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第五章 15歳
38 不穏な気配
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話してみると、武術科女子と俺には共通点があった。
「じゃあ、シズレーンは、戦役の時は戦場に?」
「ああ。リーダーの父君の名が冠されることになった六年前の戦役では、父ドブロ公爵とともに戦陣にいた」
「まだ9歳だろ」
「緑装騎兵と呼ばれる帝国の騎兵部隊は強力でな。我が家では一時、領都からの脱出を余儀なくされたのだ。
それでも、帝国軍を王都へ行かせるわけにはいかない。
父は街道を扼する地点にある古い城塞に篭り、緑装騎兵を牽制することにした。わたしもその城塞の中にいたというわけだ」
緑の髪を短く切った武術科の女子の名はシズレーン=ヒュル=ドブロといった。
六年前のブランタージュ戦役で、ブランタージュ伯爵領はネルズィエン皇女率いる赤装歩兵(とザスターシャ兵)の侵攻を受けたが、それと同時にネオデシバル帝国は緑装騎兵と呼ばれる吸魔煌殻部隊を主要街道へと差し向けている。
その狙いは、ミルデニア王都ラングレイだった。
どちらかといえば赤装歩兵が囮で、緑装騎兵が本命だったのだろう。
緑装騎兵は強力だが、兵数では劣るため、ネルズィエン皇女がミルデニアから撤退した時点で王都侵攻を断念、帝国へと引き返していった。
「わたしの命がいまあるのは、リーダーの父上のおかげだということだ」
「おおげさだよ。赤装歩兵より緑装騎兵のほうが、機動力がある分厄介だろ」
緑装騎兵は、赤装歩兵を馬に乗せ、全身を緑にカラーリングし直したような外見らしい。
ただし、緑装騎兵の場合、騎兵だけでなく馬にも吸魔煌殻をつけさせている。
馬に魔力があるのかって話もあるが、吸魔煌殻が吸うのは「生命力」だという話もあった。
実際に機能している以上、吸魔煌殻は必ずしも人でなくても効果を発揮するってことだな。
どうもすっきりしないが、吸魔煌殻の正体を知る上では参考になる話だった。
ともあれ、人馬ともに吸魔煌殻を身につけた緑装騎兵に、シズレーンの父であるドブロ公爵は散々な目に遭わされたらしい。
普通の騎馬では考えられない速度で突撃してきて、魔法も体力も常人をはるかに凌駕している驚異の兵。
普通の馬の走る速度は、時速40キロくらいだろう。前世の競走馬だったらもっと速いかもしれないが、この世界の馬ならそのくらいのはずだ。
その馬が吸魔煌殻で体力を増したとすると、最大で時速80キロを超えてもおかしくない。
運動エネルギーは速度の二乗に比例する。緑装騎兵の突撃は、普通の騎兵の四倍以上の破壊力があることになる。
もちろん、これはあくまでも理論値だ。不確定要素の多い戦場で、常時そんな状態とも思えない。だが、いくらか割り引いたところで、十分以上に強力だった。
そんな化け物相手に戦意を喪失せず戦い続けたのは、さすが勇猛で鳴らしたドブロ公爵だ。
「わが公爵家の命運もこれまでかと思い定めた時に、優位に立っていたはずの緑装騎兵が、慌てて撤退を始めたのだ。結局、我が家は自力で連中を押し返すことはできなかった」
「でも、ドブロ公爵が持ちこたえてくれたからこそ、緑装騎兵を撤退に追い込めたんじゃないか? もしあっけなく街道を抜かれてたら、いくらこっちがネルズィエン皇女軍を撃退できたとしても、緑装騎兵は一気にラングレイを落としにかかったかもしれない。もし王都を落とされてたら、父さんが皇女軍を押し返したところで意味がなかったよ」
「そう言ってもらえると父の戦陣働きも報われるな」
「っと、道が狭くなってきたな」
起伏の多い森の中を進んでいた道は、切り立った崖の横腹へとつながっていた。
後ろからミリーが顔を覗かせる。
「道は間違いないみたいだねー。ほら、地図に崖の絵があるし」
