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第五章 15歳
42 戦慄
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「だがよ、こいつらはどうする?」
ラシヴァが、たむろする帝国兵を親指でさして言った。
「連れて歩くには数が多すぎるな」
俺は、なんの気もなしにそう言ったのだが、
「ま、待ってくれ!」
ネルズィエンが青い顔になって俺を止める。
「頼む! 部下たちを殺さないでくれ!」
必死の形相で、俺にすがりつくネルズィエン。
(いや、そういうつもりじゃなかったんだけど……)
ラシヴァのせいもあって、俺が頭数を減らそうとすると思ったのだろう。
「この者たちは、わたしを信じてついてきてくれたのだ!
吸魔煌殻の乱用は帝国の未来のためにならぬ! そう理想を説くわたしに賛同し、吸魔煌殻もなしに敵地まで帯同してくれた者たちなのだ!
どうか……どうか、殺さないでくれ! わたしはどうなっても構わぬ!」
ん? いまなんでもするって……
というネタを反射的に思いつき、俺は反応が遅れてしまう。
その代わりに、ラシヴァが言った。
「何言ってやがる! ここはウルヴルスラの自治領、ミルデニア王国の領内だ! 他国の領土を侵犯しておいて、どうか部下を殺さないでくれ……だと!? いくらなんでも虫が良すぎるだろうが!」
「まぁ待てよ」
俺は、ラシヴァを制してネルズィエンに聞く。
「おまえの理想って言ったけどさ、それは俺が吸魔煌殻を廃止しろって暗示をかけたせいだよな?」
「それでも、わたしに共鳴してついてきてくれたのだ。わたしは彼らに責任がある。
それに、人の命を削るような戦い方では未来がないと思うのは本当だ」
ネルズィエンが、俺の肩を強く握りしめたままでそう言った。
「……わかった」
「おい、エリアック!」
「べつに無罪放免にするわけじゃない。ここから無事に出たら、捕虜として生徒会に引き渡す。その後の扱いまでは俺の考えることじゃない」
王都へ移送され、帝国への人質にされるか――処刑されるか。
それを防ぐ手立ては俺にはないし、そうするだけの義理もない。
俺がかけた暗示のせいでネルズィエンがここにいると思うと罪悪感がないこともないが、そもそもはネルズィエンが六年前ブランタージュ伯領に攻め込んできたのが発端だ。
「……それで構わない」
ネルズィエンがそう言ってうなだれる。
「そうは言っても、この人数で探索するのも効率が悪そうだ。帝国兵はここに残そう。ジノフに統率を取っておいてもらう。もし人手が必要になったら、その都度ここから引っ張り出せばいい」
「リーダー。わたしたちはどうすればいい?」
シズレーンがそう聞いてくる。
「そうだなぁ……。ここで帝国兵と一緒に待っててもいいぜ。
もっとも、帝国兵と一緒に残るのと、霊威兵装が生きてるかもしれない研究所を探索するのと、どっちがマシかって話になるが」
「わたしはリーダーについていきたい。結局リーダーのそばがいちばん安全のようだしな。吸魔煌殻を超える古代兵器とやらにも興味がある」
「わ、わたしも行く!」
ミリーも手を挙げた。
「もちろん俺は行くぜ」
ラシヴァは当然こっちだよな。
「う……悪いけど、僕はここに残ろうかな」
「俺もそうする。帝国兵はエリアックの言いなりだけど、誰かが見張ってる必要はあるだろ?」
魔術科男子二人は居残りを申し出た。
「じゃあ、俺とネルズィエン、シズレーン、ミリー、ラシヴァが探索組だな」
呼ばれたメンツがうなずいた。
「皇女殿下。くれぐれもお気をつけて」
メンツから外された老将が、俺を睨みつけながらそう言った。
「そんなに入り組んだ造りではないみたいだな」
俺は、しばらく進んだところでそう言った。
「研究所だからな。要塞とは違って、構造自体はシンプルだ。ただ、隔壁で幾重にも遮断されている。中枢に近づくには手間がかかるな」
ネルズィエンが、隔壁の一つを開けながら言う。
「なんか……すごい雰囲気じゃない?」
ミリーが、怯えたように言った。
「ああ。やべえな。眉間がピリピリしてきやがる」
ラシヴァが眉をひそめてうなずいた。
シズレーンがミリーに言う。
「まるで冥府の奥底に降りていこうとしているかのようだな。黄泉へと続くという、果てしない下り坂の話を知ってるか?」
「や、やめてよ! そういうこと言うの!」
シズレーンの言葉に、ミリーが自分の肩を抱いて震え上がる。
「崖の外でも感じたけど、どんどん嫌な感じが濃くなってくな」
研究所内は、うすぼんやりとした光で満たされている。
だが、中枢に近づくにつれて光が薄くなり、途中からは非常灯のようなものしかなくなった。
