ダークナイトはやめました

天宮暁

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25 ホーリーナイトはじめました⑥技

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「行きますっ!」

「ええ」

 ルディアが踏み込む。

 屠龍剣エリザベータ。
 優美な名前とは裏腹の、長大で凶悪な魔剣。
 刀身には曙光の纏がかかってる。
 ルディアはまだ、まといめぐりを両立できない。
 だから今は纏だけだ。

 だが、ルディアの動きは速かった。
 巡を使ってるのではないかと疑うほどだ。

 ルディアは、身体能力の土台が違う。
 竜に育てられたせいか、竜鱗のせいか。
 あるいは、生育環境のせいなのか。
 理由は不明だが、ルディアはかなりの馬鹿力だ。

「えいっ!」

 かわいらしいかけ声の直後、

 ぶぉうんっ!

 唸りを上げて、肉厚の刃が振り下ろされる。

 訓練とはいえ、こんなものを受けて大丈夫か。
 俺は思わず身構えてしまったが、

「――弾くっ」

 対するサリーは冷静につぶやく。
 サリーの剣が斜めに走った。
 ルディアとサリー。
 二人の剣が交錯する。

「ぃえっ!?」

 と、ルディアが変な悲鳴を上げた。

 ルディアの剣が、反対方向に弾かれたのだ。
 鏡が光を反射するような見事な「弾き」だ。
 重量のある一撃を弾かれ、ルディアがよろめく。

「きゃあっ!」

 バランスを崩したルディアが尻餅をつく。
 その喉元に、サリーの剣が突きつけられた。

「ま、参りました」

「よろしい」

 サリーが剣を引いて礼をした。

「今のが、ホーリーナイトの『弾き』か」

 魔剣の基礎は纏と巡だ。
 だが、それだけでは駆け引きが成り立たない。
 それを補うのが「技」と呼ばれる個別の技術だ。

「ええ。基礎にして要となる防御技です」

 技には攻撃技と防御技がある。
 どちらかといえば防御技の方が多い。
 攻撃は、纏があればある程度はなんとかできる。
 とくに、魔物が相手なら纏だけでも十分だ。

 じゃあ、攻撃技は必要ないのか?
 そんなことはない。
 対人戦では、攻撃技が生死を分ける。
 が、入門したての新人に、対人戦の機会はない。
 防御技から覚えるのが筋である。

「今のが『弾き』です。
 その名の通り、相手の攻撃を弾き返す技ですね。
 もうひとつ、『止め』の技も重要です。
 ルディア、さっきと同じようにかかってきて?」

「はい」

 起き上がったルディアが剣を構える。

「ええいっ!」

 風を唸らせ振り下ろされる屠龍剣。
 サリーは剣を水平に構え、

「――止める」

 がごぉん……っ!

 鉄がたわむような音がした。
 サリーの剣が、ルディアの剣を止めている。
 ルディアに比べて、サリーの剣は華奢に見える。
 ルディアには、振り下ろした勢いもあった。
 
 にもかかわらず。
 サリーはルディアの剣を止めていた。

 しかも、

「ぐぅっ……!?」

 ルディアが呻いた。
 俺も、昔やられたことがある。
 腕が、止められた反動で痺れたのだろう。

 ――ホーリーナイトの止めには打ち込むな。
 ホーリーナイト以外の魔剣士はそう教わる。

「これが、『止め』と呼ばれる技です。
 止めは、相手の攻撃を受け止めます。
 そして、攻撃の衝撃を相手に返します。
 上手い人なら、相手の腕を折ることもできます」

「ううう……先に言ってください……」

 剣を引き、恨めしそうに言うルディア。
 俺は言った。

「上手い人なら?
 サリーが本気を出せばいけるんじゃないか?」

 今の「止め」は加減されていた。
 ついでに言うと、止めは本来盾でやるものだ。
 それを剣でやってのけただけでも相当なのだ。

「ふふっ、いけませんね。
 優れた魔剣士は手の内を隠すものですよ?」

「ああ、いや、詮索するつもりはなかった」

「いえ、冗談です。
 Aに届くような人ならこれくらいはできます。
 ただ、こればかりだと見切られますので。
 弾きと使い分ける、あるいはどちらも使わない。
 そうした駆け引きも必要になってきます」

