NO STRESS 24時間耐えられる男の転生譚 ~ストレスから解放された俺は常人には扱えない反属性魔法を極めて無双する~

天宮暁

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第五章 15歳

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 決戦の日は遠からずやってきた。

 というより、こっちから誘いの水を向けることにした。

 生徒会円卓は、全体のレベル向上のためとして、模擬戦リーグの2位、3位との連続円卓戦を開催することを発表した。

 円卓戦となれば、学園中の生徒騎士が大講堂に集まることになる。
 同時に、円卓戦の主役である生徒会円卓も、闘戯場から動くわけにはいかなくなる。

 ハントから情報があったように、帝国とその手先である学内の精霊教徒は、この隙を見逃さないだろう。

 ハントはその情報を流すとともに、帝国に交渉のための連絡を送った。
「円卓によって俺の洗脳が解かれた。俺は、自分を駒として利用しようとした帝国を許さない。だが、妹を解放するなら、今回の作戦は円卓に漏らさないと約束する」
 そう脅し、作戦実行の見返りに、妹の身柄の返還を求めたのだ。

 帝国は、それを真に受けるだろうか?

 そんな懸念はあったものの、帝国からはすぐに返事が返ってきた。
 作戦実行の前に、ハントは帝国に指定された地点で妹と対面する。
 その後、作戦が実行されたことを確認したら、ハントと妹を解放する。

 ハントは、「それでは自分と妹の身の安全が保障されない」とごねてみた。
 だが、信用できないなら取引はなしだ、という冷たい返事が来ただけだ。

 だが、俺はそれで確信した。

(ハントの妹の引き渡しの現場には、必ず奴が出てくる)

 ハントの「洗脳は解除されたが、人質がいるので秘密は守った」という申告を、キロフが鵜呑みにするとは思えない。
 ハントはすべてを円卓に――あるいは俺にしゃべったと判断するはずだ。

 その上で、返しても返さなくても同じ人質を、あえて返そうと言ってきた。

 その返還方法が、ハントと妹の身の安全を保障しないものである以上、二人を救出するために、ウルヴルスラ側が人員を手配するのは当然だ。

 だが、吸魔煌殻兵を含む帝国兵から二人を救出できる生徒騎士なんて、俺かロゼしかいないだろう。
 向こうはロゼの力量をまだ詳しくは知らないはずだ。
 向こうから見れば、最有力は俺ということになる。

(キロフは、人質の返還を利用して、俺を釣り出す気だ)

 もちろんこっちも、そうなることを想定してる。
 ここでキロフを仕留めることができれば、対帝国戦争の戦況は、大きく同盟国側に傾くだろう。
 キロフが精神操作でどの程度帝国を支配しているかは不明だが、奴の支配が根深ければ根深いほど、キロフを失った帝国はもろくなるはずだ。
 ネオデシバル帝国の保有する古代技術は侮れないものの、転生者の知識やゼーハイドといった不確定要素を排除できるのは大きい。

 人質受け渡しに指定された場所は、ウルヴルスラの正門前だ。
 俺たちが受験の時に最初に乗り付けた広場だな。
 あんなところを指定してくるとは思わなかった。
 たしかに、帝国の策――エネルギーフィールド発生装置の破壊を見届けるにはいい場所だが、どう考えても目立つ場所だ。
 帝国側が多数の兵を引き連れてきたらすぐにわかる。
 表面上は、人質であるハントの妹をハントに返した後、ハントがすぐに都市内に逃げ込めるように、ということではあるが、逆にいえば、エネルギーフィールドが消えた瞬間に、人質を連れてきた帝国兵が都市に乗り込めるということでもある。

(こんな場所をあえて指定してきたとなると……)

 ますます、奴が出てくる可能性が高くなるな。
 こっちに俺がいる以上、キロフ以外では勝ち目がないことくらいはわかってるはずだ。

 とはいえ、さすがに広場のど真ん中で待つわけじゃない。
 少し森に入ったところにある古い城壁跡が目印らしい。
 たしかにその地点ならウルヴルスラ側からは死角になり、かつ、エネルギーフィールドの状態を目視できる。

 緊張した面持ちのハントが、既にその場所に立っている。

 そこから近すぎず遠すぎない地点で、俺は陰の中に潜んで、帝国兵がやってくるのを待っていた。
 ハントを中心に120度右の位置には、ロゼが俺と同じように隠れている。

 それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
 ストレスを感じない俺はともかく、ハントは落ち着かない様子だった。城壁の倒れた柱に、座ったり立ったりを繰り返している。