奥からピンピンと伝わってくる嫌な気配は、通路が暗くなればなるほど強まるようだ。
ネルズィエンが開けた隔壁の奥には、下りの螺旋階段があった。
鉄が剥き出しの無骨な螺旋階段を、二列になって下りていく。
俺とネルズィエン、ミリーとシズレーン、最後尾にラシヴァ。
かつん、かつんと、下りるたびに足音が円筒状の空間に響き渡る。
螺旋階段は長かった。
例の気配がさらに強まっていく。
俺の隣にいるネルズィエンは、額に冷や汗をかき、顔から血の気が引いている。
「ち、ちょっと待って!」
ミリーが声を上げた。
「な、なんなの、これ! わけわかんないけど、怖すぎる! 足が震えて動かない!」
「わたしも、だ。本能がこの先に行くことを拒んでるかのようだ……」
シズレーンまでもが泣き言を漏らす。
そこで、俺はようやく気がついた。
(そうか、ストレスがかかってるんだ)
俺は、嫌な気配が強まるのを感じてはいたが、そこにストレスは感じてない。
気配は、俺にも本能的な恐怖を引き起こしてる。
もし【無荷無覚】がなかったら、この恐怖は強いストレスとなって、心身の激しい防御反応を引き起こしていただろう。
みんなの顔色を確かめてみる。
一様に青ざめていた。
冷や汗をかき、手や足が震えてる。
ミリーは膝ががたがたになって、いまにもへたりこみそうだ。
地肌が日焼けしたような色のラシヴァも、さっきまでの興奮が嘘のように、顔から血の気が引いている。
「り、リーダーは平気なの?」
ミリーが聞いてくる。
「ん、ああ。ヤバい気配は感じるけどな」
「涼しい顔しやがって……」
ラシヴァが毒づく。
こいつがこんなことを言い出すくらいだ。
みんな相当なプレッシャーを感じてるな。
「これまでのところ、研究所内に脅威はなかった。限界だと思うなら無理せず戻って、最初の広間で待っててくれるか?」
「う、うん……そうさせてもらう」
「すまない、リーダー。わたしも戻る」
「気をつけてくれよ?」
ミリーとシズレーンが、螺旋階段を上っていく。
しばらくすると、その音も聞こえなくなった。
「ラシヴァ。行けるか?」
「あ、ああ。くそっ、なんだってんだ。この寒気は……」
「ネルズィエンは?」
「わ、わたしがいなければ隔壁が開けられぬ」
かたや復讐のため、かたや義務感でこの場に留まってるようだ。
「もし戦闘になっても、二人は無理をするな。基本的には俺が対処する」
「ちっ、おもしろくねえが、しかたねえ。この状態でまともに動ける気がしねえぜ」
「しかたあるまい。いずれにせよ、わたしの命運は貴様に委ねる他ないのだ」
二人の負けず嫌いがそう答えた。
「じゃあ行くぞ」
俺は、先頭に立って螺旋階段を下りていく。
たまに立ち止って二人を待つ。
二人は、一歩一歩を確かめながら、勇を鼓舞するようにして、階段を一段ずつ下りてくる。
「大丈夫か?」
「くぅぅっ! キツすぎるぜ……。
エリアック、構わねえから一気に行ってくれ。じわじわ進むより、死ぬ気で突っ切ったほうが楽かもしれねえ」
「くっ、不本意だが王子に賛成だ。これに長く耐えるくらいなら、暗闇に向かって飛び込むほうがまだしもマシだ」
二人は、膝が完全に笑っていた。
「……わかった。さいわい、この階段には危険はなさそうだ。一気に行こう」
俺は螺旋階段を駆け下りる。
後ろから、二人がおぼつかない足取りでついてくるのがわかった。
数十秒ほどで、螺旋階段の底に到着した。
円筒の底の壁に、ハンドルのついた大きな丸い隔壁がある。
宇宙ステーションとか核シェルターとかにありそうなやつだ。
この隔壁もロックされていた。
追いついてきたネルズィエンが、隔壁に向かって認証の言葉を口にする。
「『こ、皇帝の代行者が、命ずる……か、隔壁を、解除……せよ』」
ネルズィエンが認証を突破したところで、俺はハンドルをつかんで回す。
ごごん……と重い音を立てて、丸い隔壁がこちらに開く。
その途端、
「ううっ……!」
「ぐううっ!?」
ラシヴァとネルズィエンが、顔を腕でかばって、その場へとへたりこむ。
べつに、隔壁の向こうから何かが飛び出してきたってわけじゃない。
例の気配が強くなっただけだ。
今の隔壁を開けたことで、気配が濃密な蒸気のように噴き出してきた。
俺は、隔壁の奥を覗き込む。
隔壁の奥には闇しかなかった。
だが、ただの闇とは思えない。
俺の闇の魔力でも、奥の様子を探れないからな。
光魔法で「灯り」を生んで、中に放り込んでみる。
「灯り」は、ただ闇の中を進んでいく。
しかし、生み出されてるはずの光は、壁や床などを一切映さず、どこへともなく消えている。
となると相当広い空間のように思えるが、空気の流れも感じない。
(遠近感も空間の広がりもわからない、か……。魔力は?)
