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第五章 15歳
63 黄昏人
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「つまり、精霊ってのは、科学を極めた黄昏人の生み出した人造の神だったってわけだ」
「その通り」
「ひょっとして、黄昏人が悩まされてたっていう『倦怠』の問題もそっちがらみか? 魂の科学だとか、人造の神だとかに関わる話なんじゃないか?」
「そう。ニューロンごと消去してもなくならない記憶は、魂に刻まれた『記憶』だった」
「じゃあ、黄昏人の抱えてた精神的荒廃の問題は解決したのか」
俺の確認に、ウルヴルスラは首を振った。
「解決しなかった。正確には、解決しないということが判明した。
遺伝子にテロメアがあるように、魂にも転生によってすり減る部分があることがわかった。
ただ、永遠の懈怠から逃れる方法は見つかった。
それは、精霊に同化すること。
自分より大きな精神の一部になることで、魂は初めて安寧を得ることができる。
黄昏人は、それをマスターマインドと呼んだ」
「なんかぞっとしない話だな」
そんな集合霊みたいなもんになってまで永遠に生き続けるなんて、考えただけでもゾッとする。
「ってことは、黄昏人たちは、みんなして精霊になっちまったってのか? 魂の安寧とやらを得るために」
「そこまで単純な話じゃない。
いま、エリアックが思ったのと同じことを思った黄昏人もいた」
「まあ、そういうやつもいるか」
「黄昏人は遺伝子改良や義体化、電脳化によって不死の存在への道を歩んできたけれど、頑としてそれを拒む者たちもいた。
不死化は、もともと強制されることでもない。
不死を拒んだ者たちは、不死の黄昏人たちの指導の下で、今の人類と変わりのない生活を送っていた。生まれては生殖して子を残し、しかるのちに死んでいく、そんな生活を。
この星にやってきた黄昏人の船団にも、数十世紀の間、そうして生命を繋いできた、不死でない黄昏人たちがいた。彼らは自分たちのことをネイティブと呼んでいた」
「なるほどな……」
不死の黄昏人と、ネイティブと。
どっちの生き方が正しいかはなんともいえない。
「黄昏人は、魂の問題の最終解答が出たと言って、指導下にあるネイティブたちにも、順次精霊となることを勧めた。
でも、黄昏人たちの意図は理解されなかった。ネイティブたちは、黄昏人たちが、自分たちを抹殺しようとしてるのだと思い込んだ」
「そりゃ極端な方向に行ったもんだな」
「黄昏人は、完全に善意から、ネイティブを約束された安寧へと導こうとした。
その善意を、ネイティブたちは信じなかった。
もともと、不死の存在である黄昏人は、生に限りのある存在からは煙たがられる存在だった。
数世紀、数十世紀を平気で生きる黄昏人の言うことは、往々にして反論の余地なく正しかった。
だから、ネイティブは黄昏人の『指導』に服さざるをえなかった。
黄昏人は、いつしかネイティブを、飼い犬や飼い猫と同列の存在とみなすようになっていた。
ネイティブの集団をいかに指導し、そこに文明的な隆盛を築けるか。
懈怠に囚われた黄昏人たちは、ネイティブをゲームの駒のようにも扱った」
「なるほど。大人と子ども……どころか、ほとんど神と人間くらいの差があったわけだ」
「黄昏人は、不死を受け入れなかったネイティブを、あきらかに軽んじていた。
それでも、黄昏人は、遺伝子改良によって、良心や共感性を強化されている。
ネイティブの模範的な『親』として、あるいは慈悲深き『神』として、黄昏人は完璧に振舞ってきた……つもりでいた」
「だが、ネイティブのほうには反発もあった。それが、精霊と同化しろって話をきっかけに爆発した……と?」
「黄昏人は、闘争本能が欠落している。彼らは、闘争本能というものを、自分たちの遺伝子から抹消していた。
だから、己をあらゆる意味で上回る存在から、一方的な指導を受け続けてきたネイティブの不満を理解できない。
黄昏人の技術の中には、兵器に転用すればとてつもない効果を持つような性質のものもあった。
でも、黄昏人には、そうしたものを兵器にするという発想自体が浮かばない。
だけどもちろん、自然人であるネイティブは、無造作に転がってる黄昏人の先端技術を、闘争のための手段として利用するという発想ができた」
「つまり、反乱か」
闘争という概念自体をなくした黄昏人は、闘争本能に満ちたネイティブたちから攻撃された。
ネイティブは、黄昏人の平和的な技術を、戦争のための道具へと転用した。
「って、ちょっと待てよ。ゼーハイドはどうなった?」
ゼーハイドの脅威がある以上、ネイティブは黄昏人と争ってる場合ではないはずだ。
