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18 告発
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「真実を話す」――静かにそう告げたシルヴィアに、ルシアスが両手を広げて躍り掛かった。
だが、その動きはいつものルシアスよりは緩慢だった。
シルヴィアが、部屋に入る前に「邪心避け」の結界魔法を使っていたからだ。
それでも、ルシアスの体術をもってすれば、シルヴィアの口を封じるくらいはわけないことだ。
しかし、シルヴィアはそこまで読んでいた。
「『ディヴァイン・サンクチュアリ』」
「ぐぉっ!?」
シルヴィアの張った強力な結界に、ルシアスが弾かれ、支部長室の床に転がった。
「てめえ!?」
サードリックが手を上げ、魔法を唱えかける。
だが、それより早く、
「――お待ちなさい!」
支部長が、きっぱりとした声でそう言った。
さっきまでアンの死に涙ぐんでいた人物から発せられた強い声に、ルシアスたちは思わず動きを止めていた。
一度でも止まってしまえば、もはや制止を振り切って動くだけの名分がない。
シルヴィアに攻撃の意思がないのは見ればわかる。
支部長が、ルシアスたちとシルヴィアを見比べた。
「思い出しました。
あなたは、たしかシルヴィアと言いましたね? 『暁の星』の回復役だった僧侶。合っていますか?」
「その通りです」
シルヴィアが、いつものおどおどした様子をつゆほども見せずにそう答える。
「たった今、わたしは彼らからあなたとアントワーヌが死亡したという報告を受けたところでした」
「その報告は虚偽です」
シルヴィアの言葉に、ルシアスたちが顔を硬ばらせた。
「虚偽、ですか。
あなたが、彼らを逃した後に奇跡的にも生き延びた、というわけではなく?」
「彼らがどう報告したかは知りませんが、おそらく、わたしとアンさんが彼らを逃がすために魔物を引きつけて後に残った……とでも言ったのではありませんか?」
「まさしく、その通りの報告を受けました」
支部長の顔からは、みるみる表情が消えていく。
怒りに赤くなるでも、青ざめるでもない。
ただ、一切の表情がなくなっていた。
「し、支部長! 実は、彼女の名誉のために黙っていたのだが――」
「今は彼女の話を聞いています」
サードリックの言葉を、支部長は一言で切って捨てた。
「真実を、教えてください」
「はい。
準備不足のままトロール洞に突入した『暁の星』は窮地に陥りました。
最後には、MPの尽きたアンさんを、サードリックさんが氷の魔法で地面に釘付けにし、トロールたちへの囮にしました」
「う、嘘だ! その女は嘘をついている!」
床から立ち上がり、ルシアスがそう叫ぶ。
支部長はルシアスの顔を一瞥すると、何も言わずにシルヴィアへと視線を戻す。
「では、あなたが犠牲になったのは?」
「囮にされたアンさんを救出しようとしたからです。
いえ、正確には、これ以上悪事に加担するのが嫌になったんです」
「アントワーヌも無事なのですか?」
「……残念ながら」
「そうですか……。
しかし、それならなぜあなたは生還できたのです?」
「悪魔に助けられました」
シルヴィアの言葉に、支部長が首を傾げる。
「悪魔に? どういうことです?」
「『暁の星』は、破滅の塔を攻略したと教団に報告しましたが、それもまた虚偽でした。ダンジョンこそ攻略したものの、そのダンジョンマスターである女悪魔は取り逃がしています」
「な、なんですって!?」
「う、嘘だよ! そいつはあたしらを陥れるためにそんな嘘を言ってるんだ! だいたい、その女の言うことに証拠なんてないじゃないか!」
エイダが支部長に向かってそう叫ぶ。
「そうですね。シルヴィア。何か証拠はありますか?」
「わたしの手元には何もありません」
「ほら、やっぱり――」
「ですが、その悪魔はわたしを助けると、破滅の塔は間もなく復活すると宣言しました。
そして、そのことを勇者たちに伝えよ、と。
要するに、わたしはメッセンジャーとして生かされたんです」
「ふむ……」
支部長は、シルヴィアの言うことも、鵜呑みにはできない様子だった。
「その悪魔は、人間語を話していたということですか?」
「……そうです」
支部長の追及に、シルヴィアはやや強張った声でそう答える。
「ううむ……。そのようなことがあるものなのかどうか、判断しかねますね」
「わたしの証言が正しいかどうかは、いずれわかるはずです。女悪魔は、トロール洞からダンジョンコアを持ち出しました。遠からず、破滅の塔の復活が確認されることでしょう」
「なるほど、それなら検証できる。当たっていてほしくはない話ですが……」
シルヴィアが支部長室にまで乗り込んで、わざわざそんな嘘をつく理由もない。
支部長は、ただでさえ皺深い額に、さらに縦皺を寄せて考え込む。
「先ほどシルヴィアは、『これ以上悪事に加担したくなかった』と言いましたね?
