NO STRESS 24時間耐えられる男の転生譚 ~ストレスから解放された俺は常人には扱えない反属性魔法を極めて無双する~

天宮暁

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第五章 15歳

57 帝国の狙いは?

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 そこで、これまで黙ってたラシヴァが口を開く。

「なあ、考えてもわかんねえなら、わかりそうな奴に聞けばいいじゃねえか」

「わかりそうな奴だって? 誰のことだ?」

 俺が聞くと、

「おいおい、おまえが捕まえたんだろ。
 ネルズィエンは取り逃がしたが、その副官であるジノフとその他の帝国兵は捕虜にしたろうが」

「……そういえばそうだった」

 下っ端の兵士がどこまで知ってるかはわからないが、ジノフなら何らかの情報を持ってるだろう。

「会長、彼らの尋問はどうなってますか?」

「ネオデシバル帝国の現体制や重要人物、戦力や経済力、技術、魔法などについては、ざっくりしたところは聞けている。
 その成果は、君たちにも共有するつもりでまとめていた。そもそも、こちら側の今日の要件はそれだったのだ」

 エクセリアがちらりとメイベルを見る。
 メイベルが手近にあったファイルを手に立ち上がり、大きな円卓をぐるりと回って、俺にそのファイルを手渡した。

 俺は早速ファイルを開いてみる。
 左右からロゼとラシヴァも覗き込んできた。

「既知の情報も多いが、情報の確度が上がっている。
 注目すべきは古代宮殿ラ=ミゴレのことだろう。
 エネルギーフィールドに覆われた黄昏人の遺跡。驚くほどに、このウルヴルスラにそっくりだ」

「帝国の宮殿はエネルギーフィールドに覆われてたんですか」

「帝国にはデシバル時代からの魔法技術があるが、古代宮殿を利用して、黄昏人の遺産の一部を生み出すこともできるらしい」

「ネルズィエンが着てたボディスーツとかですね」

 ボディラインの浮き出る見た目のインパクトで忘れがちだが、ネルズィエンによれば、あのスーツは耐刃・耐衝撃・耐熱・体温維持・治癒力強化・疲労軽減、さらには身体能力の強化機能までついた優れものだという。
 防御力だけをとっても、下手な鎧を軽く上回る。
 もっとも、身体能力強化は、さすがに吸魔煌殻ほどのブーストは見込めないらしい。
 製造コストが高いせいで、吸魔煌殻のように数を揃えることも難しいと言っていた。

(まあ、あのエロいスーツを男に着せてもな)

 性能的には鹵獲して使いたいくらいだったが、使うとしたらロゼになる。
 あのスーツを着たロゼはぜひ見てみたいとは思うものの、それを衆目の目に晒したいとは思わない。

(いや、そんなことはどうでもいい)

 メイベルのまとめたファイルには、スーツについてのジノフの証言もあった。
 その証言への、メイベルの注釈が目を引いた。

「ウルヴルスラの制服に似てる、ですか。
 たしかに、見た目は違いますが、都市機能を使って生産するって点ではそっくりですね」

 メイベルはネルズィエンには会っていない。
 あのスーツについても生徒たちの証言からしか知らないはずだが、本質をきっちり突いた分析をしてる。
 逆に、直接見なかったからこそ、ウルヴルスラの制服との共通点に気づいたのかもしれない。
 いずれにせよ、メイベルの、断片的な情報から全体を想像する能力の高さには舌を巻く。
 ジノフたちを捕らえてから日も浅いというのに、これだけ詳細で要点を掴んだ分厚い報告書を仕上げてくる事務処理能力も、だな。