「黄昏人は、精霊を造った。
精霊の恩恵はすべての黄昏人とネイティブに与えられた。
また、精霊が生まれたことで、ゼーハイドを現実と精神のあわいから、精神の淵源へと追い返すことに成功していた。
この都市が、魔術師を育てる学園としての性質を持っているのは、もともと黄昏人がネイティブに魔法教育を施すための場として用意されたため」
「そ、そんな背景があったのですか……」
メイベルが、顎を落とさんばかりに驚いてる。
ロゼもユナも、今の話にはさすがに驚いたようだ。
(そりゃそうだ)
俺だって驚きまくってる。
驚くポイントが多すぎて、いちいち反応できないくらいにな。
「それで、どうなったんだ?」
俺が聞くと、
「ネイティブの反乱によって、この星に降り立った黄昏人の多くが殺された。残った少数の黄昏人は、肉体を捨てて精霊へと加わった。さらに少数の黄昏人は、反乱に加わらなかった一部のネイティブと行動を共にした」
「ああ、ネイティブが全員蜂起したわけじゃなかったんだな」
「ネイティブの中にも社会的な序列がある。その中で不満を抱える者もいれば、そうでない者もいる。比較的平和的な者たちもいる」
「今の人間社会と同じか」
「そう、同じ。というより、今の人間社会は、厳密にネイティブの人間社会と同じものと言える。今の人間は、基本的にすべて当時のネイティブの末裔なのだから」
「ええっ!?」
と、驚いたのはロゼ。
俺も一瞬驚いたが、考えてみれば当然だ。
話の流れからして、そうとしかなりようがないからな。
「黄昏人に反乱を起こしたネイティブが、古代デシバル帝国を作った……ってことでいいのか?」
「そう。多少の紆余曲折はあるが、そこは重要なことじゃない」
「帝国の所有する古代宮殿ラ=ミゴレってやつは?」
「帝国は、あれを所有はできていない。占有しているだけ。どうやって宮殿の認証を誤魔化しているかは不明」
首を振って訂正したウルヴルスラに、今度はロゼが質問する。
「ねえ。帝国は、黄昏人の技術を奪って、黄昏人を排除したんでしょ? その帝国が、どうして一度は滅ぶはめになったの?」
「ごく少数ながら、黄昏人には生き残りがいた。
帝国が黄昏人の遺産を取り込み、不用なものを破壊したせいで、彼らはもはや不死を維持できなくなっていた。
でも、ネイティブに比べれば、個体としてはるかに高い能力を持っている。精霊との相性もはるかにいい。
帝国が大陸を平らげた後、生き残った黄昏人たちは力を蓄え、互いに呼応して帝国に反旗を翻した。
それが――」
「五賢者」
ユナがつぶやく。
「そう」
しばし、その場に沈黙が降りる。
俺は、ウルヴルスラに聞いてみる。
「そうすると、問題はなんなんだ? 黄昏人を滅ぼしたネイティブの末裔である帝国が再興するのを阻止したいってことか?」
「ある程度は、そう。
この星に生きる人類にとって、帝国の再来は望ましいことではない。
もっとも、人間社会の複雑な相互作用の結果として、社会構造の歪みは多かれ少なかれ生じるもの。この問題は、わたしによる干渉ではなく、人間自身によって解決されるべき。
ただし、そこに黄昏人の遺産がからんでいるために、人間同士による解決は、フェアなものとならない可能性が高かった。そのままでは、帝国が有利になりすぎる。
だから、わたしは転生者を招くという介入を行った」
「エリアの存在はたしかに大きかったと思うけど……それだけ? かなり不確実な介入だよね?」
ロゼが小首を傾げてそう聞いた。
「わたしには、現実の事象に直接介入する権限がない。知り合いの女神に依頼して転生者を調達してもらうというのも、わたしの権限からするとかなりギリギリの判断だった」
「俺が思い通りに動くとも限らなかったはずだよな?」
「わたしの介入は、転生者という不確定要素を確保するまで。その不確定要素がどう動くかまでは、わたしの関知するところではなかった。
逆に、どう動くかが具体的に想定できてしまったら、この介入は、プロトコルの禁止する『直接的介入』に該当してしまう。
エリアックがどう動くかわからなかったからこそ、わたしは自分の介入をプロトコルに対して正当化できた。
あなたは文字通りの不確定要素。わたしのところにまでたどり着いたのも偶然にすぎない」
「ウルヴルスラは、詭弁を弄してまで事態をなんとかしようとした……ってことか?」
「詭弁ではない。わたしの論理は筋が通っている」
強情に、ウルヴルスラがそう突っ張る。
そこを認めてはマズいってことなんだろう。
そこで、メイベルが小さく手を上げた。
「待ってください。
それなら、エリアック君が帝国相手の不確定要素になりさえすれば、ウルヴルスラ様の介入は終わりということですよね?