その悪事とは、ダンジョンを攻略したと虚偽の報告をしたことのみを指すのでしょうか?」
支部長が、鋭いところを見せてそう言った。
その指摘に、ルシアスたちが蒼白になる。
「おい、シルヴィア! 自分が言おうとしてることがわかってんのか!」
サードリックが恫喝するように叫んだ。
「わかっています。わかっているから、こうして告発しているんです」
「この裏切りもんがぁっ!」
エイダが背中から剣を抜いて、シルヴィアへと斬りかかる。
シルヴィアがさっき張った結界は、既に効力を失って消えていた。
「『ホーリーバインド』」
「ぐぁっ!?」
エイダを光のリングで縛めたのは、シルヴィアではなく支部長だった。
ようやく、廊下のほうからどたどたと教団の職員たちが現れる。
「みなさん、ルシアスたちを拘束してください」
支部長の指示に、職員たちがのけぞった。
「ルシアス、サードリック、エイダ、ディーネ。あなたがた四人を、教団支部長の権限で拘束します。
もし逆らえば、煌めきの教団はあなたたちを除名し、指名手配をかけるでしょう」
「くっ……!?」
抵抗するか、大人しく捕まるか。
ルシアスは剣の柄に手をかけようとしたが、その手をサードリックが押しとどめた。
「サードリック!?」
「よせ。ここは逆らわないほうがいい」
サードリックがそう言って首を振る。
「わたしも賛成よ。わたしたちには何も後ろ暗いことはないんだもの。シルヴィアの証言とわたしたちの証言、どっちが正しいかは自明だわ」
「そ、それもそうだな」
ディーネの言葉に落ち着きを取り戻し、ルシアスがうなずいた。
「シルヴィア。おまえが、勇敢に戦ったアンの最期を辱めるというのなら、俺は正々堂々と戦おう」
自信を取り戻してルシアスが言った。
これまで支部長のみを相手にしていたシルヴィアも、この言葉にはさすがに呆れ、思わず言う。
「よくもぬけぬけとそんなことが言えますね」
「それはこっちのセリフだ。回復役として大事にされていたのをどう勘違いしたのかわからないが、『暁の星』を侮辱するのはやめてもらおう」
「……いずれにせよ、破滅の塔の一件は、すぐに明らかになるはずです」
シルヴィアは、ルシアスの挑発には乗らず、支部長を意識してそう言った。
「そうですね。こんな状況では落ち着いて聞き取りもできないでしょう。みなさんの言い分は、すべて個別に聞かせてもらいます」
支部長はうなずき、ルシアスたちを教団の宿坊に軟禁するよう、職員たちに命令した。
その後、支部長は慎重を期して「暁の星」の一人一人から聴取を行い、各自の証言を整理した。
シルヴィアの証言が一貫しているのに対し、他のメンバーの言うことには齟齬があった。
シルヴィアの生存が想定外だったために、他のメンバーは口裏を合わせることができなかったのではないか――支部長の心象は、シルヴィアの方に傾いた。
その翌日、隣街であるギエンナの支部から急報が届く。
――破滅の塔が復活した。
動かしがたい証拠に、支部長は「暁の星」の除名を決意する。
だが、意外なことに、シルヴィアがそれに反対した。
「復活した破滅の塔は、『暁の星』が責任を持って攻略します」
たしかに、煌めきの教団では、このような場合に死地に赴かせることをもって処罰に変える。
勇者を処罰すれば、教団の威光にも傷が付く。
人間側の唯一の希望である煌めきの教団は、常に無謬の存在であらねばならない――
教団の中枢には、そんな考えの持ち主も多いのだ。
支部長はそこまでの狂信者ではなかったものの、そうした取り引きがありうることは知っていた。
単に勇者を除名するよりも、死ぬ気でダンジョンのひとつでも攻略させたほうが、いくらかは人間全体の役に立つ。
勇者パーティ「暁の星」のやったことは到底許されることではなかったが、それでも彼らはAランクパーティだ。
もし「暁の星」のメンバーを街の領主なりに引き渡して処刑するということになれば、彼らは死に物狂いで抵抗するだろう。
そうなれば、Aランク勇者の力が、魔物ではなく人間に向けられることにもなりかねない。
煌めきの教団には、勇者に行政的な処罰を与えることはできても、力づくで彼らを従わせることはできないのだ。
それこそ、教団中枢の抱える異端審問官でも連れてこない限りは。
かくして、支部長は「暁の星」とのあいだで、一種の司法取引を行うことになった。
「暁の星」は、破滅の塔の攻略と引き換えに、勇者パーティとしての地位を保全される。
