上 下
3 / 32
一章 お嬢様格闘家と自作他演の最強執事

鳳凰院紅華という少女

しおりを挟む
 紅華べにかお嬢様は、幼少の頃から、鳳凰院ほうおういん家の令嬢としての嗜みとして武術を学んだ。
 お屋形様としては、なにかと危なっかしいお嬢様に護身術を身につけさせたい、という程度のご意向だったらしい。

 だが、お嬢様は、武術にどハマりしてしまった。

 お嬢様は、天性の才能を発揮して、師範の教えをぐんぐんと吸収した。最後には、師範がもはやお嬢様に教えられることは残ってないと、匙を投げるありさまだった。師範は、もしお嬢様が主家の令嬢でなかったら流派の跡取りにしたかったと言って悔しがったという。

 その後も、お嬢様の武術熱は冷めやらなかった。
 鳳凰院家の財力や人脈を生かしてあらゆる門派に入門し、その技を片っ端から吸収していく。

(……いや、そんな生易しいもんじゃない)

 お嬢様は、長ずるに従って道場破りを始め、腕に覚えのある大人たちを片っ端からなぎ倒していった。
 相当に恨みも買ってると思う。
 女だてらに屈強な武術家たちに挑みかかり、病院送りにするお嬢様は、陰では「鳳凰院の狂犬」と呼ばれ、恐れられているらしい。
 この屋敷の物置には、お嬢様が道場破りをして持ち帰ったさまざまな道場の看板が、埃をかぶって眠ってる。

 僕は読みかけのライトノベルを机に伏せ、お嬢様へと向き直る。

「気になるなら、自分で読めばいいじゃないですか」
「わたしはいいわよ。小説っていちいち想像しなくちゃいけないからまだるっこしいし。あんたから聞いた方が早いわ。あんたってほんと要領よくまとめるわよね」

 お嬢様は鳳凰院家の跡取りだ。
 優秀な部下が取りまとめた報告を聞き、その場で判断を下す訓練を受けている。

(もとの性格もあると思うけどね)

 お嬢様は、ごちゃごちゃ考えるのが嫌いなのだ。
 そのくせ、ずば抜けた直感力で、ものごとの本質や他人の胸中を見抜いてしまう。
 隠し事の得意な僕ですら、お嬢様相手に嘘はつくのは難しい。

「それより、格ゲーやりましょうよ、格ゲー」

 お嬢様は、僕の本棚から勝手にゲームソフトを抜き出した。
 ちょうど買ったばかりの新作だ。

「稽古はいいんですか? なんならお相手しますけど」
「あんたの戦いは身も蓋もないからやっててつまらないのよね」

 まあ、そうかもしれない。
 お嬢様の求める「戦い」は、日の当たる場所での戦いだ。
 僕の目指すものとは真逆の方向を向いている。

「ゲームなら、条件はフェアでしょ? ちゃんと勝負になるようにできてるんだからすごいわよね。実戦じゃ先に一発入れたほうがだいたい勝っちゃうわけだし」
「たしかに実戦じゃ、追い詰められてから逆転なんて滅多に起きませんね」
「起きてくれたらおもしろいんだけどねー」
「僕は嫌ですよ。不確定要素の多い戦いなんて」

 というわけで、僕とお嬢様は僕の部屋で格闘ゲームをすることになった。

「勝ったー!」
「うっ、強い」

 さすがはお嬢様。呑み込みの早さがハンパない。
 僕だって器用なほうなんだけど、スタートダッシュでは完全に負けている。

「これで……決まりよ!」

 お嬢様のキャラが超必殺技を放つ。

「甘いですよ」

 僕は後出しで超必殺技を入力した。
 このゲームのシステムでは、超必殺技同士がかちあうと、後で出したほうが勝つようになっている。
 お嬢様のキャラが、僕のキャラの超必を食らってKOされた。

「えええっ!? そんなのアリ!?」
「やっぱり下調べは大事ですね」

 お嬢様が好きそうなゲームのことなら僕は何でも知っている。
 このゲームを買ったのも、僕の趣味というより、お嬢様の趣味に合わせてのことだ。
 本棚の、お嬢様が発見しやすい高さに置いておいたのも計算だ。

(お嬢様は自分より強い相手と戦うのが好きだからね)

 かといって、勝ち目がなくてもへそを曲げる。
 お嬢様よりちょっと強いくらいを維持するのがポイントだ。

 武術の面では、お嬢様より「ちょっと強い」人を見つけるのが難しくなってしまった。お嬢様自身がお強くなったせいで、鳳凰院の情報網をもってしても、最近は手頃な相手が見つからない。

 そのストレスを、せめてゲームの中で発散できれば。
 根本的な解決にはならないけれど、他にできることも思いつかない。
 お嬢様の執事としても「友人」としても不甲斐ない限りだ。

「ズルいわよ! せっかくの新作なのに、事前に攻略を見るなんて邪道だわ!」
「攻略じゃなくて、公式サイトを見ただけですって」

 お嬢様の持ってきたパッケージの裏にも書いてある。

「でもやっぱり、全力で戦えるっていいわよね! 相手を怪我させないように配慮する武道なんて偽物よ!」

 お嬢様がきっぱりと言った。
 実戦志向のお嬢様は、競技としての格闘技にはいまひとつ興味を持てないらしい。

 いわく、

 ――だって、柔道家が四つん這いになったら、後頭部を踏んづければいいじゃない。合気道家が相手なら、反応できない速度で殴りかかれば、技をかけられる前に倒せるわ。剣道なら、相手が構える前に斬りかかればいいだけよ。

 おそろしいことに、お嬢様はこの発言を実際に実行して、いくつもの道場から出入り禁止を食らってる。

 お嬢様が、僕が読みかけてたライトノベルの表紙をちらりと見た。

「異世界ねぇ……わたしも行ってみたいわ」
「意外ですね」

 異世界に行きたがるのは、たいていこの世界で不満を抱えてる人たちだ。
 何不自由なく暮らしてるお嬢様が異世界に行きたいとは。

(いや、べつに意外じゃないか)

 お嬢様が異世界に行きたい理由なんて決まってる。

「だって、この世界より強いやつがたくさんいそうじゃない!」

 瞳に星すら浮かべてお嬢様が言った。

「僕は勘弁してほしいですけどね。異世界転生なんてお話だから面白いんですよ」
「夢がないわねえ」
「夢だからいいんですって。現実になったらたまりませんよ」

 そこで、部屋の扉がノックされた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

来訪神に転生させてもらえました。石長姫には不老長寿、宇迦之御魂神には豊穣を授かりました。

克全
ファンタジー
ほのぼのスローライフを目指します。賽銭泥棒を取り押さえようとした氏子の田中一郎は、事もあろうに神域である境内の、それも神殿前で殺されてしまった。情けなく申し訳なく思った氏神様は、田中一郎を異世界に転生させて第二の人生を生きられるようにした。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...