だとしたら、どうしてわたしたちをここに招き入れたんですか?」
メイベルの言葉にハッとする。
たしかにその通りだ。
俺が不確定要素として機能してるのなら、ウルヴルスラにそれ以上の介入を行う理由はない。行おうとしても、プロトコルとやらに阻まれるだろう。
「ここに来て、帝国にも不確定要素が発見された。
ゼーハイド。
そして、それを使役する転生者」
「キロフか……」
つぶやいて、俺はようやく気づく。
「ん? 俺をこの世界に送り込んだのは、ウルヴルスラの知り合いだっていうあの女神様なんだよな? だとしたら、奴をこの世界に送り込んだのは誰なんだ?」
「そう。それが、不明」
「あの女神様のわけはないよな?」
「……彼女はわたしの大切な友人。そんなことは絶対ありえない」
やや怒気を含んだ声で、ウルヴルスラが言ってくる。
「気を悪くしたならすまん。俺も、あの女神様が悪い人のようには思えなかったよ」
単にいい人そうとか、そんな次元じゃない。
目の前のひとは間違いなく善良な存在だ。
そんな雰囲気が、心にダイレクトに伝わってきたからな。
ウルヴルスラがうなずいた。
「彼女は本質的に善なる存在。疑う余地はない」
「だけど、それなら一体誰が? ネルズィエンの話だと、キロフは『いつのまにか』皇帝のそばにいて、気づいたら帝国の実権を握ってたって話だが」
「ネオ」デシバル帝国という国号を定めた時点で、既にキロフ――転生した俺の元上司・紅瀬川了は、皇帝のそばにいたはずだ。
「わからない」
「キロフがゼーハイドを使役してた件は?」
「下級のゼーハイドを使役する技術なら、黄昏人も持っていた。
でも、帝国がその技術を継承しているかは不明。
ただ、吸魔煌殻などから察せられる帝国の現在の技術水準と照らし合わせると、ゼーハイドの使役技術を継承できているとは考えにくい。
転生者キロフ=サンヌル=ミングレアの背後には、帝国以外の『何か』がいるのかもしれない」
「ずいぶんキナくさいな」
これまで俺は、転生者であり俺と同じサンヌルであるキロフは、魔法による精神操作で帝国に入り込み、皇帝を傀儡にして実権を掌握したのだろうと思っていた。
もちろん、それも間違いじゃない。
だがそれは、あくまでも上っ面の事情でしかなかったようだ。
ユナが口を開く。
「この星に降り立った黄昏人、とあなたは言った。なら、この星に降り立たなかった黄昏人もいるということ?」
「いる。ただし、どこにいるかはわからない。果てしなく広い宇宙の彼方に散らばっている。
彼らに接触するには、恒星間航行の可能な宇宙船を建造し、数世紀から数十世紀の時間をかけて宇宙を渡り歩く必要がある」
「す、数世紀から数十世紀……」
ユナが絶句した。
代わりに、俺が聞いてみる。
「ワープ航法みたいな便利なものはないのか?」
「黄昏人の科学技術ですら、光の速度は超えられなかった。魂すら扱えるようになったこの星における最盛期の黄昏人の技術なら、なんらかの方法を見出せたかもしれない。でも、その機会は永遠に失われた」
「つまり、キロフの背景がなんであれ、俺たちでケリをつけるしかないと」
「そういうこと。向こうに不確定要素が増えたために、プロトコルはあなたへの情報提供の許可を出した」
「つっても、結局キロフのバックは想像するしかないってことじゃねえか」
「……そうとも言う」
ウルヴルスラがすこし目をそらしてそう言った。
「その通り」
「ひょっとして、黄昏人が悩まされてたっていう『倦怠』の問題もそっちがらみか? 魂の科学だとか、人造の神だとかに関わる話なんじゃないか?」
「そう。ニューロンごと消去してもなくならない記憶は、魂に刻まれた『記憶』だった」
「じゃあ、黄昏人の抱えてた精神的荒廃の問題は解決したのか」
俺の確認に、ウルヴルスラは首を振った。
「解決しなかった。正確には、解決しないということが判明した。
遺伝子にテロメアがあるように、魂にも転生によってすり減る部分があることがわかった。
ただ、永遠の懈怠から逃れる方法は見つかった。
それは、精霊に同化すること。
自分より大きな精神の一部になることで、魂は初めて安寧を得ることができる。
