ダークナイトはやめました

天宮暁

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29 初仕事④スプライト狩り

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 その数時間後、俺とルディアは「外」にいた。
 外――セブンスソードの外である。

「まぶしいですね」

 見渡す限りの草原に、ルディアが言った。

 拝剣殿の丘を反対側に降りると城壁がある。
 城壁には、魔剣士用の通用門。
 通用門の外には、明るい草原が広がっている。

 乾いた道が、網目のように広がってる。
 農民の荷馬車が踏み固めた道だ。
 草原には農地や牧草地が多い。
 セブンスソードの穀倉を満たす大事な地域だ。

 いつもなら、農民たちが行き来してる時間帯だ。
 だが、今日に限っては農民の姿が見当たらない。

 堕剣が出たからだ。
 七拝剣殿から、外出を控えよと通告が出てる。

(堕剣はここから離れた所に出たみたいだけどな)

 でなければ、新人魔剣士には依頼を出さない。

「たしかにまぶしいな」

 青葉が陽光を反射して、目に痛いほど輝いてる。

「お日様が気持ちいいですね」

 ルディアが目を細めて呑気に言う。

「そういうことを言ってるんじゃない。
 陽の光の他に、光ってるところがないか?」

「そういえば……」

 ルディアが斜め前方を指差した。
 かなり離れた場所だ。
 ルディアは俺より目がいいかもしれない。
 目を凝らすと、そこには光る何かが浮いている。

「うん、あれだ。
 スプライトっていう、属性妖の一種だな」

「ぞくせいよう……あれがそうなんですか」

 俺とルディアが受けた初仕事。
 それは、属性妖の討伐である。

「属性妖は、湧出した魔力が属性化したものだ。
 あの光ってるのはホーリースプライトだな」

 説明しながら近づいていく。

 スプライトの姿が見えてくる。
 水晶をいくつかくっつけたような。
 あるいは、ガラス製のシャンデリアのような。
 そんな形のものが宙に浮いて光を発している。
 大きさは全長1メルロメートルってとこか。

「不思議な物体ですね。
 生き物、なのでしょうか?」

「さあな。学者の間でも諸説あるらしい。
 見た目は綺麗だが、うかつに近づくと危険だ。
 属性に応じて火や雷を撃ってくる。
 ホーリースプライトは光るだけだが」

 かなりの光量なので、目を痛める恐れはある。
 だが、その程度の危険しかない。
 サンダースプライト辺りに比べればマシな方だ。

「スプライトを見たことはないのか?」

「お母様と暮らしていた辺りにはいませんでした」

「そうか……。
 セブンスソードの周辺には異常に多いらしい。
 多いだけじゃなく、常時湧く。
 定期的に排除しないと、一般人には危険なんだ」

 聞いてみれば、なんでもない依頼だった。
 堕剣対策で拝剣殿から魔剣士が出払ってしまう。
 だが、折悪しく、属性妖も増えていた。
 属性妖も、放置しておいていいものではない。

 そこで、メリーアンは俺のことを思い出した。
 新人だが、魔物退治の勝手はわかってる。
 他の新人と違って無茶もしないだろう。
 そんなわけで、俺に仕事を投げることにした。

「ま、とりあえず、あいつを始末してみよう。
 俺がやるから見ててくれ」

「わかりました」

 真剣な顔でうなずくルディア。
 右手にザカーハを、左手に盾を構え、前に出る。

(といっても、どうしたもんか)

 ダークナイトとして、無数の魔物を狩ってきた。
 だが、ホーリーナイトでは勝手が違う。

「そうだな……」

 俺は考えをまとめると、盾を前にして歩み出る。
 半身になって、盾で顔をかばう格好だ。
 ザカーハには念のため螺旋光の纏をかけておく。

 近づいていくと、スプライトがいきなり輝いた。
 稲光のような突然の閃光だ。
 雷と違って無音だが、周辺が白一色に染まった。

 盾に顔を隠してた俺はもちろん無事だ。
 そのまま駆け寄り、ザカーハで一撃。

 ぱきぃんっ!