そう言ってくるミリーの手には地図があった。
地図の管理はミリーの担当だ。
いざという時に備えて、戦闘力のある魔術科・武術科の生徒騎士は手を空けておく必要がある。
学術科であるミリーが地図を持つのが戦力の面では合理的だ。
もう一人の学術科である俺はリーダーだしな。
まあ、「戦闘力のある魔術科・武術科の四人は手を空けておいてくれ」と俺が言った時には、四人には微妙な顔をされたけどな。
俺が武術だけでラシヴァを下したのはつい昨日のことだ。
今回の遠足に危険な要素はまったくないが、軍事訓練の一環として、それぞれが得意な武器を携行している。
俺は長くも短くもない扱いやすい直剣を、武術科のシズレーンは斧槍を、魔術科の男子二人は、片方が杖を、もう片方が弓を持っている。ミリーは短剣と短杖だな。ラシヴァは闘戯の時と同じ格闘戦用のグローブをはめていた。
防具のたぐいは身につけてない。というより、ウルヴルスラから支給された制服こそが防具なのだ。ウルヴルスラの都市機能が住人に合わせて生産するオーダーメイドの制服は、へたな金属鎧より防御力が高い。剣で斬りつけてもかすり傷すらつかないし、衝撃もかなり減殺する。
支給されてすぐに実験してみたのだが、俺の剣の腕ではこの制服を切り裂くことは難しかった。
もちろん、肌の露出した部分を斬られればどうしようもないし、俺がそれなりの威力で魔法を使えば穴が開く。
損傷した制服は係に持ち込めば交換(というか都市機能で修復)してもらえるが、もらった初日に大穴を開けて持ち込んできたのは俺が初めてだったらしい。
ともあれ、重い防具がいらないのは大助かりだ。
「チェックポイントはこの先っぽいねー」
「これも含めて訓練ってことか」
俺は、切り開かれた崖の側面に張られたロープを見て言った。
岩壁にハーケンのような金具が打たれてて、その輪の中にロープが通されいる。
金具は錆びててところどころ取れかかってるが、それでもないよりはマシだろう。
定期的に生徒騎士が通って管理してるという証でもあった。
「じゃあ、一列になって進むぞ。しばらくはおしゃべりもなしだ」
崖の道は幅員が1.5人分くらいしかない。
これまでのように二人一組でおしゃべりしながら進むのは物理的に無理だ。
「先頭は……どうするかな」
武術科の生徒を先頭にするのがよさそうだが、シズレーンの得物はハルバードだ。こんな道ではいざって時に振り回せない。
魔術科の二人とミリーは典型的な後衛タイプ。
となると、残るは俺とラシヴァしかいない。
「ラシヴァ。頼めるか?」
俺がそう声をかけると、
「頼めるか、じゃねえ。リーダーなんだから命令しろ」
「だな。ラシヴァ、先頭は任せたぜ」
まあ、何が起こるとも思えないけどな。
一応訓練なのだから、実戦を想定して動くべきだろう。
「最後尾は……俺がやるしかないかな」
後ろから敵が来た場合のことを考えると、対応できるのは俺しかいない。
(先頭がラシヴァで俺は最後尾か……)
戦力的にはそれしかないと思うが、現状ラシヴァを抑えられるのが俺だけだってことを考えると危うい気もする。
敵じゃなくて味方を警戒してるあたり、何かがおかしい気もするが。
「リーダー。しんがりはわたしがやろう」
俺の懸念を見て取ったか、シズレーンがそう言ってくれる。
「リーダーは中衛にいて、全体に指示が出せるようにしておくべきだ」
「それはそうなんだけどな。大丈夫か?」
「うむ。先頭で手探りしつつ進むのは難しいが、最後尾で背後を警戒するならやりようはある」
「そういうことなら、シズレーンに頼もう」
「任された」
というわけで、ラシヴァ、俺、ミリー、魔術科二人、シズレーンという隊列で、崖の道を進んでいく。
ラシヴァは片手でロープをつかみ、もう片手を油断なく構えながら前に進む。いざとなったら、昨日の闘戯で使ってた炎弾をジャブで放つつもりだろう。
ふてくされてることは事実だが、訓練で手を抜くつもりはないようだ。