黄昏人は、それをマスターマインドと呼んだ」
「なんかぞっとしない話だな」
そんな集合霊みたいなもんになってまで永遠に生き続けるなんて、考えただけでもゾッとする。
「ってことは、黄昏人たちは、みんなして精霊になっちまったってのか? 魂の安寧とやらを得るために」
「そこまで単純な話じゃない。
いま、エリアックが思ったのと同じことを思った黄昏人もいた」
「まあ、そういうやつもいるか」
「黄昏人は遺伝子改良や義体化、電脳化によって不死の存在への道を歩んできたけれど、頑としてそれを拒む者たちもいた。
不死化は、もともと強制されることでもない。
不死を拒んだ者たちは、不死の黄昏人たちの指導の下で、今の人類と変わりのない生活を送っていた。生まれては生殖して子を残し、しかるのちに死んでいく、そんな生活を。
この星にやってきた黄昏人の船団にも、数十世紀の間、そうして生命を繋いできた、不死でない黄昏人たちがいた。彼らは自分たちのことをネイティブと呼んでいた」
「なるほどな……」
不死の黄昏人と、ネイティブと。
どっちの生き方が正しいかはなんともいえない。
「黄昏人は、魂の問題の最終解答が出たと言って、指導下にあるネイティブたちにも、順次精霊となることを勧めた。
でも、黄昏人たちの意図は理解されなかった。ネイティブたちは、黄昏人たちが、自分たちを抹殺しようとしてるのだと思い込んだ」
「そりゃ極端な方向に行ったもんだな」
「黄昏人は、完全に善意から、ネイティブを約束された安寧へと導こうとした。
その善意を、ネイティブたちは信じなかった。
もともと、不死の存在である黄昏人は、生に限りのある存在からは煙たがられる存在だった。
数世紀、数十世紀を平気で生きる黄昏人の言うことは、往々にして反論の余地なく正しかった。
だから、ネイティブは黄昏人の『指導』に服さざるをえなかった。
黄昏人は、いつしかネイティブを、飼い犬や飼い猫と同列の存在とみなすようになっていた。
ネイティブの集団をいかに指導し、そこに文明的な隆盛を築けるか。
懈怠に囚われた黄昏人たちは、ネイティブをゲームの駒のようにも扱った」
「なるほど。大人と子ども……どころか、ほとんど神と人間くらいの差があったわけだ」
「黄昏人は、不死を受け入れなかったネイティブを、あきらかに軽んじていた。
それでも、黄昏人は、遺伝子改良によって、良心や共感性を強化されている。
ネイティブの模範的な『親』として、あるいは慈悲深き『神』として、黄昏人は完璧に振舞ってきた……つもりでいた」
「だが、ネイティブのほうには反発もあった。それが、精霊と同化しろって話をきっかけに爆発した……と?」
「黄昏人は、闘争本能が欠落している。彼らは、闘争本能というものを、自分たちの遺伝子から抹消していた。
だから、己をあらゆる意味で上回る存在から、一方的な指導を受け続けてきたネイティブの不満を理解できない。
黄昏人の技術の中には、兵器に転用すればとてつもない効果を持つような性質のものもあった。
でも、黄昏人には、そうしたものを兵器にするという発想自体が浮かばない。
だけどもちろん、自然人であるネイティブは、無造作に転がってる黄昏人の先端技術を、闘争のための手段として利用するという発想ができた」
「つまり、反乱か」
闘争という概念自体をなくした黄昏人は、闘争本能に満ちたネイティブたちから攻撃された。
ネイティブは、黄昏人の平和的な技術を、戦争のための道具へと転用した。
「って、ちょっと待てよ。ゼーハイドはどうなった?」
ゼーハイドの脅威がある以上、ネイティブは黄昏人と争ってる場合ではないはずだ。
「黄昏人は、精霊を造った。
精霊の恩恵はすべての黄昏人とネイティブに与えられた。
また、精霊が生まれたことで、ゼーハイドを現実と精神のあわいから、精神の淵源へと追い返すことに成功していた。
この都市が、魔術師を育てる学園としての性質を持っているのは、もともと黄昏人がネイティブに魔法教育を施すための場として用意されたため」
「そ、そんな背景があったのですか……」
メイベルが、顎を落とさんばかりに驚いてる。
ロゼもユナも、今の話にはさすがに驚いたようだ。