俺は、魔力で奥を探ってみる。
「うわっ……」
奥は、魔力の塊だった。
光でも闇でもない、四大のうちのいずれかの魔力が、まるで煮凝りのような粘度で立ち込めてる。
火や風や地の魔力とは思えない。
おそらくは水の魔力だろう。
あまりに魔力が濃すぎて、にわかには水とは信じがたい。
それほどに濃密な水属性の魔力が、この先に大量にわだかまっている。
「こいつは……」
いくらストレスを感じないと言っても、こんな場所に入っては何が起こるかわからなかった。
「おげえ……」
見れば、ラシヴァが床に嘔吐してる。
「こ、れは……想像以上、だな……」
ネルズィエンが、片膝をつき、口元を抑えてそううめく。
そこで、唐突に声が聞こえてきた。
――ダ、レ……?
次の瞬間、隔壁の奥から濃密な魔力が溢れ出し――
俺たちは、見知らぬ場所にいた。
ラシヴァが、たむろする帝国兵を親指でさして言った。
「連れて歩くには数が多すぎるな」
俺は、なんの気もなしにそう言ったのだが、
「ま、待ってくれ!」
ネルズィエンが青い顔になって俺を止める。
「頼む! 部下たちを殺さないでくれ!」
必死の形相で、俺にすがりつくネルズィエン。
(いや、そういうつもりじゃなかったんだけど……)
ラシヴァのせいもあって、俺が頭数を減らそうとすると思ったのだろう。
「この者たちは、わたしを信じてついてきてくれたのだ!
吸魔煌殻の乱用は帝国の未来のためにならぬ! そう理想を説くわたしに賛同し、吸魔煌殻もなしに敵地まで帯同してくれた者たちなのだ!
どうか……どうか、殺さないでくれ! わたしはどうなっても構わぬ!」
ん? いまなんでもするって……
というネタを反射的に思いつき、俺は反応が遅れてしまう。
その代わりに、ラシヴァが言った。
「何言ってやがる! ここはウルヴルスラの自治領、ミルデニア王国の領内だ! 他国の領土を侵犯しておいて、どうか部下を殺さないでくれ……だと!? いくらなんでも虫が良すぎるだろうが!」
「まぁ待てよ」
俺は、ラシヴァを制してネルズィエンに聞く。
「おまえの理想って言ったけどさ、それは俺が吸魔煌殻を廃止しろって暗示をかけたせいだよな?」
「それでも、わたしに共鳴してついてきてくれたのだ。わたしは彼らに責任がある。
それに、人の命を削るような戦い方では未来がないと思うのは本当だ」
ネルズィエンが、俺の肩を強く握りしめたままでそう言った。
「……わかった」
「おい、エリアック!」
「べつに無罪放免にするわけじゃない。ここから無事に出たら、捕虜として生徒会に引き渡す。その後の扱いまでは俺の考えることじゃない」
王都へ移送され、帝国への人質にされるか――処刑されるか。
それを防ぐ手立ては俺にはないし、そうするだけの義理もない。
俺がかけた暗示のせいでネルズィエンがここにいると思うと罪悪感がないこともないが、そもそもはネルズィエンが六年前ブランタージュ伯領に攻め込んできたのが発端だ。
「……それで構わない」
ネルズィエンがそう言ってうなだれる。
「そうは言っても、この人数で探索するのも効率が悪そうだ。帝国兵はここに残そう。ジノフに統率を取っておいてもらう。もし人手が必要になったら、その都度ここから引っ張り出せばいい」
「リーダー。わたしたちはどうすればいい?」
シズレーンがそう聞いてくる。
「そうだなぁ……。ここで帝国兵と一緒に待っててもいいぜ。
もっとも、帝国兵と一緒に残るのと、霊威兵装が生きてるかもしれない研究所を探索するのと、どっちがマシかって話になるが」
「わたしはリーダーについていきたい。結局リーダーのそばがいちばん安全のようだしな。吸魔煌殻を超える古代兵器とやらにも興味がある」
