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43 打ち上げ②乾杯
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俺とルディアは街で時間を潰した。
中央広場の時計を見て、俺たちは料亭に入る。
黄昏の馬車亭。
上級ホーリーナイト御用達の店だと聞いてる。
煉瓦の塀に囲まれた中に、小さな庭。
掃き清められた庭の奥には、瀟洒な建物がある。
入り口で、メリーアンの名を告げる。
「どうぞ、こちらへ」
女性店員が俺たちを部屋に案内する。
洗練された身ごなしの店員だ。
剣とは違うが、これもまたひとつの芸だろう。
「メリーアン様はまだお見えではありません。
先に食べていてもいいとのお言伝ですが……」
「それも悪いな。お茶と軽い菓子を頼む」
「かしこまりました」
俺とルディアは個室に入る。
7、8人が入れそうな一室だ。
上品なテーブルにはシワひとつないクロス。
壁には絵画、窓には花が飾られてる。
「綺麗なお部屋ですね」
「だな。新人魔剣士が入れるとこじゃない」
「そうなのですか?」
「贅沢に慣れるのは怖いからな。
ま、代表が一緒の時はいいだろ」
ルディアは贅沢を好むような少女ではない。
だが、慣れとは怖いものだ。
常識がないだけに、染まってしまうのも心配だ。
(なんだか、親になったみたいだな)
俺には親はいなかったが。
子どもがいたらこんな気持ちなのだろう。
お茶と菓子でルディアと待ってると、
「ごめんなさい、遅れたわ」
「すみません、急な来客がありまして……」
言いながら、メリーアンとサリーが入ってくる。
「そんなに待ってないさ。
こっちは奢ってもらう身だしな」
「悪いわね。今日は好きに食べちゃっていいから。
――モニカちゃん、注文いい?」
メリーアンが店員を呼ぶ。
「はい、ただいま」
俺たちを案内した店員が戸口に現れる。
「料理はおまかせするわ。
「ぶどう酒のお湯割りで。
ナインとルディアはどうします?」
「今日は付き合うと決めたからな。
トルッカを頼む」
「そうこなくっちゃ!
ルディアちゃんは?」
「ええと……よくわからないのですが」
「ルディアにまで飲ませようとしないでくれるか?
ジュースかお茶か……」
「では、南方のジュースはいかがでしょう?
今日入荷したばかりの珍しい品です」
と、店員。
「それでいいか?」
「はい。わからないのでおまかせします」
注文を取り終え、店員が廊下へ消えた。
「せっかくだ、いろいろ飲んでみるといい。
代表の奢りだからな」
「そうよぉ。お金の心配はしないで楽しんでね。
ま、お金はナインの方が持ってるでしょうけど」
「生々しい話をするなよな。
拝剣殿の代表だって相当なもんだろ」
「忙しくて使う暇がないけどね」
言いながら、メリーアンが席に着く。
俺とルディアが並び、俺の前にメリーアン。
その隣、ルディアの前にサリーだ。
(……怯えた様子もないな)
メリーアンの様子を見て首をかしげる。
やりにくくなるかと思ってたのだが。
(こんな席を設けてくれたくらいだしな。
あまり気にしてないんだろうか)
俺がメリーアンを見ると、
「あら、何? わたしに見惚れた?」
「……んなわけあるか」
「これでも自信はあるんだけど。
ね、このドレス、いいと思わない?」
いまさらだが、メリーアンはドレスを着てる。
瞳と同じ紫のドレスだ。
胸元が大きく開いている。
「似合ってると思うぜ。
戦いにくそうな格好だが」
「そういう問題じゃないでしょ」
渋面になったメリーアンに、
「ふふっ。ナインの前では代表も型なしですね」
「うるさいわね、サリー。
あなたこそお相手の心配をなさいな」
「わたしは一人が気楽だからいいんです。
なかなかこれはという殿方がいませんし」
「あら、ここにいるじゃない」
「ナインと付き合ったら間違いなく苦労しますよ」
「おいおい、ひでえ言い草だな」
「そうですか?
