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第10章・勇者の胎動

◆ 27・隠された本(中) ◆

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 眠そうな弟と共に、ミランダの用意した黒装束を身に纏う。動きやすい男物の上と下にフード付きの外套だ。

「エイベル様、手順は大丈夫ですね?」

 着替え終わったエイベルにミランダが問いかける。どうやら起こすと同時に、何かしらの説明をしていたらしい。

「うるさくなったら、オネーサマと中に入って、一番下までいく」
「ですね。途中、人に会わないようにしてくださいね。会った場合はどうしますか?」
「なぐる。……死なないくらいで?」


 あんたにできるの……? 前に、殴りもせずに瀕死にしたよね????


 ミランダは拍手する。

「お嬢様、エイベル様に従って行動なさってくださいね」


 なんだこれ……、私には説明なし?


「では、参りましょうか」


◆◇◆


 星空の下、ミランダは私たちを王城近くの林で放置し去っていった。おそらく騒動要員と合流する為だ。
 待ち時間に眠気がくる事も心配したが、実際は虫が飛び交い、草が揺れる音で寝る所ではなかった。エイベルが私の外套を欲しがる。
 手渡した時、ちょうど兵士たちが馬に乗って走り去っていくのが見えた。
 城の方が明るく照り、ざわめきが風に乗って届く。


 今か!?


 思った瞬間、視界を失う。

「え?」

 布だ。視界を塞いでいるのは私の外套だと気づくも、同時に浮遊感。

「ちょ……っ!?」
「オネーサマ、だまって。うごく」

 頭が激しく揺れる。
 彼が私を抱えて動いているのだ。閉ざされた視界ではどこをどう動いているのかは分からないが、激しく体は揺れるし、内臓もシェイクされている気分だ。


 も、……っ、もどしそう……っ!


 必死で吐き気をこらえる。ココで欲求のままに吐き出せば、自分の吐瀉物にまみれる未来しかない。


 エイベル……っ、許さないからっっ!!!!


 それからどれくらい時間が経ったのか、エイベルの「ついた」という短い言葉が朦朧とした頭にも届く。
 硬い床に降ろされ、私は外套は遮二無二脱ぎ捨てる。もう欲求を押しとどめる必要はなかった。


◆◇◆


 ややあって落ち着いた頃、エイベルが口を開く。

「ついてる」
「……わかっ、ってる……」

 口を漱ぎたいと言葉にするより早く、水の入ったガラスボトルを差し出す弟。

「オネーサマ、あの人からはゆっくりするように言われた。何日でもいいから、ちゃんと見つけさせろって」

 ミランダは色々と見越して、彼と彼のバッグに計画を仕込んでいたようだ。

「ミランダは何を見つけろって?」
「聞いてない」


 ……ミランダめ……。見つけろって言われても、干し草の針よ。


 周囲には天井が見えない程の巨大な本棚たち。
 前回はカエルがいたが、今回は何の力にもなれそうにないエイベルとだ。正直、終わってる。


 この中から、悪役に選ばれた人間はどうして選ばれ……死ぬのかを、見つけるっ。……ついでに、オリガの真実に迫れそうな、何かも。


 王家の指輪がない私にとって、水晶は只の透明な石だ。
 私は手近な本へと手を伸ばした。
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