さすがに処分なしとはいかないが、教団にできるのは、「暁の星」のランクを下げ、他の支部に注意喚起をすることまでだ。
支部長は、血涙を呑んでこの司法取引に応じた。
このような悪質な犯罪者から勇者の資格を剥奪できないことに、おのれの力不足を嘆き、犠牲になったアントワーヌに顔向けできぬと、煌めきの神の祭壇に向かって、鬼気迫る顔でひたすら五体投地を繰り返した。
教団の職員がやっとのことで支部長を止めた時、支部長の両肘と額には、青黒い大きな痣ができていた。
支部長も教団職員も、「暁の星」に対し、殺しても飽き足りないほどの怒りを持てあますことになった。
だが、身勝手なルシアスたちも、負けず劣らず不満を爆発させていた。
破滅の塔が攻略できたとしても、「暁の星」はCランクにまで落とされる。
Cランク! 「暁の星」をAランクに上げるまでに、これまでどれほどの時間と労力を要したことか。
あんなことをしておきながら破滅の塔に同行すると言うシルヴィアに、彼らはどす黒い憎悪のまなざしを向けた。
だが、教団が僧侶を手配してくれない以上、シルヴィアを連れて行くしか選択肢はない。
いくら責めてもシルヴィアが相手にしないことが明らかになると、ルシアスたちはサードリックを責め、それに飽きると今度はルシアスを責めた。
それが済むと、パーティ内からはもはや会話は消えていた。
そんなルシアスたちに、シルヴィアは淡々と告げた。
「――破滅の塔を復活させたのはキリクさんです」
シルヴィアは、教団側に伏せていた情報をルシアスたちに明かした。
その内容に、ルシアスたちはあぜんとした。
だが、シルヴィアが細かなところを説明するにつれて、みるみるうちに怒りが膨らんできた。
元が自業自得なだけにやり場を失っていたルシアスたちの怒りが、キリクというただ一点に向かって焦点を結ぶ。
「諸悪の根源であるキリクを討つ」
ルシアスが、的外れな怒りに燃えて宣言した。
シルヴィアは、そんなルシアスを、まるで虫でも見るような冷たい目でながめていた。
だが、その動きはいつものルシアスよりは緩慢だった。
シルヴィアが、部屋に入る前に「邪心避け」の結界魔法を使っていたからだ。
それでも、ルシアスの体術をもってすれば、シルヴィアの口を封じるくらいはわけないことだ。
しかし、シルヴィアはそこまで読んでいた。
「『ディヴァイン・サンクチュアリ』」
「ぐぉっ!?」
シルヴィアの張った強力な結界に、ルシアスが弾かれ、支部長室の床に転がった。
「てめえ!?」
サードリックが手を上げ、魔法を唱えかける。
だが、それより早く、
「――お待ちなさい!」
支部長が、きっぱりとした声でそう言った。
さっきまでアンの死に涙ぐんでいた人物から発せられた強い声に、ルシアスたちは思わず動きを止めていた。
一度でも止まってしまえば、もはや制止を振り切って動くだけの名分がない。
シルヴィアに攻撃の意思がないのは見ればわかる。
支部長が、ルシアスたちとシルヴィアを見比べた。
「思い出しました。
あなたは、たしかシルヴィアと言いましたね? 『暁の星』の回復役だった僧侶。合っていますか?」
「その通りです」
シルヴィアが、いつものおどおどした様子をつゆほども見せずにそう答える。
「たった今、わたしは彼らからあなたとアントワーヌが死亡したという報告を受けたところでした」
「その報告は虚偽です」
シルヴィアの言葉に、ルシアスたちが顔を硬ばらせた。
「虚偽、ですか。
あなたが、彼らを逃した後に奇跡的にも生き延びた、というわけではなく?」
「彼らがどう報告したかは知りませんが、おそらく、わたしとアンさんが彼らを逃がすために魔物を引きつけて後に残った……とでも言ったのではありませんか?」
「まさしく、その通りの報告を受けました」
支部長の顔からは、みるみる表情が消えていく。
怒りに赤くなるでも、青ざめるでもない。
ただ、一切の表情がなくなっていた。
「し、支部長! 実は、彼女の名誉のために黙っていたのだが――」
「今は彼女の話を聞いています」
サードリックの言葉を、支部長は一言で切って捨てた。
「真実を、教えてください」
「はい。
準備不足のままトロール洞に突入した『暁の星』は窮地に陥りました。
最後には、MPの尽きたアンさんを、サードリックさんが氷の魔法で地面に釘付けにし、トロールたちへの囮にしました」
「う、嘘だ! その女は嘘をついている!」
床から立ち上がり、ルシアスがそう叫ぶ。