(遅いな……ちょっと離れた場所に固まってるのはわかってるけどな)

 ハントをぎりぎり目視できるかどうかという森の奥に、いくつかのヌルの気配があった。
 そのさらに背後に、数十ものヌルの一団がいるのもわかっている。

(黒装猟兵か。想定通りだな)

 いくらウルヴルスラが学生の自治組織とはいえ、自治領内の巡回はきちんと行なっている。
 帝国兵がぞろぞろやってきたら、どうやったところで見つかるだろう。
 ただ、それにはひとつだけ例外がある。

(黒い吸魔煌殻を身につけた黒装猟兵は、優秀な潜入工作員だ。三年前、ロゼを城からさらおうとしたくらいだからな)

 吸魔煌殻は装着者の体力や魔力を三倍にまで引き上げるという。
 二百の吸魔煌殻兵がいれば、総数六百と少しの学園騎士団に対抗できる計算だ。

 攻める側は守る側の数倍の兵力が必要とはよく言われることだが、今回はあまり関係がない。
 帝国の策が実れば、ウルヴルスラの「城壁」であるエネルギーフィールドがダウンする。
 学園都市の内部は、外郭が多少要塞化されてはいるものの、基本的にはただの都市と変わりがない。
 一度帝国兵が内部に入り込めば、効果的な抵抗は難しいだろう。
 黄昏人が敵として想定していたのはゼーハイドであって、同胞たる人間ではなかったのだ。

(全部が全部、黒装猟兵ってこともないと思うけどな)

 帝国に黒装猟兵がどのくらいいるかはわからない。
 だが、ヌルであり、かつ影を使う魔法に親和性が高く、諜報活動にも向いている――そんな人材は限られるはずだ。
 それに、数が多くなれば、いくら隠密行動が得意な黒装猟兵であっても、いつまでも気づかれずに済むわけがない。

(あいつらは斥候、あるいは先乗り部隊だろう)

 まずは最小限の黒装猟兵を送り込んで、エネルギーフィールドのなくなった学園都市への橋頭堡を築かせる。
 しかるのちに、後方に待機している部隊を呼び寄せる。
 この増援は、黒装猟兵である必要はない。
 赤装歩兵でも、緑装騎兵でも、なんなら吸魔煌殻を装備していない一般兵でもかまわない。
 数を揃えた上で都市へ突入し、生徒騎士を見つけ次第制圧していく。
 この学園都市には民間人はいないから、帝国兵以外はすべて敵だ。

 捕虜の扱いについては、四大国(かつてのザスターシャを含めれば五大国)のあいだには、暗黙の了解のようなものがあったらしい。
 だが、帝国がそんなものを気にするはずもない。
 帝国兵をキロフが率いていた場合、あいつならまちがいなく学園内にいる人間を皆殺しにしろとでも命じるだろう。合理的な判断としてではなく、単に自分が愉しむために。
 ネルズィエンあたりなら、武装解除して投降すれば、殺しまではしないだろうけどな。

 それにしても、帝国兵に動きがない。
 さっさとハントに接触しそうなものなんだが。

(あいつらは……そうか、爆発を待ってから動くつもりか)

 帝国の手順では、まず、エネルギーフィールド発生塔が爆破され、フィールドがダウンすることになっている。
 ハントとの人質交渉の段取りとしては、その前に妹が無事であることをハントが確認することになってるが、帝国側にその約束を守るつもりはないのだろう。
 ハントが爆破のゴーサインを出せる立場にはないと見て、他の精霊教徒が勝手に動くのを待っている、あるいは、他の精霊教徒を焚きつけて、動くよう仕向けているのかもしれない。
 エネルギーフィールドが消えてしまえば、ハントと面倒な交渉をする必要はなくなるからな。

(まあ、このくらいのことは織り込み済みだ。どっちにせよ、最後は力ずくで奪還するしかないんだし)

 ハントを伺っている黒装猟兵。
 その背後にいる黒装猟兵の集団。
 その中に、ひとりだけサンでもヌルでもない反応があった。
 ハントの妹はヒュルらしいから、あれがハントの妹で間違いないだろう。

(ハントの妹をこの場に連れてこないって可能性もあったからな。ここまでは上出来だ)

