院の情報網をもってしても、最近は手頃な相手が見つからない。
そのストレスを、せめてゲームの中で発散できれば。
根本的な解決にはならないけれど、他にできることも思いつかない。
お嬢様の執事としても「友人」としても不甲斐ない限りだ。
「ズルいわよ! せっかくの新作なのに、事前に攻略を見るなんて邪道だわ!」
「攻略じゃなくて、公式サイトを見ただけですって」
お嬢様の持ってきたパッケージの裏にも書いてある。
「でもやっぱり、全力で戦えるっていいわよね! 相手を怪我させないように配慮する武道なんて偽物よ!」
お嬢様がきっぱりと言った。
実戦志向のお嬢様は、競技としての格闘技にはいまひとつ興味を持てないらしい。
いわく、
――だって、柔道家が四つん這いになったら、後頭部を踏んづければいいじゃない。合気道家が相手なら、反応できない速度で殴りかかれば、技をかけられる前に倒せるわ。剣道なら、相手が構える前に斬りかかればいいだけよ。
おそろしいことに、お嬢様はこの発言を実際に実行して、いくつもの道場から出入り禁止を食らってる。
お嬢様が、僕が読みかけてたライトノベルの表紙をちらりと見た。
「異世界ねぇ……わたしも行ってみたいわ」
「意外ですね」
異世界に行きたがるのは、たいていこの世界で不満を抱えてる人たちだ。
何不自由なく暮らしてるお嬢様が異世界に行きたいとは。
(いや、べつに意外じゃないか)
お嬢様が異世界に行きたい理由なんて決まってる。
「だって、この世界より強いやつがたくさんいそうじゃない!」
瞳に星すら浮かべてお嬢様が言った。
「僕は勘弁してほしいですけどね。異世界転生なんてお話だから面白いんですよ」
「夢がないわねえ」
「夢だからいいんですって。現実になったらたまりませんよ」
そこで、部屋の扉がノックされた。
お屋形様としては、なにかと危なっかしいお嬢様に護身術を身につけさせたい、という程度のご意向だったらしい。
だが、お嬢様は、武術にどハマりしてしまった。
お嬢様は、天性の才能を発揮して、師範の教えをぐんぐんと吸収した。最後には、師範がもはやお嬢様に教えられることは残ってないと、匙を投げるありさまだった。師範は、もしお嬢様が主家の令嬢でなかったら流派の跡取りにしたかったと言って悔しがったという。
その後も、お嬢様の武術熱は冷めやらなかった。
鳳凰院家の財力や人脈を生かしてあらゆる門派に入門し、その技を片っ端から吸収していく。
(……いや、そんな生易しいもんじゃない)
お嬢様は、長ずるに従って道場破りを始め、腕に覚えのある大人たちを片っ端からなぎ倒していった。
相当に恨みも買ってると思う。
女だてらに屈強な武術家たちに挑みかかり、病院送りにするお嬢様は、陰では「鳳凰院の狂犬」と呼ばれ、恐れられているらしい。
この屋敷の物置には、お嬢様が道場破りをして持ち帰ったさまざまな道場の看板が、埃をかぶって眠ってる。
僕は読みかけのライトノベルを机に伏せ、お嬢様へと向き直る。
「気になるなら、自分で読めばいいじゃないですか」
「わたしはいいわよ。小説っていちいち想像しなくちゃいけないからまだるっこしいし。あんたから聞いた方が早いわ。あんたってほんと要領よくまとめるわよね」
お嬢様は鳳凰院家の跡取りだ。
優秀な部下が取りまとめた報告を聞き、その場で判断を下す訓練を受けている。
(もとの性格もあると思うけどね)
お嬢様は、ごちゃごちゃ考えるのが嫌いなのだ。
そのくせ、ずば抜けた直感力で、ものごとの本質や他人の胸中を見抜いてしまう。
隠し事の得意な僕ですら、お嬢様相手に嘘はつくのは難しい。
「それより、格ゲーやりましょうよ、格ゲー」
お嬢様は、僕の本棚から勝手にゲームソフトを抜き出した。
ちょうど買ったばかりの新作だ。