崖の道はなかなか長かった。
いまにも崩れそうな足場の道が、崖のカーブに沿って長々と続く。
崖といっても傾斜70度くらいの斜面なので、ところどころから根本のひん曲がった木が伸びている。そのせいで先の見通しは悪かった。
(といっても、ここら辺で危険なのは獣くらいだって話だが)
狼や猪がいるという話は聞いている。
それでも、熊や虎がいるわけじゃない。
学園騎士団の入試を突破したチームメンバーが対応できないような脅威はないと言っていい。獣なら、ジトであるラシヴァが火でも見せればすぐに逃げていくだろう。
それなのに――
(なんだ……? 嫌な予感がする)
俺は、首筋にちりちりと嫌な感じを覚えていた。
「ラシヴァ、警戒してくれ」
「ぁん? 警戒ならしてるだろ」
「それはわかってるが、嫌な予感がする」
「おい、そんな曖昧な……」
ラシヴァが戸惑った顔をする。
(ラシヴァは何も感じてないのか)
背後を振り返ってみる。
ミリーや魔術科の二人も首を傾げていた。
その背後のシズレーンは、身体を半分後ろに向けてるのでその表情はわからない。
「すまん、足を止めてくれ」
「ったく、なんなんだよ……」
俺はラシヴァの肩をつかんで制止すると、精神を集中して周囲の魔力を探ってみる。
といっても、俺が扱える属性は光と闇だけだ。
この二つの属性をごく微弱に周囲に放って、生じたかすかな相克を察知するという仕組みだ。
目を閉ざし、集中する俺に、他の生徒たちが戸惑ってるのがわかった。
サンであるミリーと、ヌルの魔術科男子の魔力がすぐ背後に感じられた。
かすかな相克から察するに、ミリーのほうが魔力の総量が多いようだ。
もう一人の魔術科男子はホド、シズレーンはヒュル、ラシヴァはジト。
彼らの魔力は直接はわからないが、周囲との比較で光や闇の魔力がそこに「ない」ことは感じ取れる。
この世界には、各属性の魔力が、微弱ながらどこにでも漂ってる。
ただ、精霊の加護を受けた人間の体内には、その精霊以外の属性魔力が入り込みにくくなるらしい。
だから、シズレーンやラシヴァの身体の占める空間は、その背景と比べて光や闇の魔力が薄い。
サンやヌルほどの精度はないが、背景との魔力密度の差から、他の属性の魔力量を推測することもできた。
シズレーンとラシヴァなら、ラシヴァのほうが魔力が強い。シズレーンの魔力は武術科生徒の平均よりは高いと思うが、魔術科の生徒に比べればやや落ちる。一方、ラシヴァの魔力は魔術科生徒の平均を凌駕してる。魔術科にいたとしても上位に食い込めそうな魔力量だ。
もっとも、シズレーンのほうが魔力を「整えて」扱っているのに対し、ラシヴァの制御はかなり荒っぽい。これは、周辺の魔力の揺らぎを見ればすぐにわかる。静かな湖面と白波が立った荒い海面、といった感じだろうか。
(って、そうじゃなかった)
俺はチームメイトから意識を離し、進行方向の魔力を探ってみる。
結論から言えば、サンやヌルの気配はしない。
だが、崖の奥、地の魔力が濃い空間の奥に、風や水らしい気配を感じる。
もっとも、これは人ではなく空間に漂う魔力の気配だ。
光と闇以外の属性の区別は難しい。
だが、今の場合、地属性は動かず、風属性は細くたなびくように往復し、水は奥に向かって静かに流れてその先で淀んでる。他の属性の魔力がそのような動きをすることはまずありえない。
要するに、崖の奥に洞窟があり、空気と水が流れてるらしいってことだ。
「この先に洞窟があるな」
「なんでんなことがわかるんだ?」
つぶやいた俺に、ラシヴァが聞いてくる。
「行けばわかる」
「行けばわかる、やればわかる、てめえはそればっかだな」
毒づきながら、ラシヴァが崖を伝っていく。
「……マジでありやがった」
ラシヴァが手招きしてきたので、そこまで近づき、奥を見る。
俺の推測通り、崖に横穴が開いていた。
「もうちょっと探ってみる。物音を立てないよう隠れててくれ」
「わ、わかったよ」
