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第15章・共謀する聖人
◆ 5・料理と親交(後) ◆
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「おはよう、エイベル!」
盆を手に、弟の部屋を蹴り開ける。淑女にあるまじき行為だが、盆には大量の料理が載っているのだから仕方ない。
惰眠を貪っていたエイベルは渋々といったていで、起き上がる。
ボサボサの赤毛は見た目の成長に伴い、子供時代よりも伸びている。私は盆をベッドに置き、弟の髪を梳かすべく櫛を手にした。
本来ならばメイドの仕事だが、こうした事の積み重ねが大事だろう。
ペットだって、自分で世話をすれば懐いてくれるって聞いたし?
幸い私には、長いリスタート人生で下働きの経験もある。
人の髪を梳かしたり着せたり、焼いたり煮たりといった最低限の料理、洗い物や洗濯。最低限の範囲なら出来るのだ。
「さぁ、こっちに頭を向けなさい」
「……いや、いい」
「そう言わず!」
彼の後ろを取り、髪に櫛を入れる。
「……いらないって……」
「まぁまぁ。こうしてると人生って無駄な事ないわねーって思うわ。過去の経験が生きてる感よ!」
「……うらやましいかもね。……うすいキオクのどれも、ヤクにたつ気しない」
おや?
今のって……自分の、異世界で過ごしてた方の過去の話よね? 自分の心を話すって、私の狙いがイイ感じに働いてるのかも!
「例えばどんな? 私がプラス面を見つけてあげるわよ?」
ここだ、とばかりに話を膨らませようとするが、エイベルは溜息で応じる。
「いらないし……。ってか、なんで朝から元気?」
「死にかけ人生だからね! 小鳥と鐘の音が聞こえないだけでハッピーな目覚めよ……」
「カネ?」
「人生にはトラウマ級の目覚めがあるのよ……」
彼は「ふーん」と呟き、私が髪をいじるのに任せた。
次に彼が口を開いたのは、食事を終えてからだ。
「まぁ、……ぼんやりした人生だったよ」
私の料理への評は一つも下さず、漏らす言葉。
料理の感想を聞くべきか、話を進めるべきか一瞬迷う。
「キオクはうすいけど……、ぜんぜんちがうトコだった。あちこちキレイだけど、とおくはセンソーとかあって、いろんなモンダイがあって。でもオレたちにしてみたらとおすぎて、ジブンでいっぱいの日々」
異世界っていうわりには、どの辺がこの世界と違うのか全く伝わってこないんだけど。
「ちなみにあんたはどんな家で、何してて死んだの?」
「うぁ……、人の心ないね、オネーサマ」
「失礼なっ」
だが彼も話す気はあるらしい。
「まぁ、ビョーキみたいなもの」
「ほう?」
「えいよーしっちょー」
「え? そっちでもソレだったの!? 貧乏だったの?!」
彼はあからさまな嘆息をつき、首を振る。
「くうヒマがもったいなかった。じかんたりなくて、いっぱいじかんほしくて、ねるじかんとか、たべるじかんとかすてて……きづいたら、死んでた」
「ハードな人生だったのね……エイベル」
姉らしい言葉を言えたと思ったが、彼は無言で目を逸らした。
「そーゆーコトでいいや。まぁ、そういうわけで……ぼんやりした人生。まさか、くいものにクローするなんて思わなかった。でもオレにはザマァなのかもね」
「誰がザマァなの?」
「まぁ、ウンメイとか、そーゆー」
弟は子供の姿の頃の方が良かった。大人になった途端、こんなにも暗い思考になっているとは予想外だ。
食べ終わった皿を盆に載せる。このままここにいて私まで暗くなるのは勘弁だ。さっさと退場するに限る。だが人生の先輩として一言。
「馬鹿ね! 昔のあんたはともかく、今のあんたはそいつらを打ち負かす力があるのよ! この姉がしっかりとサポートしてやるから、力つけて、ぶちのめすのよ! 負けたくないならね」
二言でも収まらなかったが、彼は瞳を瞬かせた。
盆を手に、弟の部屋を蹴り開ける。淑女にあるまじき行為だが、盆には大量の料理が載っているのだから仕方ない。
惰眠を貪っていたエイベルは渋々といったていで、起き上がる。
ボサボサの赤毛は見た目の成長に伴い、子供時代よりも伸びている。私は盆をベッドに置き、弟の髪を梳かすべく櫛を手にした。
本来ならばメイドの仕事だが、こうした事の積み重ねが大事だろう。
ペットだって、自分で世話をすれば懐いてくれるって聞いたし?