支部長はルシアスの顔を一瞥すると、何も言わずにシルヴィアへと視線を戻す。
「では、あなたが犠牲になったのは?」
「囮にされたアンさんを救出しようとしたからです。
いえ、正確には、これ以上悪事に加担するのが嫌になったんです」
「アントワーヌも無事なのですか?」
「……残念ながら」
「そうですか……。
しかし、それならなぜあなたは生還できたのです?」
「悪魔に助けられました」
シルヴィアの言葉に、支部長が首を傾げる。
「悪魔に? どういうことです?」
「『暁の星』は、破滅の塔を攻略したと教団に報告しましたが、それもまた虚偽でした。ダンジョンこそ攻略したものの、そのダンジョンマスターである女悪魔は取り逃がしています」
「な、なんですって!?」
「う、嘘だよ! そいつはあたしらを陥れるためにそんな嘘を言ってるんだ! だいたい、その女の言うことに証拠なんてないじゃないか!」
エイダが支部長に向かってそう叫ぶ。
「そうですね。シルヴィア。何か証拠はありますか?」
「わたしの手元には何もありません」
「ほら、やっぱり――」
「ですが、その悪魔はわたしを助けると、破滅の塔は間もなく復活すると宣言しました。
そして、そのことを勇者たちに伝えよ、と。
要するに、わたしはメッセンジャーとして生かされたんです」
「ふむ……」
支部長は、シルヴィアの言うことも、鵜呑みにはできない様子だった。
「その悪魔は、人間語を話していたということですか?」
「……そうです」
支部長の追及に、シルヴィアはやや強張った声でそう答える。
「ううむ……。そのようなことがあるものなのかどうか、判断しかねますね」
「わたしの証言が正しいかどうかは、いずれわかるはずです。女悪魔は、トロール洞からダンジョンコアを持ち出しました。遠からず、破滅の塔の復活が確認されることでしょう」
「なるほど、それなら検証できる。当たっていてほしくはない話ですが……」
シルヴィアが支部長室にまで乗り込んで、わざわざそんな嘘をつく理由もない。
支部長は、ただでさえ皺深い額に、さらに縦皺を寄せて考え込む。
「先ほどシルヴィアは、『これ以上悪事に加担したくなかった』と言いましたね?
その悪事とは、ダンジョンを攻略したと虚偽の報告をしたことのみを指すのでしょうか?」
支部長が、鋭いところを見せてそう言った。
その指摘に、ルシアスたちが蒼白になる。
「おい、シルヴィア! 自分が言おうとしてることがわかってんのか!」
サードリックが恫喝するように叫んだ。
「わかっています。わかっているから、こうして告発しているんです」
「この裏切りもんがぁっ!」
エイダが背中から剣を抜いて、シルヴィアへと斬りかかる。
シルヴィアがさっき張った結界は、既に効力を失って消えていた。
「『ホーリーバインド』」
「ぐぁっ!?」
エイダを光のリングで縛めたのは、シルヴィアではなく支部長だった。
ようやく、廊下のほうからどたどたと教団の職員たちが現れる。
「みなさん、ルシアスたちを拘束してください」
支部長の指示に、職員たちがのけぞった。
「ルシアス、サードリック、エイダ、ディーネ。あなたがた四人を、教団支部長の権限で拘束します。
もし逆らえば、煌めきの教団はあなたたちを除名し、指名手配をかけるでしょう」
「くっ……!?」
抵抗するか、大人しく捕まるか。
ルシアスは剣の柄に手をかけようとしたが、その手をサードリックが押しとどめた。
「サードリック!?」
「よせ。ここは逆らわないほうがいい」
サードリックがそう言って首を振る。
「わたしも賛成よ。わたしたちには何も後ろ暗いことはないんだもの。シルヴィアの証言とわたしたちの証言、どっちが正しいかは自明だわ」
「そ、それもそうだな」
ディーネの言葉に落ち着きを取り戻し、ルシアスがうなずいた。
「シルヴィア。おまえが、勇敢に戦ったアンの最期を辱めるというのなら、俺は正々堂々と戦おう」
自信を取り戻してルシアスが言った。
これまで支部長のみを相手にしていたシルヴィアも、この言葉にはさすがに呆れ、思わず言う。
「よくもぬけぬけとそんなことが言えますね」
「それはこっちのセリフだ。回復役として大事にされていたのをどう勘違いしたのかわからないが、『暁の星』を侮辱するのはやめてもらおう」
「……いずれにせよ、破滅の塔の一件は、すぐに明らかになるはずです」
シルヴィアは、ルシアスの挑発には乗らず、支部長を意識してそう言った。