ラシヴァが渋々頭を引っ込める。
俺は再び目をつむり、洞窟の奥に微弱な魔力を送った。
(やっぱり、サンやヌルの気配はない……いや)
洞窟内の属性魔力に紛れるようにして、奥に他の属性の魔力を感じた。
背景の魔力とは違って人型をしてる。
人間の体内の魔力の属性を識別するのは難しいが、サン・ヌル以外であるのは確実だ。
「二、三十人いるな……」
俺がつぶやくと、
「遠足の他のチームかな?」
ミリーが後ろから聞いてくる。
「6人のチームが4、5チームも固まってるっていうのは考えにくいな」
そのチームの中に、サンとヌルが一人もいないっていうのも、それ以上に考えにくい。
六属性のうちサンとヌルを除く属性の加護を持っている確率は6分の4。それを人数分かけ算すると考えると、ほとんどありえない確率だ(二重属性の可能性は除いたが、レアケースなのであまり影響はないだろう)。
「属性に偏りのある集団、か……」
俺は考えあぐんでぽつりとつぶやく。
俺のつぶやきの含む意味に気づいたのは、俺ではなくラシヴァだった。
「んだと!? たしかか!?」
ラシヴァが俺の肩をつかんで聞いてきた。
「えっ、あ、ああ……」
俺はうかつにもそう答えてしまう。
「奴らがここにいるってことじゃねえか!」
ラシヴァは岸壁を一発殴ると、そのまま岩陰から飛び出し、洞窟の中へ飛び込んでいった。
そこで、ようやく俺は気づく。
「……しまった!」
属性に偏りのある集団――そんなの、正体は決まってる。
――帝国兵。
それも、吸魔煌殻部隊がここにいる。
「じゃあ、シズレーンは、戦役の時は戦場に?」
「ああ。リーダーの父君の名が冠されることになった六年前の戦役では、父ドブロ公爵とともに戦陣にいた」
「まだ9歳だろ」
「緑装騎兵と呼ばれる帝国の騎兵部隊は強力でな。我が家では一時、領都からの脱出を余儀なくされたのだ。
それでも、帝国軍を王都へ行かせるわけにはいかない。
父は街道を扼する地点にある古い城塞に篭り、緑装騎兵を牽制することにした。わたしもその城塞の中にいたというわけだ」
緑の髪を短く切った武術科の女子の名はシズレーン=ヒュル=ドブロといった。
六年前のブランタージュ戦役で、ブランタージュ伯爵領はネルズィエン皇女率いる赤装歩兵(とザスターシャ兵)の侵攻を受けたが、それと同時にネオデシバル帝国は緑装騎兵と呼ばれる吸魔煌殻部隊を主要街道へと差し向けている。
その狙いは、ミルデニア王都ラングレイだった。
どちらかといえば赤装歩兵が囮で、緑装騎兵が本命だったのだろう。
緑装騎兵は強力だが、兵数では劣るため、ネルズィエン皇女がミルデニアから撤退した時点で王都侵攻を断念、帝国へと引き返していった。
「わたしの命がいまあるのは、リーダーの父上のおかげだということだ」
「おおげさだよ。赤装歩兵より緑装騎兵のほうが、機動力がある分厄介だろ」
緑装騎兵は、赤装歩兵を馬に乗せ、全身を緑にカラーリングし直したような外見らしい。
ただし、緑装騎兵の場合、騎兵だけでなく馬にも吸魔煌殻をつけさせている。
馬に魔力があるのかって話もあるが、吸魔煌殻が吸うのは「生命力」だという話もあった。
実際に機能している以上、吸魔煌殻は必ずしも人でなくても効果を発揮するってことだな。
どうもすっきりしないが、吸魔煌殻の正体を知る上では参考になる話だった。
ともあれ、人馬ともに吸魔煌殻を身につけた緑装騎兵に、シズレーンの父であるドブロ公爵は散々な目に遭わされたらしい。
普通の騎馬では考えられない速度で突撃してきて、魔法も体力も常人をはるかに凌駕している驚異の兵。
普通の馬の走る速度は、時速40キロくらいだろう。前世の競走馬だったらもっと速いかもしれないが、この世界の馬ならそのくらいのはずだ。
その馬が吸魔煌殻で体力を増したとすると、最大で時速80キロを超えてもおかしくない。
運動エネルギーは速度の二乗に比例する。緑装騎兵の突撃は、普通の騎兵の四倍以上の破壊力があることになる。