「わ、わたしも行く!」
ミリーも手を挙げた。
「もちろん俺は行くぜ」
ラシヴァは当然こっちだよな。
「う……悪いけど、僕はここに残ろうかな」
「俺もそうする。帝国兵はエリアックの言いなりだけど、誰かが見張ってる必要はあるだろ?」
魔術科男子二人は居残りを申し出た。
「じゃあ、俺とネルズィエン、シズレーン、ミリー、ラシヴァが探索組だな」
呼ばれたメンツがうなずいた。
「皇女殿下。くれぐれもお気をつけて」
メンツから外された老将が、俺を睨みつけながらそう言った。
「そんなに入り組んだ造りではないみたいだな」
俺は、しばらく進んだところでそう言った。
「研究所だからな。要塞とは違って、構造自体はシンプルだ。ただ、隔壁で幾重にも遮断されている。中枢に近づくには手間がかかるな」
ネルズィエンが、隔壁の一つを開けながら言う。
「なんか……すごい雰囲気じゃない?」
ミリーが、怯えたように言った。
「ああ。やべえな。眉間がピリピリしてきやがる」
ラシヴァが眉をひそめてうなずいた。
シズレーンがミリーに言う。
「まるで冥府の奥底に降りていこうとしているかのようだな。黄泉へと続くという、果てしない下り坂の話を知ってるか?」
「や、やめてよ! そういうこと言うの!」
シズレーンの言葉に、ミリーが自分の肩を抱いて震え上がる。
「崖の外でも感じたけど、どんどん嫌な感じが濃くなってくな」
研究所内は、うすぼんやりとした光で満たされている。
だが、中枢に近づくにつれて光が薄くなり、途中からは非常灯のようなものしかなくなった。
奥からピンピンと伝わってくる嫌な気配は、通路が暗くなればなるほど強まるようだ。
ネルズィエンが開けた隔壁の奥には、下りの螺旋階段があった。
鉄が剥き出しの無骨な螺旋階段を、二列になって下りていく。
俺とネルズィエン、ミリーとシズレーン、最後尾にラシヴァ。
かつん、かつんと、下りるたびに足音が円筒状の空間に響き渡る。
螺旋階段は長かった。
例の気配がさらに強まっていく。
俺の隣にいるネルズィエンは、額に冷や汗をかき、顔から血の気が引いている。
「ち、ちょっと待って!」
ミリーが声を上げた。
「な、なんなの、これ! わけわかんないけど、怖すぎる! 足が震えて動かない!」
「わたしも、だ。本能がこの先に行くことを拒んでるかのようだ……」
シズレーンまでもが泣き言を漏らす。
そこで、俺はようやく気がついた。
(そうか、ストレスがかかってるんだ)
俺は、嫌な気配が強まるのを感じてはいたが、そこにストレスは感じてない。
気配は、俺にも本能的な恐怖を引き起こしてる。
もし【無荷無覚】がなかったら、この恐怖は強いストレスとなって、心身の激しい防御反応を引き起こしていただろう。
みんなの顔色を確かめてみる。
一様に青ざめていた。
冷や汗をかき、手や足が震えてる。
ミリーは膝ががたがたになって、いまにもへたりこみそうだ。
地肌が日焼けしたような色のラシヴァも、さっきまでの興奮が嘘のように、顔から血の気が引いている。
「り、リーダーは平気なの?」
ミリーが聞いてくる。
「ん、ああ。ヤバい気配は感じるけどな」
「涼しい顔しやがって……」
ラシヴァが毒づく。
こいつがこんなことを言い出すくらいだ。
みんな相当なプレッシャーを感じてるな。
「これまでのところ、研究所内に脅威はなかった。限界だと思うなら無理せず戻って、最初の広間で待っててくれるか?」
「う、うん……そうさせてもらう」
「すまない、リーダー。わたしも戻る」
「気をつけてくれよ?」
ミリーとシズレーンが、螺旋階段を上っていく。