幸い私には、長いリスタート人生で下働きの経験もある。
人の髪を梳かしたり着せたり、焼いたり煮たりといった最低限の料理、洗い物や洗濯。最低限の範囲なら出来るのだ。
「さぁ、こっちに頭を向けなさい」
「……いや、いい」
「そう言わず!」
彼の後ろを取り、髪に櫛を入れる。
「……いらないって……」
「まぁまぁ。こうしてると人生って無駄な事ないわねーって思うわ。過去の経験が生きてる感よ!」
「……うらやましいかもね。……うすいキオクのどれも、ヤクにたつ気しない」
おや?
今のって……自分の、異世界で過ごしてた方の過去の話よね? 自分の心を話すって、私の狙いがイイ感じに働いてるのかも!
「例えばどんな? 私がプラス面を見つけてあげるわよ?」
ここだ、とばかりに話を膨らませようとするが、エイベルは溜息で応じる。
「いらないし……。ってか、なんで朝から元気?」
「死にかけ人生だからね! 小鳥と鐘の音が聞こえないだけでハッピーな目覚めよ……」
「カネ?」
「人生にはトラウマ級の目覚めがあるのよ……」
彼は「ふーん」と呟き、私が髪をいじるのに任せた。
次に彼が口を開いたのは、食事を終えてからだ。
「まぁ、……ぼんやりした人生だったよ」
私の料理への評は一つも下さず、漏らす言葉。
料理の感想を聞くべきか、話を進めるべきか一瞬迷う。
「キオクはうすいけど……、ぜんぜんちがうトコだった。あちこちキレイだけど、とおくはセンソーとかあって、いろんなモンダイがあって。でもオレたちにしてみたらとおすぎて、ジブンでいっぱいの日々」
異世界っていうわりには、どの辺がこの世界と違うのか全く伝わってこないんだけど。
「ちなみにあんたはどんな家で、何してて死んだの?」
「うぁ……、人の心ないね、オネーサマ」
「失礼なっ」
だが彼も話す気はあるらしい。
「まぁ、ビョーキみたいなもの」
「ほう?」
「えいよーしっちょー」
「え? そっちでもソレだったの!? 貧乏だったの?!」
彼はあからさまな嘆息をつき、首を振る。
「くうヒマがもったいなかった。じかんたりなくて、いっぱいじかんほしくて、ねるじかんとか、たべるじかんとかすてて……きづいたら、死んでた」
「ハードな人生だったのね……エイベル」
姉らしい言葉を言えたと思ったが、彼は無言で目を逸らした。
「そーゆーコトでいいや。まぁ、そういうわけで……ぼんやりした人生。まさか、くいものにクローするなんて思わなかった。でもオレにはザマァなのかもね」
「誰がザマァなの?」
「まぁ、ウンメイとか、そーゆー」
弟は子供の姿の頃の方が良かった。大人になった途端、こんなにも暗い思考になっているとは予想外だ。
食べ終わった皿を盆に載せる。このままここにいて私まで暗くなるのは勘弁だ。さっさと退場するに限る。だが人生の先輩として一言。
「馬鹿ね! 昔のあんたはともかく、今のあんたはそいつらを打ち負かす力があるのよ! この姉がしっかりとサポートしてやるから、力つけて、ぶちのめすのよ! 負けたくないならね」
二言でも収まらなかったが、彼は瞳を瞬かせた。
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