 ハントの妹は、ハントに対する人質というより、俺に対する人質なのだ。
 逆にいえば、俺というエサをちらつかせることで、ハントの妹をここに連れてこさせたとも言える。
 ハントの妹の救出は重要だが、それはあくまでも前哨戦だ。
 人質の返還を利用してキロフは俺を釣り出せると考え、俺はそれを承知で、人質を取り戻すために釣り出される。
 同時に、俺が釣り出されることによって、帝国の古代宮殿の奥からキロフをここに釣り出すことができる。
 ハントには気の毒だが、これは、俺とキロフが暗黙の了解で設定した、一種の果たし合いのような状況なのだ。

(あの中にキロフはいない。気配を殺す、なんて芸ができる可能性は十分あるけどな)

 黒装猟兵が動かないのは、キロフの到着が遅れているからかもしれない。

(どうする? キロフがいないなら仕掛けるか?)

 そうすれば、交渉などするまでもなくハントの妹を救出できる。
 ついでに、あの程度の数ならば、黒装猟兵部隊を殲滅することもできるな。

(いや、待て。あれがハントの妹である確証がない)

 偽物の人質……なんてのは、むしろ陳腐な手だろう。

(結局、ハントが確認するのを待つしかないか)

 俺はそう腹を決め、陰の中から状況をうかがう。

 しばらくしたところで、背後から爆発音がした。
 同時に、地響きまで伝わってくる。
 爆発は数度。
 いずれも、ウルヴルスラのエネルギーフィールド発生塔のすぐそばで起こったようだ。

 ウルヴルスラのエネルギーフィールドが、切れかけた蛍光灯のように、ちかちかと瞬いた。
 そして、ふつりと消えた。
 ウルヴルスラを守る鉄壁の「城壁」が消えたのだ。

 そこで、黒装猟兵たちが動き出す。

「ハント=サン=ミグレットだな」

 いきなり闇の中からかけられた声に、ハントがぎくりと振り向いた。
 木の陰から、滲み出るように黒装猟兵が姿を見せる。
 三年前に見た連中と同じく、全身を黒い帷子かたびらのようなもので覆っている。
 赤装歩兵と比べて黒装猟兵には小柄な印象があったが、15歳のハントの前に立つと、さすがにかなりの威圧感があった。

「そ、そうだ……おどかすな」

 ハントが半歩仰け反ってそう言った。

「エネルギーフィールドの消失は確認した。約束通り、妹は返してやろう」

「本当か!?」

「おまえの妹など、われわれにとってはどうでもいい存在だ。
 だが、忘れるな。おまえはミルデニアを裏切った。このことが国に漏れたら――」

「わ、わかってる。今後もあんたらの言うことを聞けっていうんだろう?」

「ならばいい。――おい」

 黒装猟兵の言葉に、背後から、猿轡をかまされた少女を抱えた黒装猟兵が現れた。
 少女には意識があった。血の気の失せた顔で、ただ身を縮こまらせている。
 髪の色は違うが、ハントにどことなく似た印象がある。

「ミゼル!」

 ハントが叫ぶ。

「返してやれ」

 部下らしき黒装猟兵は、少女をハントとの中間地点の地面に下ろした。
 少女にハントが駆け出した。

「ミゼル! ああ、よく無事で!」

 少女――ミゼルを抱きしめ言うハント。
 だが、ミゼルの方は、恐怖を顔に浮かべ、ハントから身体を離そうとする。

「ど、どうしたんだ!?」

 ハントがミゼルの猿轡を外す。

「に、逃げて、兄さん!」

 ミゼルが叫ぶのと同時だった。

 ありえない速さでハントに飛びかかったミゼルが、ハントの首筋に噛みついていた。

「ぐああああっ!?」

「に、逃げ……ぐるルルる、ギャあアぁッッ!」

 ミゼルがハントを地面に倒す。

「な……にを、ミゼ、ルっ……」

「逃げ、逃ゲ、ぐあァアあああアアッッ!!」

 ハントの肩を押さえるミゼルの手が、青い光に覆われる。
 いや、手だけじゃない。
 ミゼルの顔が、口が、髪が、身体が……
 できそこないのポリゴンみたいな、青い光のグリッドに変わっていく。
 グリッドは、ミゼルの身体の輪郭を変化させ――


「ぜ、ゼーハイド……っ!」


 俺は思わず、陰の中で声を漏らし――


「隙を見せましたね」


 直後、闇の刃が、俺の潜んでいた陰を切り裂いた!
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