もちろん、これはあくまでも理論値だ。不確定要素の多い戦場で、常時そんな状態とも思えない。だが、いくらか割り引いたところで、十分以上に強力だった。
そんな化け物相手に戦意を喪失せず戦い続けたのは、さすが勇猛で鳴らしたドブロ公爵だ。
「わが公爵家の命運もこれまでかと思い定めた時に、優位に立っていたはずの緑装騎兵が、慌てて撤退を始めたのだ。結局、我が家は自力で連中を押し返すことはできなかった」
「でも、ドブロ公爵が持ちこたえてくれたからこそ、緑装騎兵を撤退に追い込めたんじゃないか? もしあっけなく街道を抜かれてたら、いくらこっちがネルズィエン皇女軍を撃退できたとしても、緑装騎兵は一気にラングレイを落としにかかったかもしれない。もし王都を落とされてたら、父さんが皇女軍を押し返したところで意味がなかったよ」
「そう言ってもらえると父の戦陣働きも報われるな」
「っと、道が狭くなってきたな」
起伏の多い森の中を進んでいた道は、切り立った崖の横腹へとつながっていた。
後ろからミリーが顔を覗かせる。
「道は間違いないみたいだねー。ほら、地図に崖の絵があるし」
そう言ってくるミリーの手には地図があった。
地図の管理はミリーの担当だ。
いざという時に備えて、戦闘力のある魔術科・武術科の生徒騎士は手を空けておく必要がある。
学術科であるミリーが地図を持つのが戦力の面では合理的だ。
もう一人の学術科である俺はリーダーだしな。
まあ、「戦闘力のある魔術科・武術科の四人は手を空けておいてくれ」と俺が言った時には、四人には微妙な顔をされたけどな。
俺が武術だけでラシヴァを下したのはつい昨日のことだ。
今回の遠足に危険な要素はまったくないが、軍事訓練の一環として、それぞれが得意な武器を携行している。
俺は長くも短くもない扱いやすい直剣を、武術科のシズレーンは斧槍を、魔術科の男子二人は、片方が杖を、もう片方が弓を持っている。ミリーは短剣と短杖だな。ラシヴァは闘戯の時と同じ格闘戦用のグローブをはめていた。
防具のたぐいは身につけてない。というより、ウルヴルスラから支給された制服こそが防具なのだ。ウルヴルスラの都市機能が住人に合わせて生産するオーダーメイドの制服は、へたな金属鎧より防御力が高い。剣で斬りつけてもかすり傷すらつかないし、衝撃もかなり減殺する。
支給されてすぐに実験してみたのだが、俺の剣の腕ではこの制服を切り裂くことは難しかった。
もちろん、肌の露出した部分を斬られればどうしようもないし、俺がそれなりの威力で魔法を使えば穴が開く。
損傷した制服は係に持ち込めば交換(というか都市機能で修復)してもらえるが、もらった初日に大穴を開けて持ち込んできたのは俺が初めてだったらしい。
ともあれ、重い防具がいらないのは大助かりだ。
「チェックポイントはこの先っぽいねー」
「これも含めて訓練ってことか」
俺は、切り開かれた崖の側面に張られたロープを見て言った。
岩壁にハーケンのような金具が打たれてて、その輪の中にロープが通されいる。
金具は錆びててところどころ取れかかってるが、それでもないよりはマシだろう。
定期的に生徒騎士が通って管理してるという証でもあった。
「じゃあ、一列になって進むぞ。しばらくはおしゃべりもなしだ」
崖の道は幅員が1.5人分くらいしかない。
これまでのように二人一組でおしゃべりしながら進むのは物理的に無理だ。
「先頭は……どうするかな」
武術科の生徒を先頭にするのがよさそうだが、シズレーンの得物はハルバードだ。こんな道ではいざって時に振り回せない。
魔術科の二人とミリーは典型的な後衛タイプ。
となると、残るは俺とラシヴァしかいない。
「ラシヴァ。頼めるか?」
俺がそう声をかけると、
「頼めるか、じゃねえ。リーダーなんだから命令しろ」
「だな。ラシヴァ、先頭は任せたぜ」
まあ、何が起こるとも思えないけどな。