しばらくすると、その音も聞こえなくなった。
「ラシヴァ。行けるか?」
「あ、ああ。くそっ、なんだってんだ。この寒気は……」
「ネルズィエンは?」
「わ、わたしがいなければ隔壁が開けられぬ」
かたや復讐のため、かたや義務感でこの場に留まってるようだ。
「もし戦闘になっても、二人は無理をするな。基本的には俺が対処する」
「ちっ、おもしろくねえが、しかたねえ。この状態でまともに動ける気がしねえぜ」
「しかたあるまい。いずれにせよ、わたしの命運は貴様に委ねる他ないのだ」
二人の負けず嫌いがそう答えた。
「じゃあ行くぞ」
俺は、先頭に立って螺旋階段を下りていく。
たまに立ち止って二人を待つ。
二人は、一歩一歩を確かめながら、勇を鼓舞するようにして、階段を一段ずつ下りてくる。
「大丈夫か?」
「くぅぅっ! キツすぎるぜ……。
エリアック、構わねえから一気に行ってくれ。じわじわ進むより、死ぬ気で突っ切ったほうが楽かもしれねえ」
「くっ、不本意だが王子に賛成だ。これに長く耐えるくらいなら、暗闇に向かって飛び込むほうがまだしもマシだ」
二人は、膝が完全に笑っていた。
「……わかった。さいわい、この階段には危険はなさそうだ。一気に行こう」
俺は螺旋階段を駆け下りる。
後ろから、二人がおぼつかない足取りでついてくるのがわかった。
数十秒ほどで、螺旋階段の底に到着した。
円筒の底の壁に、ハンドルのついた大きな丸い隔壁がある。
宇宙ステーションとか核シェルターとかにありそうなやつだ。
この隔壁もロックされていた。
追いついてきたネルズィエンが、隔壁に向かって認証の言葉を口にする。
「『こ、皇帝の代行者が、命ずる……か、隔壁を、解除……せよ』」
ネルズィエンが認証を突破したところで、俺はハンドルをつかんで回す。
ごごん……と重い音を立てて、丸い隔壁がこちらに開く。
その途端、
「ううっ……!」
「ぐううっ!?」
ラシヴァとネルズィエンが、顔を腕でかばって、その場へとへたりこむ。
べつに、隔壁の向こうから何かが飛び出してきたってわけじゃない。
例の気配が強くなっただけだ。
今の隔壁を開けたことで、気配が濃密な蒸気のように噴き出してきた。
俺は、隔壁の奥を覗き込む。
隔壁の奥には闇しかなかった。
だが、ただの闇とは思えない。
俺の闇の魔力でも、奥の様子を探れないからな。
光魔法で「灯り」を生んで、中に放り込んでみる。
「灯り」は、ただ闇の中を進んでいく。
しかし、生み出されてるはずの光は、壁や床などを一切映さず、どこへともなく消えている。
となると相当広い空間のように思えるが、空気の流れも感じない。
(遠近感も空間の広がりもわからない、か……。魔力は?)
俺は、魔力で奥を探ってみる。
「うわっ……」
奥は、魔力の塊だった。
光でも闇でもない、四大のうちのいずれかの魔力が、まるで煮凝りのような粘度で立ち込めてる。
火や風や地の魔力とは思えない。
おそらくは水の魔力だろう。
あまりに魔力が濃すぎて、にわかには水とは信じがたい。
それほどに濃密な水属性の魔力が、この先に大量にわだかまっている。
「こいつは……」
いくらストレスを感じないと言っても、こんな場所に入っては何が起こるかわからなかった。
「おげえ……」
見れば、ラシヴァが床に嘔吐してる。
「こ、れは……想像以上、だな……」
ネルズィエンが、片膝をつき、口元を抑えてそううめく。
そこで、唐突に声が聞こえてきた。
――ダ、レ……?
次の瞬間、隔壁の奥から濃密な魔力が溢れ出し――
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