「稽古はいいんですか? なんならお相手しますけど」
「あんたの戦いは身も蓋もないからやっててつまらないのよね」
まあ、そうかもしれない。
お嬢様の求める「戦い」は、日の当たる場所での戦いだ。
僕の目指すものとは真逆の方向を向いている。
「ゲームなら、条件はフェアでしょ? ちゃんと勝負になるようにできてるんだからすごいわよね。実戦じゃ先に一発入れたほうがだいたい勝っちゃうわけだし」
「たしかに実戦じゃ、追い詰められてから逆転なんて滅多に起きませんね」
「起きてくれたらおもしろいんだけどねー」
「僕は嫌ですよ。不確定要素の多い戦いなんて」
というわけで、僕とお嬢様は僕の部屋で格闘ゲームをすることになった。
「勝ったー!」
「うっ、強い」
さすがはお嬢様。呑み込みの早さがハンパない。
僕だって器用なほうなんだけど、スタートダッシュでは完全に負けている。
「これで……決まりよ!」
お嬢様のキャラが超必殺技を放つ。
「甘いですよ」
僕は後出しで超必殺技を入力した。
このゲームのシステムでは、超必殺技同士がかちあうと、後で出したほうが勝つようになっている。
お嬢様のキャラが、僕のキャラの超必を食らってKOされた。
「えええっ!? そんなのアリ!?」
「やっぱり下調べは大事ですね」
お嬢様が好きそうなゲームのことなら僕は何でも知っている。
このゲームを買ったのも、僕の趣味というより、お嬢様の趣味に合わせてのことだ。
本棚の、お嬢様が発見しやすい高さに置いておいたのも計算だ。
(お嬢様は自分より強い相手と戦うのが好きだからね)
かといって、勝ち目がなくてもへそを曲げる。
お嬢様よりちょっと強いくらいを維持するのがポイントだ。
武術の面では、お嬢様より「ちょっと強い」人を見つけるのが難しくなってしまった。お嬢様自身がお強くなったせいで、鳳凰院の情報網をもってしても、最近は手頃な相手が見つからない。
そのストレスを、せめてゲームの中で発散できれば。
根本的な解決にはならないけれど、他にできることも思いつかない。
お嬢様の執事としても「友人」としても不甲斐ない限りだ。
「ズルいわよ! せっかくの新作なのに、事前に攻略を見るなんて邪道だわ!」
「攻略じゃなくて、公式サイトを見ただけですって」
お嬢様の持ってきたパッケージの裏にも書いてある。
「でもやっぱり、全力で戦えるっていいわよね! 相手を怪我させないように配慮する武道なんて偽物よ!」
お嬢様がきっぱりと言った。
実戦志向のお嬢様は、競技としての格闘技にはいまひとつ興味を持てないらしい。
いわく、
――だって、柔道家が四つん這いになったら、後頭部を踏んづければいいじゃない。合気道家が相手なら、反応できない速度で殴りかかれば、技をかけられる前に倒せるわ。剣道なら、相手が構える前に斬りかかればいいだけよ。
おそろしいことに、お嬢様はこの発言を実際に実行して、いくつもの道場から出入り禁止を食らってる。
お嬢様が、僕が読みかけてたライトノベルの表紙をちらりと見た。
「異世界ねぇ……わたしも行ってみたいわ」
「意外ですね」
異世界に行きたがるのは、たいていこの世界で不満を抱えてる人たちだ。
何不自由なく暮らしてるお嬢様が異世界に行きたいとは。
(いや、べつに意外じゃないか)
お嬢様が異世界に行きたい理由なんて決まってる。
「だって、この世界より強いやつがたくさんいそうじゃない!」
瞳に星すら浮かべてお嬢様が言った。
「僕は勘弁してほしいですけどね。異世界転生なんてお話だから面白いんですよ」
「夢がないわねえ」
「夢だからいいんですって。現実になったらたまりませんよ」
そこで、部屋の扉がノックされた。
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