(そりゃそうだ)
俺だって驚きまくってる。
驚くポイントが多すぎて、いちいち反応できないくらいにな。
「それで、どうなったんだ?」
俺が聞くと、
「ネイティブの反乱によって、この星に降り立った黄昏人の多くが殺された。残った少数の黄昏人は、肉体を捨てて精霊へと加わった。さらに少数の黄昏人は、反乱に加わらなかった一部のネイティブと行動を共にした」
「ああ、ネイティブが全員蜂起したわけじゃなかったんだな」
「ネイティブの中にも社会的な序列がある。その中で不満を抱える者もいれば、そうでない者もいる。比較的平和的な者たちもいる」
「今の人間社会と同じか」
「そう、同じ。というより、今の人間社会は、厳密にネイティブの人間社会と同じものと言える。今の人間は、基本的にすべて当時のネイティブの末裔なのだから」
「ええっ!?」
と、驚いたのはロゼ。
俺も一瞬驚いたが、考えてみれば当然だ。
話の流れからして、そうとしかなりようがないからな。
「黄昏人に反乱を起こしたネイティブが、古代デシバル帝国を作った……ってことでいいのか?」
「そう。多少の紆余曲折はあるが、そこは重要なことじゃない」
「帝国の所有する古代宮殿ラ=ミゴレってやつは?」
「帝国は、あれを所有はできていない。占有しているだけ。どうやって宮殿の認証を誤魔化しているかは不明」
首を振って訂正したウルヴルスラに、今度はロゼが質問する。
「ねえ。帝国は、黄昏人の技術を奪って、黄昏人を排除したんでしょ? その帝国が、どうして一度は滅ぶはめになったの?」
「ごく少数ながら、黄昏人には生き残りがいた。
帝国が黄昏人の遺産を取り込み、不用なものを破壊したせいで、彼らはもはや不死を維持できなくなっていた。
でも、ネイティブに比べれば、個体としてはるかに高い能力を持っている。精霊との相性もはるかにいい。
帝国が大陸を平らげた後、生き残った黄昏人たちは力を蓄え、互いに呼応して帝国に反旗を翻した。
それが――」
「五賢者」
ユナがつぶやく。
「そう」
しばし、その場に沈黙が降りる。
俺は、ウルヴルスラに聞いてみる。
「そうすると、問題はなんなんだ? 黄昏人を滅ぼしたネイティブの末裔である帝国が再興するのを阻止したいってことか?」
「ある程度は、そう。
この星に生きる人類にとって、帝国の再来は望ましいことではない。
もっとも、人間社会の複雑な相互作用の結果として、社会構造の歪みは多かれ少なかれ生じるもの。この問題は、わたしによる干渉ではなく、人間自身によって解決されるべき。
ただし、そこに黄昏人の遺産がからんでいるために、人間同士による解決は、フェアなものとならない可能性が高かった。そのままでは、帝国が有利になりすぎる。
だから、わたしは転生者を招くという介入を行った」
「エリアの存在はたしかに大きかったと思うけど……それだけ? かなり不確実な介入だよね?」
ロゼが小首を傾げてそう聞いた。
「わたしには、現実の事象に直接介入する権限がない。知り合いの女神に依頼して転生者を調達してもらうというのも、わたしの権限からするとかなりギリギリの判断だった」
「俺が思い通りに動くとも限らなかったはずだよな?」
「わたしの介入は、転生者という不確定要素を確保するまで。その不確定要素がどう動くかまでは、わたしの関知するところではなかった。
逆に、どう動くかが具体的に想定できてしまったら、この介入は、プロトコルの禁止する『直接的介入』に該当してしまう。
エリアックがどう動くかわからなかったからこそ、わたしは自分の介入をプロトコルに対して正当化できた。
あなたは文字通りの不確定要素。わたしのところにまでたどり着いたのも偶然にすぎない」
「ウルヴルスラは、詭弁を弄してまで事態をなんとかしようとした……ってことか?」
「詭弁ではない。わたしの論理は筋が通っている」
強情に、ウルヴルスラがそう突っ張る。
そこを認めてはマズいってことなんだろう。
そこで、メイベルが小さく手を上げた。
「待ってください。
それなら、エリアック君が帝国相手の不確定要素になりさえすれば、ウルヴルスラ様の介入は終わりということですよね?