 纏をかけた一撃が、スプライトを撃ち砕く。
 スプライトは砕けると同時に地面に落ちた。
 地面にぶつかりさらに砕ける。
 スプライトの身体は粉々になった。
 その中から、親指大の結晶を拾い上げる。

「それは、なんですか?」

 近づいてきていたルディアが聞いてくる。

「スプライトの核さ。
 魔剣のごく原始的な形だと言われてる。
 倒した証明にこれを拝剣殿に見せるんだ。
 これと引き換えに報酬がもらえる」

「大事なものなんですね」

「ああ。取り忘れたら報酬がもらえない。
 スプライトの核は魔剣の修理にも使える。
 拝剣殿としても引き取るメリットがあるんだ」

「自分たちで使うこともあるんですか?」

「いや、魔剣は滅多なことじゃ欠けないからな。
 核をキープする魔剣士はいないんじゃないか?
 拝剣殿も、使うより引き取る方が多いだろう。
 一応使い道はあるが、基本的には換金用だな」

 拝剣殿の目的は、スプライトの討伐である。
 証明として、ついでに核を回収してるだけだ。

(もうひとつ、使い道はあるけどな)

 ルディアにはあまり話したくないことだ。
 それでも知っておく必要はあるだろう。

「スプライトの核にはもうひとつ用途がある。
 正確には、ファイアスプライトの核だな」

「ファイアスプライトだけ、ですか?」

「ああ。さっき拝剣殿で奴隷を見ただろ?」

「……はい」

 ルディアが顔を硬くしてうなずいた。
 ルディアも幼い時に奴隷にされかかっている。
 ハルディヤが助けなければどうなってたことか。

「ファイアスプライトの核は奴隷の烙印の材料だ。
 核を砕いて、火の魔剣であぶる。
 それを、奴隷の肌に焼き付ける」

「ひどいです……」

「そうだな。
 そうして刻まれた烙印は、魔剣と呼応する。
 魔剣に力を流すと、烙印が高熱を発するんだ。
 あの奴隷商がやってただろ?」

「あの人が剣に触ると、奴隷の人が苦しみました」

 あの時の流れはこうだ。
 サリーが奴隷商に強い言葉を発し、魔剣を見た。
 それに反応し、奴隷の魔剣士が身構えた。
 斬り合いを防ぐために、俺が剣士に殺気を放つ。
 結果、魔剣士は動けずじまいになった。
 奴隷商は引き下がるしかなくなった。
 憤懣やる方ない商人は、剣と烙印を呼応させた。
 剣士の胸に刻まれた烙印が高熱を発した。
 苦しむ剣士を連れて、奴隷商は去って行った。

「要するに、魔剣と核を利用した奴隷の鞭だな」

 一度押された烙印は、主が死ぬまで有効だ。
 酷い場合には、全身にいくつも烙印を押す。

 烙印は、奴隷の体内の魔力を乱す。
 烙印を押されるだけで寿命が十年は縮むという。

「ひどすぎます……」

「ああ、俺も大嫌いだよ。滅ぼしてやりたい」

 俺はもともと孤児だった。
 出会った相手が悪かったら。
 俺もあんな立場に置かれてたかもしれない。

 あの青年の、主人へ向けた憎悪の目を思い出す。
 屈辱と諦念の入り混じった黒い絶望。
 その深さは、奴隷ならぬ身には計り知れない。

(そういえば……)

 スプライトの核は、拝剣殿では確実に余る。
 魔剣の修理にはさほど量が必要ないからだ。
 余った核は廃棄しているはずだが、

(ファイアスプライトの核には利用価値がある)

 スプライトはこの街セブンスソードの周辺以外では珍しいという。
 奴隷の売買が活発なのは南方だ。
 あの奴隷商も、南方風の格好をしていた。
 そして、南への街道はファイアナイトの管轄だ。

(今までは気にしたこともなかったが)

 強さだけを追い求めていた俺は世情に疎い。
 拝剣殿の政治にも疎い。

(属性の違う核は拝剣殿間で融通するんだっけ?)

 俺もファイアスプライトを相当数狩ってきた。
 その核がファイアナイトの拝剣殿に流れ。
 そこから南方の奴隷商に流れてたとしたら?

(くそっ……考えたこともなかった)

 まだそうと決まったわけじゃない。
 他の拝剣殿だって目を光らせてはいるはずだ。

 だが、

(想像しようともしてこなかった。
 そのことは事実だ)

 誰かを守るというのなら。
 そんな目配りも必要になるはずだ。

「……ナイン、どうかしたんですか?」

「あ、いや」

 疑うことを知らないルディアの目を。
 真っ直ぐに見返すことができなかった。
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