「そうですね。こんな状況では落ち着いて聞き取りもできないでしょう。みなさんの言い分は、すべて個別に聞かせてもらいます」
支部長はうなずき、ルシアスたちを教団の宿坊に軟禁するよう、職員たちに命令した。
その後、支部長は慎重を期して「暁の星」の一人一人から聴取を行い、各自の証言を整理した。
シルヴィアの証言が一貫しているのに対し、他のメンバーの言うことには齟齬があった。
シルヴィアの生存が想定外だったために、他のメンバーは口裏を合わせることができなかったのではないか――支部長の心象は、シルヴィアの方に傾いた。
その翌日、隣街であるギエンナの支部から急報が届く。
――破滅の塔が復活した。
動かしがたい証拠に、支部長は「暁の星」の除名を決意する。
だが、意外なことに、シルヴィアがそれに反対した。
「復活した破滅の塔は、『暁の星』が責任を持って攻略します」
たしかに、煌めきの教団では、このような場合に死地に赴かせることをもって処罰に変える。
勇者を処罰すれば、教団の威光にも傷が付く。
人間側の唯一の希望である煌めきの教団は、常に無謬の存在であらねばならない――
教団の中枢には、そんな考えの持ち主も多いのだ。
支部長はそこまでの狂信者ではなかったものの、そうした取り引きがありうることは知っていた。
単に勇者を除名するよりも、死ぬ気でダンジョンのひとつでも攻略させたほうが、いくらかは人間全体の役に立つ。
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もし「暁の星」のメンバーを街の領主なりに引き渡して処刑するということになれば、彼らは死に物狂いで抵抗するだろう。
そうなれば、Aランク勇者の力が、魔物ではなく人間に向けられることにもなりかねない。
煌めきの教団には、勇者に行政的な処罰を与えることはできても、力づくで彼らを従わせることはできないのだ。
それこそ、教団中枢の抱える異端審問官でも連れてこない限りは。
かくして、支部長は「暁の星」とのあいだで、一種の司法取引を行うことになった。
「暁の星」は、破滅の塔の攻略と引き換えに、勇者パーティとしての地位を保全される。
さすがに処分なしとはいかないが、教団にできるのは、「暁の星」のランクを下げ、他の支部に注意喚起をすることまでだ。
支部長は、血涙を呑んでこの司法取引に応じた。
このような悪質な犯罪者から勇者の資格を剥奪できないことに、おのれの力不足を嘆き、犠牲になったアントワーヌに顔向けできぬと、煌めきの神の祭壇に向かって、鬼気迫る顔でひたすら五体投地を繰り返した。
教団の職員がやっとのことで支部長を止めた時、支部長の両肘と額には、青黒い大きな痣ができていた。
支部長も教団職員も、「暁の星」に対し、殺しても飽き足りないほどの怒りを持てあますことになった。
だが、身勝手なルシアスたちも、負けず劣らず不満を爆発させていた。
破滅の塔が攻略できたとしても、「暁の星」はCランクにまで落とされる。
Cランク! 「暁の星」をAランクに上げるまでに、これまでどれほどの時間と労力を要したことか。
あんなことをしておきながら破滅の塔に同行すると言うシルヴィアに、彼らはどす黒い憎悪のまなざしを向けた。
だが、教団が僧侶を手配してくれない以上、シルヴィアを連れて行くしか選択肢はない。
いくら責めてもシルヴィアが相手にしないことが明らかになると、ルシアスたちはサードリックを責め、それに飽きると今度はルシアスを責めた。
それが済むと、パーティ内からはもはや会話は消えていた。
そんなルシアスたちに、シルヴィアは淡々と告げた。
「――破滅の塔を復活させたのはキリクさんです」
シルヴィアは、教団側に伏せていた情報をルシアスたちに明かした。
その内容に、ルシアスたちはあぜんとした。
だが、シルヴィアが細かなところを説明するにつれて、みるみるうちに怒りが膨らんできた。
元が自業自得なだけにやり場を失っていたルシアスたちの怒りが、キリクというただ一点に向かって焦点を結ぶ。
「諸悪の根源であるキリクを討つ」
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ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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