「吸魔煌殻は……ああ、書いてありますね。あれは古代宮殿とやらの機能ではなく、帝国自身が生産してるのか」

「吸魔煌殻は、ほぼデシバル帝国独自の技術と言っていいようだ。
 もちろん、黄昏人の技術を解析した結果ではあるようだが」

「霊威兵装も、黄昏人の遺産を流用して作ったみたいですしね」

 そう考えると、帝国の魔法技術は、黄昏人のそれには及ばないということになる。
 その点についてはメイベルも気になったらしく、報告書に詳しく書かれている。

「『ネオデシバル帝国の魔法技術は、黄昏人のそれには遠く及ばないものと思われる。帝国は黄昏人の遺産のごく一部を利用しているにすぎない。その利用も、技術を完全に解明した上でのことではなく、試行錯誤によってなんとか実用化に漕ぎ着けるという水準に留まっている』……か」

「……人の書いたものを目の前で読み上げないでください、エリアック君」

 報告書を読み上げた俺に、メイベルが少し恥ずかしそうに言った。
 報告書の堂々たる文体とは打って変わって、面と向かって話す時のメイベルは引っ込み思案なところがある。

 そんなメイベルにほっこりしてると、隣のロゼに脛を蹴られた。円卓が邪魔になって会長たちには見えない角度からの攻撃に、俺は痛みを堪えて無表情を貫いた。

 メイベルが自分の文章に補足する。

「そうは言っても、帝国は現に、吸魔煌殻を自力で量産して実戦配備できるだけの技術は有しています。現在の四大国にとって脅威であることに変わりはありません」

「そうですね」

 「四大国」って言葉にラシヴァがピクリと反応していた。ラシヴァの祖国を含めて五大国だった大陸諸国は、ザスターシャの滅亡によって四大国と呼ばれるようになっている。

 帝国が黄昏人の遺産を部分的にしか解明できていないのだとしても、それすらできていない列国にとって、ネオデシバルは理不尽なほどに対処の困難な脅威なのだ。

 会長が言う。

「帝国の強さの源泉が、古代宮殿ラ=ミゴレにあるのだとすれば。
 このウルヴルスラこそが、帝国の脅威に対抗するための鍵となるかもしれん」

「黄昏人の遺産であるウルヴルスラから、その技術を復元するってことですか?」

「それができれば最良ではある。
 だが、千年に亘って謎であり続けたものなのだ。
 その間、解析を試みた生徒騎士が、我々だけだったわけではない。
 むしろ、学園騎士団にとって、この都市そのものこそが、常に関心の中心だったと言える。
 過去には天才的な研究者もいれば、ずば抜けた魔力を持つ魔術師もいた。
 彼ら彼女らの力をもってしても、黄昏人の技術の一端すらも解明できていないのが現実だ。
 研究者たちによれば、黄昏人の技術は無数の技術の蓄積によって高度に構築されたものであるがゆえに、天才が解法を閃くことで、一夜にして解き明かせるようなものではないのだという。
 気の遠くなるほどの時間をかけて、我々自身の魔法技術を向上させ、基礎の上にさらに基礎を積み重ねるような終わることなき研鑽の果てにようやくたどり着ける。
 黄昏人の遺産が要求する知識は膨大で、現代の天才的な研究者が一生を費やしてもなお、その叡智の一端を解明できる境地へとたどり着く前に、研究者の寿命が尽きる、それほどの深みを持つということだ」

「おそろしい話です。
 現実問題として、研究者とて食っていく必要があるのです。
 一生をかけても部分的な成果すら得られないような無謀な対象を研究しようと思う研究者は多くありません。
 そんな研究に自分の一度しかない人生を投じるのは、自分の才能の限界すら見極められない愚か者か、黄昏人の遺産の魅力に取り憑かれた狂人か……。
 いずれにせよまっとうな研究者には扱えないテーマなのです」

 会長の言葉を、メイベルがそう補った。
 ロゼやユナ、ラシヴァは、話の壮大さに息を呑んだようだ。
 転生者である俺にとっては、納得のいく説明ではあったけどな。

「結局、黄昏人ならぬ我々には高望みがすぎるということだ。
 黄昏人の叡智は、我々にとってはほとんど神話か天上の物語のように思われる。
 だが、我々では解明できないとしても、現にこうしてウルヴルスラの都市機能は稼働している。
 だから、鍵は原始精霊ウルヴルスラとの交信だと考えている。
 彼女からレクチャーを受けることができれば確実だし、もし我々には理解できないことなのだとしても、力を貸してもらうことはできるはずだ。
 彼女がそれを望めば、ではあるがな」