「なるほどな」

「どの攻撃を弾き、どの攻撃を止めるのか?
 弾くか止めるかで、その後の戦況も変わります。
 それが、ホーリーナイトの基本にして奥義です」

「ダークナイトとは発想が逆だな。
 慣れるまでに時間がかかりそうだ」

「そうなのですか?」

「ああ。ダークナイトの防御は潜りと返し。
 敵の攻撃をかわし、倍にして返す。
 ダークナイトに攻撃を受けるって発想はない」

「興味深いです。
 ホーリーナイトは攻撃をあまり避けません。
 せいも絡んできますから」

「ああ、そうだったな」

「あの……勢、というのは?」

 ルディアが俺とサリーに聞いてくる。

「説明してもいいですけど、混乱しそうですね」

「だな。
 どっちにせよ、弾きか止めができないとな」

 「勢」は条件が複雑だ。
 慣れないうちは意識しない方がかえっていい。
 纏や巡、技が安定してから意識しても遅くない。

「弾きか止めは、早いうちに覚えてほしいですね。
 最低限の仕事をこなすためにも必要です」
 
 サリーの言葉に、俺が言う。

「早速試してみてもいいか?」

「えっ、まだ使い方を教えてませんよ?
 見ただけでわかったのですか?」

「魔力の流れは見てたさ」

「……そういうことなら」

 俺とサリーが距離を取って向き合う。

「纏え、螺旋光」

 サリーは纏を使った。
 しかも、巡で身体を強化してる。

「おいおい、こっちは新人だぞ」

「初心者向けでは退屈でしょう?」

 サリーが微笑んで剣を構える。
 サリーは、行きますよ、とも言わなかった。

「――閃っ!」

 いきなりの踏み込み、斬り下ろし。
 新人はおろか、ベテランでも見えない剣速だ。

「弾く!」

 ザカーハでサリーの剣を迎え撃つ。
 サリーの剣が真逆の方向に弾かれた。
 サリーは自ら剣を引いてその衝撃を受け流す。
 流れるような動きはアクアナイトのようだ。

 サリーは引いた剣を再び斬り下ろす――

 と、見せかけ、

「――っ!」

 突いてきた。
 遠慮なしの最高速だ。

「止める!」

 俺は、ザカーハの柄尻を・・・突き出した。

 がぎぃぃんっ!

 火花が散った。
 ザカーハの柄尻が、サリーの剣先を止めている。
 柄尻は、尖った紡錘形をしてる。
 その突端で、サリーの剣の先端を止めたのだ。
 接触してるのはほとんど点でしかない。

「なっ……」

 サリーがあんぐりと口を開けた。
 俺は剣を翻し、サリーの首に折れた刃を向ける。

「ま、参りました」

 サリーが絞り出すように言った。

「ふう、焦ったぜ」

 俺は左手で額をぬぐう。
 サリーの突きを止めようとして気づいた。
 ザカーハの折れた刃では受け止めづらいと。
 正確には、もちろん受け止めることはできる。
 だが、直後の流れがよくないのだ。
 刀身があれば、止めた点をテコにして動ける。
 しかしザカーハでは剣が死に体になってしまう。

「こっちで受けないと、反撃の手がないからな」

「理屈はわかりますが……そんな非常識な。
 こんなことができるなら反撃もできるのでは?」

「いや、習った技の・・・・・範囲では・・・・思いつかん」

「柄尻の一点で受けるなんて教えてませんよ」

「この剣じゃこうでもしないとな……」

『なんだ、不満なのか、ナイン?』

「そりゃ不満だろうがよ。
 刀身のない剣なんざ、剣と呼べるか。
 水の入ってない水筒みたいなもんじゃねえか。
 いや、空の水筒の方が水を汲めるだけマシだな」

『随分な言いようではないか。
 だが、魔剣とは刃で斬るものではない。
 技で斬るものよ』

「刃がなきゃできん技が大半だっつーの」

 俺はザカーハをくるくる回して腰に納める。

 サリーがようやく立ち直って言ってくる。

「はぁ……呆れました。
 適正ってなんなんでしょうね?」

「俺に聞かれても知らん。
 だが、適正がない名剣士だっていくらもいる」

「それだって、Cの人はいないと思いますけどね」

 サリーがため息をついた。

「格の違いを見せつけられて絶望しそうです……。
 ともあれ、お見事でした。
 あとは実戦で磨いてくださいね」

「おう」

 どこか投げやりなサリーにうなずく俺。

「あの……わたしはどうすればいいのでしょう?」

 ルディアがサリーにおずおずと聞く。

「ああ、もちろん教えますよ。
 まったく、ルディアがいてくれてよかったです。
 心が折れるところでした」

「そのあいだ、俺はどうしてればいい?」

「そうですね。纏と巡も完璧ですし……
 そうだ、盾の練習をしてみます?」

「それもいいな。
 これまで使ったことがないんだ」

「盾は、剣に比べれば大味です。
 型をしっかり押さえることが大事ですね。
 あまり創意工夫の必要ない分野です。
 地道ですが、サボらず続けることが肝要です」

「でも、魔力を具現化するのは魔剣だ。
 反対の手に持つ盾に効かせるのは大変だろ?」

「大変ですね。まったくの初心者にとっては。
 ナインならどうとでもしそうな気がしますけど」

 そんなわけで。
 俺は盾、ルディアは技の練習だ。
 結局、日が暮れるまでやっていた。
 途中、サリーは仕事があると言って抜けている。
 そのあとは、俺がルディアの練習相手だ。

 太陽が拝剣殿の陰に隠れかけた頃、

「弾くっ!
 あ、できましたっ!」

 ルディアの明るい声が中庭に響いた。
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