一応訓練なのだから、実戦を想定して動くべきだろう。
「最後尾は……俺がやるしかないかな」
後ろから敵が来た場合のことを考えると、対応できるのは俺しかいない。
(先頭がラシヴァで俺は最後尾か……)
戦力的にはそれしかないと思うが、現状ラシヴァを抑えられるのが俺だけだってことを考えると危うい気もする。
敵じゃなくて味方を警戒してるあたり、何かがおかしい気もするが。
「リーダー。しんがりはわたしがやろう」
俺の懸念を見て取ったか、シズレーンがそう言ってくれる。
「リーダーは中衛にいて、全体に指示が出せるようにしておくべきだ」
「それはそうなんだけどな。大丈夫か?」
「うむ。先頭で手探りしつつ進むのは難しいが、最後尾で背後を警戒するならやりようはある」
「そういうことなら、シズレーンに頼もう」
「任された」
というわけで、ラシヴァ、俺、ミリー、魔術科二人、シズレーンという隊列で、崖の道を進んでいく。
ラシヴァは片手でロープをつかみ、もう片手を油断なく構えながら前に進む。いざとなったら、昨日の闘戯で使ってた炎弾をジャブで放つつもりだろう。
ふてくされてることは事実だが、訓練で手を抜くつもりはないようだ。
崖の道はなかなか長かった。
いまにも崩れそうな足場の道が、崖のカーブに沿って長々と続く。
崖といっても傾斜70度くらいの斜面なので、ところどころから根本のひん曲がった木が伸びている。そのせいで先の見通しは悪かった。
(といっても、ここら辺で危険なのは獣くらいだって話だが)
狼や猪がいるという話は聞いている。
それでも、熊や虎がいるわけじゃない。
学園騎士団の入試を突破したチームメンバーが対応できないような脅威はないと言っていい。獣なら、ジトであるラシヴァが火でも見せればすぐに逃げていくだろう。
それなのに――
(なんだ……? 嫌な予感がする)
俺は、首筋にちりちりと嫌な感じを覚えていた。
「ラシヴァ、警戒してくれ」
「ぁん? 警戒ならしてるだろ」
「それはわかってるが、嫌な予感がする」
「おい、そんな曖昧な……」
ラシヴァが戸惑った顔をする。
(ラシヴァは何も感じてないのか)
背後を振り返ってみる。
ミリーや魔術科の二人も首を傾げていた。
その背後のシズレーンは、身体を半分後ろに向けてるのでその表情はわからない。
「すまん、足を止めてくれ」
「ったく、なんなんだよ……」
俺はラシヴァの肩をつかんで制止すると、精神を集中して周囲の魔力を探ってみる。
といっても、俺が扱える属性は光と闇だけだ。
この二つの属性をごく微弱に周囲に放って、生じたかすかな相克を察知するという仕組みだ。
目を閉ざし、集中する俺に、他の生徒たちが戸惑ってるのがわかった。
サンであるミリーと、ヌルの魔術科男子の魔力がすぐ背後に感じられた。
かすかな相克から察するに、ミリーのほうが魔力の総量が多いようだ。
もう一人の魔術科男子はホド、シズレーンはヒュル、ラシヴァはジト。
彼らの魔力は直接はわからないが、周囲との比較で光や闇の魔力がそこに「ない」ことは感じ取れる。
この世界には、各属性の魔力が、微弱ながらどこにでも漂ってる。
ただ、精霊の加護を受けた人間の体内には、その精霊以外の属性魔力が入り込みにくくなるらしい。
だから、シズレーンやラシヴァの身体の占める空間は、その背景と比べて光や闇の魔力が薄い。
サンやヌルほどの精度はないが、背景との魔力密度の差から、他の属性の魔力量を推測することもできた。
シズレーンとラシヴァなら、ラシヴァのほうが魔力が強い。シズレーンの魔力は武術科生徒の平均よりは高いと思うが、魔術科の生徒に比べればやや落ちる。一方、ラシヴァの魔力は魔術科生徒の平均を凌駕してる。魔術科にいたとしても上位に食い込めそうな魔力量だ。
もっとも、シズレーンのほうが魔力を「整えて」扱っているのに対し、ラシヴァの制御はかなり荒っぽい。これは、周辺の魔力の揺らぎを見ればすぐにわかる。静かな湖面と白波が立った荒い海面、といった感じだろうか。