「つまり、メイベル先輩か、もしうまくいけばユナってことですね」

「うむ。
 だが、それは腰を据えて取り組むべきことだろう。
 遺産の解明よりは現実的だとしても、それでも十分雲をつかむような話ではある。
 結局は他力本願というのも気に入らない。
 我々は我々で、自力でできることを積み重ねていくべきだ。
 たとえそれが小さなことばかりだとしても、積み重ねることを怠れば、ゆくゆくは大きな障害となって我々に襲いかかってくることにもなりかねないからな」

 瞳に強い力を宿して会長が言う。

「……他力本願、か」

 ラシヴァの小さなつぶやきが聞こえた。

(帝国の脅威に対抗しようと思えば、なかなか小さなことから積み重ねようとは思いにくいからな)

 大きな脅威には大きな力で対抗しよう。
 そう考えるのは自然だろう。
 だが、自分のものではない力にすがろうとすれば、当然、自分で状況をコントロールすることはできなくなる。
 結果、他人をなんとしても動かそうと必死になる。
 そして、その必死さが他人を遠ざけてしまう。

(かといって、自力でできることには限界がある。他人の力に頼らないって心がけは大事だが、現実問題として他人の力を借りる必要はどうしたってある)

 転生者で【無荷無覚】というチート持ち、史上例のないサンヌルの複合魔法の使い手。
 これだけ条件の揃った俺ですら、そのことに変わりはない。

 亡国の王子でしかないラシヴァならなおさらだ。
 ラシヴァにはジトとしての才能はあるが、逆に言えばそれしかない。
 ラシヴァくらいの才能の持ち主は、この学園内だけで何十人もいるだろう。
 ラシヴァが学園を掌握して力を得ようと必死になったのもよくわかる。

(ま、最近はちょっと肩の力が抜けてきたか?)

 追い詰められて必死になることで発揮される力があることは否定しない。
 でも、追い詰められすぎれば、人間は最後には自壊する。
 追い詰められた時に発揮される力というのは、結局火事場の馬鹿力でしかなくて、長続きはしないものだ。
 アドレナリンが出てるあいだは自分自身のストレスや疲労や心身の不調に気づかないかもしれない。
 だが、一度アドレナリンが切れたが最後、二度と浮かび上がれない沼へと沈むことになってしまう。

(自分で自分を追い詰めるんじゃなく、計画を立てて一歩ずつ。どうせ人間、一度にひとつのことしかできないんだ)

 キロフは、戦線を膠着させ、そこで人を消耗させること自体を目的にしている。
 帝国との戦いは、短期決戦では済まないだろう。

 もちろん、キロフの傀儡とはいえ、皇帝は膠着状態が長引くことは望まないだろうし、膠着が長引けば、帝国の国力だってもたなくもなる。
 どこかで何かを仕掛けてくるのは確実だ。

 短期的な警戒は必要だが、そのために消耗して、持久戦に敗れるようなことも防がなければならなかった。
 その意味で、生徒会円卓のバランス感覚は頼もしい。
 転生者であるキロフという撹乱要因さえなければ、彼女らの下で働く手もあったと思う。

(俺はべつにリーダーシップを取りたい方でもないしな)

 エクセリア会長みたいなカリスマの下で働く方が、いっそ気楽と思わなくもない。
 キロフがいみじくも言ったように、俺はどっちかといえば使われる側の人間だろう。

 会長が、細い指を折りながら言った。

「今はまず、ハントが洗脳されていればその解除。
 次に、捕虜であるジノフから精霊教との関係について聞き出す。
 最後に、その結果を踏まえて精霊教会をどうするか、だな」

 そこで、生徒会室のドアがノックされた。

「会長。学術科一年第一教室ハント=サン=ミゼットを連れてきました」
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