ナインは剣のことしか頭にないですし。
下手に近づいたらリィン代表が怖いですし」
「なんでリィンがここで出る?」
「……こういう人ですからね。
わたしはもっと身の丈にあった方がいいです。
代表も、考え直しませんか?」
「ダメよ。こういうのは理屈じゃないんだから」
二人の話は、さっぱり意味がわからなかった。
そうこうするうちに料理が来て、酒が来た。
ルディアだけは南方産だというジュースだな。
柑橘系の果汁をソーダで割ったものらしい。
「じゃあ、ナインとルディアの初仕事を祝して。
乾杯!」
「「乾杯!」」
「か、カンパイ……?」
メリーアンの音頭に、俺とサリーが唱和する。
俺とメリーアン、サリーがグラスを合わせる。
ルディアも、見よう見まねでグラスを出した。
その直後、メリーアンが酒を一気に呷る。
「お、おい。いきなりだな」
「遅刻しちゃったからね。駆けつけ一杯よ」
「代表、身体に悪いのでその慣習やめませんか?」
「いいじゃない、人にやらせてるわけじゃなし。
わたしが酔っ払いたいからやってるのよ」
「それが身体に悪いんですってば……」
サリーがため息混じりに言った。
(本当に酒豪らしいな)
メリーアンは空になったグラスに酒を注ぐ。
酒壜から、琥珀色の液体がなみなみと注がれた。
俺と彼女が頼んだトルッカは強い酒だ。
ドラゴン殺しなどとも呼ばれてる。
(自分で飲むのはひさしぶりだな)
俺は、トルッカのグラスに口をつけた。
口に入れるなり酒がふわっと蒸発する。
かなり上等なトルッカらしい。
「うん、うまいな」
「あら、ナインもイケる口なの?」
「弱くはねえよ。
普段は口にしないが、うまいとは思う」
「おいしい、のですか?」
ルディアが横から食いついてきた。
「……一口呑んでみるか?」
言ってルディアにグラスを渡す。
(一口くらいならいいだろ)
国によっては、十五までは飲酒は禁止らしい。
この街ではとくにルールはないけどな。
(知らずに酒を飲まされるような危険もあるし)
その時に酒の味を知らなかったら気づけない。
(まあ、それは建前だな)
祝いの席だ。
ルディアだけ仲間はずれではかわいそうだろう。
「で、では……」
ルディアがおそるおそるグラスに口をつける。
「うっ、苦いです!?
ぴりぴりします!
これ、本当においしいんですか!?」
「ああ、うまいもんじゃないよな」
「おいしいって言ったじゃないですか」
「なんつーかな。
うまいもんじゃないけどうまいんだ」
「意味がわかりません」
「大人になったらわかるようになる。
わかったからってえらいわけじゃないけどな」
打ち上げは、和やかな空気で始まった。
そう、始まった。
始まりだけは、和やかだったんだ……。
中央広場の時計を見て、俺たちは料亭に入る。
黄昏の馬車亭。
上級ホーリーナイト御用達の店だと聞いてる。
煉瓦の塀に囲まれた中に、小さな庭。
掃き清められた庭の奥には、瀟洒な建物がある。
入り口で、メリーアンの名を告げる。
「どうぞ、こちらへ」
女性店員が俺たちを部屋に案内する。
洗練された身ごなしの店員だ。
剣とは違うが、これもまたひとつの芸だろう。
「メリーアン様はまだお見えではありません。
先に食べていてもいいとのお言伝ですが……」
「それも悪いな。お茶と軽い菓子を頼む」
「かしこまりました」
俺とルディアは個室に入る。
7、8人が入れそうな一室だ。
上品なテーブルにはシワひとつないクロス。
壁には絵画、窓には花が飾られてる。
「綺麗なお部屋ですね」
「だな。新人魔剣士が入れるとこじゃない」
「そうなのですか?」
「贅沢に慣れるのは怖いからな。
ま、代表が一緒の時はいいだろ」
ルディアは贅沢を好むような少女ではない。
だが、慣れとは怖いものだ。
常識がないだけに、染まってしまうのも心配だ。
(なんだか、親になったみたいだな)
俺には親はいなかったが。
子どもがいたらこんな気持ちなのだろう。
お茶と菓子でルディアと待ってると、
「ごめんなさい、遅れたわ」
「すみません、急な来客がありまして……」
言いながら、メリーアンとサリーが入ってくる。
「そんなに待ってないさ。
こっちは奢ってもらう身だしな」
「悪いわね。今日は好きに食べちゃっていいから。
――モニカちゃん、注文いい?」
メリーアンが店員を呼ぶ。
「はい、ただいま」
俺たちを案内した店員が戸口に現れる。
「料理はおまかせするわ。
「ぶどう酒のお湯割りで。
ナインとルディアはどうします?」
「今日は付き合うと決めたからな。
トルッカを頼む」
「そうこなくっちゃ!
ルディアちゃんは?」
「ええと……よくわからないのですが」
「ルディアにまで飲ませようとしないでくれるか?
ジュースかお茶か……」
「では、南方のジュースはいかがでしょう?