(って、そうじゃなかった)
俺はチームメイトから意識を離し、進行方向の魔力を探ってみる。
結論から言えば、サンやヌルの気配はしない。
だが、崖の奥、地の魔力が濃い空間の奥に、風や水らしい気配を感じる。
もっとも、これは人ではなく空間に漂う魔力の気配だ。
光と闇以外の属性の区別は難しい。
だが、今の場合、地属性は動かず、風属性は細くたなびくように往復し、水は奥に向かって静かに流れてその先で淀んでる。他の属性の魔力がそのような動きをすることはまずありえない。
要するに、崖の奥に洞窟があり、空気と水が流れてるらしいってことだ。
「この先に洞窟があるな」
「なんでんなことがわかるんだ?」
つぶやいた俺に、ラシヴァが聞いてくる。
「行けばわかる」
「行けばわかる、やればわかる、てめえはそればっかだな」
毒づきながら、ラシヴァが崖を伝っていく。
「……マジでありやがった」
ラシヴァが手招きしてきたので、そこまで近づき、奥を見る。
俺の推測通り、崖に横穴が開いていた。
「もうちょっと探ってみる。物音を立てないよう隠れててくれ」
「わ、わかったよ」
ラシヴァが渋々頭を引っ込める。
俺は再び目をつむり、洞窟の奥に微弱な魔力を送った。
(やっぱり、サンやヌルの気配はない……いや)
洞窟内の属性魔力に紛れるようにして、奥に他の属性の魔力を感じた。
背景の魔力とは違って人型をしてる。
人間の体内の魔力の属性を識別するのは難しいが、サン・ヌル以外であるのは確実だ。
「二、三十人いるな……」
俺がつぶやくと、
「遠足の他のチームかな?」
ミリーが後ろから聞いてくる。
「6人のチームが4、5チームも固まってるっていうのは考えにくいな」
そのチームの中に、サンとヌルが一人もいないっていうのも、それ以上に考えにくい。
六属性のうちサンとヌルを除く属性の加護を持っている確率は6分の4。それを人数分かけ算すると考えると、ほとんどありえない確率だ(二重属性の可能性は除いたが、レアケースなのであまり影響はないだろう)。
「属性に偏りのある集団、か……」
俺は考えあぐんでぽつりとつぶやく。
俺のつぶやきの含む意味に気づいたのは、俺ではなくラシヴァだった。
「んだと!? たしかか!?」
ラシヴァが俺の肩をつかんで聞いてきた。
「えっ、あ、ああ……」
俺はうかつにもそう答えてしまう。
「奴らがここにいるってことじゃねえか!」
ラシヴァは岸壁を一発殴ると、そのまま岩陰から飛び出し、洞窟の中へ飛び込んでいった。
そこで、ようやく俺は気づく。
「……しまった!」
属性に偏りのある集団――そんなの、正体は決まってる。
――帝国兵。
それも、吸魔煌殻部隊がここにいる。
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その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
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旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
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皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
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私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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