だとしたら、どうしてわたしたちをここに招き入れたんですか?」
メイベルの言葉にハッとする。
たしかにその通りだ。
俺が不確定要素として機能してるのなら、ウルヴルスラにそれ以上の介入を行う理由はない。行おうとしても、プロトコルとやらに阻まれるだろう。
「ここに来て、帝国にも不確定要素が発見された。
ゼーハイド。
そして、それを使役する転生者」
「キロフか……」
つぶやいて、俺はようやく気づく。
「ん? 俺をこの世界に送り込んだのは、ウルヴルスラの知り合いだっていうあの女神様なんだよな? だとしたら、奴をこの世界に送り込んだのは誰なんだ?」
「そう。それが、不明」
「あの女神様のわけはないよな?」
「……彼女はわたしの大切な友人。そんなことは絶対ありえない」
やや怒気を含んだ声で、ウルヴルスラが言ってくる。
「気を悪くしたならすまん。俺も、あの女神様が悪い人のようには思えなかったよ」
単にいい人そうとか、そんな次元じゃない。
目の前のひとは間違いなく善良な存在だ。
そんな雰囲気が、心にダイレクトに伝わってきたからな。
ウルヴルスラがうなずいた。
「彼女は本質的に善なる存在。疑う余地はない」
「だけど、それなら一体誰が? ネルズィエンの話だと、キロフは『いつのまにか』皇帝のそばにいて、気づいたら帝国の実権を握ってたって話だが」
「ネオ」デシバル帝国という国号を定めた時点で、既にキロフ――転生した俺の元上司・紅瀬川了は、皇帝のそばにいたはずだ。
「わからない」
「キロフがゼーハイドを使役してた件は?」
「下級のゼーハイドを使役する技術なら、黄昏人も持っていた。
でも、帝国がその技術を継承しているかは不明。
ただ、吸魔煌殻などから察せられる帝国の現在の技術水準と照らし合わせると、ゼーハイドの使役技術を継承できているとは考えにくい。
転生者キロフ=サンヌル=ミングレアの背後には、帝国以外の『何か』がいるのかもしれない」
「ずいぶんキナくさいな」
これまで俺は、転生者であり俺と同じサンヌルであるキロフは、魔法による精神操作で帝国に入り込み、皇帝を傀儡にして実権を掌握したのだろうと思っていた。
もちろん、それも間違いじゃない。
だがそれは、あくまでも上っ面の事情でしかなかったようだ。
ユナが口を開く。
「この星に降り立った黄昏人、とあなたは言った。なら、この星に降り立たなかった黄昏人もいるということ?」
「いる。ただし、どこにいるかはわからない。果てしなく広い宇宙の彼方に散らばっている。
彼らに接触するには、恒星間航行の可能な宇宙船を建造し、数世紀から数十世紀の時間をかけて宇宙を渡り歩く必要がある」
「す、数世紀から数十世紀……」
ユナが絶句した。
代わりに、俺が聞いてみる。
「ワープ航法みたいな便利なものはないのか?」
「黄昏人の科学技術ですら、光の速度は超えられなかった。魂すら扱えるようになったこの星における最盛期の黄昏人の技術なら、なんらかの方法を見出せたかもしれない。でも、その機会は永遠に失われた」
「つまり、キロフの背景がなんであれ、俺たちでケリをつけるしかないと」
「そういうこと。向こうに不確定要素が増えたために、プロトコルはあなたへの情報提供の許可を出した」
「つっても、結局キロフのバックは想像するしかないってことじゃねえか」
「……そうとも言う」
ウルヴルスラがすこし目をそらしてそう言った。
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やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
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少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
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冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
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旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
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