今日入荷したばかりの珍しい品です」
と、店員。
「それでいいか?」
「はい。わからないのでおまかせします」
注文を取り終え、店員が廊下へ消えた。
「せっかくだ、いろいろ飲んでみるといい。
代表の奢りだからな」
「そうよぉ。お金の心配はしないで楽しんでね。
ま、お金はナインの方が持ってるでしょうけど」
「生々しい話をするなよな。
拝剣殿の代表だって相当なもんだろ」
「忙しくて使う暇がないけどね」
言いながら、メリーアンが席に着く。
俺とルディアが並び、俺の前にメリーアン。
その隣、ルディアの前にサリーだ。
(……怯えた様子もないな)
メリーアンの様子を見て首をかしげる。
やりにくくなるかと思ってたのだが。
(こんな席を設けてくれたくらいだしな。
あまり気にしてないんだろうか)
俺がメリーアンを見ると、
「あら、何? わたしに見惚れた?」
「……んなわけあるか」
「これでも自信はあるんだけど。
ね、このドレス、いいと思わない?」
いまさらだが、メリーアンはドレスを着てる。
瞳と同じ紫のドレスだ。
胸元が大きく開いている。
「似合ってると思うぜ。
戦いにくそうな格好だが」
「そういう問題じゃないでしょ」
渋面になったメリーアンに、
「ふふっ。ナインの前では代表も型なしですね」
「うるさいわね、サリー。
あなたこそお相手の心配をなさいな」
「わたしは一人が気楽だからいいんです。
なかなかこれはという殿方がいませんし」
「あら、ここにいるじゃない」
「ナインと付き合ったら間違いなく苦労しますよ」
「おいおい、ひでえ言い草だな」
「そうですか?
ナインは剣のことしか頭にないですし。
下手に近づいたらリィン代表が怖いですし」
「なんでリィンがここで出る?」
「……こういう人ですからね。
わたしはもっと身の丈にあった方がいいです。
代表も、考え直しませんか?」
「ダメよ。こういうのは理屈じゃないんだから」
二人の話は、さっぱり意味がわからなかった。
そうこうするうちに料理が来て、酒が来た。
ルディアだけは南方産だというジュースだな。
柑橘系の果汁をソーダで割ったものらしい。
「じゃあ、ナインとルディアの初仕事を祝して。
乾杯!」
「「乾杯!」」
「か、カンパイ……?」
メリーアンの音頭に、俺とサリーが唱和する。
俺とメリーアン、サリーがグラスを合わせる。
ルディアも、見よう見まねでグラスを出した。
その直後、メリーアンが酒を一気に呷る。
「お、おい。いきなりだな」
「遅刻しちゃったからね。駆けつけ一杯よ」
「代表、身体に悪いのでその慣習やめませんか?」
「いいじゃない、人にやらせてるわけじゃなし。
わたしが酔っ払いたいからやってるのよ」
「それが身体に悪いんですってば……」
サリーがため息混じりに言った。
(本当に酒豪らしいな)
メリーアンは空になったグラスに酒を注ぐ。
酒壜から、琥珀色の液体がなみなみと注がれた。
俺と彼女が頼んだトルッカは強い酒だ。
ドラゴン殺しなどとも呼ばれてる。
(自分で飲むのはひさしぶりだな)
俺は、トルッカのグラスに口をつけた。
口に入れるなり酒がふわっと蒸発する。
かなり上等なトルッカらしい。
「うん、うまいな」
「あら、ナインもイケる口なの?」
「弱くはねえよ。
普段は口にしないが、うまいとは思う」
「おいしい、のですか?」
ルディアが横から食いついてきた。
「……一口呑んでみるか?」
言ってルディアにグラスを渡す。
(一口くらいならいいだろ)
国によっては、十五までは飲酒は禁止らしい。
この街ではとくにルールはないけどな。
(知らずに酒を飲まされるような危険もあるし)
その時に酒の味を知らなかったら気づけない。
(まあ、それは建前だな)
祝いの席だ。
ルディアだけ仲間はずれではかわいそうだろう。
「で、では……」
ルディアがおそるおそるグラスに口をつける。
「うっ、苦いです!?
ぴりぴりします!
これ、本当においしいんですか!?」
「ああ、うまいもんじゃないよな」
「おいしいって言ったじゃないですか」
「なんつーかな。
うまいもんじゃないけどうまいんだ」
「意味がわかりません」
「大人になったらわかるようになる。
わかったからってえらいわけじゃないけどな」
打ち上げは、和やかな空気で始まった。
そう、始まった。
始まりだけは、和やかだったんだ……。
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